【第137話】王家の儀式⑥ 実感
分かっていたこととは言え、敵の姿が見えてくると、その数が明らかに自分達よりも圧倒的に多い事がはっきりする。
それを目視で確認すると、私の胃の腑がキュッと掴まれるような気がした。
館で話に聞いている分には、ロア殿や周囲の将官が余裕を見せていたので、そんなものかと思っていたが、聞くのと見るのとでは根本的に違う。
これから、あの者たちが私達を殺すために攻めてくるのだ。
広場での演説を終えて私の役目は終わったとはいえ、一人戻って安全な館の中に籠っていると言うわけにはいかない。
不安そうな表情を隠しきれない私とは対照的に、ロア殿やウィックハルトをはじめとした将官たちは笑みすら浮かべている。なんと頼もしいことか。
私の緊張が伝わったのか、ロア殿が気遣って声をかけてくれる。
「大丈夫? 相手は多く見えますが、動きからして烏合の衆です。ゼランド王子はここで見物していれば大丈夫ですよ」
ロア殿の言葉になんとか笑顔を見せようとするが、顔が引き攣ってうまく笑えているか分からない。
それでもロア殿は少し微笑んでから、2人の部隊長に指示を出す。
「リュゼル。半分の兵を連れて適当に蹴散らしてきてくれる? フレインは300の兵で逃げようとする奴を叩いて。数が多いから多少減らしてもいいや。残ったやつから誰の指示かはわかると思う。逃げずに降伏したやつだけ残して。よろしく」
「ああ」
「了解した」
「あ、そうだ。せっかくだから十騎士弓を試してね。何射打てるかとか、実際の戦場で馬上からの使い勝手とか」
ロア殿の指示にリュゼルが
「もちろんだ。こんな手頃な獲物、そういないからな」とまるで幸運が舞い込んだかのように言えば
「十騎士弓だけでも制圧できるんじゃないか?」とフレインが嘯く。
「まあ、怪我なく安全第一で頼むよ」ロア殿の締めの言葉で両名が兵を引き連れて駆け出した。
全て騎兵で構成されているロア隊は、進軍を開始すると瞬く間に賊軍に迫る。と、敵から早くも悲鳴が上がり、あっという間にリュゼル隊が触れた敵軍が崩壊する。勢いのままに蹂躙するリュゼル達。私は呆気に取られてその様を眺めていた。
そのうち敵の中から四方へ逃げ出そうとする者達が現れる。もはや敵は隊の形を保ててはいない。
逃げ出したものはとり逃しなくフレイン等が仕留めてゆく。ここに至り私は実感した。彼らの余裕の訳を。
誉れ高い第10騎士団。その中でも重要な騎馬隊を任され、ゼッタ平原でも多大な功績を残した部隊と、ごろつきの集まりでは大人と赤子程の差があるのだ。
そんな風に思っていると、私達のいる方に10名ほどの逃亡兵が向かってくるのが見えた。
「フレインが取りこぼしたのかな?」
私の隣で小首を傾げるロア殿に
「いや、あれはこちらに少しお裾分けでしょう。私も試し打ちしてみたかったのです」と返すウィックハルト。
「ウィックハルトには十騎士弓、いらなくない?」
「不要ですが、それはそれとして、使ってはみたいですね」
「そう、じゃあ、任せるよ。ウィックハルトと出たい人! 早い者勝ち!」
ウィックハルトが駆け出すと後に続くロア隊の兵士たち。
私が瞬きするより早く、駆け寄ってきた敵が崩れ落ちた。
「そろそろ終わりかな」
ロア殿の視線の先では制圧されつつある賊軍の姿。抵抗している者はもうほとんどいない。
、、、、私は今回の儀式、実を言うとものすごく不安だった。失敗したらどうしようか、父上の、王家の名に泥を塗らないよう、堂々とした態度で臨めるか。手順を間違えはしないか。考えれば考えるほど緊張していた。
だけど
この場に、戦場にいることを思えば、なんと小さな悩みか。
命のやりとりを肌で感じた今、先ほどまでの悩みがひどく馬鹿馬鹿しく思えた。
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、、、参った。
思ったよりも降参した兵士が多い。
「どうしますかロア殿、もう少し減らしますか?」ウィックハルトがサラリと怖いことを言うけれど、勝負の決まった今、無駄に殺すのはあんまりなぁ。
それに、この中で誰が重要な情報を持っているか分からないし。ひとまずは全員拘束して一人一人確認するしかないか、、、、え、怪我人を除いても800人くらい残ってるんだけど!?
僕は小さくため息を吐いて
「とりあえず降伏した奴ら全員から話を聞くしかないだろうねぇ。依頼主が誰か確認しないといけないし、それに、これ以上は流石にレイズ様の指示を仰ぎたいところだよ」
せめてラピリア様が戻って来れば、何かしらの方向性を定めてくれそうだ。その辺りのやりようは、レイズ様と付き合いの長いラピリア様を頼るのが無難だと思う。
「ってことは、ラピリア隊が戻って来るまでここで待機か」フレインの言葉に僕はもう一度小さくため息。
「ウィックハルト、悪いけど一度ゼランド王子を連れて町に戻って、みんなに賊は討伐したって喧伝してきてくれる? それでラピリア様が戻ってきたら、連れてきてよ」
「私が残って見張っておきましょうか?」ウィックハルトが立場の交代を申し出てくれたけれど、僕は小さく首を振る。
「待っている時間でなるべく話を聞いておくなら、部隊長の僕は残った方が都合がいいと思うんだ」
「、、、それもそうですね。承りました」
「兵士は500連れてって。あんまり少なくても格好がつかないから」
僕とウィックハルトがそんな風に打ち合わせしていると、サザビーが「いいっすか?」と割って入ってくる。
「俺、ちょっとその辺回って、ラピリア様達探してきますよ。待っているよりも早いかも」
「それもそうだね、じゃあよろしく」
そうしてもう一度降伏した兵士たちを見てため息。正直この人数の話を聞くのはものすごく面倒だ。
そんな僕の様子を見たゼランド王子がクスリと笑う。
「どうしました?」
「いえ、すみません。あれほど鮮やかに勝利を収めたロア殿が、事後処理に困惑しているのが少し面白くて、、、」
「そう? 大変ですよ? これ」
なんだかツボに入ってしまったようでくすくすと笑うゼランド王子を見て、それからもう一度降伏した兵士を見て、僕は何度目かのため息をつくのだった。