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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第5章 大混戦模様!
41/80

41、柏沼対決! 井上泰貴 vs 中村陽二

「菜美ぃぃぃーーーーーーっ! おっめでとぉぉぉ! アタシは本当に嬉しい!」


 女子個人形の日程が全て終わった。一方で、Aコートでは男子個人形の試合が着々と進められている。

 森畑が観客席へ戻ると、川田が思いっきり飛びつき、健闘とインターハイ出場を誉め讃えた。


「ちょ、ちょっと真波ぃ!? 苦しいったら。・・・・・・でも、ありがと! 思いっきり戦ってきたよ」

「おめでとうございます森畑先輩! すっごかったです! うちやまと、感動してましたっ!」

「阿部せんぱいなんか、もう、泣いてますよー。わたしもさよも、発狂しそうでした」

「みんな、本当にありがと! でも、まだ組手もあるから気は抜けないよ。男子形も試合中だから、この流れを男子みんなに届けよう!」

「「 はい! 」」


 森畑は、後輩達からのエールに応えるも、まだその目は「試合終了」にはなっていなかった。


「菜美、おめでとう! 見てたよ。いい形だったねぇ! 早川先生も泣いてるよー」

「え! お母さん!? 来てたのー? ・・・・・・あ、真波のお父さんまでいる。こんにちは」

「菜美ちゃんおめでとう。うちの真波は敗れたけど、組手で続きたいって言ってるから、ぜひ気合い入れてやってよ!」


 保護者も含め、和気藹々と、柏沼陣営にはいつもの感じが戻ってきた。

 これでまたひとつ、チームに新たな大きな実績が加わったのだ。まだ、誰もそこまでは実感がない感じのようではあるが。


「森畑さん、ツボ圧しやっとく? さっき川田さんにはもう一度やっといたんだけど。疲労軽減のマッサージとツボ圧し、いつでもやるから言ってね」

「ありがとうございます堀内先輩! じゃ、組手の前までに、お願いしようかなぁ」

「菜美さ、それにしても、あの小娘とんでもないやつだったね。アタシら、ちょっと等星しか目に入れてなかったけど、度肝を抜かれた感じだなー。信じらんないよ、未だにね・・・・・・」

「確かにね。私も驚きっぱなしだったわ。まさか、インターハイ女王を県内で撃破なんてねぇ。私もあの決勝戦、見ていてどっちが勝ってもおかしくなかったとは思うけど、まさかアーナンを隠していたなんて!」

「森畑せんぱい。形試合って、さっきのパーチューやアーナンとかやった人みたく、難しい形をやれば勝つんですか?」

「それは違うの。形競技は、難しい形をやれば勝つってワケじゃないけど、その形の難易度とか表現すべき部分がきちんとできているかを見られるね。長い形と短い形で、長いからいいとかってのもないし、難しいからいいとかではないのよ」


 一年生も、形競技のハイレベルな試合を目の当たりにし、俄然、形の勝負というものに興味が湧いているようだ。

 その横では、田村や神長が神妙な面持ちで考え込んでいた。


「しかし、尚ちゃん。パーチューにアーナンを持っていたという、あの形の選択。そして第二指定形戦での、練り上げられたクルルンファ・・・・・・。末永小笹、あの子はとても独り稽古で作り上げた形には見えなかったぞ」


 神長が、不可解な顔をして呟いた。田村と前原も、深くゆっくりと、頷いている。


「神長君の言うとおり、あの、末永さんって、得体が知れないというか・・・・・・」

「たしかあのアーナンは、沖縄の古流空手である劉景(りゅうげい)流っていう古流の奥義形だ。あの子が演武したクルルンファも、確かに剛道の形なんだが、俺がやるのとは形の質が違ったよ」

