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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第8章 頂上決戦! 激闘賛歌! 
70/80

70、ヒーロー? それとも勇者? 男だぜ中村陽二!

「(もぐもぐ)しあい(もぐもぐ)それから(もぐもぐ)どぉなりましたぁ?(ごくん)」

「ちょっと小笹っ。物を食べながら話すんじゃありません! 行儀悪いでしょ!」

「はぁい。ごめんなさぁいお母さん。・・・・・・で、センパイ方? あのインテリ風センパイ、どうなりましたぁ?」

「小笹ぁー。アタシらが腹を空かせて応援してるってぇのに、あんたはいま、何食べてた?」

「小笹。私も真波も恭子も試合に夢中な時に、何をもぐもぐしてるのかなぁーっ?」

「んー? なんかぁ、おいしそうなレモンのパンがあったから、いただきましたぁ! くすっ」

「は!? レモンのパンーっ!?」

「・・・・・・あー、おいしかった! お腹すいてたんですー。これでワタシ、回復したっと!」

「え! そこにあったレモンパン、あんた全部食べちゃったの? え? ええええ?」

「はぁい。すごく美味しいレモンのシロップ漬けが風味豊かでパンとマッチ。いーぃお味でした」


 小笹は屈託のない笑顔で、口元と鼻にレモンペーストをつけて、満面の笑み。

 それと相反して、川田はこの世の終わりのような顔で、お怒りモード。


「ちょおおっとぉ! 小笹ぁぁあっ! アタシのレモンパンだよそれ! なんで食べたのよ!」

「だって・・・・・・そこにパンがあったからぁ、ですかねぇ?」

「登山家の『そこに山があったから』みたいなこと言ってんじゃないのっ! せーっかく福田先輩特製のレモンパン、とっといたのにぃ。試合で負けるより悔しいんだけど。小笹、許すまじ!」

「ちょっとぉーッ! いたいいたい! やめ! やめだってば!」


 川田は小笹をヘッドロックし、頭を何度もぺしぺしと打つ。

 そのやりとりを見ている堀内と福田は、笑っている。

 

「はははっ。みんなありがとうね。そんなに人気なら、レモンパン、たくさん持ってきてあげればよかったかなぁ? 三本松農園も、後輩達のおかげで商売繁盛だこれは。ははははっ」


 観客席は、試合を応援しながらもどこか楽しそうな雰囲気。

 その最中で、コートは中村が二斗を前に気を張り巡らせた緊張感で包まれている。

 上と下とで、空気はこんなに違うものだろうか。


「(ふうぅぅぅっ・・・・・・このままいけば二斗を下せるが、きっとそう甘くはしてくれないだろうな。変わらず集中だ! しかし、これはなかなかきつい圧力だな。すごい迫力だ!)」


 中村の顎先から滴る汗の量が増している。


「長谷川君、時計、あとどれくらいある?」

「えーと・・・・・・あぁ、ちょうど審判が邪魔で見えないっす・・・・・・えーと、あ! 四十秒です!」

「まだそんなにあるのか。陽ちゃん、このまま防ぎきって二斗を下せれば最高なんだが!」

「なんでもいいよ! いけぇ陽二! 二斗をぶったおせ! 勝て! 勝てー!」


   ワアアアアアアアアアアアアア  ワアアアアアアアアアアアアア


「続けて、始めっ!」

「「「「「 にっしぃぃぃーんっ! ファイトォォォォォ! 」」」」」

「「「「「 二斗先輩ぃぃぃ! 二斗先輩ぃぃぃっ! 」」」」」

「そぉああああああああい!」


   シャシャシャアアッ!   シュパシイイインッ!  ベシイッ!


「ううるるるおおおあぁぁぁっしゃ!」


   ズバアアン!  ズバンズバアアン!   ドオンッ!


 中村は二斗の左右に踏み込んでステップを踏み、素速い中段回し蹴りを放っていく。

 二斗は冷静に掌で蹴りを防ぎ、すぐに中村へ三連打で反撃。そのまま体当たりのように中村へぶつかった。


「(うおっ? くっ! 二斗め、体幹の力もすごいな! お、押し飛ばされるっ・・・・・・)」


   バアアアアンッ  どしゃっ!  


