【第159話】レイズ=シュタインの一手① 奇手
本作の大きなターニングポイントとなるお話です。
話の内容的に地図があった方が便利かと思い、前回載せたものを再掲載します。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「レイズの大遠征」
すぐ先の未来でレイズ様が起こす戦いは、後世そのように呼ばれていた。
僕の知る歴史での話をしよう。
ハクシャで南部戦線が押し込まれ、さらにゼッタ平原では痛み分けとはいえ甚大な被害を被っていた僕らの国、ルデク。
弱ったところを狙うのは獣の常だ。ルデクの苦境を見て、帝国もにわかにツァナデフォルからこちらに視線を移し始めていた。
このままではルデクはジリ貧。
そんな中で稀代の軍師が打った起死回生の策が、この大遠征であった。
相手は押し込まれていたゴルベル。隣国との戦いに”大遠征”と名付けられたのはこの策の特異性にある。
「リフレア神聖国の領内を通り抜けて、北からゴルベルへ雪崩込む」
他国の領土に大量の兵を侵入させるのは、その国から要請があったなら別として、同盟国であっても好まれることではない。
大陸の常識に照らせば、普通の策ではないのだ。
しかしレイズ様はやってのけた。
まだ回復し切っていない第10騎士団の兵士に鞭を打ち、ルデク北方にあるリフレアから迂回して、リフレアとゴルベルの国境から攻め入ったのである。
ゴルベルにとっては想像の埒外からの一撃。手薄だったリフレアとの国境は大混乱に陥った。
混乱はゴルベル北部に波及し、満足に抵抗できぬまま第10騎士団の快進撃を許したのだ。
結果的にゴルベル側は、ゼッタ平原を含めた北部からの撤退を余儀なくされる。
この大戦果によってレイズ様はゴルベル北部の制圧と同時に、帝国への強烈な威嚇として見せつけ、戦況を五分以上に巻き返して見せたのである。
王都炎上前、最後の勝利となるとは誰も予測することはできなかったけれど。
この大遠征、僕にとっては不確定要素があまりに多く、本音を言えば起きてほしくなかった。
けれど先日、レイズ様から計画の草案が通達され、避けようのない戦いだったと思い知る。
史実通りなら大勝だが、僕が懸念をしている理由は大きく3つ。
まずはリフレアと第一騎士団の動向。
僕も今回初めて知ったのだけど、そもそもこの策はかなり早い段階で立案され、第一騎士団を通じてリフレアに打診されていたらしい。
どのくらいの時期かといえば、リフレアと同盟が成立してほどなくというから相当前だ。
けれど、リフレアからは色良い返事がもらえなかった。一般的な考え方からすれば当然だろう。
さらに、リフレアとゴルベルの関係性も少なからず影響した。元々リフレアはゴルベルと争うことには消極的で、対帝国においての協力に留めたいという思惑があった。
ならばなぜ、急にリフレアから許可が出たのか。
僕の知る歴史では、レイズ様がリフレアに対して「協力しないならルデクは帝国に降る」と脅迫したらしいという記録がわずかに残っている。ただしこれも事実かはわかっていない。
今回の歴史では、おそらく脅していないと思う。なぜなら、現状の対ゴルベルにおいてはルデク優勢なのだ。一発逆転を狙うような状況ではない。
さらにはゴルベル王の暴走とも言える粛清により、あの英雄、ローデライト=エストでさえこの世にいない。もう一押しすればゴルベルは壊滅しかねない状況なのだ。
とはいえ、遠征に全くリスクがないわけではない。正面切って再びゼッタで相見えるとなれば、相応の被害を想定しなければならない。
リフレア側から強襲した方が、より被害が少なく、大きな成果が得られるだろう。
ここに至りリフレアもゴルベルを見捨ててルデクに恩を売りにきた。首脳部にはそのような考えが多いらしい。
しかし僕の考えは少し違う。
元の歴史でリフレアが領内の通過を許可したのは、レイズ様と第10騎士団を王都から引き離すためだったのではないだろうか? その後の流れを見れば、そのように考えると自然なのだ。
第10騎士団をゴルベル領内に留め置いて、その間に王都を襲撃する計画。
だけど、上手くいかなかった。なぜなら思った以上に早く、そして強烈にレイズ様が勝利を収めてしまったから。
リフレアにとっては誤算だったろうけど、無駄ではなかった。第10騎士団はゼッタ平原に続き、大遠征でも勝利の代償に大きな損害を被ったのだ。
引き離しは失敗したけれど、第10騎士団が弱っているのを好機と見て攻め込んだのが、あの王都炎上の夜だったのでは?
ならば今回も同じ目的である可能性は十分にあり得るというか、もはやそれしか考えられない。
遠征の間にリフレアが、そして第一騎士団がどのように動くか分からない、、、けれど、一応手は打ってある。ゲードランドとの街道や、伝馬箱。王都で何かあれば周辺の騎士団がより早く動けるはず。
それに今は第六騎士団の存在もある。第10騎士団不在でも、そう簡単に王都が炎上するようなことにはならないはずだ。
遠征を素早く片付けて、王都に戻ればなんとかなる。はずだ。
次にこの大遠征の時期にも不安がある。
僕の知る歴史では、リフレアから許可が下りたのはもう少し後の話、王都炎上の少し前。つまり、歴史よりも早すぎるのだ。
これがどういう意味を持つのか。最悪なケースとしては、リフレアと第一騎士団が反乱を起こす時期が早まっている可能性。なるべく様々な手を打っておきたい僕としては、一番望ましくない展開となる。
そして最後に、僕はこの戦いをよく、知らない。
なぜなら僕の知る未来に記録がないのだ。もちろん、人々が耳にする程度の話は把握している。だけどそれだけだ。ちゃんとした記録というのは、ある程度時間をかけてまとめられるものである。
大遠征の後、さして時を置かずにルデクは滅びた。
つまり、詳細な記録をまとめたものなど存在せず、なおかつ編纂中の資料も大半が灰燼に帰した。
今までのような、先を見越した戦い方ができない。
勝てる戦かもしれないけれど、かような理由から僕にとっては歓迎できない出陣なのだ。
けれど”その時”が早まっているのであれば、歓迎するもしないもない。やるしかない。遠征が避けられないなら、より早くルデクに戻る方法を考えないと。
一つ決めたことがある。
この戦いが終わったら、僕は、
僕が知っている全てを、レイズ様に話す。