「そうだねぇー。俺もそこは、違和感というか、なんか変な感じなものを思ったねぇー。剛道流の形をやるにしても、神長のとは確かに違ったねぇー」

「尚ちゃん。なんつーかこう、粘っこいというか、重ったるいというか、すごく味のある技の表現を見事にこなしてたんだよ、あの子さぁ」


 男子三人の会話に、川田が割りこむように加わった。 


「え? アタシも劉景流は名前くらいは知ってるけどさ!? なんであの小娘が、そんなレベルであの形を知ってんのさ? 末永小笹。いったいあいつ、どっから湧いてきたっていうんだ!?」

「川ちゃんがそう思うのも無理はないんだよ。俺らだって、わけがわかんないんだから」

「川田さん。きっと、あの末永さんって、あちこちの道場を渡り歩いて覚えたのかもよ?」

「それもアタシ、納得いかないのよ。沖縄の古流の形なんて、ビデオで見よう見まねで覚えてもあんなレベルにはならない。でも、関東近郊じゃ、劉景流の道場なんてないんだよ!?」

「うむむむ。・・・・・・だったら、どういうことなんだろうか」

「わかんないなぁ。でも、凄い選手だってのは間違いないんだけど」

「ま、謎解きはみんなそんくらいにして、Aコート見なよ? 井上と中村が始まるよぉ!?」


 田村が二年生男子と下を指さしながら、ニコニコと前原や川田たちを促した。

 女子の大熱戦によって霞んでいたが、男子個人形では柏沼高校同士の同校対決が間もなく始まるのだ。


「赤、県立柏沼高校、井上選手!」

「うぁいっ!」

「青、県立柏沼高校、中村選手!」

「はいっ!」


 井上と中村が、黒帯をゆらりと揺らし、お互い瞬きをせず目を合わせている。


「うわわぁー。阿部せんぱい、三年生の先輩同士の対戦ですよ。こういうとき、どっちを応援すればいいんですかね?」

「うーん、日頃、お世話になってる方じゃない? 真衣は、どっちのお世話になってる?」

「えええ! ど、どっちにもお世話になってますー」

「ふぅー。川田先輩、森畑先輩。一年生がこう言ってますが、どうすればいいんですかね?」

「「 どっちもどっち、好きにしな 」」

「えー、そんな適当なぁぁ」


 阿部は、がっくりと頭を垂れて苦笑い。そうこうしているうちに試合は進む。

 先攻は井上。第二指定形を演武するが、なにを中村にぶつけるのだろうか。


「ニィパイポォォーッ!」


 井上が選んだ形は二十八歩。先程、松村鷺牌を使ってしまった故の選択のするようだ。


   スウ シュッ スウウ スパアアア スウ パァアアン!

   ババッ パアアァン・・・・・・

   ヒュババッ ババッ シュッ

   スウウーーーーーッ ススゥゥーッ・・・・・・


 森畑の二十八歩は優雅な白鶴を思わせる表現だったが、井上の二十八歩は力強さを兼ね備えた丹頂鶴のような印象。同じ形でも、演武者によってこうも表現が違うのが形競技の面白いところだろう。


   スパパパァン パパッパァン パパァン!

   バッ バババッ バッ バッバッバババッ

   シュッ ババシュッ バシィ おああああーっ!

   ザッ バシンバシン・・・・・・


「(二十八歩、か。糸恩流らしい動きで、なかなか魅せる形じゃないか井上!)」

「(お先に! さぁ、どーずんだぁ、陽二!? 俺にかかってこいやー!)」


 一呼吸し、井上は形を終えて一礼。中村にきらりと目を合わせてから、コートを一旦出る。

 その視線を受け、にやっと少しの笑みをこぼし、今度は中村がコートへゆっくりと歩み進む。


「カンクウゥー小っ!」


 燕飛エンピと同じく、松楓館流の第二指定形、観空小を選択した中村。

 孔雀のような構えから四方八方戦う観空大と違い、棒術を相手に前後左右に戦うかのような動きが特徴で、小気味良いスピードが見応えある形だ。


   ススゥ  パァン パァン パァン!

   ダッ パン ダッ パン バシィ えぇあい!