 中村は二斗の連打を何とか躱したが、そのまま身体を押し込まれ、強く撥ね飛ばされた。

 そこまで細身の軽量ではないはずの中村だが、それを軽々と撥ね飛ばす二斗のパワーはやはり驚異的だ。


「うるるおおおあっしゃああああい!」


   ギュバアアアアアッ!  ドゴアアアアアッ!


「(ま、まずいっ! 突きが降ってくる。狙いは顔かあっ! なめんなあーっ!)」


   ギュルンッ!  バシイッ!


「(・・・・・・!)」

「(あ、危なかった! す、すごいパワーだ。か、間一髪!)」


 床に倒れた中村へ、二斗が一気に突きを叩きつけるようにして襲いかかった。まさにそれは一瞬の攻防。中村は倒されても相手から目を逸らさず、二斗の丸太のような腕から振り下ろされる大砲のような突きを、足底で横から蹴り払ったのだ。

 軌道をずらされた二斗の突きは、そのまま勢いよく床のマットへ。その衝撃はフロア全体を揺らし、中村の身体が小刻みに揺れている。


「「「「「 (すっげぇ、あの人! 二斗の突きを蹴りで受けたよ!) 」」」」」

「「「「「 (柏沼高校って面白い組手やる人多いよね。中村って人も強いじゃん!) 」」」」」


 アクロバチックな中村の防御に、観客も称賛の声をあちこちからあげている。


「おおぉー。菜美、いまの見た? 中村のやつ、蹴っ飛ばして突きを払ったよ! すごい身のこなしだね!」

「絶対にもらっちゃだめだという執念だね、あれは。あの一瞬であの判断をするのは、頭の回転が早い中村ならではかも!」

「続けて、始め!」

「「「「「 二斗先輩ぃぃぃ! にっしぃぃぃーんっ! ファイトォォォォォ! 」」」」」

「中村君いけるいけるーっ! ファイトォォっ! 油断せず集中ーっ!」

「二斗ぉ! まだ三十秒ほどある! 攻めろ! 行ける行ける!」


 日新学院のメンバーも、二斗へ後ろから声をかける姿が増えてきた。

 観客席で応援する日新陣営も、ものすごい歓声だ。外の雨音なのか歓声なのか、もはやわからないくらいだ。


   ~~~三十秒前!~~~


「あとしばらくっ!」

「(はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。くそっ、汗が目に入りやがる。しかし、スタミナ配分、技の構成、試合展開、だいたい読み通りだ。だが、二斗のこの圧力だけは、向かい合ってみると予想を大幅に上回っていたな)」


 中村の呼吸が乱れてきた。滴る汗も、ものすごい量だ。瞬きもしないくらいに集中力を保ち続けているが、予想を遙かに超える緊張感と圧力によって激しくスタミナを消耗している中村。それが、その汗の量に現れている。


「中村ぁぁーーーっ! アタシの声、聞こえるーっ? あと二十四秒、防ぎきれーっ!」

「「「「 中村せんぱぁーーーーーーーーーいっ! ファイトでぇぇーーーすっ! 」」」」

「(か、川田の声か。後輩達もいるな。あと二十四秒ほどか。・・・・・・強化稽古のミット打ちの三十秒に比べれば短いはずだが、すごく長く感じるな)」

「うううるぉぉぉああああああぁいやっ!」


   ダダダダァ  ドカアァン! ドバァンドバアァン! ダダァンッ!


 二斗は無尽蔵のスタミナをもって、パワフルなコンビネーション攻撃をどんどん中村へ振るってくる。その表情は、仁王像から不動明王のような憤怒の表情。ここにきて益々迫力を増し、パワーも上げてさらにテンポを上げてきた。


「(くうぅっ! くそっ! まだこいつ、こんな力が! ・・・・・・そ、底無しか?)」


   スパン  スパスパァン  バチイン  ババババチィン


 中村は序盤よりもややスピードが落ちてはいるが、しっかりと二斗の連撃を防ぐ。

 防御力は、柏沼メンバーの中でもダントツかもしれない。田村や前原でも、ここまでしっかりと二斗の攻撃を防げるだろうか。


