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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第6章 台風の目
52/80

52、イチゴみるくオーレ

 準決勝戦が始まるまで、暫しの休憩タイムとなった。


「前原、コート組み替えが終わるまで、ちょっと水分補給しようぜ。もうドリンク飲んじゃったから自販機で新しくなんか買おうかねぇー」

「そうだね。十五分あるから、ちょっと観客席行って、田村君の分も小銭持ってくるよ」

「まってまって、アタシも行く! 田村、先に自販機コーナー行ってて」


 前原が観客席に一度戻ると、みんなそこへ一気に駆け寄ってきた。


「前原、やっとここまで来たね! 田村も真波も、こうなりゃみんなで獲っちゃうしかないよ!」

「アタシ、菜美に続く! やってやるよ! 朝香朋子を倒して、インハイだ! 最悪でも順位決定で勝つよ!」

「その意気! 真波、どっちに転んでも大変な相手だ。応援してるから、ファイト!」

「菜美のおかげで、あの小娘小笹の動きもだいぶ色々あるってわかった。変化技に注意だね!」


 川田と森畑は、ガッチリとお互いに腕組みをして、にやりと笑う。


「前ちゃん、頑張って二斗を倒してくれ。決勝行ければインターハイだ!」

「前原も田村も、団体の前哨戦でもあるからな。おれも、二斗や畝松のクセを分析しとくよ」


 神長と中村は、前原の肩をバシバシ叩いて応援している。田村はその横で、にっこり微笑んだ。


「ありがとう! まだ信じらんないけど、ここまで来られたよ! 僕、頑張ってくる!」

「前原先輩! 自分らも、ここからたくさん声飛ばしますんで!」

「やったねやったねー。前原君、ここまできたら、あとはもう、言うことないよー」

「前原、あとはもう、仲間の声とこれまでの稽古を信じてやるだけだ。俺も新井君も、ここからじっくり見てるからね。頑張ってきな!」


   ばしっ!


