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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 激闘!春季大会!
7/80

7、男子団体組手、はじまる!

   ~~~ただ今より、競技を開始します! 正面に、礼! お互いに、礼!~~~


「「「「「 しゃぁーーーっす!  せいりゃぁぁ! 」」」」」

「「「「「 ファイトォォォ! ・・・・・・センパイ、ファイトォォォ! 」」」」」

「「「「「 しゃぁーっ! ウアァーーーイッ! 」」」」」


   ウオオオオオオオオオオオ!  ワアアアアアアアアアアッ!

    

 全選手と各コート審判の一同が正面に向かって一礼し、会場のボルテージが一気に沸き上がった。

 滝のような轟音が、一瞬で会場全体に響き渡る。それはまるで、地鳴りのよう。

 各校の応援団や関係者からの声援、これから始まる激闘へ向けて昂ぶる選手達の気合いが一気に膨らみ弾けている。

 まだ試合は始まっていないのに、会場内はこの大迫力。

 慣れていない人は、あっという間にこの雰囲気と迫力に呑まれ、萎縮してしまうだろう。


「(ついに、始まったぞ! 僕たちの春季大会が!)」


 柏沼高校のいるAコートでは、まず、日新学院と県立中田原けんりつなかたわら高校の対戦が始まった。

 中田原は県北地域の男子校で、ここ数年でチームを新しく作った新進気鋭の学校だ。


「「「「「 にっしぃぃぃん! 必勝ーっ! ファイ! オー! ファイ! オー! 」」」」」


 日新学院の部員達が応援団となり、スクールカラーである臙脂色の部旗を掲げた観覧席からものすごい声援が飛んでくる。

 そのたびに、コート向こうの赤側へ整列する日新の選手達の目が鋭くなってゆき、五人全員から威圧感のあるオーラが伝わってくる。ビリビリと。ビシビシと。

 対して、中田原の選手は、既に呑まれてそわそわとしている様子が丸わかりだった。

 結果は、始まる前に既に決まっていた。


   ・・・・・・ドパアァーンッ!


   ~~~ ・・・・・・赤の、勝ち! ~~~


「日新のやつら、全然本気でやってないねぇー。あっという間に、中田原を軽く完封かぁ」

「田村君、これじゃまだ参考になんないね。日新学院、三割程度の力しか出してないよ」

「そうだねぇー。まぁ、初戦は、省エネでってことかねぇー」


 日新学院は、先鋒から中堅の三人とも中田原の選手にポイントを与えることなく、みな8対0でポイントアウト勝ち。副将、大将戦を行うことなく三人とも一分以内に試合を終わらせ、あっという間に一回戦を抜けた。

 中田原の選手達は、「日新じゃ、どうせ勝てねぇしなー」と吐き捨てるように呟き、去っていった。

 続く宇河うかわ高校と明日市工業あすいちこうぎょう戦、右野清原うのきよはら市立大山いちりつおおやま高校戦は、それぞれ明日市工業と右野清原が大将戦へもつれ込む接戦の末に勝ち上がった。敗者と勝者の顔は、まさに陰陽相対するものだ。


