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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第3章 ほのぼの日常から・・・
18/80

18、わいわいがやがや反省会

   ・・・・・・キョッキョッ キョッキョキョッキョッ・・・・・・ 


 ホトトギスがどこかで鳴いている。

 陽射しも高くなり、青葉若葉の香りを乗せた風が、どこからともなくそよいでくるのが心地よい季節。

 今日は大型連休の最終日。あの大激戦の春季大会からあっという間に一週間以上が経った。

 部員たちは、あの日の戦いが今すぐに頭の中でリピート出来るくらいだ。それほど内容の濃い大会だったのだろう。

 今日はみな武道場に集まり、早川先生が撮ってくれた先週の大会ビデオをテレビに映し、試合後の研究ミーティングをしている。

 形や組手の試合を、一時停止、巻戻し、コマ送りと何度も繰り返す部員たち。

 ああでもないこうでもないとみんなでチェックしながら、改善点や良い点を出し合っていた。


「ここさ、この時、もう少しテンポ良くしてもいいんじゃないねぇー?」

「そうか。そうすれば僕も、もっと楽に試合運びが組み立てられたんだね」

「これだ。ここのタイミング。この時に一回退がっとけばよかったかもしれん」

「ちょっ、中村! もう一回そこ、見せて! あー、アタシこんな動きだったのか・・・・・・」


 ケガが心配された川田も参加している。診断結果は、痛めた足も二週間以上は安静にとのことだったようだ。膝の古傷は特に問題なく、強烈な足払いの衝撃で膝裏周辺に打撲のダメージが響いたものだったとのこと。走るのはまだ痛みが出るが、歩くくらいならもう大丈夫だそうだ。


「俺もこの日新の二斗戦、もう少し動くべきとこあったんだなぁ。もっと研究しなきゃねぇー」

「でも、尚ちゃん。こうして見返すと、俺たちは日新に完敗ではあったけど、まったく届かないレベルではないように見えるな?」

「そうだねぇー。きちんと戦えてるよ。完敗に見えるのはあくまでも、勝ち星の数字。あ、でも、スタミナ面はさすがに完敗かな」

「むむむ。やはり、そうだよなぁ。稽古で強さを磨くのはもちろんだけど、ちょっとした作戦やスタミナ配分を工夫すれば、日新にも等星にも、俺たちは勝てる要素がいっぱいありそうってことだな」


 神長は腕組みをして目を瞑り、深く考え込んでいる。


「おれも個人戦、失敗したなぁって部分がある。これを見ると、延長で不用意に仕掛けなきゃよ

かった。ほんと失敗した!」

「私、これ見て初めて何が起こってたかわかったわ。あ、ここ! ここからは記憶ある」

「菜美、ほんとに、意味不明な凄さだってみんな驚いたぜ。無意識の伝説カウンター使いって異名を俺がつけてやってもいいんだが」

「いんないよ、そんな井上流のダサいの! しかし、私、ここ惜しかったんだよなぁ・・・・・・」

「もっかい見よう! 菜美の突き、ほんとにこれ、抜けてる? アタシは入ったように見える」


 わいわいと、ああしてこうして、試合の振り返りをしながらあっという間に陽は真南に昇る。

 今日は稽古をするわけでもでもないので、みな武道場へは私服で集まっている。

 そこのミーティングの後、市内のファミレスで早川先生が部員みんなにご馳走してくれるのだ。もちろん、部員たちもみなお小遣い持ってきてるようだが。

 会場は、桃のマークが目印の、歴代の柏沼高校空手道部御用達の中華ファミレス「モモミヤン」だ。


「よし、こんなもんかな。わかった。このビデオはまたDVDにしてもらうよう、モモミヤン行ったら先生に頼んでおくよ。じゃ、晃曜台のモモミヤンにみんな、二十分後に集合な」

