【第131話】道の裏で
第一騎士団、ルシファルの部屋には、ヒーノフを始めとした側近が集まっていた。皆一様に苦い顔をしている。正面に座るルシファル以外は。
その中の一人、シャリスが「本当に宜しいのですか?」とルシファルに聞いてきた。
「何がかな?」
ルシファルはあえて問うた。
「もちろん、街道の式典のことです。王が御出馬されるのに、親衛隊であるはずの我々を差し置いて、第10騎士団などが出しゃばることが、です」
シャリスの言葉に、ルシファルは穏やかな表情で「ザックハート殿の要望なのだ、仕方がないだろう?」と返すも、シャリスは納得していない。
「いくらザックハート様の要望とはいえ、我々を子供の留守番か何かと勘違いされているのでは!」
つい強い口調になったシャリスをルシファルは目を細めて見つめる。シャリスはこの中で一番年若い。良くも悪くも率直で素直な人間だ。
、、、、始末するべきかもしれんな。
一般的に見れば、人としては好ましい性格をしているが、場合によっては計画の妨げになる恐れがある。
けれどルシファルはそれらの考えを表に出すことなく、微笑みながらシャリスを諭す。
「聞けば、あのご老人は年甲斐もなく少女を養子にしたという。その娘が第10騎士団にいるのだ。ご老人は老境にあって、人との触れ合いを求めているのだろう。なら、余生の思い出にしてやろうではないか」
ルシファルの軽口に、シャリス以外の側近達が笑う。まだ不満そうにしているシャリスも、それ以上言及することはなかった。
そう、余生の思い出だ。
ザックハートだけではない。ゼウラシア王も、レイズも、皆。燃え尽きる前の蝋燭のような、ささやかな思い出となるのだ。
そのくらいは許してやろうではないか。
既にルシファルは式典の件に興味を失い。静かに、シャリスを排除する算段を考え始めていた。
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「ルファよ! よくぞ来た!」
「ザック義父様!」
あはは、うふふとルファを抱き上げてくるくると回るザックハート様。僕らには見慣れた光景だけれど、初見の人たちは呆気に取られていた。
ゼウラシア王は肩を震わせながら下を向いている。
「なんじゃ? 何か言いたいことでもあるのか?」
ザックハート様の圧に、ぶるぶると首を振る初見の人たち。溜まりかねてゼウラシア王が声を出して笑い始めた。
「まさか、ザックハートのこのような姿を見ることができるとは。話には聞いていたが、わざわざ無理を言って第10騎士団を連れてきた甲斐があるというものだ」
ゼウラシア王が王都を離れる場合、親衛隊である第一騎士団が護衛するのが当然の役割であるにも関わらず、王は第一騎士団ではなく第10騎士団を指名した。ザックハート様の要望があったとはいえ、通常はあり得ない話である。
そして、ゼウラシア王が強行した理由こそ、ザックハート様とルファの交流を見たいがためだと言うからタチが悪い。
「王よ、戯れが過ぎればまた、儂の雷が落ちますぞ」と凄むザックハート様だけど、ゼウラシア王は笑いながら「だが、希望したのはザックハート、お前の方だろう?」と言い返されて、ザックハート様は閉口する。
しょうもないやり取りはともかく、街道は間違いなく完成した。
実際に王都からゲードランドまで新しい街道でやって来たけれど、想像以上に快適だった。馬車に乗っていた王もご満悦だ。
街道の効果が数字として現れるのは少し先になるとは思うけれど、そう遠くない未来、国内の街道整備は推進されることになるだろう。
もちろん、ルデクが生き残ればの話だけど。
式典は大盛況のうちに幕を閉じた。
ゲードランドの民よりも、むしろ港に出入りする南の大陸の商人から大きな歓声があがっていたのは印象深い。
ルルリアの言葉の通りなら、南の大陸の方が、僕らの大陸よりも街道整備が進んでいる。南の大陸の商人達にとって、僕らの国の街道の未熟さはかなり不満だったようだ。
歓声を受けて満足げなゼウラシア王。
こうしてルデクトラドとゲードランドは、広く整備された道で繋がったのである。
そして式典は何事もなく終幕を迎え、僕らは意気揚々と王都へ戻るのだった。
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開通式典の数日後。
ゲードランドから遠く離れたとある館の一室。
「ゼランド王子が王家の儀式を行う?」
「ええ。そうらしいです」
館の主に情報をもたらしたのはヒーノフだ。
「なぜ、貴殿がその情報を持ち込んだのだ?」
窪んだ目に僅かな狂気を宿す、豪奢な衣装を纏った人物に、ヒーノフは好意的な笑顔を向けながら問いに答える。
「それはもちろん、我々もウラル王子を支えたいと思う故でございます」
「”我々”と言うのはお前の主人のことか?」
ヒーノフは答えない。ただ笑顔で見つめるだけだ。
「まぁ良い。いずれにせよこのままではジリ貧である。貴重な情報、感謝する」
「いえ。センブリア様のお耳を汚しました」
「、、、、もう行くが良い」
その言葉に深く頭を下げたヒーノフの暗い笑顔は、センブリアから見えることはなかった。