【第125話】帝国騒動12 ゴルベル騒乱
多分、ローデライトの死について一番驚いたのは僕だろう。
僕の知る未来では、ローデライトはずっと先まで生きていた。確か、僕が死ぬ10年前くらいに亡くなったはずだ。そのローデライトが今、死んだ。
一番の影響はゼッタ平原における僕の離間計か? 結果的に僕がローデライトを殺したのかと思ったけれど、フランクルトの話を聞くとどうやら少し事情が違うようだった。
サクリは特定の将を決めて策を授けることを好んで行っていたらしい。そのうちの一人がローデライトであり、フランクルトだったわけだ。
基本的にはフランクルトのように、堅実で命令に忠実な将に声をかけていたようだ。そうなるとローデライトは随分と毛色が違うように感じる。
「ローデライトだけは、自分からサクリに売り込んでいったのです」
そもそもサクリがゴルベルに出入りを始めたのは、帝国がルデクに攻め込むよりずっと前、旅の情報屋として入り込んできた。
サクリの情報は精度が高く、ゴルベル王は次第にサクリを重宝し始める。
そうしてサクリが持ち込んだ特大のネタが、帝国のルデク侵攻であった。
サクリは王の耳元で囁く。
曰く、「このままではルデクどころかゴルベルも滅びますぞ」
曰く、「今から準備をしておいて、帝国とルデクが戦い始めたら後ろから攻めかかれば、ルデクを吸収するのも難しくはありませぬ」
曰く、「ルデクを占領すれば、帝国を睨みながらゴルベル王が大陸の南部に覇を唱えることも可能でしょう」
繰り返される甘言、次第に王はサクリの言葉に耳を傾けるようになっていったという。
「、、、、元々王は、ルデクを妬んでいたのだ。国土の広さはさして違わぬのに、大きな港を持つというだけで豊かさを謳歌する隣国を。なぜ、我が国は周辺の国の機嫌を伺いながら日々暮らしていかねばならんのかと、サクリにそこを突かれた」
そして帝国とルデクが開戦、隙をついて攻め込んだゴルベル軍は、一時とはいえ苦労せずにキツァルの砦を占領することに成功する。
これが決定打となった。ゴルベルの王はサクリを正式に軍師として迎え入れ、対ルデクの姿勢を強めてゆくのである。
フランクルトの言葉が事実であれば、ルデクとゴルベルの戦争を煽ったのはサクリということになる。
「そして、ローデライトはサクリが情報屋として出入りしていた時にはすでに知己を得て、戦で有利になる方法を教授してもらっていたらしい。そういう機微には敏感な男なのだ。ゆえに、サクリが我が国に登用された後も、サクリの有力武将の一人としてとどめ置かれた。さらに言えばサクリは登用の条件として、自らが表に出ないことを望んだので、ローデライトが代わりに賞賛を浴びる役を担っていたことも少なくない」とフランクルトは続けた。
「その、サクリという軍師と最も関係の深かったローデライトが、最初に粛清対象になったということか?」フレインの言葉に「然り」との返答。
なるほど、ローデライトの評価が後世議論の的になっていたのはこれが理由か。フランクルトの話には矛盾がないように思う。
それぞれが今聞いた話を消化しようとしている中、「あのう、、、」と申し訳なさそうに声を上げる人物が。
ツェツィーである。ルルリアも一緒。
ツェツィーは困った顔で「今の話、、、、私たちが聞いてしまって良かったのでしょうか?」と聞いてくる。
良かったか悪かったかわからないけれど、もう聞いてしまったものはどうしようもない。
「下手に間違った情報が出回るよりはいいんじゃないの? どの道、他国の内情であって、私たちの国のことではないから」と、ラピリア様が返すと、ツェツィーはホッとした顔をする。傍にいるルルリアは大人しくしているが、その目には興味の色しかない。
「話を続けても?」フランクルトの問いに、フレインが「ああ、構わない」と促す。
「厳密に言えば、最初に処分されたのはローデライトではなく、敗軍が戻る前に王都にいたサクリと縁の深かった文官だったのです。私はハクシャ方面の砦に詰めていたのでその場におらず助かったが、処分された者たちの名を見れば、自ずと自分に危険が迫っていると感じざるを得なかった。敗軍が戻ると本格的に調査が始まり、それから少ししてローデライトが軟禁されているという噂を耳にした。そこで私は貴国に亡命の打診をするに至ったのです」
フランクルトの予測は当たり、ローデライトを手始めに、順次将官の処刑が始まる。フランクルトの元にも追手が差し向けられたと聞いたため、慌てて海から逃げようとした。そうして港町で隙を窺っている時に、僕らの船がやってきたという。
「では、フランクルトの家族は捕らえられたのか?」
「実は貴国に亡命の打診をした段階で、旅一座の変装をさせて、私財と共にルデク領へ送り出しております」
「そうか。。。ロア、どうだ? 俺は嘘を言っているとは思えん。このまま連れて行って、首脳部の判断を仰ぐべきだと思うが」
「フレインの決断は間違っていないと思うよ。でも、フランクルトさん、ルデクが貴方を受け入れるかどうかは保証できません。貴方は前の第六騎士団長、ナイソル様を討った将だ。ここにいるウィックハルトを始め、収まりのつかない人からの風当たりは強いと思いますが?」
フランクルトはチラリとウィックハルトへ視線を移し、小さく黙礼をすると「覚悟の上です」と答える。
「西のルブラルへ亡命する方法もあったのでは?」ツェツィーが疑問をぶつけると
「私のいた砦から西の隣国は遠すぎました。家族を逃すのが難しかった。それに、ルデクには親族がおりましたので」
ルデクとゴルベルは元は平穏な関係であったから、国民の行き来は普通にあった。親族がいるというのはそれほど珍しい話ではない。
「ここで延々と議論しても仕方ねえだろ、連れてくんならそろそろ決めろや」ノースヴェル様の言葉で僕は決断する。
「ゴルベルの貴重な情報源でもある。とりあえず連れてゆこう。ウィックハルト、いいかい?」
ウィックハルトはずっとフランクルトを睨んでいたけれど、ふっと視線を外すと「異論はありません」と答える。
「ひとまずゲードランドまでは連れてゆきます。そこからは状況次第で。場合によっては海上待機やゲードランドでしばらく拘束させてもらう可能性もありますが、良いですか?」
「構いませぬ」
こうして僕らはフランクルトという想定外の珍客を連れて、ゲードランドへ帰港することになったのである。