 後輩達や新井、松島も、にこやかに前原へ気合いを注入。

 インターハイ予選のベスト4戦。前原はこれまで味わったことのないランクだ。

 今までとは、漂う緊張感がまったく違うことだろう。


「さて、僕は田村君のぶんの小銭をもって・・・・・・と」

「前原、アタシ先に行くよー?」


 前原は自分と田村の分の小銭を持って、川田と階段を下り、自販機コーナーへ向かった。


「さぁて、何買うかな。あんまり試合に響かない程度に飲まないとねぇー」

「そうだね田村君。僕は何にしようかなぁ」

「あれ? ねぇねぇ、自販機のとこ、なーんか混んでない? ・・・・・・あ!」


 なんと、自販機コーナーに道着姿の大柄な選手が数名。

 それは二斗と、そのお付きの後輩達のようだ。日新学院のメンバーも、どうやら同じ事を考えていたのだろうか。

 川田は二斗の方をじっと観察するように見ている。


   ガコガコン  ガココッ


 他の日新メンバーは飲み物を買い終えていたようで、最後に二斗が飲み物を買ったようだ。

 これから対戦する相手が一緒に自販機コーナーにいるというのが、何とも言えない空気だ。

 日新学院メンバーが買い終え、やっと、自販機前が空いた。


「アタシ、大好きな『イチゴみるくオーレ』にする。糖分もあって美味しい。早く飲みたいなっ」

「俺は何にしようかねぇー。・・・・・・ま、スポーツドリンクでいいや」

「僕も、無難にスポーツドリンクでいいや」

「・・・・・・あああーーーーっ! な、なんということだ!」


 日新学院の選手たちが自販機前からフロア方面へまとまって歩いていく。

 その逆方向で、川田が悲しき声で思いっきり叫んだ。いったい、何が起きたのだろうか。


「な、なんだよ川田! 館内に響いて恥ずかしいじゃないかぁ?」

「アタシが買おうとしたやつ、さっきまでランプ点いてたのに、売り切れだ・・・・・・」

「あら、ほんとだ。残念だね川田さん。じゃあさ、他のにしようよ。ね?」

「やだやだやだ! アタシ、飲みたかったのにーぃ!! 何で売り切れ・・・・・・って、ん!?」


 川田は振り返り、歩いて去ってゆく日新学院のメンバーへ視線をぶつけた。


「ああああっ! もしや。こら、ちょっと待って。おいっ、こら、二斗ぉ! にぃとおぉーっ!!」


 川田はものすごくご立腹な様子で、歩き戻ってゆく二斗の背中へ強く叫んだ。


「・・・・・・?」


 二斗は、いきなり川田に呼び止められ、不思議そうに振り返った。

 相変わらず、浅黒い肌の仁王像のようだが、それは走り込み時による日焼けなのか自然なのかはわからない。ただ、前にも増して黒っぽさが増しているようだ。


「おいおい、川田ぁ。二斗がどうしたんだよぉ?」

「か、川田さん!? どうしたのさ!」


 田村と前原は、川田がいきなり二斗を呼び止めたのでびっくりしたらしい。


「・・・・・・お前、柏沼の川田だな、確か。・・・・・・それで、何だ?」


 二斗が、腹の底から湧き出すような厳つく野太い声で、川田と対話する。


「あんた、さっき、アタシが狙ってた『イチゴみるくオーレ』、買いやがったでしょ?」

「・・・・・・む?? ・・・・・・あぁ。買った・・・・・・」

「なんでよ! アタシが飲みたかったのにー。売り切れちゃったじゃないか!」

「それはすまない。・・・・・・オレもこれが好物なんだ。・・・・・・飲みたかった」


 二斗は、ぶ厚く大きな掌の中にあるピンク色の小さなボトルを見つめ、ぼそっと答える。


「あんたのイメージは、渋ぅいお茶とかじゃん! あー、もう。せっかく楽しみにしてたのに」

「・・・・・・お前、オレのイメージで勝手に飲み物を決めるな・・・・・・」


 川田と二斗の何だかよくわからない対話。

 きっと、遠くから見たら、なにか重大なことで揉め事でも起きているのではないかと思う人もいることだろう。でもその実態を知ったら、あまりのくだらなさに呆れてしまうかもしれない。


「悪いな二斗。許してやってくれ。こいつのことは気にしなくていいからさぁ」

「ほら、川田さぁん。仕方ないじゃない。他の買って、僕らも、もう行こう?」

「イチゴみるくオーレ気分が・・・・・・はぁ、もぅーっ! なんっか今日はイライラするなぁー」

「「「 なんなんだ? さ、二斗先輩。早く行きましょう。体、冷えますよ? 」」」

「む・・・・・・。」


 付き人のように取り巻く後輩達に促されるも、二斗はイチゴみるくオーレを見つめたまま、ゆっくりとしか歩かない。

 ふくれっ面でがっくりする川田を宥め、田村と前原も飲み物を選んでからフロアへ戻ろうとしていた。


「・・・・・・おい。・・・・・・川田・・・・・・」

「・・・・・・は? なぁによ?」


 その時、前原達の数歩先で二斗が立ち止まって振り向き、今度は川田を呼び止めた。


   ひょぉいっ    ぽすっ


「え?」

「・・・・・・やる。ここまで勝ち上がってきた柏沼への祝儀だ。オレはいらん・・・・・・」


 二斗は、イチゴみるくオーレのミニボトルを川田へ向かってひょいと渡し、くるりと足をフロア方面へ向け、のしのしと何も言わずに歩いていく。

 それにしても、その見た目とは裏腹に、二斗は意外なものが好きだったんだようだ。


「に、二斗先輩! い、いいんですか? あいつにあげちゃって! 水分と糖分も捕らなくては?」

「・・・・・・いい。・・・・・・お前達は、畝松や他メンバーのケアにすぐ移れ!」

「「「 お、押忍っ! 」」」


 のしのしと歩き去ってゆく二斗。その背中を、田村、川田、前原の三人は黙って見送る。


「二斗め・・・・・・。思ったより粋なことしやがるやつだねぇー」

「・・・・・・そうね。でも二斗って、やっぱイチゴのイメージじゃないのになぁー」

「ま、いいじゃない川田さん。二斗君がせっかくくれたんだしさ」


 そうこうしているうちに休憩も終わり、コート組み替えも完了。

 いよいよ、男女ともに準決勝戦の試合が開始する。


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― 新着の感想 ―
[一言] 二斗、いいやつじゃん。 漢だな!
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