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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 始動
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4、空手道部に火はついて

「なんだあいつ。なんか、わかったのかねぇー?」

「さ、さぁ。真波にはなにか秘策でもあんのか?」


 田村は苦笑いで、コートに入る川田を見ていた。井上も、不思議そうに川田を見つめている。


「川田さんのことだから、何か試したいことがあるんだよ、きっと」


 前原は、田村と井上にそう言って、コートに入る川田の姿を見つめる。


「(アタシの作戦通りにいけば、きっと・・・・・・)」


 再び、コート内に二人の選手が立つ。組手試合が始まる前の緊張感は、独特なものだ。


「勝負、始めっ!」


 新井の声で、試合が始まった。


「やあぁぁー!」


 甲高い掛け声とともに川田は構え、変則的なフットワークを使いだした。


   タン  タタン  トン  トントトンッ タンタン  タタタン


 松島に対して真正面からではなく、横、斜め、横、横、斜めと足を止めず、的を絞らせない速さで動く川田。


「(おっ! いつの間にこんな足捌きを。間合いがつかみにくい。やりにくいなぁ)」

「(やりにくいなぁ、って顔ですね! アタシの読み通り!!)」

 

 高速で動きながら川田はずっと目を光らせ、攻撃の機会を窺っている。

 その様子は、獲物を狙う猛禽類のよう。瞬きすら許されない、ものすごい集中力で間合いを測る。


   ふうっ  すすっ


 その時、松島がふと、一歩だけ前へ間合いを詰めた。

 それを川田は、見逃さなかった。射程距離に入った瞬間の出来事だった。


「たあぁぁぁっ! たあぁっ!」


   バババッ  パパン! パパパァン!


 川田の瞳がさらにぎらりと輝いた刹那、一気に動いた。

 一歩の踏み込みで、右と左の突きを上段中段へ交互に放つ。二歩目でまた、左右の連打を放つ。

 それはまるで、千手観音でもあるかのような凄まじい連続攻撃。

 機関銃のような突きは、中学時代に全国で有名になった彼女の代名詞ともいえる技だ。

 女子とは思えないスピードで、生半可な実力では並の男子選手でも防ぎきれないだろう。


「「 川田先輩、ファイトです! ファイトでーす! 」」

「「 川田先輩ーっ! 」」


 自然と、見ている後輩たちから熱い声援が次々と飛んできている。

 こういう声の後押しは、選手にとって、アドレナリンをさらに引き出してくれる妙薬なのだ。


「たああっ!(いくら先輩でも、この連突きなら無理でしょ!?)」

「(ほぉ! やるな! これはすごいね)」


 新井は、主審役をしながら、表情を変えずに両者の攻防を見ている。落ち着いた、涼しい目で。


   タァン タァン!   サッ  バチバチバチ  パチィン!


「(えっ!? アタシの・・・・・・突きが!!)」


 川田の前へ前へ出る機関銃のような連突きに対し、松島は後ろへ後ろへ退がる。

 同じスピードで間合いを保ちながら、両手を左右上下に動かす。しなやかに、柔らかく、波のように動かし、あろうことか川田が放った全ての突きを、手首の動きだけで受けて弾いてしまった。


「うわぁ、あれすら防いじゃうんかよー。シャレになんねーよーっ!」

「あれは! まるで、転掌てんしょうの形のようだ。泰ちゃん、あれはすごい技術だな!」


 井上が呆れた感じで声を漏らすのに対し、神長は冷静に動きを分析している。


「てんしょう? 道太郎、それ、何だっけ? 私も、名称は聞いたことあるけど・・・・・・」

「剛道流の形で、柔らかい動きで手首と呼吸法を鍛錬する、基本の形だ。糸恩流にもあるだろう?」

「あー。あの、手首を上下左右にふにゃふにゃさせるやつ? 私、ほとんどやったことないな」

「しかし、まさかあの形の動きが、そのまま競技組手で応用できるなんて。すごいぞ、本当に」


 森畑は神長と、これまでになく真剣な目で、松島の動きを凝視していた。


「ど、どう分析すれば良いんだ? 川田の動きでダメなら、松島先輩にはどう対処すればいいのか」


 中村も眼鏡をくいっと指で上げ、松島の様子をじっと見つめて分析している。


   すっ   ばちんっ


「(あ! し、しまったー!)」


 松島は、連突きを防ぎきると同時に、右へ踏み込み、左足底で大きく川田の両脛を払った。

 軸となる足ごと刈り払われ、川田は無防備のまま腹這いで床へ落ちてしまった。


「ほいよっ」


   しゅっ  ばしんっ!