   ~~~Aコート第四試合。赤、県立栃木商工高校! 青、県立柏沼高校!~~~


 団体組手のトーナメントはどんどん進行してゆく。そしてついに、柏沼高校の出番が回ってきた。

 コート両側に五人ずつ並び、監督やコーチはその後ろに座って控える。青白のマット枠に囲まれたコートは、その色合いの爽やかさとは裏腹に、選手以外は入れない檻のごとき「戦場」だ。


「さぁて、いくとしますか。まず、初戦突破しないと話になんないよねぇ」

「だはは、そうだな尚ちゃん。相手はでかい奴もいるけど、様子見無しでやらせてもらうとしようぜ」

「神長君の相手は、ずいぶん大柄だね。まずは僕も、初戦は様子見無しでいくよ」

「おれの相手は、なんだ? ずいぶんチャラチャラしてるなぁ。まぁ、どうでもいいことだが」

「新井さん、今日こそ俺、組手の戦力になりまっす! びびらねーっす! びびんないぞぉ!」

「だいじょぶだいじょぶ。みんないい気迫だよ。よし、いってこい!」


 新井にばしっと背中を叩かれ、五人の眼が燃え上がる。


「「「「「 行くぞっ! 柏沼ー、ファイトォっ! 」」」」」


 円陣を組み、五人で一気に跳ね上がり、同時に背中を叩いて気合いを注入。歴代の柏沼チームがずっと行っている団体戦でのルーティンだ。これで前向きな気持ちが増し、眼がさらに強く輝く。

 そんな柏沼チームを、栃木商工チームが荒んだ目で見つめている。


「つまんねぇ円陣毎回やりやがって。おい、俺らも試合入るぜ。柏沼なんかここで終わりだ」

「そ、そっすね。篠崎さんは、あんなやつらに負けないっす。柏沼なんてガリ勉っすから」

「だろ? 今年こそ、ウチが関東出場して、目にもの見せてやるぜ。あいつらにな!」

「そ、そうすね。ぶっとばしてやりましょう、篠崎さん!」


 栃木商工の篠崎は、不敵な笑みを浮かべて、帯をばちっと締め直した。

 

   タタタタタッ  たたたたたっ


「間に合った間に合った。おーい、みんな頑張れー」

「アタシら、ここから応援してるかんねー」

「「「「「 先輩、ファイトです! 」」」」」


 川田と森畑、そして後輩達がAコートからすぐ上の観覧席へ駆けつけた。

 早川先生は、柏沼高校の陣地からビデオ記録をしながら、松島とこちらに向かって手を振っている。

 先生も、先輩も、現役選手も後輩も、柏沼高校空手道部は一体感のある和やかなチームなのだ。

 三年生には最後の一年間となる、大事な大会の初戦がいま、始まる。



     * * * * *



 Aコートの競技役員が、ボードの学校名とオーダー表を張り替える。

 新しい紙には、両校の対戦者が大きく張り出された。


先鋒   赤 栃木商工  田中一正  ―  青 柏沼  田村尚久

次鋒   赤 栃木商工  竹原芳人  ―  青 柏沼  神長道太郎

中堅   赤 栃木商工  佐藤 学  ―  青 柏沼  前原悠樹

副将   赤 栃木商工  山口健太  ―  青 柏沼  中村陽二

大将   赤 栃木商工  篠崎剛司  ―  青 柏沼  井上泰貴


「森畑先輩。むこうの学校はキャプテンの人が大将なのに、うちは田村先輩が最初に出ちゃうってのは、いいんですか?」

「団体戦はね。キャプテンが必ずしも大将って考えは良くないの。特に今日みたく、先に三勝をした時点で終了の場合は、ひとつでも先に勝ち星をとったほうが、心理的にもちがうでしょ?」

「そうか。そういう組み方なら、あっという間に勝てますよね」


 大南は、森畑の説明を真剣な目で聞いている。

 一年生達には、全てが目新しいものの連続。目を輝かせて積極的に学ぶ姿には、どこか頼もしさも感じる。


「かといって、そう簡単に勝てないのが勝負の世界。相手側も、どういう戦力を振り分けて組んでくるかわからないでしょ。だから、もし、最初の二人が万が一ダメでも、中堅に一番強い人を置いて、流れを一気に変える役になることもあるの」

「栃木商工は、ありゃー典型的すぎるオーダーだね。アタシはできることなら、井上に変わってあの大将をひっぱたいてやりたいけどね!」

「川田先輩。それにしてもむこうの人達、大将の人以外みんな帯とか新品なんですかね? すごくピンとしてて、固そうですよ。わたしたちの新品の白帯みたいです」

「え? なんだって?」


 川田は、大南の言葉を聞いて、観客席から身を乗り出すようにして栃木商工の選手をまじまじと見る。


「ねぇ、菜美? あの大将さ、アタシらに確か『おたくは黒帯少なくて層が薄いね』的なこと言ったよね?」

「うん。言ってたね。ずいぶんと大威張りでさ。真波、やっぱり、そういうことだよね?」

「アタシが見た感じ、そういうことだと思う。そっくりそのまま、栃木商工のあいつにリボンでもつけてクーリングオフしてやったほうがいいね」

「だね。・・・・・・ま、どれほど威張れるもんなのか、見てやりましょうか」


   ~~~先鋒戦、入ります~~~


