51、四強、揃う
「うえーん。うわーん。わーんわーん」
「な、なんだなんだ? ど、どうしたんだ? 俺、何もしていないからね?」
泣いています。内山です。井上は、あたふたしています。混乱中です。
「あ、気にしないでください。うちやま、感動して泣いています。それだけでして・・・・・・」
大南は冷静にそう言い、内山の頭をなでなでしている。
どうやら、森畑と小笹の手に汗握る攻防戦からの最後の握手で、感動してしまったようだ。
とことことこ とことことこ
「ごっめぇん、みんな、負けちゃったよ。全力でやったんだけどなぁ」
「森畑先輩っ! うわーっ、凄かったですよ! 見て下さい横の一年生を。泣いています」
森畑が観客席に戻ってきた。阿部がすぐに掛け寄り、さっと素早くスポーツドリンクを渡す。
「菜美、お疲れ! いや、相手強い子だったねぇ! でも、お母さんが見てもいい勝負だったよ」
「末永小笹か。ほんと、一つ下とは思えない強さだったの。技量も基礎量もとんでもなかった!」
「森畑先輩、それなんですが、実はもんの凄い事実が。そして、末永選手のお母さんが、ここに・・・・・・あれっ? あれ? さっきまでいたんだけど!」
「あ、きょうこ。末永先生なら、なんか電話しにどっか行っちゃったまま、戻ってきてないよ」
きょろきょろする阿部に、黒川がドリンクを飲みながら教える。
「なんだ、そうなの? 先輩! びっくりしますよ末永小笹エピソード! ほんと凄い話で!」
「なになに? 末永小笹エピソードの何がそんな凄いのよ? 実は宇宙人だったなんて言わないでしょうね? どっかの星から来た戦闘民族の末裔とか言ったら、怒るよ?」
「実は、実はー! じつはですね・・・・・・」
阿部は、これまでに聞いた小笹に関する話を、森畑に耳打ちで伝えている。
話を聞くうちに、森畑の目が、だんだんと蒼く静まってゆく。
「・・・・・・ふぅん。そうかぁ。なるほどね、わかったよ。でも、恭子さ、仮に私や真波がそれを先に知ってたとしても、勝負にはまったく持ち込まないからね? 勝負は勝負。個人は個人だよ」
「そ、そうですね。そうですよねっ。試合ですもんねっ。私的な感情はナシですよね?」
阿部はしどろもどろしながら、森畑と同じ向きに視線を戻した。
「(そうか・・・・・・全て納得いった。でも、末永小笹。あなたの空手人生は、本当にそれでいいの?)」
森畑はドリンクを飲みながら、首元にタオルを巻き、男子たちの試合を真剣な眼差しで見守る。
そしてドリンクを飲み終えると、ボトルを持ったまま視線を落とし目を瞑り、深く息を吐いた。
・・・・・・ボタ ボタ ボタタ
ザザザ ザザザザザ ザァァァーーーーーーーーーッ
外全体が白く濁ったように見える程の、大量の雨が一気に降ってきた。
水分を含んだ空気が館内に一気に流れ込み、係員が慌てて窓を数ヵ所を閉め始めた。
閉め切ったおかげで、余計に会場内の暑さが増しに増していった。
* * * * *
「うるるるるうおおおぁぁぁーっ! うああぁっしゃぁぁぁ!」
「ほああちょわおあい! ほわちょっ! ほわあああちゃぁぁ!」
男子個人組手は四回戦に入った。
Aコートでは、日新学院の二斗と国学園栃木の権田原が激突し、両者譲らぬ大接戦となっている。
誰もが二斗の圧勝かと思っていたが、権田原が思わぬ頑張りを見せ、だいぶ試合が長引いている。これは意外な展開だった。
現在、ポイントは6対4で二斗がリード。
「ほおぅあっちょぉーーーぃ!」
バチイイインッ!
「止め! 青、中段突き、有効っ!」
「うるるあああああーーーーっしゃ!」
バシャァァァァァンッ!
