【第99話】ゼッタの大戦14 4日目 思惑
夕日を背に3日目の日中の攻防が終わり、帰陣したゼーガベインは本陣でゆっくりと息を吐いた。
攻め手を緩めた今日は、両軍ともに被害は少ないが、それでも大将としての緊張感は変わらない。兜を脱ぎ、お茶に口をつけたところで側近から知らせが入る。
「ウィックハルトから使者が」
「通せ」
陣幕に入ってきたのはどこか飄々とした男だ。ゴルベルの兵装をしている。
「ウィックハルト様より、ゼーガベイン様への定期報告を命じられました」と手紙を差し出してきた。
ウィックハルトはゼーガベインが命じた通りに、状況を逐次報告するつもりのようだ。どこぞの身勝手な将に見習わせてやりたいものだ。
手紙は戦姫、ラピリア隊が援軍に砦に入ったことを知らせるものだった。
既にゼーガベインの元には、見張りから同じような情報が耳に届いている。
ラピリアが率いてきたのは2000の兵士。それほど多くない。どのように動くか分かったら可能な限り知らせるが、今のところ明日の計画に変更はないとある。
ウィックハルトを完全に信用したわけではないが、ローデライトへの不信感が勝り、ウィックハルトを信用したい気持ちに傾く。
今朝、ローデライトが陣幕に乗り込んできたところで、ゼーガベインはある決断をした。ローデライトに「今日の夜間の攻め手に一部隊増やす」と提案したのだ。
ローデライトは自分の策が重要視されたと考え、「なら今夜にはキツァルの砦に我が旗が立つな」と上機嫌で帰って行ったが、おめでたいことだ。
ローデライトが出ていってすぐ他の2人の将を呼び寄せると、ローデライトの動きに嫌疑ありと伝えた。
2人とも驚きはしたが、どこか思うところはあったようだ。強い反論はなかった。
ゼーガベインが「今日のローデライトの動きさえ抑えておけば、明日、あの砦を落とす策が私にある」と伝えると、2人ともゼーガベインの話を聞く姿勢になる。
話は単純。3日目の攻めは、昼夜で2部隊ずつに分けて、どちらも無理な攻めは行わない。特に夜はローデライトの動きを警戒するのが主目的で、砦への攻めは適当で良い。
「しかしそれで4日目に砦が落とせるのですか?」将の一人が疑念を呈する。
「ああ。仕込んである策がある。もしそれが失敗しても、ルデクの兵達は連日の攻めで死に体だ。被害の多寡はあろうが、総力戦で落とせるのではないかと踏んでいる」
「確かに、、、向こうも死に体ですが、連日の強攻では我らの方の被害も大きいですな。ここらで一息つければ兵も喜びましょう」もう一人の将が賛意を示し、本日の流れは決まった。
実際こちらの被害も見過ごせなくなりつつある。各部隊ともに1000名前後の戦闘不能者を出している。それでも1万6千、、、、いやローデライトの部隊は数に数えないほうが良いかもしれないが、差し引いても1万2千の兵はある。
対して、キツァルの砦に籠るルデクの兵は、7000ほどと聞き及んでいる。昨晩やってきたウィックハルトの話によれば、砦の中では2000名ほど戦闘不能者が出ているようだ。残るは5000ほどと言っていた。
今日はこちらが無理攻めはしなかったとはいえ、砦に籠る敵兵に、全く被害を与えなかった訳ではない。
ルデク側の今日の被害はどれ程だったろうか。100ということはあるまい。500も被害を与えていれば充分か? なら4500から5000が残存兵力。
そこに戦姫の2000が合流した。
ただ、一部の兵はウィックハルトに従い裏切りを検討している。そうなると50〜100名程度は寝返り予備軍と考えるべきか。いや、ウィックハルトを信用するのは、西の城門が開いてからだ。
我が軍1万2千に対し、多く見積もってルデクはおよそ7000、、、だが、戦姫は放っておけぬか、、少々面倒なことになった、、、、いや、待て。
ゼーガベインは思い付く。いっそ戦姫にローデライトをぶつけてはどうか? と。
あの男のことだ、戦姫と一戦交えられるとなれば、大喜びで乗ってくるのは想像に難くない。
