【第138話】王家の儀式⑦ 儀式
ラピリア様達は思ったよりも早く帰ってきてくれたけれど、結局後始末は深夜に及んだ。
何せ人数が多い。加えて捕らえた者達を何処に留めておくかでも頭を悩ませることになったのだ。王都に連行するにせよ、その間、祠の町に置くのは少々問題がある。
今、町には王子もいれば周辺の市民も集まっている。市民を人質に逃げようとする奴がいたら面倒だ。
かといってこのまま外に転がしておくのも芳しくない。どこに置いてもごろつきどもの監視に兵を割かねばならないけれど、冬将軍が帰り支度をしている季節とはいえ、まだ夜は相応に冷える。このような場所で寒さに耐えながら、むさ苦しい顔を見続けるのは御免である。
解決策を提案してくれたのは、ラピリア様と同行していたネルフィア。
「私の同僚が近くの砦に詰めているので、そちらで預かってもらえるように手配します」
自称王の書記官は、地方の小さな砦にも顔が効くのである。すごいなぁ。
ともかく、なるべく話を聞き、かつ、砦まで連行して祠の町に帰ってみれば、ゼランド王子を歓迎する祝宴はとうに終了しており、僕らはパンとスープくらいしかありつけなかったのだ。
いや、真夜中に1000人以上のパンとスープを用意してくれただけでもありがたい話なのだ。そこに文句を言うつもりは毛頭ない。
ただ、ハローデル牛を口にできなかった恨み節の一つくらい、デンタクルス=べローザに向けたいものだと思うのは仕方ないだろう。
けれど、肝心のデンタクルス=べローザは僕らが町に戻った頃には既に姿を消していた。
なんでも、本隊に報告義務があるだの、少し具合が悪いだの言いながら、後の指揮をグリーズ部隊長に放り投げて逃げ出したらしい。
グリーズさんも、もはや言葉もない状況だった。
「けど、逃して良かったのかな? 色々隠蔽工作に動きそうだけど、、、」
暖かいスープを飲みながら僕がそのように独り言を口にすると、ネルフィアが「問題ありません」と答えてくれる。
「ロア殿、雑草というのは見えている部分だけ刈り取ってもまた生えてくるのです。根本から断たないと意味がありません」
あくまで根っこの当主(センブリア=べローザ)狙い、ということか。
「それにデンタクルスは詰んでますからね」
どういうことかといえば、もし第九騎士団の報告がデンタクルスの虚偽だった場合、これはルデクに対する重大な背信行為となる。
万が一騎士団ぐるみで事実の隠蔽に動いたとしても、既に捕らえたごろつきから確度の高い情報も得ている。下手すれば第九騎士団そのものに大きな厳罰が課せられる恐れがある。
そのような状況に至ってなお、第九騎士団がデンタクルスを庇う理由が見当たらない。
つまり、デンタクルスにはどう転んでも逃げ道がない。
そもそもデンタクルスが、第九騎士団ぐるみで隠蔽できるほどに騎士団を掌握しているのなら、この町で第10騎士団の背後を突くのが一番効果的だ。
王子も、町も全て焼き払ってしまえば、後は何とでもなることを僕はよく知っている。
それをやらなかったのはデンタクルスが無能であるという点を差し引いても、グリーズさん以下、部隊を掌握できていないからだろう。
おそらくデンタクルスは第九騎士団にも戻らずに、べローザ家の領内へ逃げたと考えるのが自然かな。
「それにしても、多くのごろつきがゲードランドから流れて来ていたのは少々意外だったな」話題を切り替えたのはリュゼル。
そう、集まったごろつきの半分以上がゲードランドの裏町から逃げ出したごろつきだった。僕らもよく知る裏町一掃の混乱の中で逃げおおせた者達だ。
どうやら悪党同士の独自の連絡網によって、祠の町で大きな儲け話があると出回ったらしい。
ごろつきの集団にしては3000は少し数が多いなと思っていたけれど、その理由がザックハート様にあるのは予想していなかった。
ゲードランドからやってきた者達は大した情報も与えられず、ただ王子を殺せば後は好き放題と言われていたらしいので、情報的にもさして役には立っていない。
色々片付いたらザックハート様の元に送り返してあげようかな? ゲードランドから集まってきた輩以外で、僕らが欲した情報は手に入っているので、それもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、全体的にただただ雑だった、王子襲撃事件は幕を閉じたのである。
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王家の儀式、当日。
ゼランド王子の斜め後ろに付き従い、僕は少し感心していた。
全ての観客の視線がゼランド王子に集まっているにも関わらず、落ち着き払ったその姿は、ともすれば風格すら感じる。
周辺の見物客からも
「町について早々に自ら兵を率いて賊を討伐したらしい」
「まだ少年と言っていいお歳なのに、将来が楽しみだ」
「ルデクの将来は安泰だな」
と称賛の声が耳に届く。
少し前のおどおどとした感じからは想像できない。何があったのか知らないが、ゼランド王子は偉いなぁ。
そんなことを考えていた僕は、ふと、ある事に気づく。気づいてしまう。
何となく儀式が盛り上がるかな程度のノリで、ゼランド王子を戦場に連れて行ったけれど、よくよく考えればこれは王子の初陣ではないだろうか?
普通、王子の初陣って、もっとこう、ちゃんとした感じで行われるんじゃないかな? こんなしょぼい戦いに連れ出してやることではない気がしてきた。
しまった。これはレイズ様やゼウラシア王に怒られるかもしれない。
僕があれこれ言い訳を考えている間も、粛々と儀式は続いてゆく。
結局僕は、王子の儀式はあまり見ることのないまま、王子の隣で人々の大歓声を受けながら、一人顔を青くしつつ、悶々と過ごすのだった。