71、震えています
ざわざわぁ ざわざわぁ がやがやがやがやがや
「「「「 (柏沼の中村が、二斗に勝ったってさ!) 」」」」
「「「「 (マジ? これで柏沼二勝でしょ? すごくない!?) 」」」」
「「「「「(あと一人勝ったら優勝じゃん! 日新どうしたの?) 」」」」」
ざわざわぁ ざわざわぁ がやがやがやがやがや
ワアアアアアアアアアアアア オオオオオオオオオオオオオーッ
中堅戦の熱気は、いまだ会場内から冷めていない。
観客はみな、中村に注目しっぱなしだ。
「やぁったね中村君! すごかった! 二斗君を倒すなんて、これ以上ない快挙だよ!」
前原は、戻ってきた中村に拳を出し、健闘を大いに讃えた。
中村はゆっくり呼吸を整えるようにして、笑って前原と拳を合わせる。
「・・・・・・やったぞ。・・・・・・泥臭くも粘り勝ち、ってやつかな。・・・・・・しがみついてでも、勝ち星もぎ取ってきた! さぁ、あと一勝で、おれたちはインターハイだっ!」
「しびれたぞ陽ちゃん! まさか、二斗に勝つとは! 引き分けでもスゴイと思ったが、すまん。陽ちゃんは、今日の大会の中でも成長中だったんだな!」
「さぁ、中堅戦まで終わって二勝。舞台は整った! あと一勝! ここに出られなかった田村君のためにも、残り二人で勝ち星あげて、みんなで優勝しようーっ!」
「悠樹、道太郎、陽二がここまで必死に作ってくれた流れだ! 俺も根性出して戦うぜ! その前に、さぁ、充っ! おまえの出番だっ!」
・・・・・・がたがたがたがた ぶるぶるぶるぶる がたがた ぶるぶる
「「「「 ・・・・・・え? えぇぇーーーー? 」」」」
震えています。長谷川が。デンキウナギに痺れさせられたかのように、痙攣しています。
中村が勝って大騒ぎの中堅戦だった。柏沼高校はこれで優勝まで王手。この流れを絶やすことなく一気に優勝まで行きたいところだ。
しかし、副将戦に臨む長谷川は、震えっぱなしで止まらない。
「ねぇ、菜美・・・・・・長谷川、あれどう見てもさぁ・・・・・・」
「うん・・・・・・固まってるね。震えてるね。・・・・・・ガッチガチだ」
「み、みつるぅー・・・・・・おいぃ! がんばれよぉーっ? 生きて帰って来いよぉぉ?」
「こら、充ーっ! 先輩方三人がいい流れで必死に繋いだんだから、がんばりなさいよぉ!」
観客席ではみな、長谷川の様子を心配している。黒川や阿部が一生懸命声を飛ばすが、長谷川の耳には届いていないようだ。
「ありゃー。これは困りましたね。緊張で固まってるみたいですよ」
「ああ。まずいね。しかし無理もない。茶帯の二年生には、ちょっとこの空気は重くてに呑まれてしまっているかもね」
福田と松島も、やや苦笑いで長谷川を心配そうに見つめている。
ワアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
がたがたがたがた ぶるぶるぶるぶる・・・・・・
「こ、恐いっす。・・・・・・やっぱ。中村先輩・・・・・・相手、にらんでますよ?」
「なぁに、大丈夫だ長谷川。相手も人間だ。にらんではいるが、にらんだ顔で試合をするわけじゃない。向こうだって、まったく恐くないなんてことはないはずだ」
「で、でもっすね・・・・・・恐いっす」
「これもいい勉強だ。こうなったら、勝ち負けは気にしなくていいから、思いっきり当たってこい! おれがそこは責任を持つ!」
「長谷川君。相手の選手は、二斗君や畝松君ほどの怖さじゃないはずだよ。取って食われたりはしないから大丈夫。ここで長谷川君が出場していることにまず、僕たちは感謝だよ。長谷川君がいなかったら確実に黒星一つだ。君の存在は重要だよ。あとは、もう、思いっきりね!」
「長谷ちゃん、俺たち三人の試合を目の前で見ただろう? 試合は、最後まで諦めなければ、何が起こるかなんてわかんないんだ。もしかしたら、長谷ちゃんがこの決勝において、ヒーローになれるかもしんないぞ? がんばろう! だいじだ! だいじだ!」
中村も神長も前原も、武者震いを超えて痙攣したようになっている長谷川をなんとか勇気づけようと、たくさん声をかける。この雰囲気に、長谷川は完全に呑まれてしまったようだ。
