【第11話】改革! 食料事情!②
食料庫を任された翌日、僕らは早々に買い出しに出かけた。
グランツ様に頼んで予算を出してもらい、ついでに人手も。流石に非力な僕と小柄なルファでは手に余る。
「ならコイツを連れて行け」と付けられたのがディックと言う大柄な兵士だ。
ディックはすごい力持ちだけど、のんびりとした性格でよく訓練もサボっているそうだ。そのため実力はあるのに常備兵には選ばれていない。
ちなみにディックに限らず、常備兵として常に出撃できるように準備している兵士以外は、持ち場の地域において、砦を作ったり街のインフラ整備などに駆り出されている。
比較的豊かな国とはいえ、流石に総勢で数万の騎士団を、常に遊ばせるほどの余裕はないのである。
ともかく、今日もルデクトラドの大通りは賑やかだ。ゲードランドの港に入港した商人や物もひっきりなしにやってくる。様々な人種が行き交う通りには、ルファと同じく深く青い髪を光らせる商人らしき人の姿もある。
そんな純血のサルシャ人は、ルファが闊歩するのを見て、少しだけおや、と言う顔をしながら通り過ぎてゆく。
やっぱり純血のサルシャ人の少女というのを、海を越えた場所で見かけるのは珍しいのだろう。
「けんど、野菜とか果物とか、保存に向かんもんばかり買ってどうするんだぁ? それに、この空き瓶は一体何に使うんだぁ?」
のんびりとした喋りかたのディックが軽々と抱えている箱の中には、根菜や果物、それに持って歩けるだけの大量の空き瓶を購入してある。
「うん。ちょっとした実験」とだけ答えて、僕らは人の波を縫うように王宮へと戻った。
王宮区画のすぐ近くにある第10騎士団の詰所。王宮に隣接するような場所にあるのは、第10騎士団と第一騎士団の施設だ。
調理師さんに頼んで、食堂の一角と大きな鍋を借り受ける。
「ディックさん、悪いけど水をたくさん汲んできてくれますか? それから薪も」
「おう、わかった」
「ルファは野菜や果物を切ってほしい。野菜は瓶に入れやすいように縦長に、果物は半分はドライフルーツにして、残りはジャムだ」
「ジャム? ジャムなんて作ってどうするの?」
「いいからいいから、できる? あ、そうそう砂糖は多めに入れて、甘すぎるくらいで」
「、、、、、分かった」
鍋の中に空き瓶を並べると、ディックさんが運んできた水を注いで竃に火を入れる。
「瓶なんか煮ても、食えないぞぉ?」と鍋を覗き込むディックさん。
「瓶を食べるんじゃないですよ。これは下準備です」
「野菜、切ったよ」
「ああ、ちょうど良さそうだね。それじゃあこれを瓶に入れよう」
熱々の瓶を火傷しないように慎重に取り出すと、その中に野菜を詰めてゆく。それから再び鍋の中へ敷き詰めると、瓶の中にもお湯が入るようにかけて、コルク栓を緩く閉めて再び熱する。
十分に加熱できたら、瓶の中の空気を押し出すようにしてしっかりとコルクで封をして、それから事前に用意しておいた蝋で蓋をしっかりと固定。
果物は煮詰めてジャムにしたら、同じように熱しながら封印。
「できた」ずっと竃の前にいたから汗びっしょりだ。
「はい、これ」見計らったようにルファから差し出されたのは果実の余りで作った果実水。少しぬるいけれど美味しい。呷るように一気に飲み干すと、ようやく人心地ついた。
「ありがとう。ルファ」
「ね、これで完成?」僕らの前には様々な種類の野菜とジャムが詰め込まれた瓶詰めが並んでいた。一応成功と失敗のサンプルを取りたいから、それぞれ5つずつ作ったので、それなりの量が並んでいる。
「そう。これで、、、そうだなぁ、10日から半月ほど食料保存庫に置いてみて、食べられる状態で保管できるか試してみるよ」
「半月? 本当に、こんな方法で保つの?」その視線はジャムに向けられている。野菜はともかく、ジャムが駄目になるのは勿体無いと思っている顔だ。
「どうだろうね? 野菜は中に入っている水が濁らなければ、多分成功。ジャムは開けてみないとわからないかなぁ。どれも匂いを嗅いだり、少しだけ齧って様子を見たりしないとだめだけど」
「こんな方法聞いたことない。本で読んだだけの割には手際がいいような、、、?」
「そうかな?」僕は平静を保ちながら背中に汗をかく。
手際がいいのは今から30年以上後の僕が、各地を放浪していたときに日雇いの仕事で作ったからだ。
瓶の形状や蓋も30年後とは違うから、上手くいくか分からないけれど、成功すれば萎びていない野菜やジャムが前線で口にできるはず。
「、、、、まぁ、結果が出てみないとなんとも言えないからね。そろそろ粗熱も取れてきたろうから、保管庫に移そうか。ディックさん、もう一仕事頼めますか?」
話題を逸らす僕。まだ少し納得していないルファが僕を覗き込んでくるけれど、これ以上はボロが出そうなので強引に進めよう。
そう思っていた僕に「何かしら? これは」と声をかけてくる人がいた。戦姫ラピリア様だ。のんびり者のディックさんも流石に直立の体勢をとる。
「ラピリア様? なんでこんなところに?」
「私のことはどうでもいいわ。それよりも、これはなんなのと聞いているの」
有無を言わせない口調に、僕は瓶詰めの説明をする。
「、、、、と言うわけで、成功すれば野菜やジャムが長期保存できるんじゃないかと、、、」
「、、、、本当に?」訝しげな視線を向けてくるラピリア様。
「まだ実験段階なので、、、、」
再び瓶に向けられる視線。主にジャムの入った瓶に。
「いいわ。なら、私も手伝ってあげる」
「はい?」
「この中からいくつか預かってあげる。違う環境で違いが分かったほうが良いでしょ?」
「まぁ、それはそうですが、、、、、」
「そうね。日にちもずらした方がいいわね。3日、5日、7日、10日、15日と段階を踏んで開けてみましょう」
「ああ、それはそうですね。じゃあ開けたら持ってきてください。味見しますから」
「私がするから大丈夫よ」
「え!? でも腐っていたら、、、、」
「問題ないわ。お腹は強い方なの」
「そうは言っても、、、、」ラピリア様におかしなものを食べさせたとあっては、僕の命が危ない。
「いいから。当然匂いも確認して、最初は少量で試してみるわ。決まりね!」
一方的に宣言したラピリア様は、止める間も無くジャムの瓶だけ5種類持って去っていった。
単にジャム、食べたかっただけじゃ…
「、、、、、、片付けようか」
最後にドッと疲れた気がするけれど、ともかく瓶詰め作業は終了したのだった。