【第118話】帝国騒動⑤ 再会
ツェツェドラ皇子を迎えに行く道中、ルファから手紙で事情を聞いたザックハート様が仕事をほっぽり出してやってきて、ルファに「おやすみじゃ無いなら、お仕事サボっちゃだめ!」と怒られて悲しそうに同行を断られた以外は割と順調に進む。
ザックハート様は濡れた子犬のような寂しそうな顔で、僕らを見送っていた。
そうしてたどり着いたヨーロース回廊のルデク側の入り口近くの砦。待っていたのは第五騎士団の騎士団長、ベクシュタット様。
ベクシュタット様はなんというか、、、すごく”きっちり”している人だ。髪もピチッとしているし、服装の乱れも一切無い。
そんなベクシュタット様についての僕の未来の記憶だけど、実はあまりない。と言うのもこの人、あまり目立つ事を好まぬ性格で、功績があっても全て他人に譲ってしまう稀有な人なのだ。
ただ、後世、ある意味では一番有名な人でもある。
レイズ様の功績の中で、対帝国戦で積み重ねたものの中にはベクシュタット様の功績も混ざっていたりする。
僕くらいちゃんと調べないとわからないような話だ。レイズ様も功績を横取りしたと言うよりも、黙して闇に埋もれるよりは、ルデクの民の士気を保つために利用したのだろう。
そんなベクシュタット様の大きな特徴といえば
「、、、、、」
「、、、、、えっと、ベクシュタット様?」
「よく来た」
「、、、、あ、はい。出迎えありがとうございます。今回もお世話になります」
「我々はさして、何も」
、、、、、ものすごく寡黙なのである。
これがベクシュタット様が目立たぬ理由の大きな一因になっている。
それからベクシュタット様の特徴がもう一つ。
「後は文書で」
それだけ言うとさっさと砦の奥へと引っ込んでしまう。立ち去る前に手渡された手紙を開くと
『この度は遠路はるばるご苦労である。帝国の要人を迎えるという大任を任されてさぞ心労のことだろう。今日はせめて砦でゆっくりされるがいい。また、以前、ヨーロース回廊を訪れた時も、塩対応ですまなかった。帝国と第五騎士団の関係に鑑みてどうか理解してもらえると嬉しく思う。そういえば今回迎える要人とは、先日の南の大陸の姫の伴侶であると聞いた。驚きだ。見てみたい気もするが、私に失礼があったら申し訳ないので遠慮しておこう。本当は少し興味がある。それから、、、、、、、』
とまあ、これでもかと言うほど文字が連ねられている。ベクシュタット様は手紙魔なのだ。
そのため、ルデク滅亡の後年見つかった多数のベクシュタット様の手紙は、ルデクの内情を知るための貴重な資料として研究者の間で重宝されることになる。
ともあれ、根は悪い人ではない。職人肌で人望も厚い。
ベクシュタット様の温情に遠慮なく甘えた僕ら。鋭気を養った翌日、僕らは再びヨーロース回廊へと足を踏み入れた。
4000の兵のうち、帝国側まで行くのは1000だけだ。こちらとしても無駄に兵を率いていって帝国を刺激したくはない。そもそもヨーロース回廊は大軍を動かすのに向いていない場所だ。
3000は入り口付近で待つ。何かあれば即座に後詰めできる態勢となっている。
ここまでなんとなく緩んだ空気の中進んできたけれど、帝国領が近づくにつれて部隊に緊張感が出てきた。
そんな中、周囲を和ませているのはルファの存在。
「ルルリアちゃんいるかな?」
「いるといいわね」
ラピリア様とのほほんとした会話が聞こえて、少し肩の力を抜くことができた。
「ああ、見えてきましたね」ウィックハルトの言葉を聞くまでもなく、回廊の出口に2000ほどの兵士が待ち構えていた。
近づけば、正面にいつか見た大剣を背負った大柄の将と、その横にも見知った2人の姿が確認できた。
「ツェツェドラ皇子、ルルリア姫、それにガフォル将軍、お久しぶりです。第10騎士団所属、ロア隊、ゼウラシア王の命により、ツェツェドラ皇子のお迎えにあがりました」
そう言って跪くと「そんな大そうなことしなくていいわよ」という声が頭上からする。無論ルルリアの声だ。
「しかし、、、」と言いながら上を向けば、ルルリアが「もう、察してよ。ここにいる人たちには形式ばったことしなくて大丈夫だから!」と楽しそうに言う。
ツェツェドラ皇子に視線を移せば、穏やかに微笑みながら頷いており、ガフォル将軍も渋い顔ながら同じように頷いた。
そこまで確認して立ち上がった僕は「何? ルルリア様はもう本性がバレたの?」と軽口を叩いてみる。
「様もいらないわ。ロアたちには格式張ったものは不要とツェツィーも了解済みよ。ね、ツェツィー?」
ツェツィーと呼ばれた皇子は
「ええ。ロア殿のおかげで私は命が助かったようなものです。何も知らずにフィレマス兄上の呼び出しに乗っていたら、どうなっていたことか、、、ですので、私にとって貴方は恩人。どうか、私のこともツェツェドラと呼び捨てで構いませんよ」
「いやいや、それは流石にまずいでしょう」
「なら非公式の場ではツェツィーって呼べば? それなら知らない人は誰のことを言っているかわからないし」ルルリアが提案して、ツェツィーは「それは良いね」と同意する。全く良くは無いけれど、断れない雰囲気だ。
「えっと、、、まあ、呼び方の件は分かりました。それで、ずっと気になっていたんだけどルルリア、君の格好は、、、?」
そう、会った時からずっと気になっていたのだが、ルルリアは姫らしからぬ格好というか、随分と動きやすい服装、、、具体的にいえば、認めたくは無いけれど騎乗するための服装によく似ているというか、、、
「え? 私も一緒に行くに決まっているでしょ?」としれっとのたまうルルリア。
僕がコメントに困ってツェツィーに説明を求めると、代わりにガフォル将軍が答えてくれる。
「ルルリア様たっての希望である。可能であれば私が同行してツェツェドラ様をお守りしたいところだが、叶わぬ以上、ルルリア様のような機転の利くお方が同行されるのは頼もしい。ルルリア様の行動力は、第二皇子の一件で嫌というほど分かったのでな」
言いながらガフォル将軍は本当に複雑な顔をしている。
、、、、ルルリア、本当に何をしでかしたんだか。
「そうなんですか、、、え? ガフォル将軍は同行されないのですか?」
この場にいるので当然同行するかと思った。
「、、、、もし、逆の立場でレイズが我が帝都までやってくると考えればいかがか?」
それは、間違いなく快く思わない者が出てくる。交渉には逆効果だ。
「確かに。ご配慮に感謝します」
「貴殿に感謝されるものではない」と、そっぽを向いてしまう。僕の言葉が気に入らなかったというよりも、同行できない歯痒さゆえって感じだ。
「他に質問はない? じゃあ決まり! あ、ルファがいるじゃない! 久しぶり! 元気にしていた!?」
言うなりルファの方へと走り去ってゆくルルリア。
その後ろ姿を見ながら、僕はツェツィーに話しかける。
「、、、、いつもあんな感じ?」
ツェツィーは微笑みを絶やさぬまま「ええ。大体。毎日飽きません」と答えた。