井上は、そんな中でひとり、日新学院の相手側へ睨みを利かせている。
ワアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアア
「・・・・・・みんな・・・・・・すまない。・・・・・・敗れた。・・・・・・申し訳ない」
「気にしなくていいっす二斗先輩。・・・・・・柏沼、確かに侮れない相手っすわ・・・・・・」
「気にするな二斗。二斗が勝てないんじゃ、しょうがない。あとは、俺にまかせろ」
「相手の副将、茶帯だぞ。明らかに前原、神長、中村とはレベルがまったく違うのは見てわかるからな。ここは俺達が確実な白星を獲れるぜ!」
「・・・・・・頼むぞ白井! 俺達は後がない。二斗も畝松も白星にならなかった。だが、日新学院の名にかけて、戦い抜こう! ・・・・・・最後に笑うのは、俺達、日新学院空手道部だっ!」
「よし! 見てろ! ここからが日新学院の底力ってのを思い知らせてやるぜ、柏沼ぁっ!」
「「「「「 にっっしぃぃぃぃん! にっっしぃぃぃぃぃぃぃんっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアア
日新学院も、もう後がない崖っぷち。副将の白井は腰や腕をバンバン叩いて気合いを入れ、準備完了の様子。対する柏沼は、長谷川が今にもコートに入るのすら拒否しそうな感じだ。
「(・・・・・・あぁぁ、始まっちまう。・・・・・・相手、もう、おっかねぇ・・・・・・)」
「おい、充! もう開き直れ! あとは、俺がなんとかしてやらぁ! 俺だって、順番回されたくなかったけど、もう開き直ったんだ! やるしかないんだ! コート内は、自分のことは自分で守るしかねーんだ! 自分の力で、試合時間めいっぱい暴れてこいって! よし、いけーっ!」
~~~選手!~~~
「「「「 ファイトォォォーーーーーーーーーーッ! 」」」」
「「「「「 にっしいいぃぃん! 白井先輩ぃぃぃ! ファイトォォォォ! 」」」」」
いよいよ副将戦が始まる。
これに勝てば、柏沼高校の団体優勝が決まるのだ。しかし相手の日新学院側も尋常ではない気迫と意思で向かってくるのは確実。
副将の白井は、まるで二斗が乗り移ったかのような憤怒の表情をし、叫びながら意気揚々と開始線まで入ってきた。
「っっしゃぁぃゃーーーっ! うるるぉぁぁぁっ!」
「「「「「 にっしぃぃーーーーーん! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」
対する長谷川は、先輩メンバーが気合いを入れて背中を送り出したものの、まったく萎縮したままの状態で入場。個人戦の時はもうすこし元気良かったのだが、優勝の懸かった大一番のこの試合では、まったくそれとは別人のようだ。
ふらふら ふらふら・・・・・・
へろへろ へろへろ・・・・・・
「(や、やばい・・・・・・。なんで自分、ここにいるんだっけ? わけわかんねぇよぉー)」
「こら、長谷川! しっかりしろ! くそーっ、アタシが男なら、長谷川に代わって日新と勝負できるのにぃ! あれじゃもうダメじゃん長谷川! 呑まれすぎだよぉ! あー、もうっ!」
「まぁまぁ、俺たちはここから、長谷川がしっかり一生懸命戦えるよう、精一杯応援してあげようや。あそこに立ててるだけでも、いいんだからさ」
「んなこと言ったってどーすんのよ田村! あれじゃあ、日新に流れ、持ってかれるじゃんか!!」
「川田ぁ、今日だいぶイライラしてるけどだいじか? 一年生までみんな含めてチームなんだ。信じてあげようや。何か起こるかもしんないから、信じてあげないかねぇー?」
「・・・・・・そうだけどさぁ。むー。・・・・・・長谷川ぁっ! 全力で暴れなさいよぉーっ!」
田村も川田も、観客席からみんなで長谷川の試合を見つめ応援している。
主審の準備が整い、開始線に立った両選手を見て確認する。
「勝負! 始めっ!」
「うりぃやぁあああああああああっ!」
スススウッ ダァンッ! ズドオッ パパアアアンッ!
