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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 始動
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2、煌めく眼

「新入生は初めましてだね。どうも、OBの、新井です」

「OB松島です。顧問の早川先生より頼まれました。春季大会までよろしくお願いします」


 OBの二人は、笑顔で会釈をする。隣では、顧問教員が小さく拍手をしている。

 この顧問は、空手についてはまったくの素人である。よって、技術的な指導はできない。

 大会参加などの事務手続きや、練習試合、遠征、合宿などの手配はよく面倒を見てくれる。その他、部活中に差し入れなどをしてくれたり、部活以外の相談にも乗ってくれるいい先生だ。しかし本格的な技術指導はできないので、こうして卒業生のOBを外部指導者として呼んでくれるのだ。


「よろしくお願いしまぁす!」


 川田がにこやかに一礼。一年生や二年生は、緊張がまだとれない。


「ま、そんな固くならなくていいよいいよ。楽しく、元気にやろうよ」

「とりあえず今日は今年度の最初だから、みんなのいつもの稽古風景を見せてね」


 OBのコーチ陣が来るのは、月に一回か二回あるかないかだ。初日はこうして顔合わせの後、現役生がどういう稽古をやっているかを見てくれる。それを分析した上で、稽古に参加し、指導してくれる。


「(ね、ねぇ。もしかして、優しいひとなのかな?)」

「(そ、そうかもね)」


 一年生の二人は最初こそびびっていたが、次第に、OBの柔和な顔と雰囲気に慣れてきたようだ。ちなみに、このOB二人は、なんと「一期生」の大先輩だ。


「全体! 整列! 着座!」

「「「「「 はいっ! 」」」」」


 田村も主将モードに切り替わると、普段とは違い、一気に腹から出す迫力ある声に変わる。

 それに併せて、纏った雰囲気も、平凡な高校生から武道家の気に入れ替わる。


「正面に、礼っ! お互いに、礼っ!」

「「「「「 お願いします! 」」」」」


 これが、稽古開始時の始礼。

 部員全員が神棚に向かって並び正座をし、背筋を伸ばし、そっと腿の付け根へ手を添える。

 心を静かに集中させる時間。前原はこの時、体の奥底から熱い気が湧き上がるような感覚となり、毎回ワクワクしていた。


「準備運動!」


 準備運動と柔軟体操を念入りに行い、円陣のまま基礎稽古に入る。柔軟体操は、前原と神長は苦手らしい。

 ちなみに、この部の一年生と二年生には経験者がおらず、経験者揃いの三年生が技術や作法の指導役も兼ねている。二年生は茶帯にまでは昇級しているが、まだまだ指導はとてもできそうにない。