「空手は元々、護身の武術。それを中村は体現してるかもねぇー。しっかし、中村も二斗とここまで戦えるのはすごいねぇー!」

「攻めではなく防御が一番肝心だと教えられる試合だ。アタシ、こりゃ中村に学ばされるわー」

「・・・・・・あのインテリ風センパイ、かぁっこいぃー。すっごいねぇ。なかなかクールな人かと思ったけどぉ、アツい人じゃん! さっきの蹴りでの受け、ワタシも真似しようーっと!」

「小笹。インテリは間違ってないけど、中村陽二っていう名前あるからね? あいつは、毎日遅くまで残って鏡の自分と向き合い、ひたすら細部まで直す反復稽古してるんだよ」

「地道な稽古がスキなんですねぇーっ。あはは! ワタシ、そーゆーの、嫌いじゃないですよぉ」


 二斗の連打はさらに止まることなく続く。中村の上段へ、丸太のような腕に岩が付いたような大きい拳が連続で降り注ぐ。


「(ここまできて、やられてたまるか! お返しだぁ!)」


   ゾヒュウッ!   シュバアアッ!   ・・・・・・ガシッ フワアアアンッ!


 中村も、二斗の突きをうまく受けながら右足で中段蹴りを放ってゆく。その蹴りを二斗は片手で掬い、掴んでそのまま上に引き上げた。

 中村は蹴りを掬われ、一気に身体を浮かされて床に落とされた。


   グウウンッ!   ズダアアアアアアンッ!


「(ぐうっ・・・・・・ま、まずいっ! 蹴りを掬い上げられてしまった! ・・・・・・あ!)」

「ううぅるるるおおおあっしゃぁぁぁぁいっ!」


   ズシャアアアアアッ!   ズバシャアアアアッ!


「「「「「 ああああああーーーーーーっ! 」」」」」

「(二斗ぉ! はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。柏沼高校を・・・・・・なめるなぁ!)」


   ガシイッ  ググンッ!  グウイッ・・・・・・  ダアアーンッ!


「(・・・・・・!)」

「「「「「 二斗先輩っ!  二斗先輩いいいいぃっ! 」」」」」


 なんと、中村は転がされてもすぐに二斗の前足にしがみつき、外足首と内膝を一気に内側へ両掌で押すようにして、二斗の巨体をいとも簡単に転がした。

 すぐに中村は、馬乗りになるかのような感じで起き上がって二斗の中段へ突きを振るう。しかし二斗は太い両足をバネのように一気に伸ばし、中村を下から軽々と蹴り上げ、大きく後ろへと弾き飛ばした。


   グウウンッ!  ギュンッ!

   ドッガァァァァァァッ!  ・・・・・・ズザザザァッ


「(うぐぁっ! くっそぉ、決められなかったか・・・・・・。ふぅ、ふぅ、ふぅーっ)」

「「 中村先輩ーっ! 惜しい! 惜しいですよぉ! ファイトでーす! 」」

「中村君! すごくいい攻撃だ! 二斗君も表情が変わった! 効果あったよ!」

「陽ちゃん! もう、なりふり構っちゃいられない! 残り十一秒だぁ!」

「陽二ーーーーっ! 気ぃ抜いちゃダメだぁ! まだまだ! まだまだまだーっ!」


 十、九、八、七・・・・・・。


「インテリ風センパイ、さっきの技、クルルンファの技みたいだったぁ! 柏沼ってホントぉ、組手おもしろいことやりますねぇっ! あははっ! 見てて、なんか楽しいーっ」

「中村ぁぁぁぁーっ! アタシらの応援聞こえてるだろぉ! ここで気ぃ抜くなぁーっ!」

「ううるるおおおぁぁあーーーーーしゃぁ!」

「「「「「 二斗センパーーーーイッ! 決めましょぉーーーーっ! 」」」」」


 六、五、四、三・・・・・・。


   ワアアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアア


「二斗ぉ! あと二秒! 俺に勝って繋いでくれーっ!」

「二斗! 最後まで、監督に顔向けできる試合にーっ!」


 日新学院の白井と東畑が思いっきり叫んだ。