「田村君、がんばって!」

「尚ちゃん。一気にいってもいいけど、遊びすぎんなよ?」

「神長の言うとおり、いくら日新戦が本番だとしても、気は抜くな?」

「尚久、頼むから俺まで回さないでくれ。腹が痛くなってきそうだ」


 メンホーを着けたコートに入る前の田村の横を四人で囲み、肩や背中、腰元をバシバシと叩いて気合いを入れて見送る。

 団体組手が、「チーム一丸で戦っている」と実感できる瞬間だ。


「だーいじだって! まっ、とりあえず、いってくるわー」


 田村は、ニコニコしながら首を左右にこきんと鳴らす。


   ~~~選手!~~~


「「「「 ファイトォーッ! 」」」」


 主審が両選手をコートへ入れる合図をし、両チームともは先鋒の選手を思い切り力強くコートへ送り出した。

 各コートは熱い試合が繰り広げられており、どこを見回しても、円陣、声援、歓喜と涙が溢れかえっている。大声で話さないと、隣の人にも声が聞こえないくらいの賑やかさだ。


「勝負、始めぃっ!」


 ついに先鋒戦が始まった。

 田村は、主審の掛け声と同時に構え、一気に前へと跳んだ。


「せあああーぃっ!」


   ササッ  ドドンッ!  ズシャァッ  バスンッ!


「止めっ! 青、中段突き、有効っ!」

「「「「「 田村、ナイス中段―っ! 」」」」」



 開始早々に、田村は速攻で右の中段逆突きを決めた。床をスライディングでもするかのような低さで左足を前へ大きく踏み込み、右の中段突きを相手の左脇腹へ叩き込んだのだ。


「(な、なんだ今の突き。見えなかったし・・・・・・効いたぁ・・・・・・)」

「おい、田中ぁ! びびってんなよ。行けよオラ! もらうんじゃねぇよ!」

「は、はいっ! (無理だろ。見えなかったんだぞ・・・・・・)」

「続けて、始めぃっ!」


   タタンッ  ひゅん ひゅん


 相手選手も、大きく踏み込みながら左の上段、右の中段と連続で二本の突きを田村へ繰り出してきた。上段中段の、基本的なワンツーの連打だ。

 田村はこれを左右の掌で簡単に弾く。相手選手の視線が、弾かれた二本目へ一瞬だけ流れた。


「(ぜんぜん、届かない。こいつ、オレよりすげぇ強いじゃんか)」


   パカァァンッ!


 副審三人の青旗が、シンクロしたかのように一斉に気持ちよく上へと揚がった。


「止めっ! 青、上段蹴り、一本っ!」

「「「「「 ナーイス一本ーっ! いいぞぉ、田村ー 」」」」」


 田村は、どんどんポイントを重ねてゆく。容赦ないくらいの勢いで。


「止めっ! 青、中段蹴り、技有りっ!」

「止めっ! 青、上段突き、有効っ!」

「止めっ! 青、上段突き、有効っ!」


 息つく暇も与えないくらいの勢いで攻める田村。その様子に、後輩達も大興奮。


「すごいすごいすごい! 川田先輩! 田村先輩、すっごくすっごく、すごいです!」

「あれでも、全力じゃないね田村。でも、今日はかなり調子よさそうだよ」

「私が見たなかでは、一番動きのいい初戦かも。うん、いい調子だね!」

「幸先いいよね。先鋒は景気づけに、ああじゃなきゃね!」


 相手選手はもう、表情と立ち居振る舞いからして、試合を棄てているようだ。

 どれほど点差が離れても、どうにかすれば勝てるということもあるのだが、そんなことは微塵も思っていないのだろう。


「おぉーい! 田中ぁ、こらぁ! 諦めてんじゃねぇよ! 帰ったらぶっとばすぞ」

「篠崎先輩・・・・・・まだ、時間ありますから」

「うるせぇぞ山口。それにしても、田村のやつ、先鋒なんかで出やがって」


 栃木商工の選手陣がもめている。どうやら、主将の篠崎しか三年生はいないらしい。

 柏沼と比べ、ずいぶんと雰囲気が違う。後輩達も常に主将の顔色を窺いながら、びくびくした感じだ。


「続けて、始めっ!」

「(こうなったら・・・・・・反則でも何でも・・・・・・)」

「せああああーぃぃっ!」


   パアァンッ!


 相手選手は何か邪なことを考えたようだったが、既に、田村の突きが顎を捉えていた。


「止めっ! 青、上段突き、有効っ! 青の、勝ちっ!」

「「「「「 やったー! いいぞぉ! 」」」」


 主審の勝者宣告を受け、両選手は開始線でぺこりと一礼。


「ふいー、はい、おつかれおつかれ。神長、次頼むねぇ」


 田村は飄々として、メンホーを外してトコトコ歩いて戻ってきた。


「いいねいいね、よかったよー。これなら次もだいじょぶー」

「新井さん、ありがとうございます。でも、やはり、初戦は緊張しますねぇー」

「ホントかよ尚ちゃん、緊張してたのか? さて、次は俺か。先鋒の働きを無駄にしないようにしなきゃな」

「道太郎。ファイトだぜっ」

「神長君、がんばって!」


 田村と掌をばしっと叩き合い、神長がスタンバイした。


   ~~~次鋒戦、入ります~~~