 初心者には経験者みんなで面倒を見て、きちんとした基礎を教えるようにしている。それが、柏沼高校空手道部の流儀だ。


騎馬きば立ちその場突き、百! そのあと、四股しこ立ちその場突き、百!」

「「「「「 はぁい! 」」」」」


 主将である田村の声に、部員全員が呼応。


「一年生は、三年生が指導に入るから、元気よく真似してついてきてねぇー!!」

「「 はい! 」」


 主将モードだと、田村はいつもののらりくらりした姿ではない。姿勢も顔つきも、キリッとしている。


「前原せんぱいー、うまく拳が握れませんー」

「どれ。正拳はね、なるべく爪の先を揃えるようにしたまま、手の内の線に合わせて」

「こうですか?」


 内山は前原の指導を聞きながら、拳の握り方を確かめる。


「うん。人差し指と小指に力を込めて握ってごらん。親指は外ね」

「あ、こうですね」

「そうそう。それで人差し指と中指の頭を、目標に当てるようにするといいよ」

「こっち側で、ですか?」

「そうなんだ。小指側で当てちゃうと、鍛えてない人だとケガしやすいから。覚えといて?」

「ありがとうございます。こんな感じですね? やったぁ。覚えたー」


 きれいな白帯を揺らし、内山は小躍りするように喜んでいる。

 その隣では、同じ一年生のおおみなみが基本稽古に苦戦中。


「中村先輩、立ち方がうまくできません。どうやればいいですか?」

「騎馬立ちか? 足幅は真横に、肩幅の倍くらい。足首は正面向き平行にしてみるといい」

「わかりました。えっと、ん? うまくできませんー」

「膝は常に外に張るような意識で、腿が床と平行になるくらい、まっすぐ腰を落とすんだ」

「あ、こうですね!」

「そうだ。うまいぞ。こうして、上半身が前屈みにならないようにするんだ。注意してくれ」

「はい!」

「大南は、普段はやや腰が高いから、気をつけて稽古するようにな」

「わかりました! えっと、腰をまっすぐで・・・・・・」


 これが、この部の日常の雰囲気だ。

 三年生の七人は経験者だったからか、入部したとき、このように細かく指導を受けたことがなかったらしい。思った以上に、初心者に細かく教えるのは、自分を振り返るということへ還ってくる。


「よぉし、いいね? じゃ、みんなでいくぞ! いち! に! さん! しぃ!・・・・・・」

「「「「「 えぇーい! せあーっ! あぁーい! 」」」」」


 田村の声に続いてみんなそれぞれ、思いっきり腹から声を出し、様々な気合いの声が飛び交う。

 基礎稽古は地味だが、前原はいつも「楽しい」と感じていた。川田と森畑は、競い合うかのように大声で気合いを発している。

 武道場の外からは、吹奏楽部の管楽器の音、陸上部の走る音、野球部の声などが聞こえてくる。


「次! 前蹴り用意! 基立ち、中段構え!」

「「「「「 はぁーいっ! 」」」」」


 汗飛沫が、板の間に舞い落ちる。

 気合いの声は、次第に勢いを増してゆく。


「うーん、いいねいいねー。みんな、気合い入ってるよー」

「なかなかの勢いになってきたね」


 OB二人の目は、稽古全体を包み込むように見ている。怖くはないが、力強く輝いた目で。



     * * * * *



「基礎稽古、終わります。お互いに、礼!」

「「「「「 ありがとうございましたぁっ! 」」」」」

「じゃ、小休止。一年生と二年生、休み時間中に、防具とか全部準備よろしく!」

「「「「「 はいっ 」」」」」


 密度の濃い基礎稽古も、集中すれば終わるまであっという間だ。

 三年生がいちばん汗だくになっている。熟練者では、人によっては地味な基礎稽古を「サボる」ことも、うまく「手を抜く」こともできるが、この部では誰もそんな手抜きをしない。

 なんだかんだで、みんな、空手に対しては真面目なのだろう。


「新井先輩、松島先輩。どうぞ。スポーツドリンクです。アタシと菜美で作った、特製です」

「ありがとう。助かるよ。いいねいいねー、みんな。なかなか気合い入ってるよー」

「俺らがここでやってた頃を、いつもここに来ると思い出すよね。懐かしいよ、いろいろと」


 川田が渡したドリンクを、OBの二人は笑顔で受け取った。


「先輩方が入学した当時って、たしか、柏沼の空手道部は無かったんですよね?」

「そうだねそうだね。ゼロからのスタートだったね」

「いろいろと、大変なことも多かったなぁ」

「アタシ達はよく知らないんですけど、一期生って、どんな感じだったんですか?」


 川田はスポーツタオルを首に掛け、さりげない笑顔でOBの二人へ質問した。このさりげない会話の振り方は、部の中で一番うまいかもしれない。


「俺たちも、初心者からのスタートでね。当時は、そうだなぁ、有段者の同級生が一人で指導も稽古もいろいろ頑張ってくれて、みんなで一丸となって部を立ち上げたって感じだったなー」

