15、ナチュラルカウンター
森畑の試合を見ながら、一年生の二人は井上となにやら会話中。
「・・・・・・え?? まちけん、ですか?」
「そう。町の研究者じゃなく『待ち拳』。カウンタータイプとも言うけどなー。要は、自分からどんどん仕掛けまくって技を決めるタイプとは真逆なんだよ」
「攻めなくても、勝てるんですか?」
「相手にプレッシャーをかけて、相手を先に飛び出させたところを迎え撃っていくスタイルの組手なんだわー。返し技をメインにした攻撃ってことだから、相手を出させりゃチャンスが来るってわけだ」
「なんか、魚取りみたいー。森畑先輩が、その、待ち拳タイプなんですね?」
「それって、相手が出てきたのをハイ待ってましたとやればいいんじゃ、体力を使わなくて済むいい作戦なんじゃないですか?」
「ねー。楽そうだよね! 森畑先輩、省エネだね」
「だねー。森畑せんぱい、頭いいー」
お花畑にいるかのようなテンションの大南と内山だが、井上がそれを正す。
「だー! 一年生からは、けっこう楽そうに見えるだろうが、カウンターを返すってのは自分から仕掛けていく以上に何倍も神経使う技なんだぜ。集中力がものすごく高まってないとできねーんだからね!?」
「楽じゃないんですか?」
「楽じゃねーよぉ。それと、相手が出てきたのを狙うわけだから、それを躱すか受け流すかができる技量がないと、できねぇーわなー」
「そ、そうかぁ! 確かに、そう考えたらめっちゃスリリングで、リスク高いですね!」
「だろぉ! まぁ、一か八かみたいな部分もあるけどな。本当に返し技がうまい人は、まず、相手の技はもらわない。菜美は、待ち拳型に慣れているみたいだから、あそこまでできるんだ」
一年生は森畑の組手スタイルについて、井上の説明により他の人とはちょっと違うことに何となく気づいてきたようだ。観客席からは、田村や神長らにも質問する声が聞こえ、ひとつひとつ教わっている様子。
「(真波、どうだっ! 等星をこのまま撃墜するよ! 見ててー)」
森畑は、開始線からちょいと後ろに振り返り、川田へ向かって小さくガッツポーズした。
川田も、それに対して一生懸命に手を振って応える。その横で、阿部も森畑へガッツポーズを返す。
試合時間は、あと一分ほど。
「(カウンタータイプが、どうだと言うの! そういうことならば・・・・・・)」
相手の諸岡は大きく深呼吸し、肘を数回クルクル回して姿勢を戻す。
「続けて、始めぇ!」
シュタタタン シュタタン ババッ!
再び小刻みなステップから、上段突きを繰り出した諸岡。
「(はい、待ってましたー、っと!)」
森畑は、序盤と同様に腰を落とし、中段逆突きで諸岡を迎撃する姿勢を取った。
・・・・・・バチィィィンッ!
「止めっ! 青、上段突き、有効っ!」
「(いったぁ・・・・・っ! 強烈なのもらっちったぁ。さすがに何度もそう簡単にはいかないか)」
諸岡が最初に放った上段突きは、フェイントとしての捨て技だったようだ。
それに反応してしまった森畑は中段突きを同時に出したが、逆に諸岡はそれに合わせた素早い上段突きを繰り出す。森畑はそれを強烈にもらってしまった。
カウンターをさらにカウンターで返す、まさに高等技術合戦になってきた。
「(フェイントだったのか。・・・・・・さすが等星の組手っていう・・・・・・。あれ?)」
「「「「「 ナイス上段でぇす! 諸岡センパイ! ファイトォー! 」」」」」
等星陣営の声援を受け、諸岡は闘志をさらに上げた。
「等星は洞察力もすごい。もう、攻略してきやがったぞ。森畑の組手スタイルを見抜かれた」
「そ、そうだね中村君。それにしても、カウンターにカウンターを返すって、すごいや」
「おれもカウンターは得意だが、ああいう心理戦に長けたやつは、鬼に金棒だろうな」
「森畑さん、これで迷いが出なきゃいいけど・・・・・・」
「二人とも、なーに言ってんのさ! ま、見てなよ! 菜美がこれで退くわけないんだから」
・・・・・・バシインッ!
