【第101話】ゼッタの大戦16 4日目 一撃
「ゼーガベイン様、西門が開きますぞ」側近の言葉にゼーガベインは目を細める。
「さて、どうなるか、、、」言いながらもゼーガベインはほぼ勝ちを確信していた。ウィックハルトが裏切っていようが、罠であろうが門は開いた。
ならば、あとは数に任せてすり潰せば良い。
「兵が出陣して参ります。どうやら罠でしたな」
「構わん。やることは変わらぬからな。それよりも野うさぎの旗印はあるか?」
「見当たりませんな。ただ、見慣れぬ旗が一つ。月と、、、つばめ? 変わった組み合わせです」
「野うさぎがなければ良い。罠ではあったが、戦姫の動きを知らせてきただけでも儲けものだ。予定通り左右の両隊へ、逃さぬよう包み込めと伝えよ」
「はっ」
ゾロゾロと出てきたルデク兵を見れば、総数はおよそ4000程か。こちらは1万2千。勝負にもならぬだろう。
「なんとか間に合ったな、、、、」
ゼーガベインは空を仰ぎ、徐々に大きくなる雪を見つめると、一人呟く。
「全軍、準備調いました」
「うむ。では始めよ!」
ゼーガベインがルデク兵に向けて指を伸ばし、4日目の戦いは始まった。
ゼーガベインの指示通り、ゆっくりと確実にルデク兵を囲い込むように兵たちが動く。
両軍の動きを確認していた側近が、やや小首を傾げながら「敵は兵を分割するようですな。少数なのに」と報告してきた。
「いや、両側からの攻めを重装兵で抑えて、騎馬で中央の我が軍を狙うのであろう。中央に残っているのは全て騎馬のはずだ」
「なるほど」
「まさに乾坤一擲の戦いという訳だ、、、、いや、玉砕覚悟の特攻か。いずれにせよ残った兵で我が軍を貫き、私に剣を届かせるのは無理だな」
ゼーガベインの言葉は過信ではない。極めて客観的な考察だ。側近も「そうですな」と、ルデク兵に何処か憐れむ視線を向けた。
ゼーガベインと側近に余裕があったのはここまでだ。
直後、彼らは信じられぬ光景を見せつけられることになる。
自軍4000の兵のうち、前線にあった1000以上の兵が一瞬のうちに、まるで雪のように溶け消えたのである。
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同刻。ルデクも動き出す。
「では、ご武運を。ユイメイ、頼むぞ」
そんな言葉を残し、ボルドラス様は900を率いて右の部隊を迎え撃つ。
さらに左の部隊に対しても、別の重装騎兵とユイメイの騎兵隊から分配した900が構えた。
残すは僕らロア隊1800と、ユイメイの率いる騎馬部隊を合わせた2200の騎馬隊。これが突撃部隊となる。
時間稼ぎをしてくれるボルドラス様たちのためにも、時間をかけてはいられない。
「ロア殿、出撃の合図を」ウィックハルトの言葉に黙って頷いた僕は、雪降りしきる中敵陣を指差し「突撃!!」と叫んだ。
一斉に加速する騎馬たち。白く柔らかな地面が黒く踏み荒らされてゆく。
瞬く間に近づいてくるゼーガベイン隊。
相手も当然初撃に備えて待ち構えている。突撃を止めて、馬の勢いを減じたところを包み込んで潰す。対騎馬兵の常套手段だ。
だが、ゼーガベイン隊は知らない。
「弩! 構え!」
僕の合図で一斉に弩を取り出して水平に構えるロア隊。
「ウィックハルト!」
「はっ!」
弩の効果を最大限に発揮させるため、発射距離の見極めはウィックハルトに任せる。
雪の合間から敵兵の表情が窺えるくらいの距離になった時、
「第一射! 放て!!」ウィックハルトの命令で、最前列を走る騎兵から矢が放たれた。
予期せぬ距離から正確な弓攻撃。
完全に虚を突かれた攻撃を受け、次々に倒れるゼーガベインの兵士。しかし攻撃はこれで終わりではない。
弩の被害の大きかった場所へ最初の騎兵が突撃すると、後ろに続く騎兵は狙いをずらす。
「第二射! 放て!!!」
状況が掴めずに初撃の方向を見ている、周辺のゼーガベインの兵士が矢を受けバタバタと倒れてゆく。
それが4度続き、ゼーガベイン隊の前線は大きな被害とともに大混乱へと陥った。
「よし! 上手くいった! あとはこのままゼーガベインを狙い突っ切れ!!」
フレインが兵を鼓舞し、リュゼルは先頭で槍を扱きながらゼーガベインの部隊を切り裂いてゆく。
「おらあああ! このリュゼルの槍で貫かれたいやつから前にでろやああ!!」リュゼルが烈迫の籠った怒声とともに、物凄い勢いで敵を切り裂き進む!
僕の側では、混乱の中近寄ってきた敵兵が文字通り宙を舞う。ディックの棍棒に吹き飛ばされたのだ。
仲間が砕かれながら吹き飛ぶさまを見て、相手はさらに混乱の度合いを強めてゆく。
一気に後方まで進んだロア隊だったが、ゼーガべインの中でも精鋭の重装兵が行き手を遮らんと動き、勢いに翳りが。その向こうでは、ゼーガベインが逃げるために騎乗する姿が見えた。
まずいと思った瞬間、2つの影が最前線に躍り出た!
「どうラァ!」
「おうりゃあ!!!」
ユイメイの双子だ! 彼女たちはモーニングスターをぶん回して敵兵に襲いかかる! 棘のついた鉄球が顔面を直撃しては、重装兵とてひとたまりもない。
ユイメイは鉄球に怯んだ重装騎兵を次々と屠りながら、
「ロア!」
「決めてこい!」
と叫びながら道を切り開く!
「ありがとう!」
僕がその道を駆け抜けると、ついにゼーガベイン部隊を完全に突き抜けた。
「ロア殿、私が露払いを」
ウィックハルトが素早く弓を放ち、行手を遮ろうとするゼーガベインの側近を射抜いてゆく。
ゼーガベインも背を向けるのは危険と判断、馬首を巡らせ、槍を振るいこちらを睨みつけてきた。
「ウィックハルト! この卑怯者め!! 貴様の首、そこの砦に晒してやるわ!!」
叫びながらこちらへ駆け出すゼーガベインの目には、ウィックハルトと、ウィックハルトの弓しか見えていない。
そんなゼーガベインに向かって僕は、一つだけ撃たずにおいた弩を構え、しっかりと引き金を引いた。