【第97話】ゼッタの大戦12 3日目 仕掛け人達
2日目の夜の攻防も深夜にようやく終わりを告げ、ローデライト軍が退いてゆく。
僕らはどうにかローデライトの攻めを凌ぎ切るも、兵士の多くはその場に崩れ落ちる。予想した通り、疲弊の速度が通常よりずっと早い。
それでも明日も戦いはある。誰も彼も見張の兵を残して重い足取りで宿舎へ戻ると、そのまま泥のように眠りにつくだけだ。
僕もきつい、体力で言えばこの砦の中でルファの次ぐらいにない。もしかするとルファにも負ける恐れはある。
気を抜けばこのまま夢の中に誘われそうだけど、僕、いや、僕とリュゼルにフレイン、それにルファも、東門近くの城壁の端で暗闇を凝視していた。ディックはいつでも東門を開けられるように下で準備している。
誰も何も話さない。ただ黙って帰りを待つ。僕らの仲間を。
どれくらいそうしていただろう。
砦の外から人影が駆け寄ってきた。
背格好からして間違いない。ウィックハルトだ。
「ディック!」僕の言葉に呼応したディックがわずかに城門を開くと、人影が滑り込んできた。
「遅くなりすみません。つけられている心配があったので様子を見ていました」
そんな風に言いながら松明の明かりに照らされるウィックハルトは元気そうだ。表情を確認した僕はようやく肩の力を抜くと、肩の力どころか全身の力が抜けてしまい倒れそうになる。
「おおっと」倒れかけた僕をディックが抱えてくれた横を、ルファが駆け抜けるとウィックハルトに抱きついた。
「やってくれると信じていたが、どうだった?」リュゼルの言葉に力強く頷くウィックハルト。
「明後日、城門を開けるという約束をして、ローデライトのことも伝えました」
僕はウィックハルトを送り出すにあたって、一つ助言をしていた。「ローデライトのことはギリギリまで話さなくていい」と。
最初からローデライトの話をすれば警戒される。だからとにかくローデライトのことは伏せて、内通を希望してほしいと伝えておいた。
ゼーガベインがほんのわずか、爪の先でもウィックハルトを信用した時、初めてオマケのように話す。ゼーガベインはどう思うだろう。取り入りたいウィックハルトが、必死に気に入られるためのネタを出してきたと思わせられれば良い。
「ロア殿に言われた通り、戦場で下手にローデライトを問い詰めれば後ろから狙われかねない。いずれゴルベルへ戻った際に、私が必ず証言台に立つので、それまでは内密に、とも話してあります」
「完璧だよ、ウィックハルト」僕は心の底から称賛を伝える。
「ありがとうございます」爽やかな笑顔で返すウィックハルト。
和やかな空気が漂う中で、「ちょっと、俺の方は出迎えもなしですか?」とおどけながら城門を滑り込んできた男がもう一人いた。
ゴルベル兵の軍装を纏ってはいるが、こちらも見間違えることはない。
僕が放っていたもう一つの毒矢、サザビーの帰還である。
「ごめんごめん、サザビーもお疲れ様。首尾はどうだった」
僕の言葉にサザビーは大袈裟に両手を広げて、「そりゃもうバッチリです。明日の朝までにはゴルベル中が俺の流した噂で持ちきりですよ!」などと大言を吐いた。
「いや、ローデライトに伝わればいいんだけど、、」
サザビーが担ってくれたのはローデライト軍に噂を巻き散らすことだ。僕がみんなの前でこの作戦を披露した際、「できればローデライトの方にも噂を流したいんだけど、、、、」とこぼした言葉をサザビーが拾ったのだ。
「俺なら噂、ばら撒けますけど? そういうの得意なので」と。
自称王の書記官は、まるで簡単なことのように請け負うと、敵兵の骸から剥いだゴルベルの兵装に着替え、ウィックハルトと共に砦を出たのだった。
2人は文句なしに仕事をこなしてくれた。これで失敗したら僕の考えが間違っていたということだ。もしこの策で誰かから非難されることがあるのなら、僕が全て受けよう。
後は、夜が明けて動きがあるか、、、、
空はもうすぐ白む時間。僕は空に溶けゆく星をじっと見つめた。
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3日目の朝「ゼーガベイン! 話がある!」と、陣幕の向こうからのがなり声でゼーガベインは叩き起こされる。非常に不快な目覚めだ。
「おやめください! お休み中です!」と必死に止める部下の声も聞こえる。
「うるさい! 昨夜も同じことを言いおって! これ以上邪魔をするなら斬るぞ!」
短慮な男だ。確かに昨日も一時何やら騒がしかったが、この男が原因か。無視しておきたいが、部下を斬られても困る。
「こんな朝早くから何事だ!」ゼーガベインが声をかけると、困った顔の部下が「ローデライト様が御目通りを願っておりますが、、、」と言うが、言われなくても分かっている。
「、、、、、通せ、それから熱いお茶を、、、」
「気が利くな、頼むぞ!」部下の横からずかずかと入ってきたローデライトの言葉に眉根を寄せながら「、、、2つ用意せよ」と伝える。
裏切り者が、何を偉そうに。
昨晩、ウィックハルトから聞いた噂。それはゼーガベインにとって心当たりのある話だった。「ローデライトは自分の功績のためにルデクと通じている。自らの戦功を得る代わりに、ルデクに情報を流している」と。
実際にウィックハルトはこの戦いの最中、夜間にゴルベルの使者と思われる兵が、第四騎士団と接触したのを見たという。夜間に攻めているのはローデライトだ。それも夜襲はこいつが勝手に始めたことだ。なら、その使者がローデライトの手の者である可能性は高い。
確かにローデライトがルデクと通じているなら、こいつの無駄に多い戦功にも納得ができる。この男の華々しい戦功の割に、ゴルベルの領土はさして増えてはいないのだから、なおさら疑惑は深まるばかりだ。
この男が出ている戦場でも失敗するのは全て別の将兵だ。こいつが情報を流しているのなら、それも納得できる。
ウィックハルトに指摘されてから考えれば考えるほど、ローデライトが怪しく感じる。
ところが、乱暴に陣幕へと入ってきたローデライトはどかりと椅子に腰を下ろすと、驚くべきことを口にする。
「ゼーガベイン! お前、まさかとは思うが敵と通じているのではなかろうな!?」
「なんのことだ? 事と次第によってはローデライトと言えど許さんぞ」
「貴様の陣営に敵兵が出入りしているのを見たと言う話を聞いた!」
昨日のことが何処かから漏れたか? ゼーガベインは内心で舌打ちをする。だが、ローデライトに言えば、そこからルデクに情報を流されるかもしれん。ゼーガベインは殊更不快な顔をしながら言い返す。
「もう一度言うぞ。一体なんのことだ? その、見たと言うのは誰でいつのことだ?」
「、、、ぐ、、、、それは、まだ分からん」
ゼーガベインの予想した通り、大した確認もせずにやってきたか、、、、
「つまらん噂に踊らされるな。。。。そうだ、それよりも提案がある。今後の戦略についてだが、、、、」
ゴルベルの陣内は、にわかに不穏な空気が漂い始めていた。