「そうだねそうだね。そんな感じだった。初代主将やってた友達が、いろいろ教えてくれてね」

「へぇー。アタシたち全員でいま十二人ですけど、部員、当時何人いたんですか?」

「何人だっけ? 十五人? 入ったり抜けたりも多かったからなぁ」

「ちがうちがう。もっといたでしょ。・・・・・・うーん、何人だっけー」

「二十人はいないよね? あれ、わかんないや? 途中、いなくなった人もいたしなぁ」


 大先輩のさりげない話から、部の歴史を垣間見ることができる。

 こういう出会いによって、世代を越えた交流の良さを、田村や前原はいつも貴重なものだと感じていた。思い出話をしながら、OB達は他にもなにか二人で相談しているようだ。


「ところで田村主将さぁ、このあと、何やる予定かな?」

「えーと、一応、移動基本をやって、そのあとは試合形式で組手稽古の予定です」

「そうかそうかー。じゃ、俺たちも加わっていいかな? 胸貸すよー」

「え? 先輩と、試合形式で組手ですか?」

「大会までにさ、やはり、一度は実際に相手してみてから、細かいとこもアドバイスしたいし」


 これは三年生にとっても衝撃だった。OBの先輩方が直接相手してくれたことは、実は、これまで一度も無かったのだ。

 しかし、三年生部員たちは、これまで積んできたものを同世代ではない人と手合わせして試せることに、内心ワクワクしていた。

 田村も、神長も、川田も、皆、緊張していると言いながらも、顔はやや笑い、目の奥は燃えている。


「じゃ、松島君が相手で。時間も限られてるから、今日は六人ね。やろうやろう」


 OB一人が、現役部員六人を一人ずつ相手する。部員の半数だが、スタミナは大丈夫なのだろうか。これには井上や森畑も驚いた表情。OBの真の実力は未知数だ。何もかもが、未知数だった。

 


     * * * * *



「OBって言っても、俺たちも初心者上がりだから、まっ、お手柔らかにね」


 口元に笑みを浮かべながら、OBの松島は軽くウォーミングアップを始めた。


「松島君、アキレス腱だけは切んないようにしよう。ケガはシャレになんないよー」

「そうだね。それだけは勘弁だね。気をつけるよ」


 OB達は高校で空手を始めて、大学でもちょこっとはやっていたらしい。

 でも、ブランクがあり、こうして試合形式で組手をやるなんて久しぶりと言っていた。果たしてそれは、本当なのだろうか。


「(ちょっと! ちょっと田村! そういえば、どういう順番で相手してもらうの?)」

「(えと、まず俺がいく。次に井上。そして川田と神長。あとは前原と中村、これでいこうぜ)」


 川田と田村の作戦会議をよそに、OB達は余裕でウォーミングアップをしている。 


「あ。森畑と二年生、一年生は、分析頼むわ。森畑は今日は形メインだろ?」

「まぁ、確かに形メインにしたいけどね。じゃあ、分析役やるよー」

「おい、悠樹。あの松島先輩のウォーミングアップ、けっこうキレあんぞ」

「まずは、田村君がやるから、みんなで見てみよう。先輩の弱点やクセがわかれば・・・・・・」


 田村に頼まれ、森畑は武道場の壁沿いに立ち、後輩達を並ばせた。

 井上と前原は、松島が軽く放った突きや蹴りの動きを凝視。

 今日はいつもと変わらない普通の部活。そのはずだった。しかし、三年生七人は、まるで大会本番さながらの気合いで、先輩との手合わせに対し気持ちをかなり高めている。まるで、充電するがごとく。


「二十年前の大先輩と手合わせか。楽しそうね、真波。私も戦っている想定で、分析に徹するよ」

「そういう菜美だって、これから別な日には、組手やるんだからね?」

「・・・・・・あーぁ。ずっと形稽古のがいいのに」

「田村主将、準備いいかな? あ、一応、防具はお互いつけようか」

「だいじっす! いつでもOKです」

「あ。そうそう。そういえば、早川先生が言ってたんだけどさぁ、特に三年生、きいてきいてー」


 手合わせを前に、OBの新井が唐突になにか話し始めた。


「なんでしょう?」

「月末の春季大会、男子の団体組手さ、準決勝までの同じ山に、日新学院にっしんがくいん入ってるんだって」

「「「 え! 」」」


 日新学院とは、空手のみならず、ほとんどのスポーツ種目や文化種目で全国に名を馳せている巨大な私立高校である。

 県内どころか、全国屈指の強豪校で、生徒数も、軽く見て一学年二千人を超えるマンモス校だ。

 柏沼高校はいつも、団体戦と個人戦で、この学校に敗れている。これまでの大会で最大の壁として立ちはだかっている学校だ。昨年の春季大会でも、準々決勝で惜しくもここに敗れ、関東大会出場を逃したのだ。


