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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第4章 琉球の風 争奪戦! インターハイ予選!
22/80

22、沖縄への夢をのせて

   ダダダダダッ  タタタッ タタタッ   


 田村と前原は、朝の静かな土曜日の校舎内を、武道場から職員室に向けて大急ぎで走っていた。


   ガラガラ タァン!


「早川先生、来てますか?」

「なんだねなんだね、まぁた、空手部か。まったくこの連中はぁ。そんなだから・・・・・・」

「(うわぁ、デブダルマに捕まっちまった!)」


 デブダルマとは、まるで大玉転がしの玉に手足が生えて、長髪にちょび髭おやじの顔を乗せたような感じの見た目をした、校内では古株の男性教員である。

 かつて、別な学校で空手道部の顧問をやったことがあるらしいが、生徒や保護者と何らかの件で折り合いが悪くなり、強制的に顧問から外されたらしいという噂がある。


「だいたいなぁ、空手なんて、ケンカの延長みたいなもんで、とても教育スポーツとしてはふさわしくないんだ、あんなのは。ただの殴り合いだろぅ。まったくお前達は・・・・・・」

「(・・・・・・前原、こいつ、ぶっとばしちゃだめかねぇ?)」

「(だめに決まってるでしょ! とりあえず、面倒だから、スルーだよ。我慢だよ田村君!)」

「(くっそぉ、めんどくせぇー)」


 その時、職員室の窓の外に、茶封筒を持って武道場へ向かう早川先生が見えた。

 外と中とで行き違いになってしまったようだ。


「「 失礼します! では! 」」

「待ちなさぁい。まったく、空手部はろくなことをしないやつらだ・・・・・・」


 田村と前原は、一礼して職員室から飛び出し、ドキドキしながら急いで武道場へと戻った。

 武道場では、すでに早川先生を中心に車座となってみんな床に座り、これから先生が組み合わせ表を封筒から取り出そうとしているところだった。


「田村に前原、どこ行ってたんだ? 行き違いになっちゃったかなぁ?」

「先生の代わりに、デブダルマに捕まってしまいました。あいつ、気に入らないんですよねぇー」

「そのあだ名、何とかならんのか? 一応、上島先生という名前があるんだからな」

「先生! デブダルマはいいから、はやく見せて下さいー。僕、ドキドキが・・・・・・」

「どれどれ、今朝一番で届いてたぞ。これが今度の組み合わせだな」


   ばさっ!  どさどさ!  ばさり!


 早川先生は、茶封筒からいくつもの書類を出した。

 それは、紛う事なきインターハイ予選の組み合わせ表だった。春季大会と違い、インターハイには団体形競技がないので、団体戦は組手のみのトーナメントとなる。

 みな、それぞれの組み合わせ表を真剣な目で隅々まで見つめている。


「団体の一回戦は、国学園栃木か。日新とは反対の山だから、決勝でしか当たらないわけだねぇー」

「何だこれ? 宇河短大附属うかわたんだいふぞくに、しあわせの哲学学園だって? 初めて見るチームだなぁ! だはは! 面白い!」

県立牛頭けんりつぎゅうとう高校? 前回は出てなかったけど、今回はチーム組めたみたいだな。まぁ、おれたちの相手になるかどうかは知らんが」

「あれ? 尚久、栃木商工は今回出てないんだな? いないぞ、あの篠崎も」

「こないだ、俺がまた倒しちゃったからかなぁ? なんだろう? 確かに、いないねぇー」


 井上と田村のやりとりを見て、前原、川田、森畑の三人は顔を見合わせて無言で頷き、別な話題へと流す。


「アタシらも、今回やっと団体組めたね! 等星とは反対の山だ。がんばろうね恭子も一年生二人も!」

「「「 はいっ! 」」」

「前ちゃん。宇河短大だのしあわせ学園だの、俺たちは知らないチームが二つも入っている山だな」

「そうだね神長君。・・・・・・早川先生? このチームって、顧問会議や抽選会の時になにか情報ありました?」

「あ、えーと、しあわせの哲学学園は宗教法人の私立校で、今年県北地区にできた新しい学校だよ。宇河短大附属は、空手道部は今年の四月にできたばかりで、白帯だけしかいないってさ」