「はぁはぁ、すんません篠崎さん。全然無理っす。あいつ強すぎて、無理っすよ!」

「何言ってんだお前! ボロクソじゃねぇかバカヤロウ! 1ポイントも取れねぇっちゃ、なんだ!」

「篠崎キャプテン、とりあえず次鋒を見守りましょうよ。竹原ならきっと・・・・・・」

「おい竹原ぁっ! 負けたら分かってんだろうな!? 何をしてでも勝てよな!!!」

「は、はい。全力で行ってきます。(マジかよ、どーすんべ・・・・・・)」


 こんな栃木商工と正反対に、柏沼チームは本当に試合会場にいるのかわからないくらい、リラックスして競技を楽しんでいる。


「神長、俺に続いて景気よくやってこいよー。リラックスが肝心だねぇー」

「神長君、このあと僕も続くからね! ファイト!」

「道太郎と悠樹で、決めちゃってくれ。俺には頼むから回すな」

「万が一は無いだろうけど、万が一の時はおれにまかしといて」

「だははは! ま、見ててくれ。行ってくる!」


 神長は一歩一歩、堂々とコートへ入っていった。



     * * * * *



「勝負、始めっ!」


   ズンッ  ドスンッ


 相手の次鋒は、身長が一八〇センチ近い神長よりもさらに遙か上をゆく大きさだ。

 しかも、体重もどう見ても一〇〇キロはあるだろう。空手の選手と言うより、力士のようだ。


「ぬああああああー ぬおおおおおー」


 野太い声とともに、一気に相手が蹴ってきた。中段前蹴りだ。フォームは、どこか変な感じなのだが。


   ささっ   パシャアァンッ!


「止めっ! 青、上段打ち、有効っ!」


 相手の前蹴りは、神長が足捌きのみで身体のわずか三センチ横へ躱して流した。

 すぐさま、手刀とは逆側の親指と人差し指の横部分をまっすぐ伸ばして振り当てる打ち技、「(はい)(とう)打ち」が、返し技で相手の左側頭部に決まった。

 まるで、鶴が翼で相手を振り払うかのような、しなやかな動きだった。


「(なんだ、なんだ。いま、何を喰らったんだ? こ、怖いなぁこいつ)」


 相手は、神長が放った背刀打ちの威力に、意識が怯んでいる。


「道太郎みたく背が高くて手足が長いと、打ち技や蹴り技も相手とよく距離をとって戦えるから、羨ましいよねー。アタシや菜美のリーチじゃ、背刀なんてなかなかやらないしね」

「私はまず、あんな器用な技は使わないよ。やるならシンプルに、かな」

「背刀みたいな渋い技は、道太郎が一番上手いよね! 地味だけど効くんだよねー、あれ!」


 神長は背刀打ちを決めた後も、不動の雰囲気で相手へ向かって開始線に立ったまま。

 その落ち着いた迫力に、相手選手は怯え始めている。


「続けて、始めっ!」

「「「「 道太郎、ファイトーッ! 」」」」


   ダダンッ  ビシイッ!