「止めっ! 青、中段蹴り、技有りっ!」
川田たちがそう言っていた矢先、呆気なく蹴りを決められてしまった森畑。
「ありゃ? 言ってるそばから、どうしたのよ菜美!?」
「なんだ? 森畑さん、少し動きや反応が急に鈍ってない?」
「どうしたんだ森畑? 少し、ぼーっとしてないか、あれ!」
「そんなことないはずだとは思うけどなアタシは。・・・・・・菜美ーっ、どうしたぁ! 菜美! 集中だよーっ!」
川田が大きな声で森畑へ呼びかけたと同時に、開始線に立つ森畑は、ふらりふらりと頭を揺らした。
「(あれ? ・・・・・・なんか、意識が・・・・・・。あれぇ? 強くもらいすぎたかな?)」
・・・・・・フッ・・・・・・
諸岡が森畑の組手スタイルを見抜いてからは、あっという間に同点となった。
フェイントを駆使して森畑を逆に誘い出し、そこを捌いて諸岡はどんどん取り返していった。
諸岡が最後に取り返した上段突きは、忠告ギリギリなほどに強烈な当たりだった。
その次の中段蹴りも、形稽古で練り上げた足腰の強さから、身体の芯にまで響く、重く鋭い蹴りだった。
立て続けに諸岡の攻撃を食った森畑の様子に、柏沼メンバーはみな違和感を感じ取っていた。
「なんか、まずいぞ! 森畑あれ、半分、意識飛んでないかねぇー!?」
「そうか、さっきの上段が効いたんだ。森ちゃん、普段あまり組手を本気でやってなかったから、いざって時に身体が衝撃に対して打たれ弱いのかもしれん!」
「道太郎。声出して、菜美を目覚めさせようぜ! おーい! 菜美ぃ、前! 前ーっ!」
「森ちゃぁん! 相手かかってくるぞーっ!」
「森畑ぁーっ! 相手を見ろぉ! このままじゃやばいねぇ! やばいんだーっ!」
「「「「 森畑せんぱーーーーいっ! 」」」」
どうやら森畑は、目の焦点が定まらないまま意識を半分失っているようだ。
立って続行はしているが、ふらふらで明らかに危なっかしい。
観客席からはみんなが大声で呼び、森畑の意識を戻そうと必死に声をかけ続けている。
「(なんか、こいつ、目がうつろだ。これはいけるわ!)」
シュタタタタタタ タタアンッ!
諸岡が森畑の射程圏内まで小刻みに近寄った。
「(さぁ。行・・・・・・)」
スパアアァァァァンッ!
「「「「「 !!! えぇっ? 」」」」」
森畑は、意識が飛んでいる様子を諸岡に悟られていた。
しかし、悟られていたはずなのだが、カウンターを決めたのはなんと森畑の方だったのだ。
「止めっ! 赤、上段突き、有効っ!」
「な、なんだぁっ! 尚久! 菜美のやつ、意識無かったんじゃないのかよぉ!?」
「偶然・・・・・・か? いまの? 森ちゃんが、返したんだよなぁ?」
「信じられないねぇー! 森畑、ありゃ無意識に動いてるぞたぶん。何がどうなってるんだかねぇー」
「何がどうなってんだかは、俺らもわかんねーよ尚久! 説明しろ! これも菜美の特性か!?」
「さ、さぁ。どうだろうねぇー。俺も、森畑が無意識に組手できるなんてまでは・・・・・・」
森畑の様子には、田村でさえも困惑している。
「(な、なんだ? 今、いつ打った? いや・・・・・・まぐれだ、まぐれ)」
シュタァン シュタァン ササッ シュタァン タタァン!
諸岡はリズムを変え、時折フェイントのような動きをさらに加える。
今度は中段逆突きを飛び込もうと前足を動かそうとした。だが、その刹那・・・・・・。
「(次は、中・・・・・・)」
スパアアァァァァンッ!
「止めっ! 赤、中段突き、有効っ!」
「(な! なんだっていうの! いつ打ったの? いつ、打たれた!?)」
まるで諸岡の時間を飛ばしたかのよう。何をされたか、諸岡はまったく理解できないようだ。
意識が半分飛んでいるはずの森畑のキレ味鋭い中段逆突きが、諸岡が動くよりも早く、先に決まっていた。
「え? え? 今のも前のも、まだ相手は何もしてないのに森畑先輩が先に出ましたよ?」
「だよなぁ、みつる! 森畑先輩、すごいよな!」
二年生男子の二人も、状況が良く理解できていないらしい。
「やっべぇ技術だ。よく理解できないけど、あれ、すごい技法だぜ!」
「まっさか、森畑のポテンシャルがこれほどだったとはねぇー。俺もびっくりしたねぇー、こりゃ!」
「田村先輩や井上先輩でも、よく理解できないことが起きているんですかっ?」
黒川と長谷川も、何が何だか分からないようだ。無理もない。田村でさえ、これには予想外だったのだから。
「菜美ーっ! いいぞー! このままどんどん取れーっ!」
「森畑せんぱぁぁぁいっ! ファイトでーすっ!」
川田と阿部が、笑顔で森畑に声援を飛ばす。当の本人は、聞こえてすらいないかもしれないのだが。
「「「「「 諸岡センパイ! 取り返しましょう! まず、いっぽーんっ! 」」」」」
「「「「「 等星ーっ! 必勝ーっ! 常勝ーっ!! 」」」」」
お互いの意識の先を読み合う高次元の攻防戦。
森畑の隠れた一面が現れ、女子個人組手は再び目の離せない展開となった。それにしても森畑の意識は大丈夫なのだろうか。
* * * * *
「続けて、始めぇ!」
「(合わされる前に、反応できないくらいの速攻で取るしかない!)」
主審の声とほぼ同時に、諸岡は開始線からすごいスピードで床を蹴った。
「(こ・・・・・・)」
スパアアァァァァンッ!
