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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 激闘!春季大会!
13/80

13、絶対女王 朝香朋子

   スウゥゥ  キイイーンッ   シュバアァッ!   ズバンズバアァン!


「止めっ! 赤、上段突き、技有りっ!」


 その後の試合展開も変わらず、川田は朝香の攻撃に反応も反撃もできないまま、成す術なしの様相。


「井上先輩っ、な、なんでいま、突きなのに技有りになっちゃったんですかぁ!?」

「ルールでは、連続突きがものすごい早いタイミングで入ると、技有りになることがあるんだ。ただ、よっぽど正確なフォームで、威力もタイミングも一致しないと、ワンツーで技有りなんてなかなか取れないんだけど・・・・・・」


 大南は井上の説明を聞き、「そんなぁー」と表情を湿らせた。 


「おい、川田! もう考えるな! 待ったらやられる! 的を絞らすなぁ!!」

「真波ぃーっ! 動け! 朝香の的にされっぱなしじゃ、かっこ悪ぃだろーがよぉ!!」


 田村と井上が真剣な表情で、観客席から大声を張り上げた。これまで飄々としていることの多かった田村だが、それほどの状況ということなのだろう。


「(わ、わかってるんだよアタシは! こ・・・・・・こんのやろぉぉーっ!)」


   シュパパパッ!  パパパァン!


 川田は主審の開始宣告と同時に、短距離走のクラウチングスタートからのダッシュのように一気に前へ倒れ込むようにして、朝香へ連突きを仕掛けていった。

 かつて、松島との稽古で見せた、彼女の代名詞とも言える連続技だ。ここで退かずにかかっていくのが、負けん気の強い川田の良さであり、強さなのだろう。


   パアシィンッ!


「(うあぁっ!)」


 リーチ差の成せる技なのか、それとも、朝香のレベルが桁違いだからなのかわからないが、連続攻撃の刹那を見切り、朝香は川田の二の腕を掌だけで軽々と横へ弾き飛ばした。

 その勢いで、大きくぐるんと体勢を回されてしまった川田。

 朝香はまったくその場から動かず、川田だけがどんどん振り回され、弾き飛ばされているように見える。その力の差はまるで、見ている者にとっては大人と子供のように映っていることだろう。


   クルン キイイィンッ

   ヒュウウン! バシュゥッ!  ヒュウゥゥ・・・・・・


「(あ、あぶなーっ!・・・・・・はぁ、はぁ、危なかった!)」


 川田の体勢を崩し、その流した勢いを利用して朝香は回転。

 遠心力をつけ、崩れた川田の頭部めがけ、長い脚が高速で日本刀のように空気を切り裂き迫ってくる。大技である「後ろ回し蹴り」が、川田に襲いかかった。

 だが間一髪、川田はギリギリのところで首を下げて蹴りを躱すことが出来た。だが・・・・・・。


   キイーンッ ヒュウンッ! ベシャァァンッ!  ズザザザザァッ


「(うああ・・・・・・っ! あ、危なかったっ!)」


 その後ろ回し蹴りを躱したのも束の間。

 振り抜けた蹴りの次に、もう一方の蹴り足が風切り音をたてて飛んでくる。体の回転力を利用した、朝香が放つ連続足技。それはまさに、暴風か竜巻のごとし。 

 二発目の中段回し蹴りをかろうじて両腕でブロックした川田だったが、その威力で大きく横へ身体が弾き飛ばされてしまっている。


「(・・・・・・。)」


 朝香は、職人作業のように、淡々と、ただ淡々と黙って技を繰り出してくる。

 その一発一発によって、川田は眼前の相手が「日の丸を背負った尋常じゃないレベルにいる選手」であることを実感しているに違いない。

 「川田さん、なんとか一矢報いてくれ」と、前原は応援しながら心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。



     * * * * *



   ベチィィン!   ズダァン!    (ピキッ!)


 川田がブロックした朝香の中段回し蹴りは、マットに下ろされることなく、弾き飛んだ川田の右足めがけそのまま踏み込み、足払いに変化。

 膝の後ろを力強く払い、思いっきり川田の身体ごと全体を床に転がした。


   キイィーンッ  ヒュババッ!  バシュウッ!  