「「「「「 二斗先輩! ナイス一本だぁ! ナイス一本だぁーっ! 」」」」」
「止め! 赤、上段蹴り、一本っ!・・・・・・」
何かトランス状態にでもなったかのような権田原。動きのギアを上げて二斗に食らいつくが、最後、立て続けに二斗が太い足で力強い回し蹴りを決め、12対5で権田原を下してベスト4に勝ち上がった。
中村は三回戦で市立望木の高木と対戦し、0対0の引き分け。
延長戦で中段カウンターがわずかに抜け、相手の上段突きが決まってしまい、中村の個人戦は惜しくもここで敗退。
前原は三回戦、日新学院の清水と対戦。お互いに前半は様子を見て間合いを取り合い、フェイントを駆使して攻めるチャンスを窺う展開になった。
試合終了まで十二秒というところで、清水の中段蹴りに前原は上段背刀打ちを合わせた。これが決め手となり、1対0で前原が清水を下し、ベスト8に勝ち上がった。
そして今からベスト4をかけ、中村を下した市立望木の高木と対戦。前原には、初めての相手だ。
「赤! 市立望木高校、高木選手!」
「ういっ!」
「青! 県立柏沼高校、前原選手!」
「はいっ!」
~~~選手!~~~
「「「「「 たかぎぃぃっ! とばせぇ、たおせぇ、たかぎっ! 」」」」」
「「「「「 前原先輩ファイトでぇす! 」」」」」
両校の声援が飛び交い、開始線に立つ。中村に勝つほどの相手とは、いったい、どんな組手なのだろうか。
「勝負! 始めっ!」
「とああああああーっ!」
「うういっし!」
パパパパパッ パパパパアァッ
構えた瞬間、前原は心の中で呟いていた。「なにか、前回までと明らかに違うことが今大会一つだけある」と。
相手が確実に自分より技量が劣るか、伯仲しているか、上なのかが、前原の中で感覚としてはっきりとわかるのだ。
主審の合図で構えたとき、相手の高木に対して前原はそれほどの戦力を感じていなかった。
「てあああああーーーーいっ!」
タタン タタタタァン! ダシュウンッ! バチイイィッ!
「(よしっ!)」
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
「(なんじゃぁコイツ・・・・・・すごいとこから踏み込んでくるなぁっ・・・・・・)」
開始早々の、速攻による中段回し蹴りでまず前原は先制。
なかなか相手は仕掛けてくる気配がない。
「続けて、始め!」
「とぅおあああああーっ!」
ダダダダダッ バシュウウッ!
「うぅいやっ!」
ダダン バアアアァッ! フワァンッ・・・・・・
「(うわっ!・・・・・・あぶなっ!)」
同じ戦法で蹴り込んだが、相手は前原の回し蹴りに合わせて受け流し、上段突きをドンピシャのタイミングで合わせてきた。
「(そうか、この相手は後の先の待ち拳使いだ。だから、同じ後の先タイプの中村君とはジャンケンのあいこのような相性となり、延長にまでなったのか。納得した!)」
前原は、その場で小さく、自分自身へこくりと頷いた。
「(後の先の待ち拳・・・・・・。ならば、これだっ!)」
「とおああああああーっ!」
バシュウウンッ! ベチィッ!
前原の左中段回し蹴りは、相手がガッチリと右掌でガードし、掴まれてしまった。
「(あぶね! コイツの蹴り、やたらキレあんなぁ。でも、受け止めて押さえたぞぃ!)」
ヒュウウンッ! クルウン パアッチイイイィィンッ!
「止め! 青、上段蹴り、一本!」
ワアアアアアア ワアアアアアアアアア
「「「「「 やったぁ! ナーイス一本でぇす前原先輩! 」」」」」
しかし前原は、掴まれた蹴りを床へ引き戻さずに、膝の先をそのまま上段へ向け、槍のように爪先を伸ばす感覚で蹴り上げた。
これが相手の腕から肩口にかけての軌道となり、メンホーの死角から突くような上段蹴りになった。
相手は、蹴りを防いだときに気持ちが居着き、油断していたようだ。
「「「 高木まだまだ! まだあと一分っ! とれとれ取り返せー 」」」
「前原ファイト! 相手まだ諦めてないよぉ! 気ぃ抜くなぁー」
森畑の声が前原の耳に届いた。確かに、点差はまだ5対0。時間も残り一分。油断したらあっという間に逆転されてやられてしまうこともあり得る。
「(よぉし! 守りには入らない! 攻めて、圧力かけなきゃ! ・・・・・・そうだ、試してみるか)」
「(な、なんて鋭い蹴りしやがるんだコイツ! さっきの柏沼の中村とタイプは違う!)」
「続けて、始め!」
シュパパパ タタタァン タタタァン タタン タタタタタッ
ダシュンッ! ヒュウッ
「(きたぞいっ! これを受け落として、上段を・・・・・・)」
ギキュウウッ! タタァン スウッ
「(あ、あれ? いま、中段突き飛び込んできたんじゃ・・・・・・)」
シュバアアッ! パカアアアァァァンッ!
