59、いまのワタシとかつてのアタシ
「こ、小娘小笹! いまのはアタシにも見えた。鉄騎初段の動きで、鉤突きを崎岡に叩き込んだの!?」
川田は井上と同じく、小笹が超至近距離で放った突きをしっかりと見ていた。
「(これでー、この等星の主将サンは、もう翼をもがれた鳥も同然! さぁ、続きを始めましょ)」
「(く・・・・・・っ!)」
崎岡は時々、脇腹を気にしながら、眉をひそめて唇を尖らせる。
それでも、何事もなかったかのように開始線に立ち、小笹から目を離さない。
「続けて、始め!」
「ツアアアアアアーーーーーイッ!」
シュバッッシィィィィン! ズバアアンッ!
意気揚々と、小笹は高速でジグザグに動き、右脇腹を狙って鞭のような中段回し蹴りを次々と蹴り込んでいく。その度に崎岡は険しい表情で蹴りを払って凌いでいる。
ヒュルウウンッ ビュアアアアッ!
ギュンッ! (ずきいいぃっ!)
「(う・・・・・・っ! くぅっ!)」
小笹の上段裏回し蹴りを、前に屈んで紙一重で躱す崎岡。しかし、身体を屈めた瞬間に崎岡は表情を歪め、数歩、ゆっくりとバックステップで距離を取って間合いを切った。
「あとしばらく!」
「「「「「 崎岡せんぱぁーーーいっ! ひっしょぉぉーーーーーーっ! 」」」」」
「「「 崎岡せんぱぁーーーいっ! ファイトォーーーーーーっ! 」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「相変わらず、すごい武器をいっぱい持ってるな、あの子。だけど、すごい技なんだけど、今は
等星に勝つことと等星をねじ伏せることしか頭にない。心を無くした空手の技は、恐いね・・・・・・」
森畑が阿部にゆっくりと語りかけている。その口調は、優しく諭すように、教えるように。
「(あははははっ! どう、部活で鍛えた等星サン? ワタシは一人でこんなに戦えるよぉっ)」
シュババババッ クルウン ドカアアアッ!
上段回し蹴りからの、回転しての後ろ回し蹴り。それは春季大会で朝香が川田に放った足技だ。
崎岡は構えを上げるのも精一杯といった感じ。黒い瞳をきゅっと小さくさせ、野生の狼のような目をした小笹が、次々と技を繰り出し、容赦なく崎岡へ襲いかかる。
「ツアアアアアアーーーーイ!」
シュルウウンッ ドパァンドパァン! ドドドパァァン!
今大会で初めて、小笹が強力な連突きを繰り出した。
崎岡よりも十センチほども小柄で、体重も軽量でありながら、ものすごく芯に響くような打撃音の重い突きだ。
防戦一方の崎岡だが、常に目は相手から逸らすことなくしっかりと隙を窺い、チャンスを狙っているようだ。
「おい、陽二! あの子、連突きで崎岡を追い詰めてるぞ! 突き、速いなぁっ!」
「しかも、小柄なくせに突きはものすごく重そうだ。相当な鍛錬をなにか積んでるぞ、あの子」
井上と中村が驚愕する、小笹の強力な突き技。フォームもものすごく美しい突きだが、どこか怒りと復讐心の宿った、恐ろしさを振りまく技のように二人には見えていた。
「(ふふ。ふふふっ。あーははははっ! どうした等星ぇ! これが、ワタシの空手だよ!)」
「小娘小笹め・・・・・・。なんであんた、そこまで等星に拘るのさ。いい技持ってるのに・・・・・・」
「美しい技だけど、美しくないね。むしろ、技に殺気がこもりすぎてる。あの子、本当にあれで勝ったとして、喜べるのかなぁ? 私や真波の拳とは、違う・・・・・・」
川田と森畑はそれぞれ、小笹を、哀れむような目で見つめていた。
「「「「「 崎岡せんぱぁーいっ! 時間ないですーっ! ファイトでぇす! 」」」」」
「崎岡ぁぁああっ! 貴様何を無様な組手をしておるぅ! さっさと決めんかああぁぁっ! 貴様、それでも歴史ある名門等星の主将かぁっ! まったくもって情け無いぃっ!」
等星陣営の声が飛ぶ。瀧本監督の怒号が益々激しくなる。
小笹の攻撃を防いでいる崎岡は、苦しい表情をしながらも、監督や部員の声を受け、気合いを発して戦い続ける。
「(く・・・・・・ぅっ! すごい激痛だ! でも、こんなもの・・・・・・)」
「せやああああああぁぁぁぁぁーーっ!」
「(!)」
崎岡から発せられた「何か」を察し、小笹は大きく一歩後退した。
絶叫するかのように気合いを発し、崎岡は身体を無理矢理伸ばして構えた。まるで、何事もなかったかのように。獲物を狙う肉食獣のような目で、両拳を備えて小笹を待ち構える。
「「「「「 崎岡せんぱぁーーいっ! もう一本ーーーっ! どんどん行きましょう! 」」」」」
「(しぶといなぁ、等星の主将サン! まともに動けないクセにねぇっ!)」
「ツアアアァーーーイッ!」
ババババッ シュバアアッ!