「(ま、まずいーっ! 避けなきゃーっ!)」


   ババッ ゴロンゴロン  ゾヒュウウゥンッ・・・・・・


 倒れて転がった川田の頭部へ朝香の蹴りが振り下ろされたが、それは風切り音を立てて振り抜けてゆく。

 なんとか、川田は転がりながらも身体を捻り、その蹴りを避けられた。

 表情を全く変えずに蹴り込む朝香と、執念でその蹴りから逃れる川田。Cコートの試合を見つめる者にとって、その攻防は三次元の戦いに映る。


「止めっ!」


 主審が一度、選手を開始線まで戻し、仕切り直しとなる。


「(朝香は桁違いの強さだな。あの柏沼の子、頑張ってるけどレベル違うね)」

「(朝香にとっちゃ、相手にすらなってないよ。かわいそうだけど勝負は見えてるよ)」


 会場内からは、あまりの一方的な展開に、川田を哀れむ声すら聞こえてくる。


「(痛っ・・・・・・。ま、まずいねアタシ。やっちゃった、かな)」


 立ち上がった川田は、一瞬、右足を引きずった。


「あれ? 田村君、あれ! 川田さん、起き上がったけど、微妙に右足が・・・・・・」

「なんだ? もしかして川ちゃん、さっき転がされたときに、右足痛めたか?」

「うむ。きっと、あの足払いかもしれんな。足払いと言っても、蹴りと同じような威力だしな」

 

 前原、そして神長と中村の言葉を聞いた田村は、一瞬で表情を変えた。


「なに! 右足だって? 川田、無理すんなもう! 棄権しろーっ!」

「ど、どうしたのさ田村君! 川田さん、まだ頑張ってるのに、棄権なんて・・・・・・」

「そうだぜ尚久! 真波はまだまだ、こっからなんだしよぉー」

「・・・・・・前原、井上。川田がなんであんな素質を持ってるのに、空手だけにのめり込むほど稽古しないか、知ってるか?」

「いや・・・・・・特に、知らないけど・・・・・・」

「どうしたんだよ、尚久!?」

「あいつ、中学時代の試合で、右膝の半月板痛めて手術したことあるらしいんだよ。それ以来、ほどほどの量しかあいつは稽古できないんだ。膝の爆弾がいつ再発するか、怖いんだってさ」

「「「「「 えええっ? 」」」」」


 田村がカミングアウトした、川田の真実。

 それには、同級生も後輩達も一同仰天。後ろにいる新井も、片眉をぴくりと上げ、反応した。


「そんな傷を負ってるのに、全然そんな素振りも見せず、川田先輩は空手やってたんですか?」

「俺は去年、主将引き継ぐとき、川田本人から相談されたんだ。部活できつい稽古をしたくても、万が一を考えて、できるとこまでしかやれないってね。県指定の強化練習会でも、自分を騙し騙しやってるんだって」

「そ、そこまでして川田せんぱいは・・・・・・。どうして言ってくれなかったんだろう」

「本人は、古傷を理由に、後輩や友達には弱音を吐きたくないんだとさ。川田らしいねぇー・・・・・・」

「俺も知らなかったぞ尚久! 真波のやつ、気にせず言ってくれればいいのに・・・・・・」


 残り試合時間は、まだまだある。

 田村が二斗と激戦を繰り広げたとき、見ている者はあっという間に時間が過ぎたように感じたのに、この試合は、たった一秒すらがものすごく長いだろう。


「川ちゃん、もう無理すんな! まだまだ先はあるんだから」

「川田! 俺の声がわかるか! 主審に止めてもらえーっ! 足がぶっ壊れちまうぞ! もう、いいんじゃあないかねぇー!!」


 柏沼陣営からの声援を聞き、監督席にいる松島が怪訝そうに視線を上へ向け、そして、コート内の川田へ目を向け直して立ち上がった。

 その気配を察したのか、川田は右膝を押さえながら振り向き、目に強い意志と闘志を込めて、松島へ左手の親指を軽く立てて、少し首を横へ振る。

 松島は、コートの監査審判へ手を上げようとしたが、川田の強い意志の籠った目を見て、しばらくしてからそのままゆっくりと座った。


「(棄権? 馬鹿いうな田村めっ。聞こえてるよ、ちゃんと。でも、アタシは、等星に絶対にここで張り合って、勝ちたいんだ! しかし、この右膝め。もう少し、がんばってよ・・・・・・)」


 主審も、少し不安そうな表情を見せ一歩動いたが、定位置に戻り、続行の運びとなった。


「続けて、始めぇ!」

「「「「「 ファイトォファイトォ! 朝香センパーイ! 」」」」」


   ・・・・・・キイーンッ シュババシィィッ! バシュゥンッ!


