【第105話】螺旋
ウィックハルトの実家に出発する前日、僕とウィックハルトはレイズ様に呼び出された。
「年末の挨拶も済ませたし、なんだろう?」
「さあ、私は呼んでくるように言われただけですので、、、」
そのように困った顔をする伝令の兵士は、見慣れない人だった。
「いつもの人はどうしたんですか?」
聞けば、いつもの伝令の人はゼッタ平原で怪我をしたのだという。
レイズ様の指示を前線に伝えるために戦場を駆けていたところ、流れ矢に当たってしまったそうだ。
命に別状はないとのことだったので一安心だけど、当たりどころが悪く復帰には時間がかかるそう。
新しい伝令の人は、この間の新兵演習を終えて配属されたばかりなのだとか。
「そうなんですね、お大事にって伝えてください」
「分かりました」
そんな会話をしながらレイズ様の元へ向かうと、いつもの3人が待っていた。
「来たか。じゃあ、行くぞ」
早々に席を立つレイズ様、僕は訳もわからず後に続く。こういう時は説明を求めても答えてもらえないのは良く分かっている。いい加減慣れたものだ。
けれど進む先でおおよその目的地に見当はついた。予想通り、辿り着いたのはドリューの部屋。
「入るぞ」返事も待たずに扉を開けるレイズ様。その先には相変わらずぐったりしているドリューの姿が。
「あれ? ジュディアノとホーネットは?」部屋にはドリューしかいなかったので聞いてみる。最悪、愛想をつかされたのかな?
「2人は先日、年末休暇で帰郷しましたよ?」
「あ、そうなの。残念。弩のお礼をしたかったのだけど、、、」
ゼッタ平原の勝利を決定付けた弩。その量産に活躍したのはジュディアノとホーネットの2人だ。
ドリューは生み出すまでは天才的だけど、人に説明するのはめちゃくちゃ下手だ。ドリューの説明をちゃんと理解して、指示する人材がいる。
ジュディアノとホーネットは、その役割を担うために採用されたのだと聞いた。
そして2人は役割をしっかりとこなし、大急ぎで僕らに2000近い弩を送り届けてくれたのである。彼らはゼッタ平原の大戦における影の立役者と言って過言ではない。
とはいえ、いないものは仕方がない。今度会ったらお礼をと思いながら、先延ばしにした僕のミスだ。年が明けたらトランザの宿でご馳走しようかな。
ともあれ。
「それで、今回は何ができたんですか?」
「これですよ?」とドリューが差し出す棒を受け取る僕。レイズ様は僕の様子をニヤニヤしながら眺めている。当ててみろと言うことかな?
と言っても、手にしたのは棒だ。槍の柄のような長さがある。一方はなんの変哲もないけれど、片方には溝のようなものが掘ってあった。
この溝、、、、なんか見たことあるな?
少し考えて辿り着いたのは瓶詰めだ。瓶と蓋をしっかりと固定する螺旋。
「、、、、もしかしてこれ、螺旋の先につながるものがあるってことですか?」
「なんだつまらん、気づいたか」
「いや、ここまで見せられたら気づくでしょう?」
「それもそうか。では、答え合わせと行こうか。この場所では組めんからな、外に出よう」
そのように言いながら僕から棒を受け取るレイズ様。いつの間にかグランツ様の手には槍が握られている。
外に出ると、レイズ様は持っていた棒をグランツ様へ手渡した。
グランツ様は螺旋の部分を槍の底に当てるとクルクルと回し始めた。もう見るまでもない。
棒と槍は固定され、あっという間に通常の倍の長さの槍、、、、つまり長柄槍へと姿を変える。
「どうだ? これなら持ち運びの邪魔にならんし、戦場でも使えるだろう」自慢げに胸を張るレイズ様。いや、参った。ドリューの発明を利用して戦場を有利に進めていたとは知っていたけれど、、、、、
「確かにこれなら前線にも持ち込めそうですね」
「だろう? 練度の低い新兵には”これ”を持たせて見ようかと思う」
それからしばらくはレイズ様と長柄槍と長柄槍隊の運用について色々と話し合い、話もある程度落ち着いたところでレイズ様が「ところで話は変わるが、、」と切り出してきた。
「なんでしょうか?」
「ドリューが実家から半ば勘当状態なのは知っているな」
「はい」
「なので毎年この時期は、第10騎士団でも面倒見の良い部下にドリューの面倒を頼んでいたのだが、、、その者が先日の戦いで怪我を負ってな。今年は難しいのだ」
ゼッタ平原の戦いは、こんなところにも影響を及ぼしていた。
「、、、、はい」
「面倒を見ていた兵は、比較的ドリューの対応がうまくてな、、、ドリューはあの性格だから」
「、、、はぁ」いやな予感がするというか、嫌な予感しかしない。
「ロアはウィックハルトの実家に遊びに行くんだったな。それで、だ。ウィックハルト」
「はい」
もう分かっているけれど、ここは大人しく聞くしかない。
別にドリューが嫌って訳じゃないよ。ただ、今回は双子もいるので、何が起こるか分からない不安をぬぐえないのである。
「すまないがドリューも同行させることは可能か?」
こうして今回の旅路にもう一人、同行者が加わったのである。