「せありゃあああああーーーーっ!」
バツィンッ! ドガアアアアッ! どしゃ
「止め! 青、上段突き、有効!」
「「「「「 崎岡せんぱぁーーーいっ! ナイス上段でぇすーーっ! 」」」」」
動けなくなったかと思われた崎岡だったが、小笹の回し蹴りに対し、受け払ってからの強烈な後の先の上段カウンターを叩き込んだ。その威力で、小笹は吹っ飛ばされ、床に転がった。
とても、どこか傷めているとは思えないほどに強烈な突き。
二人が開始線で火花をまだ散らしている時、川田は隣のコートに向かってなにかを叫んでいる。
「(いったぁッ。や、やったなぁ! しかし、なんでこれほどまで? まだ動けるのっ?)」
「(はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。私は負けてはならん。負けられん。等星の名にかけても!)」
「続けて、始め!」
「(ふざけるな等星! ワタシは、勝って認めてもらうしかないんだ! ワタシを認めろぉ!)」
「ツアアアアアーーーーーーイッ!」
「せやあああああああああぁっ!」
ヒュウウンッ シュバアアアアアアッ!
ダダッ ドババババババババァッ!
ガガッ! パッカァァァァァァァンッ!
「止め! 赤、上段蹴り、一本!」
ピーッ! ピピーッ!
最後の最後で交錯した両者の技。それは、小笹の蹴りが僅かに速く崎岡の頭部を捉えていた。
崎岡の突きは、小笹の両腕でブロックされていた。その一瞬の差が、両者の勝敗に白黒をつけた。
ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ
館内のどよめきが鳴り止まない。観客の衝撃度は相当なもののようだ。
「「「「「 (崎岡が負けた! ナショナルチームが無名の子に負けた!) 」」」」」
「「「「「 (なぜ? あの海月の子のが普通に強かったってこと?) 」」」」」
「止め! 6対5。赤の、勝ち!」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。ひゅぅ・・・・・・ひゅぅ・・・・・・っ」
「ふぅぅっ・・・・・・ふうーっ・・・・・・」
お互いに、主審の勝ち名乗り後、メンホーをはずす。
未だに両者は気が昂り、呼吸は荒いまま。崎岡の呼吸は、時々痛みをこらえているのか、喉に空気の通る音がたまに変わっている。
「・・・・・・どうだ! ワタシの、ワタシだけの強さで、等星の主将をねじ伏せてやったあッ!」
小笹はメンホーを抱え、崎岡を睨みながらも口元は笑って皮肉な言葉を投げかける。
崎岡は右脇を押さえながら、小笹に対してきつい視線を変えないままで、一礼。
軽く頭を下げて小笹もそのまま向きを変えるが、目をいまだに血走らせながら笑っている。
コートから出る際、小笹は朝香に目を合わせた。
朝香は小笹の視線を無視し、崎岡を静視したままだ。
「(主将は倒した。次は、朝香! アナタを潰して、ワタシのことを認めさせてやるよぉ!)」
すた すた すた すた・・・・・・
ざっ・・・・・・
不敵な笑みを浮かべてコートから出ようとする小笹の前に、立ちはだかる人が一人。
パパアアアァンッ!
「「「「「 !!!!! 」」」」」
どよどよどよどよ ざわざわざわあぁっ!
