【第1話】生き残り、過去へ。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
ああ、夢だな。
僕はすぐに気がついた。何度も、何度も繰り返し見た夢。
「おい、ロア、またそんな古臭い本を読み漁ってんのかよ」同室のデリクが僕を揶揄う。
「そろそろ寝るからね」ヨルドが欠伸をしながらのんびりと言った。
仕事はいいかげんで、女遊びの好きなデリクだが、持ち前の社交性で、交渉ごととなればすごく頼りになるやつだ。
逆にヨルドはコツコツと仕事するしっかりものだ。内向的な性格で、のんびりしている。
僕らは3人で良い組み合わせだった。文官として波風の立たない、穏やかな毎日。仕事が終わればたまに酒を飲んで、あとは趣味に没頭する。
ずっと続くと思っていた、平穏な日々。
僕は、何度この悪夢を見せられるのだろう。
デリクもヨルドも、昔と同じ姿のままだ。
僕だけが歳をとってゆく。
あれから40年。
僕の祖国は、40年前に滅んだ。あの城にいた仲間たち、同僚も、上司も、あの日、死んでしまった。
僕を残して。
僕は、何度この夢を見れば救われるのだろう。或いはこれは、生き残った罰なのか。ならば、、、、いっそ、、、
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「おい! ロア! いつまで寝てるつもりだ? 遅刻するぞ」
懐かしい声に頭が覚醒する。僕の布団を剥ぎ取ったのはデリクだ。
「あれ? デリク? なんで君が部屋にいるんだ? 僕はついに死んだのか?」
そんなことを口走る僕に、デリクがおかしな者でも見たような顔をする。
「、、、、あれか、ロア、お前ついに昔の本を読みすぎておかしくなったのか?」
「え? だって君は、もう、、、あ、これも夢か?」
「ねえデリク、ロアまだ寝ぼけてるんじゃないの?」と笑っているのはヨルドだ。
「ヨルド、、、君まで、、、」思わず涙を浮かべる僕に、ヨルドは心配そうに「本当に大丈夫かい? 熱でもあるんじゃないの? 趣味も程々にしないと、、」と困惑している。
「きっとロアは戦場の記録を読みすぎて、現実と物語の区別がつかなくなっているんだ」
そんな会話をする2人を、僕はぼんやりと眺める。それからふと、自分の両手に視線を走らせた。
ハリがある。
とても60代の肌ではない。恐る恐るつねってみると、きちんと感触がある。もう少し力を入れてみると、ちゃんと痛い。
「今日は、、、、何年の何日?」
僕の言葉に、2人はいよいよ心配そうに僕のことを覗き込んだ。
「おい、本当に大丈夫か? なんなら今日は休んで、、、」
「いや、デリク、大丈夫だよ。僕は、大丈夫だ。でも教えてくれ。今日は”いつ”なんだ?」
「――ウレオ紀138年、黄土の月の1日だ」
デリクが教えてくれたのは、僕の祖国、ルデク王国が滅ぶちょうど2年前の日付だった。
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「ねえ、ロア、本当に大丈夫?」
城内にある宿舎から、王宮の片隅の職場までの通路を連れ立って歩きながら、ヨルドが心配そうに聞いてくる。
「うん。少し寝ぼけていたみたいだ」と僕は曖昧な返事を返す。寝ぼけていたのではない。ここから42年先まで、僕は記憶があるのだ。この記憶が一夜の夢であるわけがない。
理由はわからない。けれど僕は、42年前に”帰ってきた”。もしかしたら夢かもしれない。けれど、とても夢とは思えない。
仮にこれが夢だったとしても、或いは死に際の妄想だったとしても、過去へ戻ってきたのなら、滅びの運命を変えることができるかもしれない。あの悪夢を、死にゆく仲間を救えるのなら――
僕程度の力ではどうにもならないかもしれない。それならせめて、親しい人間だけでも逃すことができたら、、、、
僕がひたすら思考の海を漂っていると、デリクが呆れたように声をかけてきた。
「全く、昨日はどれだけ読み漁っていたんだ? そろそろ出陣の準備で俺たち裏方も忙しくなるってのに」
デリクの言う通り、僕の趣味は古今東西の戦いの記録を集めることだ。古い記録を紐解き、新しい戦いを聞いて回る。僕の名前は文官仲間には少し有名だった。もっとも、奇人としてだけど。
「そんなに戦いが好きなら、従軍すればいいのに」同僚からそんなことを言われたことはあるが、僕にはとてもそんな勇気はない。人の血も苦手だ。安全な場所で物語として楽しむのが一番だ。
2人は僕がまた夜遅くまで記録を読み漁って寝ぼけただけ、そう思ったのだろう。少し時間が経ち、僕が大丈夫そうだと分かるとそれ以上詮索はしなかった。
それはともかく、デリクは今、出陣の準備と言った。この年の大きな戦がこんな時期にあったろうか?
「、、、出陣? どこに?」
「あれだけ戦好きの人間が、三日後の出陣を忘れるなんて、、、お前本当に大丈夫か? ほら、西の村の方で盗賊騒ぎがあったろ? それの討伐隊が出るんじゃないか」
西の村の盗賊の討伐、、、、、ああ、確かに当時そんな戦いがあった。そうだ、あの戦闘は、、、、
「多分、一方的な討伐になるだろうから、ロアの興味の対象外なんじゃない?」
そんな風にいうヨルドの言葉を、僕はかぶりを振りながら否定する。
「いや、この戦い、そう簡単には終わらないんだ。何せ、村の領主が裏で糸を引いているから」
僕がポロリとこぼしたこの言葉が、僕の運命と、この国の運命を大きく変えることになる。
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