仮にローデライトが内通しているにせよ、戦姫が相手となれば断れまい。内通の上の茶番でも対峙するはずだ。
それに、ローデライトに戦姫の相手をさせるとなれば、今行われている夜間戦闘をほどほどにして、撤収させる良い理由になる。
ならば、明日は1万6千の兵をまるごと使うことができることになるな。
2000の戦姫の部隊にローデライト4000をぶつけ、残りで砦を攻略する。これなら当初の予定通り、1万2千対、約5000。。。。。勝てる。間違いなく。
そこまで考えたところで、ゼーガベインは早速、夜襲に出ていったローデライトとその監視役の部隊へ早馬を差し向けた。
結果的に、その日の夜襲は短時間で切り上げられることになる。
全ては明日。4日目に全ての決着をつけるために。
夜襲の部隊が撤収した頃合を見計らって、ゼーガベインの元へウイックハルトの使者が再びやってきた。夕方来た者と同じ人物だ。
使者は再び手紙を渡して寄越す。
「ウィックハルト様より、決行は明日早朝と言付かっております」とだけ言い残し、使者は夜の闇へと消えていった。
手紙を見たゼーガベインは口角を上げる。
手紙には
「軍議で戦姫が打って出る事を提案して、意見が割れている。このままだと戦姫単独か、少数で出撃しそうだ。出撃は朝のうち東門から。ゴルベル軍の着陣が済む前に迂回して突入を考えているようだ。我々は東門に意識が集中して手薄になったところを見計らって、西門を開けようと思う。夜のうちから密かに瓦礫の撤去は進めておく。作戦が失敗した場合は西門近くで付け火を行うので、混乱を利用して攻め込んで欲しい」
とあった。
ウィックハルトの計画はともかく、ローデライトを東門に追いやる良い理由ができた。運はこちらに向いているようだ。
それに、戦姫が本当に東門から出て来るかは、ウィックハルトが本当に裏切っているかの判断材料の一つになる。
戦姫とローデライトがぶつかって、あるいは共倒れになれば、、、、、いや、ローデライトがルデクと通じているのなら、平然と戦姫と互角に戦って帰還した、などと嘯くだろう。
結果がどうあれ自分だけで勝ったような顔をするのが狙いか? まさか、戦姫とローデライトが示し合わせている? 戦姫が出陣したがるのは、裏でローデライトと密約でもあるのか? いや、そこまでは考えすぎか。
「ともかく。全ては明日だ」
ゼーガベインは手紙を丁寧にしまうと、外気ですっかり冷めてしまったお茶を一口すすった。
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3日目の夜。ゼーガベインが冷たいお茶をすすっていた頃。
東門の城壁の上、僕は白い息を吐きながら、ゼーガベインの陣幕へお使いに行ったサザビーの帰りを待っていた。
心配はいらないと思いつつも、やっぱりちゃんと出迎えるまでは安心できない。
「風邪ひくわよ」そのように声をかけてくれるのはラピリア様だ。
「ラピリア様こそ。部屋で待っていてください」僕が返すと。軽く足を蹴られた。
「、、、、、明日、ロアの考え通りになるかしら?」
「全部は無理だと思います。それに、うまく行ったらラピリア様には厳しい場所を請け負ってもらうことになります、、、、」
「ローデライトくらい大した相手じゃないわ。それに時間を稼げば良いだけでしょ?」
「はい。時間を稼いでくれている間に、決着をつけます」
「なら任せなさい」力強く請け負ってくれるラピリア様が、ふいに「あ」と言って、手のひらを差し出す。
僕も同じように空へと手を出せば、
白く冷たい冬の妖精が、手のひらにふわりと降り立ち、そのまますうっと溶けて消えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。99話まで来ました。次は100話。話の内容的にもちょうど良さそうなタイミングで100話を迎えることができます。次話もどうぞ、よろしくお願いいたします。