「止め! 青、上段蹴り、一本! 青の、勝ち!」
ワアアアアアアアアアアアッッ オオオオオオオオオオオッ
前原は、カウンターを狙っている相手とずっと目を合わせたまま。
数秒後、一気に「行くぞ」という気を込めた目で、勢いをつけて中段逆突きに飛び込むふりをした。
それに釣られて飛び出した相手の斜め左へ横跳びし、前原は相手の右頬へ上段の前蹴りを放った。これが大成功。見事に決まった。
「おおおっ! 敬太、今見た? 前原先輩、上段の前蹴り使ったよ!」
「見た見た見た! 中段は見るけど、上段の前蹴りはめったに決まるの見たことないぞ!」
「悠樹のやつ、さっきのフェイント、俺が牛頭の大将にやったとき思いついたやつをパクったなぁ? 待ち拳のやつ誘い出すには、何やらいい技みたいだな」
「みんなーっ! やったよ! 僕もベスト4に行ったぁっ!」
前原は観客席に向かって大きく拳を何度か突き上げ、メンホーを片手に叫んだ。
『日々精進』の部旗がひらひらとはためく。柏沼陣営が大きく盛り上がっている。
インターハイ予選、前原もベスト4進出。これでインターハイ行き確定までは、あと一勝。
しかし、次に立ちはだかるのは、日新学院の御大将、二斗龍矢。
「次は、二斗君か! 団体でも当たるかもしれないけど、ここまできたら個人でも団体でもインターハイをもぎとってやる。やってやるぞぉ!」
ワアアアアアアアアアアアア!
変わってBブロック。
三回戦を判定で勝ち上がった田村と、同じく三回戦は大接戦を競り勝った日新学院の田中との試合。
現在、試合開始から五十秒経過。お互い決め手になる技が出ず、0対0。
時間が刻々と過ぎ経ってゆく。
田村は珍しく、あまりステップを使わず、のそりのそりと相手の出方を窺っている。逆にこれは、今までにないリズムで、かえって不気味さがある感じだ。
「あとしばらくっ!」
三十秒前のコールがされた。ほぼ膠着状態の展開に、相手の田中が痺れを切らしてきたようだ。
「しゃああああーぃぁっ!」
シュババババッ ババババァァン ダダダッダダダッ!
「(うおおお!・・・・・・あぶねーっ。いきなり来るなよぉ)」
田村は横に動いて両腕で相手の連打を捌いた。相手は体勢を立て直し、また小刻みにステップを加えながら追い打ちをかけるように突っ込んできた。
時間は残り十八秒。もうわずかしかない。
「しゃあああいっ! しゃあああぃっ!」
ババババンッ ドパパパパパッ!
「(こ・・・・・・こだぁーっ!)」
バアンッ! ググイーッ ギュウッ スパァッ!
バタァァァンッ!
バタバタッ ドドドッ バタバタ バシバシ
「せあああああああーーーぃぃ!」
ズパァァァァンッ!
「止め! 赤、上段突き、一本!」
「「「「「 やったぁーっ! 田村せんぱぁぁぁぁい! ナイス一本! 」」」」」
ワアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアア
相手が逆突き、逆突き、刻み突きのパターンで仕掛けてきた二発目に対し、田村は体を沈めて肩から相手へ密着するように体当たり。
相手の胸から首元に右腕をかけ、右の太腿で相手の左太腿の裏を思い切り押し払うと同時に右腕は斜め右下に押す。
少し相手も堪えたものの、一気に薙ぎ倒されるようにして床に大きく転がされた。転がった相手へすぐに突き込もうとしたが、相手も下から田村の腹を蹴り上げ、突かれないように粘る。
それを払いのけ、田村は待ってましたとばかりに相手の頭部へ突きを一発。
ピーッ! ピピーッ!