「あー、お腹すいた。早川先生にめいっぱい、ごちそうになっちゃおうっと」


 柏沼高校がある柏沼市は、市街地の真ん中を大きな川が流れている。その川を挟んですぐ東側は、坂の上の高台になっており、市内の人は東側を「坂上」、西側の低くなっているほうを「坂下」と大きく分けて呼んでいる。

 坂上には晃曜(こうよう)(だい)という新興住宅地や新しい商店街、JRの駅などがあり、坂下には大きな百貨店に古い神社、市役所や美術館、私鉄の駅が二つ、そして柏沼高校と柏沼農商高校などがある土地だ。桜清祥高校のある市と、いつも「県内住みやすい街ランキング」の一位を争っているくらい、住みやすい土地であるのだ。


「田村。アタシ、ちょっと家に寄ってから合流するよ。携帯忘れちゃった」

「私たち女性陣は、真波んち経由でトコトコ歩いていくから、先行っててー」

「先輩。自分ら、武道場施錠して、職員室に鍵返したらすぐ行きます」

「わかったぁ。俺ら、先行ってるから、じゃ、またあとでなー。モモミヤンまで気をつけてねぇー」


 大会後の「反省会」という名のささやかな打ち上げ会が、部の恒例になっている。

 いつものことらしいが、井上と中村がスープバーのスープを馬鹿みたいにおかわりするのがお定まりのことだ。

 陽射しが本当に気持ちいい季節。学校の正門脇には、紫の花がいくつもつぼみをつけて伸びていた。



     * * * * *



 ミーティング後、前原たちはモモミヤンに向かう準備をしていた。


「・・・・・・すいませぇん。ちょっといいですか?」

「え? はい、何でしょうか。僕でよければ、お答えいたします」


 前原たちは正門を出た直後、目の前に白い車が横付けされ、そこから降りてきた女性に呼び止められた。年齢はOBの新井や松島くらいだろうか。見た目はもう少し若そうにも見えるようだが、部員たちは誰も知らない人だった。


「ええと、柏沼高校空手道部顧問の早川先生って、本日おられますかね?」

「あー、今日は学校にはいないと思います。休日ですし。僕たちはこれから会いますけど」

「あっ、そうですか。やっぱり来週の水曜だったか。水曜日に来てほしいと言われましたもので。突然すみませんでした。ごめんなさいね。失礼します」

「はぁ。こちらこそ、し、失礼いたしました」


 みな、「いったい、誰だろう?」と首を傾げる。

 その女性は、そうこうしているうちにまた、車に乗って行ってしまった。


「ねぇねぇ。何? 早川先生の、彼女とか?」

「それにしちゃ、歳が違いすぎだろ。どっかの先生か、教育委員会の人とかじゃないか?」

「中村ぁ? 恋に年齢差は関係ないものよー。 でも、アタシも、先生の彼女って感じには見えなかったな。教育委員会の人だったら、わざわざ祝日に来なくない?」

「でも、確かに『空手道部顧問の』って、言ってたね。なんだろうかねぇー?」

「ま、いいや。行くべ行くべ。きっと先生、モモミヤンにもう着いてるかも。ほら、行こうぜ!」

「あ、井上君! 信号は青になってから渡らなきゃ危ないよ!」


 前原たちは雑談をしながら、晃曜台までのんびりゆっくり道草食って歩いて行った。お散歩だ。


「おーい、こっちだ。あれ? 女子たちは一緒じゃなかったのか?」

「いや、川田んち経由で、忘れ物とってあとから来るそうですよ」

「そうか。松島さんや新井さんも来てくれたぞ」

「「「「「 こんにちは! お世話になります!! 」」」」」


 早川先生はモモミヤンの店内で先に席を確保していた。

 なんと、新井や松島も来てくれたようだ。田村を筆頭に、男子メンバーは元気に挨拶する。


「「「 遅くなりましたぁ。すみませんー 」」」


 程なくして、女子メンバーも合流し、楽しく美味しい食事会がスタートした。みな、テンションが高く盛り上がっている。大会も終わり、中間テスト前のささやかな嬉しい息抜きタイムでもあるのだろう。