「止めっ! 赤、上段突き、有効っ!」
「「「「「 おおおーっ! いいぞー森畑先輩! 」」」」」
もはや、森畑は諸岡と目を合わせることもないまま、カウンターの突きを正確に決めていた。
「(な、なんなのこいつ本当に! いつ読まれた? 返して来るタイミングも意識も読めないよ!)」
森畑はステップすら踏むことなく、ただひたすら、遠くまで見透かしたかのような焦点の合わない目つきで立っているだけだが、相手のリズムへは完璧に同調をし、拳をそれに合わせロックオンしている。
赤サイドにいる等星女子高の朝香と崎岡の二人は、この試合をじっと見つめたまま。
「里央先輩! 等星がナメられちゃまずいです! カウンター潰して、早く終わりに!」
女優のように整った顔立ちの、等星女子高二年の大澤美月が、諸岡へ声を飛ばす。
森畑は、まだ半分以上意識が無い様子。
その異様な組手に、諸岡は戦慄とは違う冷や汗を噴き出していた。
ワアアアアアッ! ワアアアアーッ!!
「いやー、すごいね。まさか、信じらんない。何が何だか分からないよー」
「新井さんでも、菜美のカウンターの謎、わかんないんすか?」
「知識としては、わかってはいるけどねー。実際に使うひと、初めて見たよー」
「菜美のカウンターって、普通のと、どう違うんですか?」
「うーん。それはねそれはねー・・・・・・」
「・・・・・・わかった! そういうことかねぇー」
「「 え? 」」
「尚久、いま、これがどういうことなのか、わかったのかよ?」
田村は、真剣な表情で、こめかみからつつっと汗を垂らして井上と神長の顔を見つめている。
「とんでもないことだねぇー。森畑は無意識だから逆に、隠れてた資質が覚醒してるのかもしんない」
「なんだそりゃ? まどろっこしいぜ尚久は」
「どういうことなんだ、尚ちゃん」。
「いいか? まず、相手への攻撃は、『三つの先』てのがあるよねぇ? 自分から仕掛けるのが『先』。要は、先制攻撃。そんで、その先制攻撃と同時に交差して返す『先の先』。そして、先制攻撃を完全に受けるか流すかの防御をした後に返すのが『後の先』だろー?」
「ああ、知ってる。先の先は、さっきまで序盤で菜美がやってた返し方だべよ。でも、今やってるのは、明らかに先の先とは違って見えるタイミングだぜ?」
「いま、森畑が無意識でやってるのは、そのさらに上の次元にある『先々の先』だねぇあれは!」
「「「「「 えええ! 先々の先っ? 」」」」」
観客席と、下の大会ドクター席横とで、同時に同じような驚きの声が柏沼メンバーから上がった。
田村が説明しているのと同じタイミングで、森畑の組手について、川田も謎を解く説明をしていた。
「・・・・・・つまりね、先々の先は、相手を見て仕掛ける技じゃなく、もう、かかってくる相手の意識のスタート時点を察知して、その出鼻を撃ち墜とす技術なの」
「おれが使う先の先の、さらに先にある技術ってわけか」
「そうかもしれないね。これはもう、相手は『突くぞ』と思って動こうとしたとき、『突・・・・・・』の段階で飛び込まれてるわけ。だから、意識的には、いつ読まれたかも、いつ打たれたかもわからない錯覚になるね」
「川田さん。僕も何となくわかったけど、それなら相手の諸岡さんが、あれほど困惑する理由も理解できるよ」
「自分は仕掛けるつもりのところを、既に撃たれているようなもんだからな。意識を超えたレベルのカウンターが打てる才能があるのかもしれんな」
「『出合い』という、技の起こる瞬間的なタイミングってあるでしょ? それを察知して相手より先に出す先の先よりも、菜美が今使ってるカウンターはすごいの!」
「森畑先輩、そんなスーパー能力があったなんて! すっごぉい!!」
「まさに、中村が言ったように、意識を超えたナチュラルな天然のカウンター資質ってわけよ。すごいよね、菜美!」
「森畑さんに組手のそんな資質があったなんて僕も驚きだよ。無意識に繰り出す、ナチュラルカウンターかぁ!」
点差は現在、6対3で森畑がリード。
残り時間はもう三十秒を切り二十三秒。このままいけば、森畑は等星の一角を下す大金星を挙げることになる。
ワアアアーッ! ワアアアアアアアアーッ!
観客席でも多くの人がこの試合に注目しているようだ。その顔ぶれには、等星の関係者のほか、他校の関係者や一般観覧客も多い。そしてその中でも、同年代に見える小柄な少女が、食い入るようにこの試合の様子を見つめている。
目の離せない森畑の組手試合。ナチュラルカウンターを駆使して、諸岡を下すことができるのだろうか。