「止め! 3対0。赤の、勝ち!」
「おっしゃぁ! 四回戦までおわったぁっ! やったぞー! ベスト4入りだねぇー!」
田村も勢いよくメンホーをはずし、柏沼陣営へ大きく手を振った。
これで、前原も田村も、インターハイ進出まであと一勝。ここまできたら、みんなでぜひ沖縄行きを決めたい心境であろう。
ざわざわ がやがやがやがや
そして、男子個人組手四回戦最後の試合。その前に、三回戦のハイライトを見てみよう。
まずは、日新の佐藤を二回戦で破った県立宇河の榎本と、日新学院の東畑が対戦。
両者体格がほぼ同じで組手スタイルも似ているためか、試合内容が拮抗。
3対3の引き分けによる延長戦から、中段前蹴りを決めた東畑がベスト8に進んでいた。
そして、神長は日新の畝松と三回戦で激突していたようだ。
「どおああああああっ!」
パチィィィンッ!
「止め! 赤、上ー段打ち、有効っ!」
「おおああああああーーいしゃ!」
ドコォォンッ!
「止め! 青、中ー段蹴り、技有りっ!」
バババァン ダダンッ ザザザザッ
ザッザッ バシュッ パパパァン!
神長は背刀打ちで先制点を取ったが、その後、畝松が蹴り返して逆転。
しかしまた神長が上段突きで取り返し、畝松と一進一退の攻防を繰り広げていたが、本戦は時間終了。4対4による引き分けからの延長戦に突入。
パパパパァァァンッ!
延長戦、畝松が重戦車のような猛連撃を繰り出してきた。神長はそれを五発まで防いだものの、最後に中段突きを決められてしまい、ギリギリ惜しくも敗退となってしまった。
そして四回戦では、日新同士の同門対決。東畑 対 畝松の試合は、声援も日新学院だけのものが飛び交った。
終始、攻撃力に勝る畝松が主導権を握り、東畑を圧倒。6対2で勝利し、ベスト4に勝ち上がってきた。
ワアアアアアアアアアアッ!
これで、個人組手は男女ともベスト4が出揃った。
男子はまず、日新学院 二斗龍矢 対 県立柏沼 前原悠樹。
そして次に、県立柏沼 田村尚久 対 日新学院 畝松虎次郎。
女子側では、等星女子 朝香朋子 対 県立柏沼 川田真波。
そして次に、海月女学院 末永小笹 対 等星女子 崎岡有華。
火花飛び散る、熾烈を極めたトーナメント。
いよいよ、個人組手の戦いはクライマックスへと近づいてきた。準決勝に出揃った県内四強の選手達。柏沼高校メンバーはこれに三名が食い込んだ。
ここから、十五分間の休憩を挟み、コートをAとBの二面のみに組み替える。
時刻はもう午後四時を過ぎた。雨が降っていて館内から太陽は見えないが、もし晴れならば陽は西へ傾いている頃だろう。
ここからは、勝負のレベルもベスト8戦からまたランクが上がる、厳しい戦いになるだろう。
柏沼男子メンバーは団体組手も最後に残っているが、その相手も日新学院だ。
「まったくねぇー。どこまで日新と因縁があるんだかねぇー?」
「ここまできたら、もう、日新学院を超えるだけだね田村君!」
県内一を決める、夏の戦い。
蒸し暑く、館内は陽炎がゆらめくかのような熱気と声援で満たされている。
前原と田村は、ガッチリと拳サポーターごしに拳を当て合う。これから始まる準決勝戦へ向け、鋭い眼差しをもって、笑顔でお互いのこれまでの健闘を讃え合っている。
「もう、ここからは何も温存することはないね。思いっきり、戦おう!」
「そうだねぇー! 前原がここまで燃えてんじゃ、俺ももっと燃えるとするかねぇ」
インターハイ進出が、いよいよ目の前に見えてきた。
ここからは、少しのミスも許されない、神経を磨り減らす消耗戦となることだろう。




