【第135話】王家の儀式④ 雑な人たち
ルデク北東部。この辺りはいくつかの貴族領をまとめて、ハローデル地方と呼ばれる。
ハローデル地方の名前の由来は、この地域で育てられるハローデル牛からだ、あれ? ハローデルっていう地域の牛が評判になったからだったかな?
ともかく、ハローデル牛といえばルデクどころか北の大陸でも有数の牛肉であり、肉そのものはもちろん、チーズなどの加工品においても、通常の牛よりも一段階上の扱いを受ける。
南の大陸でも人気で、鉱物に並んでルデクの主要な特産品の一つだ。
ハローデル牛の特徴はその上品な脂肪にある。帝国との防波堤になっている山脈が生み出す、清らかな水となだらかな丘陵で伸び伸びと育った牛たちは、甘味を兼ね揃えた絶品の味わいを備えている。
特に極上の部位は舌の上で溶ける。。。。。らしい。もちろん僕は食べた事がない。そう簡単に下々の口に入るものではないのである。
ハローデル牛はこの地域に大きな利益をもたらした。その恩恵を受けて大きくなっていった貴族の内の一つがべローザ家だ。
王家の祠のある辺りとは離れた場所にある領地だけど、この辺りは一応デンタクルス=ベローザの縄張りと言えなくもない。
王家の祠を管理しているのは、オベラ家という祠の近くの町を所有するだけの、少し変わった貴族。
王家の祠を守るためだけに存在する家で、ゼランド王子によれば儀式が始まった頃から存続する、最古の貴族の1つらしい。その役割のため、王家より支援金が支払われる事で成り立っている。
王家の祠はオベラ家の管理する町から、祠のある山裾までまっすぐに伸びる道を進むように設計されている。標高差があるため、街から見ていても王族が祠へ進む様が見え、なかなか壮観らしい。
ゼランド王子からそんな説明を受けながら、数日かけて祠の町までやってきた僕ら。
道中、第九騎士団はただ後ろをついてくるという有様で、ちょっかいもかけてこない代わりに、護衛としてもなんの役にも立っていない感じだった。
「ああ、ゼランド王子! 大きくなられて!」
祠の町で両手を上げて歓迎しているのは、オベラ家の当主ハルヴェリ=オベラ様。もう老境に差し掛かっている優しげな感じの人だ。
「ハルヴェリ殿、お久しぶりです」
「長旅お疲れ様でございます。さ、祠へ行くまでの十日間、ゆっくりなされてください。護衛の皆様もどうぞ」
ハルヴェリ様の先導で町へと進みながら周囲を見渡す。そこまで大きくない町だと聞いていたけれど、建物はずいぶんと立派なものが多い。
よく見れば多くが宿屋だった。人混みも町の規模からするとかなり多い。みんな僕らの行進に手を振ったり歓声をあげたりしている。
そのまま感想を口にするとサザビーが答えてくれた。
「この町は祠に来る関係者の宿場としての役割が主ですから。特に儀式がある時は周辺から一眼見ようと人々が集まってきます」
「それじゃあこの辺の人たちは」
「ええ、多分ほとんどが今回の儀式目当てに集まった観光客ですよ。ほら、みんなこちらに注目しているでしょう」
熱烈な歓迎だなと思ったけれど、なるほど、これは一つの見せ物なのか。
「でも儀式なんて場合によっては何年も、下手したら何十年も行われないでしょ?」
「そうですね。なので、王家が支援して、領主が宿場の管理をおこなっているんです。言うなればこの町全部が1つの宿で、領主は王族がいつきてもいいように常に部屋をきれいにしている支配人って所でしょうか」
「、、、、それはなんとも贅沢な話だね」
「ま、王ですからね。それから、王子が町に到着したんで、これから人はもっと増えますよ」
「ああ、だから儀式が始まるまで、十日も時間がかかるのか」
「そういう事です。なるべく人を呼び込んで、少しでも費用を回収しようという事です」
なんだかんだでちゃっかりしている。
「けど、サザビーはずいぶん詳しいけど、なんで? 前の儀式に立ち会った年じゃないでしょ?」
「打ち合わせで来たときにハルヴェリ様から話を聞いたんですよ」
そういえばサザビー、儀式の準備でしばらくいなかったな。
「ところでロア殿はハローデル牛、食べたことあります?」
「ないなぁ」
「なら楽しみにしてくださいよ、夜はハローデル牛が食べ放題です」
サザビーの言葉に、僕はハローデル牛料理を大変楽しみにしていたのだけど、結局その日、僕がハローデル牛を口にする事はなかったのである。
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デンタクルスが動いた。
祠の町について一息ついていたらすぐに
「帝国の動きが怪しい」と言い始めた。
何事かと思えば、第九騎士団の本隊より帝国の兵士が領内に忍び込んだ可能性があるとの一報が入ったという。
「兵士は3000ほどらしい。急ぎ調べなければならん。俺の下にある第九騎士団は2000だ。あと1000、第10騎士団から出せ。ロアとかいう奴は信用できん、ラピリア隊を出せ」と主張する。
話を聞いて、僕らやラピリア様は首をかしげる。
言っている事がめちゃくちゃだ。
帝国が侵入したらしいという曖昧な情報の割には兵士数がはっきりしすぎている。そもそもどこから侵入したというのか? 第九騎士団は何をしていたのか?
だけど、デンタクルスは同じ主張を繰り返す。
「帝国兵が侵入したなら第九騎士団として放ってはおけん! それとも第10騎士団が帝国を兵を手引きしたのか!?」
と、呆れるばかりの物言いである。
つまりこれはあれだな、ラピリア様の兵を町から引き離して、町の警備を手薄にしたいということだな。分かりやすすぎる。下手くそか。
そもそもこのタイミングで、そんな僅かな帝国兵がやってくる理由がよくわからない。
それでも帝国兵が侵攻してきたと騒がれれば、この町に来ている観光客がパニックを起こす可能性もあるので無視できない。
ラピリア様が僕に目で「大丈夫か?」と聞いてきたので、僕も頷きで返す。
「、、、、、分かったわ、それじゃあ、ラピリア隊も出る」
「感謝する」全く感謝してなさそうな顔で棒読みのデンタクルス。
こうして連れてきた4000の兵のうち、3000が帝国兵を探すために慌ただしく出撃していった。
「、、、、罠ですね」
「、、、、罠だね」
ウィックハルトと僕は少し呆れ気味に言葉を交わす。
「とりあえず狙いはゼランド王子だろうから、町の周辺の警戒を怠らないで」
「はい」
部隊が出ていってからしばらくして、サザビーが僕の元にやってきた。
「敵さん、来ましたよ」とのんびり報告する。
「帝国兵だった?」僕の問いに、少しだけ苦笑する。
「帝国兵の兵装、、、、によく似せた装備の一団ですね。所作からして兵士というよりは寄せ集めのごろつきかと」
なるほど、サザビーがのんびりと報告した意味もわかる。
僕の横ではネルフィアが小さくため息をつきながら言う。
「、、、、なんというか、雑ですねぇ、、、、」
、、、、、、全く、色々雑なんだよなぁ。