「止めっ! 青、中段蹴り、技有りっ!」


 大きく一歩、右斜めに踏み込んだ神長。リーチの長い左中段回し蹴りが二秒も経たないうちに見事に決まる。先程の田村の展開をリピートしたかのように、どんどん技が決まっていゆく。


「止めっ! 青、中段突き、有効っ!」

「止めっ! 青、上段突き、有効っ!」

「「「「 いいぞいいぞー! ナイス上段! 」」」」


 立て続けに様々な技を喰らい続け、相手選手の心はもう、折れる一歩手前。


「(何が飛んでくるかわからない。こいつにどうやって勝てっていうんだ・・・・・・)」

「オラァ! 竹原ぁ! どんどん行けって! 俺と部活で何やってたんだおめぇ!」


 栃木商工からは、相変わらず篠崎の凄まじい声が飛んでいる。なぜあんなに言い方がきついんだろうかと思うほどだ。「まだ焦る必要なそんなにないとも思うけど」と、前原は疑問に思っていた。


「ぬあああああーっ!(何かしなきゃ。せめて、1ポイントでも取らねえと・・・・・・)」


   ぶんっ


 相手選手は、やぶれかぶれのように思い切り上段突きを繰り出してきた。しかし、残念ながら、神長にはそのスピードは遅すぎた。


   シャッ  パンッ   バシィッ!


 突きを受け流し、神長は踏み込んできた相手の前足を掬い上げるように足底で引き込んだ。


「(うわわわー!)」


   ドオオンッ ドシーン!!


 山のような巨体が、力なく座り込むかのように倒れ、マットへ大きく転がった。


「せやああっ!」


   バスンッ!


「止めっ! 青、中段突き、一本っ! 青の、勝ちっ!」

「「「「「 いいぞぉ! ナイス道太郎ー! 」」」」


 神長もまったく危なげなく、ポイントを与えずに勝ち星を獲得。これで、二勝。あとひとつ勝てば、一回戦突破が確定となる。


「だっはっは! ま、立ち上がりは、こんなものでしょうかね」


 神長はメンホーを脇に抱え、自然な笑みをこぼしながら戻ってきた。

 その向こうでは、相手選手が巨体を窄めながら、すごすごと戻ってゆく。


「・・・・・・篠崎先輩、すいませんでした・・・・・・」

「お前ふざけんなよ! これで二敗じゃねぇかクソヤロウ! お前らさ、ウチは何が何でも今年実績上げなきゃ、どうなっか状況分かってんだろうな? おい佐藤。何がなんでも、勝てよ!」

「はい・・・・・・。行ってきます」


   ~~中堅戦、入ります~~~


 田村、神長と無失点での二連勝。そして、中堅は前原。

 柏沼チームにはいま、いい追い風が吹いているようだ。

 前原は帯をきつく締め直し、メンホーを着け、軽く膝屈伸をしてから深く息を吸い、心身ともにスタンバイ完了。


「前原、もう、あとは好きなようにやってくれ」

「前ちゃん、なにか、試したいものあればやったほうがいいぞ」

「決めちゃえ悠樹!」

「おれもいるから、大丈夫だ。無心で、思い切って」


 仲間達が、たくさん支えながら前原へ声をかける。前原はだんだんと、心地よい緊張感が湧いてきた。


「菜美・・・・・・。前原の相手、どう見てもあれは雰囲気と体格が・・・・・・」

「黒帯に見えないよね。どういうこと? でも、始まってみないと・・・・・・」


 観客席で複雑そうな表情の川田と森畑。そんなことを知る由もなく、「さぁ、行くぞ」と前原は意気揚々と主審の合図でコートへ歩んでいった。



     * * * * *



「勝負、始めぃっ!」

「とああーっ!」


   タァン!  タタタン タタタン タタタン  ダダッ!


 中堅戦が開始。

 前原は基本通りに構え、相手へ拳先を向け、小刻みにステップをジグザグに踏んで一気に相手へ連続の上段突きを繰り出した。

 しかし、相手はこちらが思い切り攻撃を仕掛けているにもかかわらず、構えずにそのままノーガードで突っ込んできたのだ。


   ドカアッ!