「なんだ、組んだばかりの白帯チームか。初出場じゃ、監督やる人も大変だろうな」


 早川先生の言葉を聞いた井上は、他人事のような顔で次のトーナメント表を眺めている。


「あ、でも、宇河短大附属の先生って、会議の時にほかの学校の先生が話してたけど、空手界で名前が通ってて、すごいんだってねー?」


 早川先生のふとした一言に、三年生がみな、質問を返すような目をして顔を上げた。


「え? 名前がすごい? 誰ですか? 宇河短大附属の監督って。アタシ、知ってっかな?」

「えーと、確か、殿(との)木戸(きど)三矢(みつや)って先生だよ。昔、すごい選手だったんだって?」

「「「「「 と、殿木戸三矢ぁ! それ、本当ですか? 」」」」」


 殿木戸三矢とは、今から二十年以上前に国民体育大会、全日本選手権大会、アジア選手権大会、世界選手権大会などで、多彩な蹴り技を駆使して長年の王座に君臨していた伝説の空手家である。

 いま、若い選手達が試合で使う多彩な蹴り技の多くは、殿木戸選手が開拓したと言ってもいいほどだ。「世界のTONOKIDO」と名の通るくらい、有名な大選手だった人だ。


「な、なんでそんな人が、白帯チームの監督に?」

「白帯っていっても、審査会を受けなきゃ、ずっと白帯だしな。まだ、得体が知れないねぇ」


 日新学院とは決勝戦まで当たらないが、準決勝までに初めて見るチームを含んだ、先の読めない山となった男子団体組手。元世界王者が指導するチームは果たして、勝ち上がってくるのだろうか。


「どーれ。じゃあみんなで、とりあえず、個人組手も見てみようかねぇー」


 田村は、男女それぞれの個人組手の組み合わせ表を並べた。


「うあぁー、一回戦勝ったら、あの二斗って人と当たるー。おわったー」

「びびんな敬太! それも経験だ! てか、まず、一回戦をガンバレよな!」

「みつるー。たすけてくれぇー」


 二年生の黒川は、既に呑まれているようだ。


「さすがインハイ予選。本当に腕に自信あるやつしか、個人はエントリーしてないみたいだな」

「AとB、それぞれのブロックで頂点に立たないと、インターハイには行けないのか」

「中村君。ブロック準決勝で、当たれたら良いね!」

「おれも、前原が上がってくるの、楽しみにしてるからな」

 

 前原達は、組み合わせ表を見てどんどん士気を高めている。

 その隣では、川田と森畑を中心に、女子五人が組み合わせを確認中。


「アタシは、準決勝で朝香朋子にリベンジだな。・・・・・・ん? ねぇ、菜美さ? 個人組手に出てる等星って、形とメンバーまったく違うね」

「そういや、そうね」

「アタシの山にいる瀧本光たきもとひかるって、あの鬼監督の娘か?」

「そうだ、あの監督の一人娘だよ確か。今回、等星は完全に形と組手で絞ってメンバーを出してきたわけか。私は、崎岡有華のいるほうね。やはり、最低でも決勝には行かないとだめだねこりゃ」