強烈な平手打ちが、小笹の左頬を打ち抜いた。高く乾いた衝撃音がフロアに響き渡った。
観客はみな、青天の霹靂のようなその出来事に騒然となった。慌てて、審判団も駆け寄る。
「小娘小笹ぁ。あんた、見損なった! アタシ、そこまで歪んでるとは思わなかったよ。最低!」
小笹は、赤い拳サポーターをした手で左頬をさすりながら、狐につままれたかのような目で川田を見つめていた。笑っていた口元は、横一文字に閉ざされている。
「き、君っ! 他校の選手に対して暴力を! どういうつもりだねっ!」
コート審判長の制止も聞かず、川田は小笹に強い口調で語りかける。
「アタシ言ったよね!? あんたは喧嘩しにここに来て立ってるのかって! てっきり、目を覚ましてくれたかと思ったら、何よあの試合は! あんたさ、あんなことしてまで勝って、それでも等星に勝ったって胸張れる!? もうすこし、マトモなのかと思ったのに!」
「何を言ってるんですかぁッ、川田センパァイ!? 空手は武道です。もっとぶっちゃけて言っちゃえば、人を殺傷するための技。そのやりとりをしているんだから、ちっとやそっとの痛みくらい覚悟できてないで、空手やってるなんて言えますかぁッ!?」
「それは・・・・・・そうだとしてもさ、ここは試合の場だし! 殺し合いじゃないってば!」
「試合だから何だって言うの? まして、あちら名門校のカンバン掲げてる等星の主将ですよぉ? 骨の一本や二本、折られるくらいの覚悟がなくて、空手の試合ができるかっての!」
どよどよどよどよ どよどよどよどよ
ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ
「それに、ワタシは常に独りなんです。そんなワタシの気持ち、アナタにはわからないでしょ!」
「・・・・・・わかるよ! わかるから言ってんだ。小娘小笹、考え方直さないと、後悔するよ!」
「へぇ。わかるんだぁ? わかるんなら、尚更、ワタシの考え方に口出ししないでくださいネ!!」
「なんであんたは、そんなにヘソ曲がりなによっ! ねぇ! ねぇ!!」
「ワタシの横っつらを叩いたのは、川田センパイの愛の鞭だと受け止めておきまぁす。でもね、ワタシは強さを認めてもらうしか、存在を証明できないんですよッ!」
「そんなことないでしょ! あんたの存在意義は、空手だけだって言うの!?」」
「いまのワタシが積み上げた空手を、みんなにも、そして等星のやつらにも認めさせなきゃ、ワタシがいる意味ないんです。それは、アナタにはどうせわかりませんよ。・・・・・・そこ、どいてください。赤と青、入れ替えですよぉ?」
小笹は静かに目を閉じて、川田の右肩をぐいっと押し、コートを出て行った。
この後、決勝戦とインターハイ出場者決定戦を兼ねた三位決定戦に移るため、小笹は青側に、川田は赤側にそれぞれ入れ替えて移動する。
無言で青側へと移る小笹の背中を、川田は眉を下げ、黙って見つめている。
「あ、審判の先生方ぁ? さっきのは、ワタシ何も気にしてないから。川田センパイに何もしないでくださいねぇ? なーんでもありませんからぁ。 くすくすっ!」
「(小娘小笹・・・・・・。あんたまるで、かつてのアタシね・・・・・・。空手が全てで、それでしか存在を認めてもらえないなんて、そんなことはないんだよ? 技量はすごいけど、それに反して、心はかなり歪んじゃってるのね・・・・・・)」
大会ドクター席から、田村もそのやりとりを心配そうに見つめていた。
「川田のやつ、思いっきりひっぱたいたなぁ。しかしあの末永小笹っての、すっげぇやつだねぇー。ナショナルチーム所属の崎岡に勝つなんて。とても、国内レベルや個人稽古だけでやってきた腕前なんかじゃないねぇ。いったい、どういうことなんだかなぁ?」
田村が呟くその視線の先では、崎岡が眉間にしわを寄せ、呼吸を整えようとしていた。
コート審判団が、その崎岡の様子を不審に思い、次々と声をかける。
「崎岡選手、さっきから呼吸がおかしいぞ。ドクターにすぐ診てもらおう。決定戦が続行可能かもわからないぞ。だめなら棄権もやむなしです。さ、すぐにあちらへ!」