「「「 あっ! 」」」


 前原の突きは見事に決まったかに思われたのだが、副審はみな、青旗ではなく赤旗を小さく立ててジェスチャーを出している。


「止めっ! 赤、無防備! 忠告! ちゃんと防御の意思を見せて!」

「へい、すいやせんっす」


 主審は、前原の突きをポイントとせず、相手選手へ忠告をした。


「前原の突き、すごくいいタイミングで入ったのに・・・・・・」

「川田先輩、『むぼうび』って、何ですか?」

「はじめて聞きました。川田せんぱい、いまの、何なんですか?」


 大南と内山の一年生コンビが、声をそろえて川田へ問う。


「組手競技はね、安全性もルールでは考えてあって、相手の攻撃を無視しちゃいけないの」

「え? どういうことですか?」

「つまり、何かしら防御や反応を見せないと、それもそれで反則なの。もちろん、相手の虚を突いて仕掛けた技は無防備じゃないから取ってもらえるんだけど、今みたいに、相手が明らかに前原の突きを故意に無視して突っ込んできたときは、そっちにペナルティがまず行っちゃうんだ」

「ええ? じゃ、前原先輩の今の技は、損しちゃったんですか? えー・・・・・・」

「そういうこと。でも、相手も次からペナルティで前原側にポイント入るし、今度はそんな作戦もできないと思うけど。アタシはそういうのは、良いとは思わない。真似しない方がいいよ」

「「 はぁい! 」」


 川田が説明をしているうちに、試合はどんどん続く。


「続けて、始めっ!」

「てあああいっ!」


   シュッ   バスッ  スパァンッ!


 前原は、ずっと朝練で稽古してきた中段前蹴りを相手のみぞおちへ決めた。

 ドンピシャのタイミング。「会心の蹴りだっ!」と前原は思った。しかし、相手選手は急にうずくまって、うめきながら動かなくなった。

 副審は、一度は三人とも青旗を「技有り」として真横に出したものの、相手の様子を見るやいなや、取り消してクルクルと回し始めた。


「ううううー・・・・・・」

「止めっ! 青、警告っ! 当てないように! 赤、有効!」


   ざわざわざわ  ざわざわざわ


「えええー!? 森畑先輩、今のは前原先輩の蹴りが、何がどうなってどうなったんですか?」

「落ちついて紗代。主審は、前原がちょっと強く当てすぎとして、一気にペナルティの二段階目としただけよ」

「当てすぎ、だったんですか・・・・・・。反則って、まずいですよね?」

「反則はね、一段階目は忠告のみ。二段階目からは、警告で相手に有効。三段階目は反則注意で相手に技有り。そして、四段階目はレッドカードだね。反則退場で負け」

「じゃあ、前原先輩、同じようになったらまずいですね!」


 慌てる大南を宥める森畑。その横で、川田は目を細くして試合を黙って見つめていた。


「・・・・・・菜美。それにしても今の前原の蹴りで倒れたアイツ、どうみてもおかしくない?」

「私もそう思う。倒れるどころか、コントロールされたとてもいい蹴りだった。もちろん、多少は効くにしても、黒帯ならあんな程度で倒れないはず。なにかおかしいね」


 審判団と大会ドクターが相手選手に駆け寄り、試合が一時中断。前原は後ろ向きに正座をし、静かに待つ。こういう時こそ、心を動かされてはいけない。

 相手選手はなんとか立ち、主審に「やれるか?」と確認され、試合は続行となった。


「(ニヤァッ・・・・・・)」

「えっ?」


 立ち上がりざまに、相手選手はメンホーを着け直した。

 その時、前原の顔を見て、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべてた。さっきまでの苦しそうな表情は、どこかへ飛んでいってしまったのだろうかというくらいの、余裕の笑みだ。


「尚ちゃん! まさか、あの中堅のやつ・・・・・・」

「・・・・・・あぁ。そういうことだねぇ。間違いなさそうだ。ふざけてんなぁ!」


 神長と田村は、腕組みをしながらぎゅうっと拳を固く握り、前原を後ろから見守っている。


「続けて、始めっ!」


   タタン タタン タタン タン  タンタンタン ドンッ!


 前原は間合いを取り、ステップを踏み直して一気に上段突きを放つ。

 突きはしっかりとコントロールされ、相手の顎をぴしゃりと捉えて引き戻し、残心の姿勢へと戻る。


   スパァン!