   スッ フアアア ダッ ダダァン ババッ

   スッ フアアア ダッ ダダァン ババッ 

   バシィ パァン バシィ パァン・・・・・・


「(やるなぁ、陽二。俺に観空小をぶっつけてくるとはね!)」

「(井上の二十八歩には、同じく小気味よいこの形で真向勝負だ!)」


 いつも共に汗を流している仲間同士で火花が散る。これも、勝負の世界の醍醐味の一つ。


   シャシャァッ ズパパン ああぁーぃぁっ! ・・・・・・ スゥゥ

   おおおおーっ ざわざわざわざわ ざわざわざわ


「「「「「 (柏沼同士の一騎打ちだってよ。どっちもなかなかだな!) 」」」」」

「「「「「 (女子もすごい試合だったけど、男子もいいのいるな!) 」」」」」


 観衆も、柏沼高校同門対決に注目している人がかなり多いようだ。

 井上vs中村の同校対決、そのドキドキの判定やいかに。



     * * * * *



「後学のために言っとく。黒川、長谷川、恭子。みんなは今の形を見て、どっちが上に行くと思う?」

「ええと、ええと、うーん、井上先輩だと思います」

「黒川。その根拠はぁ!?」


 川田に凄まれ、黒川は答えに詰まり、もじもじしてしまった。


「わたしは、中村先輩のほうが突きや受けにメリハリがあって、良いと思いました!」

「自分はぁ、井上先輩の方が、キレがあると思いました」


 阿部と長谷川は、もじもじする黒川を挟むようにして、ハキハキと答えた。


「よろしい。そういう、各選手の形の表現力や優れている点とか、逆に悪かった点などを相対的に分析して、審判の印象度も加味して予想することが大事なの。ただ、勝った、負けた、審判に恵まれてない、運が悪かった、相手が強いから当然だ、では、それは言いわけに逃げてるだけ」

「確かに、そうっすね。みつるー。川田先輩が言ってるとおりだぞー」

「言い訳に逃げたら、空手は伸びないよ。そういうやつは、自分を省みないから、何をやっても伸びないからね。分析は大切だよ!」

「べ、勉強になります! そうか、自分に甘えず、相手を研究し、ダメなところはひたすら改善しなきゃ、うまくなりませんよね!」


 黒川は、こくりと頷いた。

 井上と中村の同校対決は、後輩たちにもいい影響を与える試合になったようだ。

 この二人の形試合、どういう勝負結果になるのか。みな、柏沼メンバーはどきどき、そして、わくわくしていた。


「判定っ!」


   ピィーーッ!  ピッ!

   バッ!  ババッ!  バッ!  バッ!  ババッ!