「・・・・・・心配無用。何でもありません。疲れが少々出てるだけで、心配いりません。決定戦も、私は問題ありません。等星女子の主将としての務めを、最後まで果たしますので」
「しかし、君・・・・・・。明らかに・・・・・・」
「心配無用ですっ! 私は、何があろうと、主将として、チームの看板を背負ってるんだっ! ・・・・・・ふぅ・・・・・・ふぅ。試合は、続けます! 何があろうともっ!」
崎岡は審判団の忠告は受け入れず、ものすごい目力で強い意志を曲げない。
そして、大会ドクター席にいる田村へ視線を移し、その強い目力を投げつけるようにした。
「な、なんだ崎岡のやつ! 俺に、休んでるんじゃないよってことか? どういうつもりかねぇ!?」
田村の足を、ドクターと堀内が入念に診ていた。新井もそこへ降りてきている。
「状況と症状からして、おそらく、肉離れをしかけているか、筋膜損傷の手前かもしれませんな。何にせよ、これ以上負荷をかけるのは危険です。このまま冷やして安静にし、今日はもう試合続行不可能と言っていいでしょう。筋断裂だけは、避けねばなりませんし」
「そうですね。田村くん、これはもうドクターストップ。残念だけど、この後はもう・・・・・・」
ドクターと堀内の言葉に、田村はぎょっとして表情を変えた。
「ほ、堀内先輩! だいじっす! 俺、できますよ。片足なんかなくたって、試合はできます!」
「だめだよだめだよー。だめだめー。専門家の言うことは聞かないと。今後一切、空手どころか、生活もできなくなることもあるんでしょ? 俺も、ここでストップさせるよ、力づくでも」
堀内や新井は、ドクターの言ったことに対し、田村の試合続行不能について頷いていた。
田村本人は、崎岡の視線もあってか、どうしても、何が何でも試合を続けたいようだ。
「ま、まだ、決勝もあんです! 団体戦だって日新と決勝が! 主将の俺がいなきゃ・・・・・・」
動揺し取り乱して叫ぶ田村を、新井が先輩としての真剣な眼差しでゆっくり諭す。
「田村君さぁ、主将としての責務は、わかるよー。でも、こうなった以上さ、あえて残りのメンバーや補欠の後輩に任せて信じてあげよう。それも、主将としての、責務じゃないかな?」
その言葉を聞いて、田村ははっと何かに気付いたような表情となった。そして、観客席を見上げる。
「前原ぁ、川田ぁ、おれは信じてるぞーっ! 三決ファイトだぁ!」
「川田先輩ーっ! インターハイは目の前です! ぜったい獲ってくださいーっ!」
「前ちゃん、川ちゃん、みんなの分まで頑張れぇぇぇぇ!」
柏沼陣営は、三位決定戦へ間もなく移るメンバーの試合に、一丸となって声援を送っている。
ワアアアアアアアアアアアアアア ウオオオオオオオオオオオオオ
「ね? これが、田村君が主将としてまとめてるチームだよ。見て、わかるでしょ? このメンバーなら、田村君がたとえケガして棄権になっても、だれも恨んだりも責任負わせたりもしないよぉ。だいじょぶだいじょぶー。心配ないよー。信じてあげてー」
「そうか・・・・・・。みんな、俺がいなくても別に心配ないっすね。俺のケガなんかそっちのけで、もう、次の試合に意識が移ってる。まったくねぇー・・・・・・。はははー・・・・・・」
「そうだよそうだよー。田村君のワンマンチームじゃないんだから。だいじょぶだいじょぶー」
「主将じゃなきゃとか主将だからとか、なんか俺、よけいな観念や煩悩みたいのに縛られ過ぎでしたかもねぇ。もちっと、頭、柔らかくした方がいいんかもしんないっすねぇー」
新井は田村のその言葉を聞くと、ニコニコしながら田村の肩をポンと叩き、Aコートの審判団へ決勝戦についての旨を伝えに行った。
新井の説明を聞き、主審はコートから田村の方を一度見てから新井といくつか言葉を交わす。
その後すぐ、主審と新井はお互いに会釈し、話がついたようだ。
戻ってきた新井は、田村に何かを伝えた。数秒の間があったが田村はこれに無言で頷き、これからの試合に視線を移したのだった。