「うわぁっ! あああーっ あー・・・・・・」


 しかし、相手選手は突きを決められた瞬間、大きく叫んで床に倒れ込んでしまった。

 副審は、青旗を下に出して「有効」としているものが一本、他二本はクルクルと回し、再びペナルティのジェスチャーを出しているものが二本。


「止めっ! 青、反則注意! 赤、技有り! 当てないように! 次は失格になりますよ!」


 相手選手は、ヨロヨロとしながら立ち上がり、またメンホーを着け直している。

 この間、また試合は中断。コート脇で待つ他の学校の選手達も、前原の試合を見ながらざわついている。


「あいつぅ、ふざけてる! 前原、気にしない気にしない! 普通にやんな! 気にすんなぁ!!」

「真波、あっち見て。栃木商工の主将」

「ん? なっ、なんということだ! やーっぱり、アイツの指示だったのか!!」


 森畑が観客席から気付いたことには、篠崎がどうやら、何かの指示を送っているらしい。

 栃木商工の監督は柏沼高校と同じく空手は初心者のようで、オロオロしていて競技内容には口を挟めないようだ。


「いいぞ佐藤。そのまま、そいつを反則負けにさせろ。何が何でも勝つんだ!」


 篠崎の声がAコートに響く。


「とんでもねぇ作戦だな、あちらさん! おい、悠樹、ファイト! 行ける行ける!」

「そうだ、前原! 気にせず行こう! 大丈夫だ!!」


 井上と中村の声も、前原の背中へ飛んでくる。


「続けて、始めっ!」

「おららららー そりゃりゃりゃ」


 今度は一気に相手選手が攻め込んできた。しかし、踏み込むリズムと突きのタイミングが合っていない、ムチャクチャな仕掛け方。突きも、きちんとした空手の基本通りとは、お世辞にも言えない乱雑さ。


「松島さん、あれは、どういうことなんでしょうか?」

「早川先生、大丈夫です。前原はいま戸惑っていますが、きっと対処します。きちんとした技なのに、反則になる。でも、待っていたら勝てない。時間も残りわずかになってゆく。じゃあ、どうするかは、もう本人の中で答えは出てますよ」

「は、はぁ。そういうものなのですか・・・・・・。前原、がんばるんだー!」


 相手へそのまま技を出せば、下手すりゃまた反則になる流れ。

 松島の読みとは裏腹に、「さて、僕は、どうすればいいのだろう」と、前原は真剣に悩んでいた。



     * * * * *



「おりゃああああ」


   バキイッ!


「(いてっ!)」


 相手選手のムチャクチャな動き。その中で、前原の太腿へ回し蹴りともなんとも言いがたい適当な蹴りが当たった。どちらかと言えばこれは、格闘技の蹴りではないような変なフォームだった。


「止めっ! 赤、忠告! 下段は蹴らないように!」

「へい。すいませんすいません」


 相手選手はとりあえず、ぐにゃりと頭を下げ、一応謝るそぶりを見せた。

 しかし、その態度の悪さを見ていると、さすがの前原も少しずつ気分が悪くなり、腹が立ってきた。


「(それでいいんだ。演技でも何でもいいから勝て。大会終わったら、また戻っていいからな)」


 胡坐をかき、にやっと笑う篠崎。


「おい尚久! もう、あまり時間ねーぞ? 悠樹、やべーよ!!」

「前ちゃん、意外なくらい苦戦してるな。あと三十五秒だ」

「うむむ。4ポイント取らないと、さすがにやばいな。前原、大丈夫か・・・・・・」

「ま、だいじだろ。前原を見守ってやろうぜ。だいじだ、きっと。心配ないねぇー」


 試合展開を心配する井上、神長、中村だが、田村はニコニコと余裕の表情。


「「「 先輩! 前原先輩ファイト! 」」」

「「 前原、ここから取り返すんだよ! 」」


 観客席からも、前原へ声援が飛ぶ。


「続けて、始めっ!  時間、あとしばらく!」


 三十秒前の主審の宣告だ。試合時間はあとわずか。ポイントは今、3対0で前原は負けている。

 次の瞬間、前原ははっと思いつき、手首と肩の力をぷらりと抜いた。続けざまに、迷わず思い切り低く左側へ踏み込んだ。


   ズシャッ タァン   パアアンッ!