「アタシ、『牛肉とパプリカのオイスターソース炒め』とー、『オーギョーチィ』ね!」

「先生、ドリンクバーつけていいですか? おれ、スープバー付きのがいいです」

「陽二と同じく、俺もスープバー付ので。道太郎、水持ってこようぜ」

「僕は、『キクラゲと卵の中華あんかけ』と『もも杏仁』で!」

「えー、こんなガンガン頼んじゃっていいんですか? うちやま、何にしようか?」

「えーと。えーと。わーん、迷っちゃう。いいのかなぁ」

「一年生も遠慮せず頼んでいいよ。こういう時くらいしか、先生が活躍することないからな」

「先生ぇ、振る舞うのもいいけど、そろそろお金も貯めなきゃまずいんじゃないですかねぇー?」

「なに、心配するな。大丈夫だ、先生は。はっはっは!」


 まだテーブルには各自のお冷やしか乗っていないのに、まるで大宴会のような賑やかさ。他のテーブルも、地元の中学生や家族連れ客などで賑わっている。だが、このテーブルだけは盛り上がり方が他よりすごい。


「そういえば先生? さっき僕たちが学校出るときに、なんか先生を訪ねてきた女の人と話しましたが、誰なんでしょうか? なんか、水曜日に来てほしいと言われたとか・・・・・・?」

「ああー! それはね、先生がこの前、森畑と川田に頼まれた人かも。ほら、あの、ケガの対処やメンタルケアの専門的な卒業生がサポート役にほしい、って言ってたやつ」

「「 え! さっそく!? 」」


 川田と森畑は顔を見合わせ、目を丸くした。


「新井さんが心当たりあるって言って、大会の日に電話してアポ取ってくれたらしいんだよ」

「えっ! アタシたちが試合してたあの日にもう、ケアサポートしてくれる人が見つかったんですか!?」

「電話したよー。俺や松島君とは同級生だよー。ちゃんと柏沼の卒業生だから、だいじょぶだいじょぶー。空手はできないけど、市内の病院で看護師やってる人だから、いいよねいいよねー」

「看護師の先輩なんですか! えー、どんな人なんだろう。テスト後の部活で会えますか?」


 森畑と阿部は、目をキラキラさせてソフトドリンクをすすっている。


「あんまり、年がら年中は来られないらしいけどねー。先生がきっと紹介してくれるよー」


 今後はなんと、空手を教えてくれる先輩方に加え、ケガやメンタルサポートをしてくれる先輩が新たに加わるらしい。女子部員にとっては、いいお姉さん役のポジションになる人がいたほうが、何かと悩みや相談事も男性コーチなどより話しやすいことだろう。