「等星は、どこの山に入っても当たるもんね。まっ、アタシは負けないから!」

「私も! 負けてなるもんか! ・・・・・・女子の方もさ、知らない学校がいくつかいるけどー」

「なーに。ただの個人参加でしょ? 海月女学院かいげつじょがくいん? こーんなお嬢様学校から出てくる個人選手なんて、まぁ、お遊戯でしょきっと」

「そうだといいんだけどね。・・・・・・でも真波さ? お嬢様学校が、個人で乗り込んでくるかな?」

「何をそんなに気にしてんのよ。菜美らしくないなー。かいげつだか、くらげだか知らないけどさ、アタシらは等星を超えてインターハイへ行く! それだけだよっ!」


 川田は森畑の肩をバシバシと叩き、にんまりと笑っている。


「うえーん。デビュー戦が、いきなり、等星なんてやっぱり緊張しますー」

「わたしは日新学院ですー。うあーん」


 一年生達は、組み合わせ表を見るや否や、叫んでじたばたしていた。それを、二年生の阿部がきちんとあやし、なだめている。


「だーかーら、泣かないの一年生。先輩達が前に言ったでしょ、学校名で呑まれんなって!」

「でもー。でもー・・・・・・。怖いですぅー」


 内山は、泣いています。大南も、眉毛が「へ」の字になっている


「でも、最低でも決勝進出ってとても熾烈な戦いだけど、それを乗り越えた人だけにしか味わえない、さらに上の舞台がインターハイ! 厳しい予選だからこそ、インターハイは価値がある!」

「だね! 待ってろ等星! アタシらが二ヶ月間、ただ過ごしてたわけじゃないってのを、見せてやるからねぇ! ・・・・・・他に個人参加みたいのもいるけど、等星以外は気にしなーい!!」

「確かに、今までの大会で見たことない名前の子もいますね。海月女学院の・・・・・・何て読むんだろう? まっ、先輩方が個人参加の無名選手に負けるわけはないか」

「あははは! さーて、待っててね沖縄の青い海! 海なし県のアタシらが、いーっぱい泳いであげるからさ!」


 川田も森畑も、見ている光景は沖縄の会場で繰り広げられる戦いなのだろう。

 春季大会前よりも気合いの入れ方は穏やかそうに見えるが、その目と表情は、以前よりもかなり余裕と自信に溢れている。

 阿部は、トーナメントの一部を見て、何かが気になっているようだが。


「あ! 今回って、形は決勝まで全部フラッグ制なんかよぉ。点数制はなくなったのかー」

「井上先輩。点数制って、なんですか?」

「形試合はさ、審判の旗の数で決めるフラッグ制の他、採点でやる点数制ってのもあったんだ」

「そうなんですか! 知りませんでした!」

「審判が五人いたら、そのなかで一番高い点の人と一番低い点を出したものをカットし、残りの三つを合計した点数で勝敗をつけるんだ。同点だったら、カットした高いのを足す。それでもだめなら、カットした低いのを足す。最終的に同点なら、別な形で再演武って感じだな」

「へぇ! フィギュアスケートみたいですね」


 大南と内山は、井上の説明を聞いた上で、自分なりに何かを学ぼうとする意欲が表情から湧き出ている。


「点数制は、審判が十段階の点数をそれぞれ出すから、ほんとに細かいところまで見られる勝負なんだわ。だけど、時間かかんだよなぁー。逆にフラッグ制は、アバウトな感じだけど早く終わんのがいいんだわ」

「じゃ、やっぱり、旗のほうがいいんですかね?」

「でも、フラッグ制ってトーナメントだから、一回戦でいきなりスゴイ人同士が潰し合って、別なところから上手くない人が上がってきたりという波乱も起きやすいんだわ。俺は点数制のが好きだけど、まぁ、ハイレベルな人ばかりしか勝てないってよりは、フラッグ制のがある意味公平なのかもしんねーな」

「井上せんぱい、物知りなんですね。尊敬しますー」

「え? ああ? そうか!? もっと誉めてくれていーぜ?」

「なーに調子こんでんのよ井上! アタシは点数制のが好きだな。マグレ組み合わせによることもないしさ、ほんとに実力者しか進めない勝負になるし、それが形競技ってもんでしょ!」

「そ、そーだけどよぉ。真波、俺のせっかくの見せ場だったのにー」


 組み合わせ表を見て、みな意識が高まり、集中力も格段と上がったようだ。

 いよいよ予選大会まで二週間を切った戦いの夏。今年はますます暑い夏となるだろう。

 沖縄切符の争奪戦が、まもなく始まろうとしていた。


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