「(えっ? 何?)」

「止めっ! 青、上段打ち、有効っ!」


 相手選手は、前原に何をされたかわからない様子。

 そこから、前原の技がどんどん決まる。


「止めっ! 青、上段打ち、有効っ!」

「止めっ! 青、上段打ち、有効っ!」

「(な、なんだよ、これ。どっから技が出てるんだ?)」


 前原は、相手の特性を見抜き、作戦を変更。

 この相手選手は、明らかに動きが見える技に対しては演技をして反則を誘ってくるようだ。

 ならば、見えない角度から、相手に演技する時間を与える間もなく技を決めればいいことに前原は気付いたのだ。相手はいま、全く技が見えないらしい。立て続けに前原の技は三連続で決まった。


「前原のやつ、裏拳打ちをあんな低く踏み込んで、斜め下からとは!」

「中段逆突きの低さから、顎へ裏拳打ち。メンホーの厚みがあって、相手はかなり見えにくい」

「あと六秒だよ。前原、がんばれー」

「(なんだコイツ! また、同じ技なら防いでやる)」


   ズシャッ タァン


 前原は四度目も、同じ角度で踏み込んだ。そして、顎を狙う準備姿勢に入った。


「(そう何度も喰らうかよ、バーカ!)」


 だが、さすがの相手選手もこの動きを読んだのか、構えを下げて、顎へ裏拳が伸びてくるであろう角度を両手でカバーしていた。これでは、もう、裏拳打ちは効かない。


   シュッ   パカァアン!


「(なあっ?)」

「止めっ! 青、上段蹴り、一本っ!」


 前原は相手選手と目が合っており、裏拳打ちの軌道も塞がれていたが、一瞬でそれを逆手に取り、見えない逆側の角度へ右上段回し蹴りを決めたのだった。


   ピーッ! ピピーッ!


 同時に試合終了のブザーが鳴り、辛くも中堅戦の勝利を納めることができた。


「青が三勝となりました。3対0、青 柏沼高校の、勝ち!」

「「「「「 ありがとうございました! 」」」」」


 中堅戦は、誰もが予想すらしなかった苦戦だった。勝負ってものは本当に、やってみないとわからない。

 初戦突破。これでひとつ、柏沼チームは関東大会出場と優勝への階段を登った。

 コートから選手待機場へ戻る際、ふと振り返ると、敗れた栃木商工のメンバーが主将の篠崎になにか怒鳴られていた。

 前原たちは特に気にせずフロアから出た。二回戦の招集案内がかかるまでは、まだしばらく時間はあるため、暫しの休憩だ。


「はああぁぁ、なんか疲れた試合だったぁ」

「いまのは相手もちょっとひどかったが、まぁ勝てて良かったんじゃ無いかねぇ」

「おつかれおつかれ。よかったよー。いいよいいよ。この調子でいこう」

「新井先輩、すいませんでした。俺の出番、まだありませんでした」

「だいじょぶー。きっと日新との試合では、こんな楽に行かないよー。井上君は出番あるよあるよー」

「うえー。マジすか。できれば日新戦こそ、出番ない方がいいんですが・・・・・・」


   タタタタタタッ


「おーい。お疲れ様! あっという間に一回戦突破できたね。アタシも嬉しいよ」 

「お疲れ。いい技たくさん出てたし、調子よさそうだから安心したよ」

「「 先輩、ドリンクです。どうぞ 」」


 川田、森畑、後輩達が男子チームのもとへ駆け寄ってきた。

 この雰囲気で田村たち五人は「試合がひとつ終わった」と、心がふっと緩みそうになった。いや、ここだけは、緩めてもいいのかもしれない。


「しかし、前ちゃんの裏拳三連発は、すごかったなぁ。よく思いついたね」

「あれは、以前やった松島先輩と田村君の稽古を思い出してね。それにしても、あんなによく決まるとは思わなかったよ」

「相手、どうやら、空手初心者も混ざってたみたいだぜ。悠樹とやったやつは、サッカー部かなんかじゃないのか? それにしても、けっこうひどかったなぁ」

「何にせよ、まずひとつ勝ったんだ。このまま次も右野清原を下して、日新に挑もうか」

「「「「 よしゃぁっ! 」」」」


 今日はみな、特に気合いが充実している。チームワークもいい。


「こんな楽しく大会に出られることこそが、幸せなことなんだな、きっと」


 前原は、ドリンクを飲みながら、ぽそっと呟いた。


「さーて、と。どんどん爆進していくとするかねぇー!」


 田村の掛け声に、再び全員の目が輝く。

 会場内に吊られた各校の部旗は、満ちた選手達の熱気で静かにはためいている。


   ゆらゆら ひらひらり ふわりひらり ゆらゆらゆら


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいなあ~伝統派空手の部活って、こんなに爽やか青春なんだ~~って感じです(^-^) [一言] 芦原の人が皆面白い人達でした!
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