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一章 料理は異世界を救う? 一

 セイルグラッドの村は勇者一行の凱旋によってにわかに活気づいていた。


 普段はのどかで牧歌的な村も、このときばかりは観衆たちが村の中まで入りきらないほど膨れあがり、隣町の街道まで人垣ができている。


「ディランさま~! こっち向いて!」


「うぉぉぉ、ガードン~! かっけぇぜ!」


「シシリアさま~なんて美しいの!」


「ムッシュさまはいつだって渋いの~!」


「あたしもサンチョスさまの料理が食べたい~!」


 人垣から溢れる歓声をあびながら、ディラン率いる五人のパーティは村の中央広場までくると、出迎えていた村長と挨拶を交わしていた。


 挨拶が終わると、ディランが振り向き、数百人以上いる人々に向かって片手をあげる。


 ざわついていた声がいっせいに静まり、天には大きく旋回しているとんびが鳴いていた。


「みんな! 今日は僕たちのために集まってくれてありがとう! はるか北の山に棲んでいた魔王デスバレルは僕たちが滅ぼした!」


 空気が振動するほどの歓声が沸く。


「しかし――滅ぶ瞬間、ヤツはこう言ったんだ」


「我が身滅びる時、表と裏の世界は繋がる。真の魔王によって、世界は再び闇に導かれるであろう」


 また、しん、と水をうったように静まりかえる。


 勇者の言葉に、観衆は息を呑んだ。


 それはさわやかな青年の声色ではなく、金属と金属が重なって軋みあうような、耳を覆いたくなるような不気味な声だったからだ。


「ごめんごめん、ちょっと怖がらせすぎたかな?」


 また青年の声はもとのさわやかな雰囲気に戻っていた。


「だがよ! 俺たちはそんなにやわじゃねえ。このガードン様がいれば真の魔王だかなんだか知らねえが、みんなぶっ潰してやる!」


 ふたたび歓声が沸き起こり、その晩は遅くまで勇者たちを囲んで村総出での祝宴が行われていった。




 深夜、どうしても寝付けずにいたレイは、自分にとってひとつの重大な決心をするために家の外にでた。


 村のはずれにある高台へ歩き、母の眠っている墓前を目指す。


 ふと、生ぬるい風にのって濃密な血のにおいをレイは嗅いだ。


 おもわず少女のしかめた顔の先には、勇者たち五人の倒れ伏している光景が目に入ってきた。


「ディランさま!」


 レイは駆け寄るが、下半身が無残にも失われていた勇者はもう虫の息だった。


「……よかっ、た。これを……きみに。そして……いますぐここから逃げ……て」


 血に濡れた小さな皮袋と、四角に加工された平たく磨き上げられた金属のようなものがひとつ。


「あ、あの、これは」


「これで……世界を……救って……くれ」


 そう言いのこして、ディランの胸の動きが静かに止まった。


 勇者のそばにいた四人の仲間もすでに息絶えていて、魔王を倒したはずの勇者たちの凄絶な最期に、レイは震える身体を必死に押さえつけようとすることしかできなかった。


「レイ! こんなところにいたのか――っ!?」


 はっとわれに返って振り向いた先に立っていたのは幼馴染のキリーだった。


「キリー……」


「いったい……これは……」


 勇者たちの死体を見て、キリーは言葉を失う。


「あたし……あたしは……」


 このときレイの頭に浮かんだのはなぜか、勇者たちを助けて上げられなかったという、自責の念だった。


 十二歳という年齢には、まだ過酷すぎる現実が少女の未来に重くのしかかる。


「レイ、それよりも村が大変だ! 魔物に襲われてる!」


「そんな……」


「とにかく、逃げるぞ!」


「あたし……みんなを放って自分だけ逃げるなんてできないよ」


「おれたちみたいな子供が魔物なんてどうにもできないだろ」


「だからって……逃げるなんて」


 握り締めた四角い金属の塊が月明かりに鈍く光る。


「それは?」


「ディランさまがくれたの。これで、世界を救ってくれって」


「それで魔物が倒せるのか――?」


 レイは小さく首をふった。


「あたしにはわかんないよ。いまはここから逃げてって言ってたよ……」


「そうか」


 いっとき何かを考えていたかと思うと、キリーがレイの手をとった。


「ディランさまが言ったんなら間違いないさ。いまはここから逃げよう」


 レイは逡巡しながらも、勇者の言葉を思い出して立ち上がった。


 二人は村と隣町を結ぶ街道とは反対側の、獣道すらない茂みの中を無我夢中で走っていった。




 遠くの山の稜線は白々と明け始めていたけれど、頭上の空はまだ夜の闇が支配していた。


 


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