【第109話】ホグベック領④ ドリュー、起動する。
ウィックハルトの実家にお邪魔して3日目。
その朝僕は、オーパさんの大きな声で目が覚めた。
「無理です! 死んでしまいます!!」
そんな風に言っているように聞こえて、慌てて飛び起きて声の場所へと向かう。
声は玄関のほうからしていた。
急ぎ辿り着いた僕の目の前には、ドリューの腕を掴むオーパさんの姿。ドリューはオーパさんを引きずってでも外に出ようとしているようだけど、いかんせん力がないのでその場で足踏みしているだけだ。
「ドリュー! どうしたの!?」
「あ、ロア良いところに。ちょっと部屋に帰りたいので、馬を出してください」
「部屋って? 王都の? なんで急に」
「それはもちろん、作りたいものがあるからに決まっているでしょう?」何を当然のことをとばかり首を傾げるドリュー。
「そんなこと言っても王都へ帰るのは少し先だよ?」
「ロアが馬を出してくれないのなら、歩いてゆくので大丈夫です」と、踵を返すドリュー。
「先ほどからずっとこんな感じで!」と困り顔のオーパさん。
「騒がしいな朝から」
「何事だ」
双子があくびをしながら登場すると、その後から次々とみんながやってくる。
オーパさんからドリューが出てゆこうとするのを止める役割を交代した僕は、そのままの体勢でみんなに状況を説明する。
「なんだ面倒な」
「我儘は良くない」
双子がそれを言うかとは思ったけれど、それはさておき。
「同じ顔は黙っていてください。頭の中の完成型が崩れます。うるさいです」突然のドリューの暴言に双子が色めきだつ。
「おいロア、そいつ黙らせていいか?」
「ちょっとモーニングスター持ってくるからそのまま捕まえていろ」
ダメに決まっているでしょ。君らはすぐ暴力で解決しようとするな。
「あの、もし良ければ町の職人の工房を借り受けましょうか?」ウィックハルトの父である、領主様が気を遣って提案してくれる。
「いえ、この年の瀬に職人さんも休んでいるでしょう? それは申し訳ないです」僕が遠慮する横で、ドリューがまたとんでもないことを言い出す。
「ちゃんとした設備でないとダメです。なので王都に帰ります」
ちょ、ドリュー。それは失礼でしょ!?
と、止まらないドリューのおでこをペチンと叩いたのはラピリア様だ。
「ドリュー。良くないわよ。みんなに謝りなさい」
ラピリア様に怒られたドリューはそこで初めて「ごめんなさい、、、、」と小さくなった。
その様子を見てから小さくため息を吐いたラピリア様。
「ドリュー、リーゼの砦に行きましょう。あそこなら軍部用の工房があるから他の人に迷惑がかからないわ」
ラピリア様の言葉ですぐに目を輝かせるドリュー。
「そうですね! では早速行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今日は今年最後の日ですよ? 後一日だけでもゆっくりされては、、、」ウィックハルトのお母様が慌てるも、ラピリア様は小さく首を振った。
「多分ドリューも我慢できないと思うので、私たちだけ先に出発します。元々明日にはリーゼに向かう予定でしたから。他の人たちはこのまま新しい年を」
「それは流石にラピリア様に悪いから、僕も、、、」と言いかけたところで、ラピリア様から止められる。
「いい? 出発前に言ったけれど、私は先に休暇を貰っていたから、ここには半分仕事で来ているの。あなたたちは休暇。それにロアがついてきたらウィックハルトだって気にしてゆっくりできないでしょ。ちゃんと休むのもあなたの仕事よ」と諭される。
僕は「はい」と答えるしかない。
「そう言うわけで、先に行くわね。また後日、リーゼの砦で。それからホグベック卿、奥様、オーパさん、セシリア、お世話になりました。慌ただしくてすみませんが、また!」
そう言い残したラピリア様は、ドリューを連れて風のように去っていった。
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朝は一悶着あったけれど、ラピリア様の言う通りだ、僕らはちゃんとお休みを満喫するべきだ。そうでなければ歓待してくれるホグベック家に失礼でもある。
気を取り直し、その日はオーパさんやセシリアも連れてホグベック領の観光。風は冷たいけれど、天気は良い。
途中ハウワースの牧場にも立ち寄り、この場で年を越す牧場の人たちと歓談しながら、温かいミルクをご馳走してもらう。
蜂蜜を混ぜて甘くしたホットミルクは、冷えた体に染み入った。
僕らが歓談している間、アロウは故郷でしばしの休暇。仲の良かった馬とも再会して嬉しそうで何より。
それから僕はタイミングを見て、セシリアと話す時間をとってもらった。
僕は素直に「今は第10騎士団で頑張ることに精一杯で、色恋に気持ちを割く余裕がない」と言うことを伝える。
セシリアは「ならば仕方がありませんわ。ですが、それならまだ私にもロア様を振り向かせる可能性はあると言うことですわね」と返されて、僕は苦笑する。
セシリアは良い娘さんだ。ほんの少しだけ勿体ないなとも思ったのはここだけの秘密だ。
そして夜。頃合いを見計らって、それぞれグラスを持ったまま外へ。
今日も澄んだ夜空に満天の星が瞬いている。
少しすると町の方から鐘の音が響いた。
「新しい年に!」領主様の掛け声で、みんながグラスを夜空へ掲げる。
僕らの国が滅亡したその年に、僕は再び足を踏み入れたのである。