 スイカ割りでもするかのように、床に転がった川田の背中へ松島の突きが決まった。


「やめっ! 赤、中段突き、一本! それまで」


 新井がにこっと笑い、試合終了のジャッジを下した。

 緊迫した攻防も、ふと時計を見ると、わずか一分ほどの出来事であった。



     * * * * *



「いやー、すごい突きだった。前よりもすごくなったねぇ、川田……。あれ?」


 川田は、床に伏せたまま、なかなか起きない。どうしたのだろう。


「真波? だいじ?」

「・・・・・・しい。・・・・・・くやしい! あーっ、もうーっ。悔しくて悔しくて!」


 みんなの心配をよそに、川田は一気にじたばたと暴れ始めた。まるで、駄々っ子のように。


「松島先輩、ほんとにブランクあるんですか? 隠れてめっちゃ稽古してるでしょ!」

「いや、それはないよ。ただ、俺も新井君も、昔、主将やった友達に教わっただけだよ」

「絶対うそだぁ! あー悔しい。こんなハイレベルなこと、教わって身に付けたんですか?」

「そうだよそうだよ。当時、教えてもらった組手だよー。うそじゃないよ」

「田村が足払われたの見て、それは食らわないよう挑んだのに、アタシもやられた。悔しいーっ」

「落ち着けよ川田。しかし、やばいなその初代主将。どんだけの技術持ってんだよ・・・・・・」


 田村はにこにこしながら、川田の肩をぽんっと叩く。


「まぁ、俺も新井君も、昔とった杵柄で、同レベルでこんくらいはできるってこと」

「松島先輩と新井先輩、どっちも同レベルなんですか?」

「新井君のが、微妙にパワーは上かな?」

「いやいや。松島君のがスピードあるから」

「「「 えええ!? 本当ですかっ! 」」」


 部員一同、初めてOBの先輩と直接手合わせをしたことで、いろいろなことを学んだ。

 ブランクがあるとはいえ、田村や川田ほどの選手を簡単に下したことに、驚きを隠せないようだ。

 そんな中、前原はふと、こんなことを思っていた。「大学でも少しやってたとはいえ、初心者だった人をこのレベルにまでした初代の主将は、いったいどんな先輩だったのだろう」と。


「さ、どんどんやろうよ。次は誰だっけ? 準備して始めよう」

「あいっ! 次は、自分がいきますんで、お願いします」


 この後、神長、前原、中村と続いたが、松島の動きがさらに際立つだけで終わってしまった。

 壁際で悔しがっている川田に、森畑がなにか説得している姿も見える。


「いい感じに、みんなの今の力がわかったよ。田村主将、ありがとう」 

「いえ、こちらこそありがとうございました。勉強になりました!」

「これから、新井君と自分で、いろいろ分析して、大会までのレベルアップもアドバイスしていきたいから、みんな、またよろしくね。早川先生にも随時、部活の様子、伝えとくよ」


 松島は、タオルで顔を拭い、にこっと笑う。

 田村は、疲労をほとんど見せない松島に「参ったなぁ」という表情を見せた。


「みんなー。関東や全国制覇をする気なら、こりゃ本気以上にやんないとねぇー」

 

 その後も部員たちの汗が床に滴り、現役も先輩も垣根無くみな真剣な稽古と対話を重ね、時計の針は幾周も廻っていった。

 武道場には、掛け声と床を踏み込む音。そして笑い声が響き、全体が黄昏色に染まってゆく。



     * * * * *



「本日の稽古を終わります! お互いに、礼!」

「「「「「 ありがとうございました!!! 」」」」」


 黙想と終礼をし、みんなでモップや雑巾掛けをして、今日も稽古が終わる。

 あの衝撃的だったOB松島との手合わせから、もう一週間が過ぎていた。

 部員はみなそれぞれの想いを抱き、大会に向けて日々の稽古を積んでいる。朝練に来るメンバーも増えた。

 森畑と川田で、コーチの先輩方や顧問の早川先生と話し合い、空手の技術や精神指導とは別に、ケガやメンタルケアに専門的な対応ができる女性の卒業生を部のサポート役につけてもらうことになったそうだ。

 まだ、誰が就くのかわからないが、部の卒業生でなく柏沼高校の卒業生であればOKとのことだ。いったい、どんな人が来てくれるのだろうか。


「そういえばー、田村せんぱいや前原せんぱいって、どんな道場で空手をおぼえたんですかぁ?」

「あ、それはうちやまと同じく、気になります。空手道場って、どんなところなんですか?」


 稽古後、一年生二人の質問に、田村や前原はにこやかに答える。


「そうだねぇー。厳しいお爺ちゃん師範がいてね。あと、先輩に、めっちゃ強いお姉さんらがいたねぇ」

「そうだね。僕も田村君も、あと、井上君も、たくさん鍛えられたね。姉弟子の人らが凄かったよね」

「へぇー。そうなんですか! 女の人で、そんなに強い人が!」

「入門したころ、たしか、高校生くらいの人らだったねぇー。かっこいいお姉さんだったよ」

「その人たちもね、僕たちや、内山さんと大南さんらと同じ、この部の卒業生だよ」

「「 え! そうなんですかぁ! すごい!! 」」


 こんな話をしながら、田村が武道場の施錠をし、職員室へ鍵を返すために歩いてゆく。


「前原。今年は空手道部、めっちゃ盛り上がる年になりそうだねぇー」

「そうだね田村君。早川先生や、OBの先輩方にもまたお世話になるし、実績上げなきゃね!」


 大会の引率は顧問の早川先生が責任者となるが、当日の試合場では、卒業生であればコーチや監督役で入れるそうなので、男子には新井、女子には松島がそれぞれ付くことになった。

 田村も、主将として一段と気合いが乗っており、部内は益々いい雰囲気になってきた。


「さぁーて、間もなく大会だ! 思いっきり、暴れてやるとするかねぇー!」

「だね! みんなで頑張ろう、田村君!」

 

 頼もしい先輩方が今まで以上に指導へ来てくれることとなり、平成二十二年度の柏沼高校空手道部はついに、大会モードとなり、熱く燃えるように始動した。

 さぁ、間もなく、春季大会が開幕する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また戦いたくなりました。 [一言] 転掌!!剛柔流だけではなかったのですね。そう言えば大山総帥が演舞してたなあ。そっかそっか(>_<)
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