「ま、テスト終わったら改めて、みんなに紹介すると思うから。とりあえず今日は、みんなで反省会ってことで、大いに食べていこう」

「俺と松島くんも今日は先生とおごるよおごるよー。食べて食べてー」

「そういうこと。みんな、頑張ったもんな。大人三人にここは甘えるといいぞ」

「「「「「 ありがとうございます! ごちそうになります! 」」」」」


 みな、大会の時の顔つきがウソのように口元が緩み、笑顔ではしゃぎ、食べに食べた。

 案の定、井上と中村はスープバーを七杯おかわりし、お店の人に遠回しの注意をされた。

 前原は行儀よくスープをすすりながら、「よく二人ともそんなにスープばかり飲めるなぁ」と目を細めていた。ちなみに今日のスープバーは、『玉葱たまごスープ』だ。


「そういえば、アタシんちはここに来る途中にあるんですけど、新井先輩や松島先輩って、お住まいはどちらなんですか?」


 川田はポニーテールのシュシュを直しながら、唐突に質問をした。

 こういった雑談でも、どういうわけかあっという間に楽しく三十分近く盛り上がってしまうのが、この部の「変な伝統」らしい。


「そういえば俺も、新井君ち知らないな」

「松島先輩も知らないんですか?」

「うん、知らないんだ」

「ウチはねー、前は仕事上、埼玉県にいたけど。今月から県南の街に引っ越したよ。新幹線も停まる駅がある大きい街だねー。駅の近くなんだよー」

「そうだったんですか。駅が近いんじゃ、いいですよねぇ!」


 川田は笑いながら、新井のグラスに水を注ぎ足す。


「新井君ちってさ、なんとなくわかった。近くに、交差点あるでしょ?」

「交差点・・・・・・んー・・・・・・なんか、そこら中にある」

「あ、じゃあ、もっとわかりやすく目印言えばさ、銀行あるよね?」

「銀行・・・・・・そこかしこにある・・・・・・」

「なんなんですか、先輩達のその会話? わけわかんなくて面白すぎですよ! あはははは!」


 腹を抱えて笑う川田の横では、井上と中村がまたスープバー合戦を続けている。


「そういえば早川先生。来月のインターハイ予選の選手登録票って、もう送ったんですかねぇ?」


 田村が早川先生へ向けた質問に、三年生メンバーが一瞬で顔つきを変えた。


「あ、そうそう! まだ出してないけど、下準備はできてるんだ。明後日〆切だから、明日には出しちゃうから、これみんなで確認してみてよ」


 早川先生はバッグからクリアファイルを取り出し、一枚の紙を見せた。

 そこに書かれた「全国高等学校総合体育大会」の文字。通称インターハイと呼ばれる、高校スポーツ界では最大の全国大会だ。その栃木県予選がまず、六月中旬に行われる。その二週間後は国体予選があり、大会三昧の月になるのだ。


「あと一ヶ月ほどしかないけど、テスト終わったらOBの方々にも、まためいっぱい部活で鍛えてもらって、今度こそ上位大会へ行けるといいな」

 

 田村たちが見ているのは、インターハイ予選の申込書だ。

 団体組手、個人形、個人組手の三種目があり、部員たちの名前の横には参加を現すマル印がついている。

 今回の大会種目申し込み欄には、三年生七人、二年生三人に加え、一年生二人の名前も。


「いよいよ一年生もデビューだね。まずは、やり方や試合の雰囲気を覚えるところからだね」

「「 はい! 」」

 

 阿部は、内山と大南にサラダを取り分けながら、にこっと微笑んで声をかけた。


「緊張しますー。黒川先輩や長谷川先輩は形もでるんですね? 阿部先輩は申し込まないんですか?」

「わたしは、今回はまだ形はパスにしたの。秋の新人戦から出るよ」

「そうなんですか。うーん、緊張してきちゃいますー」


 大南と内山は、「女子団体組手」と「女子個人組手」に申し込み欄についたマルを見つめながら、真顔になっている。


「みつる、セイエンチン覚えた?」

「なんとか流れだけ。黒川は、松楓館流のジオンでいくんだっけ?」

「(もぐもぐ)くろかわは(もぐもぐ)じおんは(ごくん)もう少しアタシと練習が必要だね」


 川田は、とても美味しそうに料理を頬張りながら、目だけは真剣そのもので黒川の背中をポンと叩いた。話題が大会のこととなると、食べながらでも目は気合いが入ったものとなるようだ。

 もちろん、田村や前原だって例外ではない。三年生はインターハイの出場権を獲得できなかった場合、そこで高等学校体育連盟(高体連)主催の大会はもう参加できるものがない。つまり、実質的な部活引退となるのだ。

 たった一ヶ月をどう有意義に過ごして大会に臨むかで、短い夏で終わるか長い夏になるか、受験生としてお勉強三昧の夏になるか、大きな分岐点となることだろう。

 インターハイ予選は、三年生にとってはこれまでの大会以上に、力の入った大合戦となることが予想される。生半可な気持ちでは挑めない、三年生の運命を分ける舞台なのだ。


「(最後の夏だ。インターハイに出られるよう、いい夏にしなくちゃ!)」


 前原は、窓の外をいくつも走る車を眺めながら、テーブルの下で拳をぎゅっと握っていた。

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