「止めっ! 赤、上段突き、技有りっ!」

「「 あああっ・・・・・・! かわたせんぱぁい・・・・・・ 」」


 一年生の後輩二人が、涙を浮かべながら川田の試合を見守る。

 コートに待機している阿部と森畑は試合をじっと見つめているが、既に阿部は涙を堪えきれていない目のようだ。

 森畑は、気力を送るかのように、闘志を燃やした厳しい目で川田を赤サイド側から見つめている。


「真波ぃっ!」


 そこで森畑が川田へ呼びかけ、目で何かを語りかけた。

 川田は、その森畑に対し、力強く頷いて、何かを目で受け取った。

 ゆらめく闘気を纏い、凍りついたかのような目で見据える朝香。得点差は6対0。

 この危機的状況で、痛みの走る川田の右足はいつ壊れるかわからないらしい。

 「なにか、打開策はないか」と、見守る男子はみな心の中で思っていた。



     * * * * *



「続けて、始めぇ!」


   よたよた  よろよろ   タタン  タタン  (ズキン! ビリリッ!)


「(いったぁ! 電気が走るみたいだ。やっぱ、右足が痛いと、ステップが・・・・・・)」

「(・・・・・・。)」


   キイィンッ シュバァッ!   ドカアアアッ!


「(うっ・・・・・・あああぁっ)」


 非情なほどに、動きの鈍った川田の真っ正面から、戦車砲のような朝香の中段前蹴りが襲う。

 右足をうまく踏ん張れないため、川田はブロックをしても、大きくよろけて体勢を崩されてしまった。


「川田さん、もう、凌ぐのがいま精一杯なんだ。足が痛くて、力が入らないんだよきっと!」

「しかし、あいつ、朝香のあのスピードに無意識に慣れてきたのか? 無反応じゃなく、きちんと受け始めている」


  キイーンッ シュバァン!  ヒュバッ! ヒュババッ!

  ガツン ガツンッ!  ドガアッ! バチイッ!


 朝香が放つ神速のワンツーが容赦なく襲いかかる。

 川田はなりふり構わずに両腕で上段を塞ぎ、その直撃をなんとか免れた。

 突き込む勢いをそのまま利用して、朝香は身体ごと体当たりのようにして川田へぶつかってくる。

 踏ん張りの利かない川田は、倒れてなるものかと、両腕でしがみつくように朝香へくっつく。

 同学年に見えないほどの身長差だが、身体と身体がくっついたことで、間合いも、リーチ差も、その一瞬だけ、いつの間にかゼロ距離になっていた。


   ・・・・・・ぐぐっ  ぐぐい ぐいいっ


 朝香は無理矢理に川田を引き離そうとする。川田は意地でも離れるものかと朝香へくっつく。


「(・・・・・・これを待ってたよ、朝香朋子ぉーっ!)」


 息を切らし、足の痛みを堪えながら汗だくで必死にくっついている川田の目に光が戻り、ゼロ距離の間合いから、何かが起きるような雰囲気が漂った。


「たっ・・・・・・たあああぁーぃっ!」


   パチイイィンッ!


「「「「「 !!!! 」」」」」


  どよどよどよどよ!  ざわざわざわざわっ!


 声援以外なにも聞こえず静まりかえっていた会場が、その一瞬で騒然となった。

 明らかに、Cコート内に乾いた音が響き渡ったのだ。その音は間違いなく、メンホーが技の衝撃を分散させた音。

 その音の出処は、川田のメンホーからではなく、朝香のメンホーからだったのだ。


「や、止めっ! ・・・・・・青、上段突き、有効っ!」


   ワアアアアアアアアッ  オオオオオオオオオッ!


