【第98話】ゼッタの大戦13 3日目 潮目
3日目の攻防戦の朝。
結局僕は昨晩から一睡もせずに、城壁の上の見張り台に立っていた。
ウィックハルト達からは休むように言われたけれど、少し休むにせよ、ゴルベルの動きを見なくてはおちおち目を瞑ることもできない。
現状、僕らにとって一番最悪なのは、ウィックハルトの進言を無視され、今日の戦いで全軍を以て攻められることだ。
ゴルベルの各部隊も2日間の強攻で千単位の被害が出ている。それでも1万5千程度はゆうに残っているはずだ。
総掛かりで攻めるとすれば、今日中に決着をつけるつもりだろう。夜まで延々と攻められれば、かなり厳しい。おそらくほぼ、守りきれない。
だからこその策だ、あと一日持ってくれれば、雪が降る、、、、はずだ。空は曇天だけど、何も降ってくる気配はない。けれど今頼れるのは天候、もっと言えば敵の軍師、サクリの読みだけだ。
なので今日、ゴルベルがどのように攻めてくるかはキツァルの砦の命運を決めると言っても過言ではない。
だから、今、眠りに落ちるわけにはいかない。
もしも、もしも全軍で攻め寄せてくるのなら、僕は撤退を進言しなくてはならない。もし、聞き入れてもらえないのなら、僕らロア隊だけでも逃げる。
誰になんと言われようと、僕はこんな場所で死ぬわけにはいかないのだ。例え僕以外の全員が反対したとしても、一人でも逃げる。これは僕の、僕だけの覚悟。
逃走のことも考えれば、とにかくゴルベルの動きを確認しなければ始まらない。
だけど、肝心のゴルベル軍の動きが鈍い。前日までであれば既に動き出しているはずのゴルベル軍は、まだ僕の視線の先で沈黙している。
「どうかしら?」
見張り台にホックさんとボルドラス様も上がってきた。
今この見張り台を破壊する方法があれば、キツァルの砦の陥落は確定するな。なんてことが頭をよぎり、少し愉快な気持ちになる。
「ロアちゃん、、、、少し休んだら?」
無意識のうちに笑っていたみたいだ。ホックさんが少し心配そうに僕の顔を覗き込む。
「大丈夫です。ゴルベルの動きだけ確認したら、少し休みます」
そのように言いながら、僕は敵陣営から視線を外すことはない。
「あ、、、、」
ようやくゴルベルの軍が動き始める。
旗印はゼーガベインと、もう一隊。
固唾を飲んで見守るも、残った2隊に動く気配はない。
「、、、、、ウィックハルトの命懸けの策は成功したみたいです、、、、これで、少しは、じか、んが、、、、、」
その言葉がちゃんと口から出たか分からない。僕はそのまま意識を失った。
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「あ、やっと起きた。こんな時に爆睡するなんて、アンタ意外と図太いわね」
目を開きその言葉の主を確認した時、僕はまだ夢の中だと判断した。
「ラピリア様? 、、、、がいるわけないか。いてくれればもっと楽に、、、」
もう一度目を閉じようとする僕のおでこがパチンと叩かれた。
「いつまでも寝ぼけてるんじゃないわよ。さっさと起きなさい!」
今度こそ覚醒した僕の目の前には、確かにラピリア様がいる。
「え? なんでラピリア様が?」
「なんでって、救援に来たに決まっているでしょ?」
「それじゃあ第10騎士団が!?」飛び起きる僕に、ラピリア様は首を振ると、「ご期待に添えなくて悪いけど、砦に来たのはラピリア隊だけよ」と答える。状況が全く分からない。
「そもそも今は、、、、」
「もう夜です」とウィックハルトが説明してくれる。僕は結局、日中通して寝ていたのか。
「状況は!? どうなっているの!?」
慌てる僕にラピリア様が呆れたように鼻を鳴らしながら「まだ寝ぼけているの? 私がここにいるって事は守りきったに決まっているじゃない」と言った。
「今日は大きな被害もなく。相手も無理攻めを行いませんでした。ロア殿の策のお陰かと思います」
ラピリア様の言葉をウィックハルトが補足してくれる。
「、、、、そうですか、、、よかった、、、それで、ラピリア様はどうしてここに?」
「言ったでしょ。救援に来たって」
「でもレイズ様が来ていないってことは、まだ南も戦闘中なんじゃ、、、」
「私はレイズ様の指示で、もともと後からキツァルの砦に物資を運んで来る予定だったの。予定より物資の準備が遅れたから、ルデクトラドを出るのが一番遅くなってしまったけれど。それでも本当は昨日、近くまで来ていたのよ。砦に入る隙がなかったからどうしようかと思ったわ」
「そうなんですか、、、」
「最悪、砦が危険な状態になったら物資を捨てての救出も視野に入れて、様子を見ていたの。今日になってようやく敵の攻撃の手が緩んで隙ができたから、こうして入ってこれた」
なんだか引っかかる話だ。ラピリア様が率いる部隊であれば、多少強引にでも城門の敵を蹴散らしながら砦に入ってくることができそうなものだけど。
少し釈然としない顔をしている僕を見て、ラピリア様はふふん、とレイズ様のように口角を上げながら、「せっかく持ってきたお土産を壊したくなかったのよ」という。
「お土産?」
「ええ。これ」
差し出されたラピリア様の左手。
その手には弩がしっかりと握られていた。