【第154話】ゾディア
さて、ゾディアの問いにどのように、どこまで答えようか。
ルルリアへの手紙の件はあまり踏み込んで話したくないな。ボロが出そうだ。それにネルフィアの手前もある。
必要と感じればネルフィアはゼウラシア王に話すだろう。あまりおかしな事は喋りたくない。少なくとも、今は。
そうなるとツェツィーやルルリアがゾディアにどこまで話したかが一つのポイントかな? ならまずはその辺を探ろうか。
「僕の話を聞くということは、ゾディアも対価を払うつもりという事だよね?」
「ええ。もちろん。何をご希望ですか? 残念ながら”以前お話しした軍師”の事はもう他にお話しできそうもありませんが」
、、、、少なくともサクリがゴルベルから逃げたことは、まだゾディアの耳に届いていない事が分かった。多分ゾディアは本当にルデクに戻って来たばかりなのだろう。これは一枚、僕の交渉カードになるな。
ちらりとネルフィアに視線を移せば、足を組んでワインを傾け、完全に観客として僕らのやりとりを楽しんでいる。
ネルフィアが諜報部の人間なのはもはや疑いようがないけれど、歩く機密と呼ばれるほどのゾディアの窓口か、、、どのような立ち位置なんだろう。
いや、ネルフィアの事は今はいいか。さて。。。。
「もう知っていると思いますが、ルルリアとは僕とルファがしばらく一緒に生活した仲です、ウィックハルトやここにいるリュゼルも同じですね」
「伺っています。初めてロア様とお会いした時は、ルルリア様の元へ向かうところだったのですね」
「はい。なので、とりあえずの対価としては、ゾディアにツェツェドラ皇子とルルリアがどんな話をしたのか、それを聞かせてください。その内容に対して僕も話す内容を選びます」
きっと、こんな陳腐な交渉はゾディアなら星の数ほどこなしてきたのだろう。それでも楽しそうに目を細めて「分かりました」と返してくる。
「私が聞いたのは、ルルリア様とロア様の対面から、帝国まで送り届けて頂いた過程までです。送り届けた際にツェツェドラ皇子と初めてお会いした、とも」
、、、、、ん? それだけ?
僕の疑問にゾディアは苦笑する。
「、、、、ルルリア様はとても商売上手な方でいらっしゃいました。私との会話で今後対価として使えそうなものは、意図的に避けていらっしゃいました。私もそれなりに聞き上手と自負しておりますが、、、、あのかたは一枚上手ですね」
、、、、ルルリア、歩く機密に一枚上手と言われているよ?
とにかく状況は分かった、さすがルルリア。大分やり易くなったな。それなら手紙の件は端折って問題なさそうだ。
それなら、この間の第二皇子の引き取りの話を中心にすればいいか。ネルフィアも良く知っている部分だ。
僕はゾディアに話すより先に、ネルフィアに「これからツェツェドラ皇子をルデクに迎えた時の話をするから、ルデクとしてまずい部分があったら言ってね」と伝える。
ネルフィアは少し考えてから、「全て話しても問題ありません」とのお答え。
許可も出たので僕は気軽に話し始める。
「僕らも第二皇子の件は少しだけ耳にしたんだ、だから、僕はルルリアを心配して手紙を書いた。内容は「大丈夫?」って感じのものだよ。僕の手紙に対するルルリアの返答が、「ツェツェドラ皇子をルデクに向かわせる」そんな内容だったんだ、、、、」
そして僕は、ツェツィーがやってきてからの話、それからフランクルト=ドリューが亡命を望んで僕らの船に乗り込んできたまでの過程を淡々と話した。それに合わせ、サクリの逃亡についても話が及ぶ。
話し終わってみれば、結構な物語だった。気がつけば遠くに聞こえていた人々の喧騒も消え、部屋を照らす蝋燭が溶ける音だけが耳に届く。
「、、、興味深いお話をありがとうございます」
ゾディアがそう言ってくれたから、僕はとりあえず満足してくれたかなと密かに息を吐く。
「さて、困りましたね。ゴルベルからの亡命のお話などは、少々想定外のお話でした」
だろうね。僕らだって想定外だったもの。
「対価になるお話となると、、、、」
人差し指を唇に当てて悩む様は、蝋燭の炎に照らされて伝説にあるエルフみたいに幻想的だ。サザビーやロズウェルでなくても、目を奪われる。
けれど見とれている場合ではない。
「ゾディア、対価は後日でも良いかな?」
僕の言葉に少し不思議そうな顔をするゾディア。
「と、仰いますと?」
「言葉の通り、今、僕が欲しい情報は特にないんだ。だから、貸しに」
ゾディアがそれほどまでに情報を集めるのが上手いのなら、使い所は今じゃない。
「、、、私たちは流浪の者です。あまりそういうお約束は出来かねるのですが、、、」
「もしこのあと再会できなければ、その時は仕方ないと考えるよ。それこそ風の神ローレフのお導きがなかったと諦める」
僕の言葉に、しばしの沈黙。
「、、、、いえ、多分貴方様とはまた会うことになるでしょう。。。分かりました。今回は特別です。貸しということで覚えておきます」
「じゃあ、それでお願いします」
こうして一旦話が終わり、ルファが「ゾディアさんの旅の話を聞かせて」とせがむ。
もういい時間だけど、少しこの場の空気を変えてからの方が良いと思ったのは僕だけじゃないはずだ。その後しばし旅先でのハプニングで耳を楽しませる。
「そろそろお開きにしましょうか?」
頃合いとみたネルフィアの言葉で、みんな席を立った。
部屋を出る直前、先に立ったゾディアが僕へと体を向ける。
「一つだけ教えていただけませんか?」
「なんだい?」
「ロア様が第二皇子の話を聞いたのは、どの方からですか?」
、、、、、これだからゾディアは侮れない。そして、僕の後ろからも視線を感じる。これは間違いなくネルフィアだろう。
怖い2人だ。
けれど、僕の返答は決まっている。
たった一言、「その情報料は、高くつくよ」と。