「赤、3! 青、2!  赤の、勝ちっ!」

「「「「「 あああーっ! 」」」」」


 かろうじて、井上が同校対決を制し、準決勝へと駒を進めたのだった。

 判定後、二人はお互いに一礼した後、ガッチリと首を垂れて強く握手。数秒以上、お互いに手を離さなかった。


「あっぶねぇ! 陽二、隠れて形も稽古積んでやがったな? やべぇ勝負だったぜ!」

「井上に敵わないな、形は。このまま決勝まで行ってインターハイ勝ち取ってくれ!」


 言葉を交わし、お互いが肩をポンと叩いて、一礼。爽やかな笑顔で二人はコートを後にした。


「これも、見ごたえある勝負でしたね! 同校対決かぁ……。嫌だけど、逆にまた、燃えますね!」


 大南は今の試合を見て、何か自分の中で変わったものがあるようだ。

 先輩の試合を後輩が見て、そこから学び、何かを自然と無意識に受け継いでゆく。先輩にとっては本当に、心揺さぶられることであろう。


   ワアアアアアアアアアアア  ワアアアアアアアアアアア


 その後、井上は準決勝戦まで進み、県立鶉山高校の堀庭ほりばと対戦。

 ここからは自由形となり、相手は松楓館流の雲手(ウンスー)を演武。井上は同じく松楓館流の壮鎮(ソーチン)を演武。

 どちらも差がない接戦の演武だったように見えたが、2対3で井上は惜敗。反対側のコートでは、日新学院の畝松が県立東照宮高校の星野を4対1で下し、決勝進出。


「みつるー。井上先輩、とても惜しかったけど、負けちゃったなぁ」

「まったくだ。本当に惜しかった。井上先輩が勝ったと思ったのになぁ」


 長谷川と黒川も、観客席でがっくりしていた。

 直前まで手が届いていたが、井上のインターハイ行きは叶わなかった。その代わり、三位決定戦では、星野が公相君(コウソウクン)大を演武。それに対し、井上は岩鶴(ガンカク)をぶつけた。

 力強く、なおかつしなやかな演武の岩鶴は、相手の公相君大の印象を上回り、4対1で勝利。

 井上はインターハイ予選三位入賞という結果となった。

 観客席では、川田が井上にスポーツドリンクを渡し、「お疲れ、井上」と健闘を讃えている光景も。


   ワアアアアアアアアア   ワアアアアアアアア


 男子個人形の決勝戦は、日新学院の畝松 対 県立鶉山高校の堀庭。両者が一礼すると、両校陣営からはすぐに大きな声援が飛び交った。


「「「「「 うずらやまだましいぃーっ! ほりばーっ! ファイッ! 」」」」」

「「「「「 畝松ファイトー! 畝松センパァイ! 」」」」」


 どちらも松楓館流の形である五十四歩小を演武。迫力ある技を繰り出し、5対2の判定で、日新の畝松が春季大会に続き、見事優勝となった。


「うあーっ! 悠樹ぃ、俺すげぇ悔しいわ今。あの決勝に上がれてれば。くぁーっ、くやしいっ!」


 井上は観客席から決勝戦を観戦し、ものすごく悔しそうにしている。

 インターハイに行ける二位と、行けない三位。この差は本当に越えられない壁に阻まれているのだ。


「なんだかんだで、終わっちゃったねぇー、形競技」

「田村君ー・・・・・・。なんだか、川柳みたいなリズムだね、それ」


 形競技がこれで男女ともすべて終了した。休憩を挟み、各コートは個人組手競技の準備に入る。

 個人形の結果は、川田がベスト8、森畑が第三位でインターハイ出場、中村がベスト8、井上がが第三位と、みな春季大会よりも大躍進の結果だ。

 前原は、結果を残した仲間へ笑顔を振りまく一方で、内心は「僕や田村君も、続かないとなぁ」と、やや焦っていた。


「田村君。さっそく、組手の準備して、次に備えようよ」

「おー。そうだねぇー。組手でこそ、インハイ出場を勝ちとらなきゃだねぇー」


 観客席で早川先生や保護者たちが話に夢中となっている間、出場選手みんなで組手の準備をして選手待機所へ向かうことにしたようだ。

 前原が観客席から下の階に向かう時、ふと振り返ると、柏沼陣営の観客席に誰かの保護者が新たに加わったように見えた。


「(誰のお母さんかな。そんなことより、これから始まる個人組手、気合い入れ直してがんばらなくちゃ)」

「ほら、いくぞ前原。置いてっちまうよぉー?」

「え? あ、あー。待ってよ田村君」

「ほーら、前原っ! ボヤっとしてない! 行くよ!!」

「川田さん。待って待って。いま、行くよー」

「よぉぉしっ! アタシは組手で絶対インターハイいくぞぉっ! みんな、頑張るよーっ」

「「「「「 おおーっし! 」」」」」


 いつの間にか、風が止んでいる。雲間からの陽射しは、窓から燦々と館内へ射し入り、会場内の熱気と反応しさらに輝く。

 近くの林から飛んできたのだろうか。いつの間にか柏沼陣営の側には、かわいいカナブンが窓枠にとまっていた。

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