【第10話】改革! 食料事情!①
ルファと名乗った少女は、少し赤みがかった大きな目と、鼻梁の通った美人さん。けれど、一番の特徴はその髪の色だ。窓から差し込む光に反射して青くキラキラと光っている。
海を越えた南の大陸、サルシャ人の特徴だ。
理由は分からないけれど、この青い髪は純血のサルシャ人だけが持つ特徴らしい。
例えば僕らの国、ルデクの民と結婚した場合、その子供は金や赤、茶色い髪色になることはあっても、青い髪にはならない。
ルデクには南の大陸から多くの船乗りがやってくるので、純血のサルシャ人自体はそれほど珍しくはない。
僕らの住む王都、ルデクトラドでもそれなりに見かけるし、この国一番の港町、ゲードランドの港は、少し大袈裟に言えばサルシャ人だらけだ。
ただ、ルファのような年頃の少女というのはかなり珍しい。やってくるのは大概商人か船乗りだ。稀に家族で移住するような者もいるが、他国の騎士団の中にいるのは異質と言える。
ついつい品定めをするように見てしまった僕に対して、グランツ様の後ろに隠れてしまうルファ。僕は慌てて不躾な視線を謝罪する。
「ごめんごめん、サルシャの女の子ってこの辺だと珍しかったから、つい。他意はないんだ。僕はロア、ルファって言うんだね。宜しく」
なるべく笑顔で手を差し出すと、再びグランツ様の後ろからおずおずと顔を出してくる。なんか、小動物に餌付けをしているみたいだな。
「まあ、少しずつ慣れるだろう。互いに困ったことがあれば私に言うと良い。それじゃあ後は任せた! そうだ。人手が足りなければ言ってくれ、暇そうなのを手伝わさせる。では!」
それだけ!? と言うほどあっさりと引き継ぎが終わり、僕とルファだけがその場に取り残される。
しばしの沈黙。頬をかきながらルファの方を見ると、ルファもこちらを覗き見る。
「、、、とにかく在庫を確認してみようか? ルファ、文字は書けるかい?」
僕の問いにこくりと頷きで返してくる。
「ちなみに計算は? あ、できなくても大丈夫だよ」
その質問にも肯定。なるほど、思った以上にちゃんとした教育を受けているな。と言うことは、奴隷として売られて来たとかではなさそうだ。
「よし、それじゃあ、僕は箱の中身を確認するから、ルファはグランツ様に頼んで帳面をもらってきておくれよ」
「分かった」初めて会話が成立し、僕は少し嬉しく思う。
グランツ様の元に走るルファの後ろ姿を見送ってから「じゃあ、始めようか」と伸びをして箱の中身を確認し始めるのだった。
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ルデク王国が滅んだ未来の中で、僕は40年間大陸を彷徨っていた。
比喩ではなく、定住地を持たず色々な国を渡り歩いた。行く先々で日雇いの仕事をして、ただ漫然と生きた。
どこに行こうと夜になれば悪夢が待っている。繰り返し見た、取り戻せない平穏な日常。それに耐えきれず、逃げるように。
定住の地を求めてと言うよりは、死に場所を求めていたと言う方が正しいように思う。
結果論ではあるけれど、僕は40年間のうちに様々な体験をした。この国にはない発想、この時代にはない技術。生きるために、あるいは死ぬために。
それが今、役に立つことがあると言うのは皮肉な話だ。
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「、、、、肉だね」
「うん。肉。。。。」
帳面を持って戻ってきたルファにも手伝ってもらって保存食の箱を次々と開けてみた結果、驚くべきことが判明した。
肉しかない。全てが薄くスライスして干した干し肉。他には何もない。
それなりの広さのある保存庫にある木箱の全てが干し肉。なるほど、それなら古いものを手前に移せば後のことは気にしなくていいだろう。肉しか受け付けない生き物かな?
「それにしたって、干し果実とまでは言わないけれど、魚を干したっていいだろうに、、、、」
少し呆れ気味に言う僕に
「そういえば、騎士団の人が「保存食は飽きた」って言っているの、聞いた事がある、、」
そりゃあ飽きるだろう。遠征中、毎日毎日馬鹿みたいに干し肉だけ齧っていれば。
「これはなるべく早く保存食の改善をレイズ様に話した方が良いね。こんな塩辛いものを齧るだけじゃ健康にも良くなさそうだ。。。。せっかくなら瓶詰めは出来ないかな?」
「びんづめ?」聞きなれぬ言葉に首を傾げるルファ。しまった、まだこの時代には瓶詰めはなかったんだった。
瓶詰めが世に出るのは30年後の帝国領だ。野菜なども長期間保存できると言うことで、軍隊どころか市民にまで爆発的に普及した。
僕が死ぬ40年後には、瓶詰めの専門店ができるほどだったが、今はまだ存在しない。瓶そのものはあるのだから、やろうと思えば瓶詰めを作ることは不可能ではないはずだ。一度試しに作ってレイズ様に提案してみよう。
僕が思考の海に沈んでいる間、ルファは僕をずっと見ていた。その視線に気づいた僕は、慌てて言葉を取り繕う。
「本で読んだんだ。古来の保存方法、失われた技術なんて呼ばれている方法で、瓶を熱湯で煮て、空気を抜いて、腐らないようにするんだ」
「、、、、初めて聞いた」
だろうね。まだこの時代には存在しないから。
「折角だから試してみようか。それに塩漬け以外に蜂蜜漬けなんかもやってみよう。保管棚に番号を振ったら、まずは新しい保存食作りだ!」
食べ物が美味しければ、戦うみんなのやる気にも繋がるはずだ。
ひとり力強く宣言する僕を、怪訝な表情でルファが見つめていた。