 柏沼陣営や館内の他校生からの声援によって、その声はほとんど掻き消されているような感じだったが。

 二、一・・・・・・。


「・・・・・・うううぅるるおおおぁっしゃぁーーいっ!!!!!!」


   バアッシイイィィィィンッ!   ピーッ! ピピーッ!


「「「「「 あああああーーーーーーっ! 中村ぁーーーーーーっ! 」」」」」


 二斗の雄叫びとともに、強烈な蹴りが中村の中段へ襲いかかっていた。

 時間終了の音と同時くらいに、ものすごい打撃音が館内に響き渡ったのだ。


   ・・・・・・ワァァ ワアアアアアアアアアアアッ!!!

   オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!


「(・・・・・・!)」

「(・・・・・・つぅっ! ・・・・・・い、痛ぇじゃないかっ、二斗! ・・・・・・)」


 二斗の蹴りは、中村がその身体から紙一重のところで、両掌でしっかりと力強く受け止めていた。

 まるで、前原が個人戦で最後に放った蹴りが届かなかったシーンの逆バージョン。

 なんと中堅戦は、中村が凌ぎに凌いで意地を見せ、2対0で個人戦王者の二斗を下した。

 その展開された内容には、誰もが驚かされたすごい試合だった。


「止め! 2対0。青の、勝ち!」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!


「ふぅっ・・・・・・。・・・・・・っっぅっしゃぁぁーーーーーーーっ!」


 中村はメンホーをはずし、左脇に抱えると思いっきり天を仰いで雄叫びをあげた。

 振り乱された前髪からは、天井のライトを受けてきらりと輝く雫がいくつも舞い散る。


「「「「「 (に、二斗が負けた! 二斗が柏沼にやられたぞーっ!) 」」」」」

「「「「「 (これで柏沼が優勝まで王手だーっ! 日新が、負けるのか?) 」」」」」


 観客は、まさか二斗が星を落とすとは思っていなかったのだろう。

 中村が起こした奇跡的な白星に、ただ、驚くのみだ。


「やったぁぁぁっ! 中村せんぱいーっ! 中村せんぱーいっ! やった・・・・・・(ばたり)」

「・・・・・・すっげぇ、中村先輩、二斗に勝っちゃった! ・・・・・・はぁぁー」

「あ、阿部せんぱいっ! また、うちやまが倒れてますーっ!」

「なにやってんの!? ちょっと、おーい! 敬太、手伝ってよ!」

「ふあああぁぁーっ、中村やってくれたなー! アタシはもう腰が抜けそうだ。やぁったねぇ!」

「中村! おーいおーい! 二斗を倒して王手だよ! よくやったよーっ! すっごいよ! 私も真波もみんなも、見てたからねーっ!」


 中村は、観客席にいる柏沼陣営のみんなに向かって、一礼。するとすぐに前髪を指ですすっと直し、口元でふっと笑みを浮かべてから拳を斜め上に突き出した。

 その拳の先には、頷いて笑っている田村の姿があった。


「(やったねぇ中村。俺や前原でも倒せなかった二斗に、勝ったとはねぇー!)」

「(や、やったぞ田村! お前の代わりに、なんとか、な・・・・・・!)」


 田村と中村はお互いに、目と口元のみで何かコンタクトしていた。


   パチパチパチパチ!  パチパチパチパチ!  パチパチパチパチ!


 二斗を下した中村へ、会場全体から数多の拍手が自然と降り注がれていた。

 その中には、あの等星女子高の崎岡や朝香の姿もあった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい迫力の団体戦ですね!中村が、まさかの結果に! 文章で読んでいるだけなのに、試合の場に一緒にいるかのような気分です! この展開は熱すぎますね!
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