「また、日新と同じ山かよぉ! ふっざけんなよー」


 井上は、うなだれたように両手で頭をくしゃくしゃと掻き乱す。


「男子は雪辱を果たすべき相手だね! ベスト4をかけて、また当たるわけか」

「今度こそ、倒してね! 私も真波も、応援してるからさ!!」


 神妙な面持ちの男子達に向かって、笑顔で檄を飛ばす女子二人。

 そこへ、新井が改めて口を開いた。


「あ。女子もきいて。川田さんも森畑さんも、個人戦、等星女子高とうせいじょしこうと一回戦だったよ」

「はぁ!? 等星ぇ!! 今年は一回戦から、いきなりですか!」

「男子は日新、女子は等星。こりゃぁ、ふざけてらんなくなってきたねっ」

「なーんで、そうなんのよぉ! 菜美! アタシ、ぜぇったい負けないかんね! 等星には!」


 先輩達の会話を目の前にしても、一年生達は何が何だか分からない様子。

 等星女子高とは、高校空手界において全国制覇を連続で七回成し遂げた名門中の名門。

 県内はもとより、関東、全国においても選りすぐりの超一流選手が揃い、高校生でありながら日本代表の選手を二名擁する強豪私立校だ。

 練習試合は、県内の弱小校や無名校なんかでは組んですらもらえない。稽古の内容は生半可ではなく、部員もそれほど多くはないが、並の大学空手道部なんかでは敵わないほどの相当な腕前の者ばかり。さしずめ、少数精鋭の特殊部隊と言えばわかりやすいか。


「あのー、川田先輩? 等星ってそんな名門じゃ、すごく強くて勝てないんじゃ・・・・・・」


 一年生の大南が、泣きそうな顔でうろたえている。


「ねー、さよ。全国一を七回とったチームなんて、ずるいよぉそんなの・・・・・・」


 内山も大南と俯いて、一年生二人は表情が曇っていってしまった。


「一年生! いい、よーく覚えといて。名門だろうが日本代表だろうが、相手は同じ高校生よ!」

「「 え! あ。は、はいっ! 」」

「稽古量やメニューが違うってのはあるけど、手足の数も目の数も、アタシたちはみんな同じ!」

「「 はい! 」」

「だから、等星だからどうとか言わない! やる前から、名前で呑まれたりはしちゃダメ!」

「「 す、すみませんでしたぁ! 」」


 気合い十分の川田の叱咤に、一年生はぴしりと背筋を正した。


「真波の言うとおりだね。むしろ、超名門をただの県立が下したら、気分いいだろうねぇ!」

「やってやろうじゃないのよ! 前原にだまされた古典の恨み、等星で憂さ晴らしてやるわ!」

「ちょっと待ってよ。川田さん。もう僕の古典のことはいいでしょう?」

「なんだ? 真波。悠樹の古典がなんだって? どーしたんだ」

「聞いてよ井上! 前原のせいで、アタシさぁー・・・・・・」

「おう! 言ってみ真波! どーしたんだぁ」

「井上君も川田さんも、もういいじゃないかぁ。稽古しようよ!」

 

 他愛ないやりとりをしながらも、部内の活気は一気に上がっていた。

 OB達は、ふっと笑みを浮かべ、腕組みをしてその様子を眺めている。


「新井君、男子も女子も、いい感じに火が点きやがったぞー」

「いいよいいよ。こうでなきゃ、本気出ないでしょ。いいねいいねー」


 瓢箪から駒のごとく出た話で、前原達は早々に、本気以上の本気で稽古に励むこととなった。


「いきなりこりゃ、春季大会が全国大会並みだな! だははっ! 今年は最後だ。絶対勝とう!」

「みんなで関東や全国行こうぜ! いや、こうなりゃ、いっそのこと全国制覇めざすべ!」

「うむ。目標は高くないと面白くない! 日新学院超え、いいじゃないか!」


 神長、井上、中村の三人は、拳を天井に突き上げて気合いをさらに入れる。


「さぁー、こうなったらとにかく、先輩方に鍛えてもらうとするかねぇー!!」

「「「「「 よっしゃぁ! 燃えてきたぁっ! 」」」」」


 田村の一言に、三年生はみな声を出し合って拳を振り上げ、無意識のうちに煌めく眼で叫んでいたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いきなり初めて空手道場に初めて行った日の事を思い出しました。あの壁に染み込んだ汗の匂いが甦ってきます。 <ハイ>と答えれば<押忍だ!バカタレ>と怒鳴られ、前蹴りでKOされたのが、私の格闘…
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