「止め! 赤、中段突き、有効っ!」
「(う、うぐっ・・・・・・。げほっ・・・・・・。うわあっ、つ、強えぇー・・・・・・)」
「「「「「 ああああああーーーーーーーぁぁぁー・・・・・・ 」」」」」
始まってからまだ二秒も経たぬうちに、相手の白井が速攻で長谷川のみぞおちへ中段逆突きを叩き込んだ。
「こら、充! 充ーっ! なにぼけっとしてんのぉ! 始まってるんだよ? おぉーいっ!」
阿部がものすごい剣幕で長谷川に声を飛ばしている。まるで、そこに川田が二人いるみたいな剣幕だ。
「(うおぉ! もう、強えよ日新・・・・・・。でかいし恐いし、どうすりゃいいんだ)」
「(まったく今のに反応しないな、この茶帯。試合慣れもそれほどしてないな。これは楽勝だ!)」
「続けて、始めっ!」
「うりいいいいやぁぁぁぁっ!」
ススススゥ ダダァン! ドォンドオオンッ!
「「「「「 ああああぁぁぁぁーーーーーー・・・・・・ 」」」」」
「止め! 赤、上段突き、有効っ!」
「(む、無理だコレ。・・・・・・勢いで出場したけど・・・・・・やめときゃよかった)」
「続けて、始めっ!」
「うういいいぃぃりゃーーーっしゃ!」
ススススゥ ダァン バアッシィィィンッ!
「「「「 おおいーっ! 長谷川ーーーっ? 」」」」
「止め! 赤、中段蹴り、技有りっ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアア
「「「「 にっしぃぃーーーーーん! 白井先輩いいぃぃぃぃっ! ナイス中段だぁ! 」」」」」
長谷川はまさに今、サンドバッグ状態。
相手の攻撃にも、ほとんど呑まれて反応できず、反応せず。
開始からまだ十二秒しか経っていないが、もう4ポイント取られてしまった。表情も、固まったまま。いや、むしろ、今にも泣きそうな顔だろうか。
「・・・・・・うーむ、さすがに長谷川には荷が重すぎか? ずっと呑まれたままだ。動けているとか動けていないとか以前の問題だ。個人戦で東畑から技有りを取れたが、白井とではまた別な重圧がかかってるな。・・・・・・おい、長谷川! しっかりしろ! ファイトだ!」
「でも中村君さ、まだ試合時間はたくさんある。ここから何とか長谷川君にもがんばってもらおうよ。きっと、まだ、何とかなると思うよ。・・・・・・長谷川くーん、だいじ! ファイトォ!」
「続けて、始めっ!」
「(・・・・・・こ、こんな日新のやつ相手に、どうすれば・・・・・・。・・・・・・どうすればいい・・・・・・)」
「うううりいいやあああぁ!」
ズオオオッ! ドコオオオオオンッ!
どしゃっ
「止め! 青、場外、忠告!」
「(はぁ・・・・・・はぁ。・・・・・・何もしてないのに、息が切れる。こ、恐えぇ)」
「(茶帯だろうが、日新学院の前に立ちはだかるなら、全力で叩き伏せてやるぜ! 悪いな!)」
長谷川は、白井の中段前蹴りでそのまま場外まで吹き飛ばされた。
立ち上がった長谷川は、ほとんど何もしていないが息がもう切れている。極度の緊張で、スムーズな呼吸すらとれないくらいになっているのだ。これは想像以上にスタミナが奪われることだろう。
「続けて、始めっ!」
「うううりゃあああああしゃぁっ!」
ズバンズバン! ドカンドカン! ズドンズドンズドン!
「(うおわー・・・・・・つええよぉ・・・・・・。勘弁してくれー・・・・・・)」
容赦ない白井の猛攻。長谷川は掌で顔を塞ぐようにして下を向き、背中を丸めて相手へ必死に寄りかかる。それを力で無理矢理に振り回す白井。
先鋒戦から中堅戦までと違って、完全に、一方的な展開となっている副将戦。
グウイイインッ ブウンッ
ふらふら どしゃ
「止めっ! 両者、元の位置!」
白井に振り回され、床に転がった長谷川。
畝松や二斗であればここですぐにとどめを刺すような攻撃が降ってくるが、それが白井にはない。
完全に、長谷川は白井にとってはいつでも確実に勝てる相手と見られているようだ。既に長谷川は、白井の攻撃で心を折られかけている表情になっていた。
果たして副将戦、奇跡は起きるのだろうか。長谷川が沖縄行きを決められるのだろうか。




