【第128話】フローレンシア②
貴重なゴルベルの内部事情をもたらした功績を以て、フランクルトの身柄はルデクが保証すると言うことになった。
さまざまな影響を考え、しばらくは王都に近い砦に監視付きで滞在してもらい、対ゴルベルで何か起こった時にはお呼びがかかる。
フランクルトの扱いについて話し合いが行われていた間、僕はずっと先日の帝国絡みの任務の報告書を作成しており、数日間はその作業にかかりきりになっていた。
ウィックハルトやフレイン、リュゼル達も手伝いを申し出てくれたけれど、ありがたく辞退する。往々にして武官の報告と、文官が知りたい情報には乖離があることが多いのだ。特にかかった諸費用に関してなどは、報告書抜けがよく起こる。
内容に対して一概に文官が正しいと言うものでもないけれど、情報に不足があれば文官はそのつど足を運ばなければならない。
これが結構な手間なのだ。面倒だからといって報告書の製作者を呼びつけることもままならない。報告書をまとめる武官は大抵、相応の立場の人物であるので。
僕も文官時代は面倒な思いをしたので、文官がほしい情報は手に取るように分かっている。
加えて言えば書類仕事に関しては、やはり僕が飛び抜けて早い。ウィックハルト達には普段お世話になっているのだ、ここは僕が請け負うのでゆっくりしてほしい、と一手に引き受けたのである。
そうしてようやく完成した報告書を抱えてレイズ様の部屋にゆくと、珍しく一人だった。「ちょうど良いところに来た」とレイズ様。なんだろう? また面倒ごとか? と構えるも、レイズ様は「フローレンシアがドリューとなった理由が分かった」と言う。
結局よくわからないまま終わってしまっていた話だから、僕も大いに興味がある。こうして僕は期せずして、レイズ様の調べた結果を拝聴することになったのである。
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ロアもある程度は把握していると思うが、そもそもの前提として、フローレンシアが今に至る経緯を話しておこう。
勘当同然でベクスター商会を飛び出したフローレンシアは、持ち前の頭脳で王都の文官に採用される。
その後海軍に配属されるも、好き勝手な発明に明け暮れて王都に突っ返される。
しばらく王都で冷や飯を喰らっていたところを、文官におかしな娘がいると聞いた私が拾い、今に至る。ここまでは良いな?
「はい」僕の返事を確認して、レイズ様は続ける。
まず、王都で採用された際は、ドリューはフローレンシア=ドリューとしてちゃんと記録されていたのだ。そして海軍に所属が決まると、書類は海軍に引き継がれ、王都の書類は処理済み扱いで埋もれていった。
引き継いだ海軍だが、ロアも知っている通り、海軍はおおらかというか、あまり細かいことは気にしない者達だ。これは事務方も同じのようだ。
、、、、僕としてはここには少し異論がある、海軍を率いるノースヴェル様は言葉遣いや見た目はアレだけど、思った以上に思慮深い人間だとこの間知ったばかりだ。まぁ、他の人たちはレイズ様の言う通りなのかもしれない。なので口には出さない。レイズ様は続ける。
どうやら、フローレンシアがドリューを名乗ったのはこの時のようだ。海軍はそれほど気にせず、フローレンシア=ドリューをドリューとして登録し、皆、そのように呼んでいた。
ロアも分かると思うが、ドリューと言う名前は、家名としても、名前としてもさして違和感がない。故に海軍でもそれほど気にせずにフローレンシア=ドリューはドリューとなった。
、、、、それは分かる。ドリューは名前としては少し珍しいけれど、違和感を感じるほどではない。だからなんの疑問も持たず、ドリューはドリューだったのだから。
そしてドリューは王都に突き返された。この時海軍から送られてきた名前が、ドリューとなっていたのだ。
その書類を受理した文官が過去の記録を調べれば矛盾に気づいただろうが、ドリューは海軍から「不適当」と言うレッテルを貼られて突き返された。そのため受け取った文官もドリューは早晩辞めるであろうと、深く詮索せずに受理したようだ。
ここからは私の言い訳にはなるが、ドリューの実家がベクスター商会を名乗っていたのも少なからず影響があった。私はてっきりドリュー=ベクスターだと思って疑っていなかったのだ。
改めてフローレンシアに聞いてみれば、ベクスターというのは商会の創業者である曽祖父の名前らしい。ちなみにベクスターが隣国に商売の手を広げる際、ゴルベルに根を張らせた分家の一族。その一人がフランクルト=ドリューとなる。
こうして引き戻されたフローレンシア=ドリューは、王都に戻るころにはドリューと言う名前に変わり、今日に至ると言うわけだ。
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「、、、、1つ、いえ、2つ質問して良いですか?」
「構わん」
「そもそもなんでドリュー、、、フローレンシア=ドリューは、ドリューを名乗ったんでしょうか?」
「それは私も本人に聞いた。「ジブン、フローレンシアって柄じゃないんで」だそうだ。だが、完全な偽名だと覚えていられないかもしれないので、身近な家名を採用したらしい」
なんというか、これ以上ないほどドリューらしい返答。
「それじゃあもう一つ、フローレンシア=ドリューはフローレンシアになるんですか?」
僕の質問にレイズ様は少し楽しそうに口角を上げ、「どういう意味かな?」と質問を返す。
「これからドリューからフローレンシアになるのは影響が大きいかなって。家名呼びしていると知った人たちは色んな意味でいい顔をしないでしょうし、何より情報がきちんと回りきらなかった場合、誰のことか通じなくて混乱を呼びます。そのリスクを背負ってまで通達する労力を考えると、、、、、」
「価値がない、か?」
「はい。有体に言ってしまえば」
これが僕の正直な気持ち。庶民である僕は、家名云々などどうでも良い。今後ドリューがフローレンシアになった場合の、所々への通達する労力が無駄に感じるだけだ。
「うむ。ロアの言う通りだ。なので私はベクスター商会に打診をした」
「結果は?」
「ドリューは一族を抜けた身なので、個人が通称として使う分には好きにしろと言うことだ」
「それじゃあ」
「ああ、今後もドリューはドリューとして扱う。それが一番効率が良い。ドリューはドリュー家とは関係ない、一個人の通称だ」
こうしてフローレンシア=ドリューは、かなり強引な解釈で、今後もドリューとなったのである。