「「 すごいすごい! 川田せんぱぁぁいっ! 」」

「ま、真波ぃ! なにやりやがった!? 朝香から自力で1ポイント奪いやがった!」

「間合いがなくなって、小柄な川ちゃんだからこそ思いついた攻撃だ! 下から見上げるような状態のゼロ距離から、まるで、アッパーカットのような軌道で、垂直に打ち上げるような上段突きをやりやがった。相手を腕で押して突き放しながら下がって、残心も取れたんだ!」

「し、信じられん! 川田が、あの朝香朋子へ、確実な突きを決めた! すごい!」

「ほんとだね! やったよ川田さん! ここから! ここからだね!!」

「川田ぁ・・・・・・。まったく、いっつも俺はお前に驚かされるねぇー」


 たった1ポイント。しかし、それはある意味で歴史的ともいえる、大きな1ポイントだった。

 あの超高校級の絶対女王である朝香朋子が、県内大会レベルで他校に上段突きを決められた。これは、等星女子高以外の県内選手達にとっては、衝撃的すぎる出来事だった。


「(あの柏沼の子、足ケガしながら、朝香に返したよ!)」

「(俺、朝香が他校に取られるの、県内で初めて見たぜ!)」

「(柏沼の女子、朝香にケンカ売っただけのことはあるやつなんだな!)」


 会場中、女子個人組手のCコートに目が釘付けだ。得点差は現在、6対1で朝香がリード。8ポイント差がつけば終わってしまうルールだが、そんな点差すら思わせない盛り上がりになっている。


「真波ーっ! ナイス上段! いけいけ真波! まだあと一分!」

「川田先輩、がんばってくださぁい! がんばってーっ!」

「「「「 川田先輩ファイトでぇす! いけますいけます! 」」」」

「「「「「 川田ーっ! ファイト! 朝香を倒せぇ!! 」」」」」


   だあんっ!


 森畑と阿部が大声を張り上げ、後輩達の声量が増し、三年男子が一気に声を揃えて応援したその時、朝香と同じ赤サイドから、胸に「等星」の刺繍をつけたひとりが立ち上がった。

 ナショナルチーム所属で朝香朋子と同じ等星の三年生、主将の(さき)(おか)()()だ。

 崎岡は、厳しい目を吊り上げ、朝香に向かって大きく通る声を発した。


「朋子っ。もう、遊ばずに終わらせな!」

「「「「「 なっ、なにーっ・・・・・・!? 」」」」」


 柏沼メンバーはみな、耳を疑った。崎岡は確かにいま、「遊ばずに」と言った。

 尋常じゃなかった朝香のこれまでの動きでも、遊びだったというのか。


「(・・・・・・こくり)」


 崎岡の声を受け止めた朝香は、ただ静かに、その場で頷いた。


   シュルゥッ・・・・・・

   ・・・・・・キイイィィーーーンッ   バチイイィンンッ!


「(あ・・・・・・!)」


 それまでと違い、朝香は目をくわっと開き、閃光のような迅さの左上段回し蹴りを川田に放っていた。

 蹴りが引き戻された後に、川田はやっと反応したかのような仕草で防御。しかし、もう技は決められてしまったのだ。流れている時間軸が、まるで違う。

 先程までとは違う「本気の朝香朋子」が、川田の目の前にいた。


「止めっ! 赤、上段蹴り。一本っ! 赤の、勝ち!」


 メンホーを取り、お互いに、礼。

 川田は、まるで十戦以上でも戦った後のような汗の量と、乱れた息。右足もやや浮かし、満身創痍のような感じだが、目は俯かずに朝香から離していない。

 対する朝香は、前髪をさらっと直した以外は、まったく汗もかかず息も乱していない。


   ひょこ ひょこ とてとて


「・・・・・・?」


 川田は、足を少し引きずり、左脇にメンホーを抱えたまま朝香に近づいた。

 これには、朝香もきょとんとした表情を見せた。川田は朝香に対し、試合終了後の握手を求め、すっと右手を差し出したのだ。

 朝香は一瞬戸惑ったが、表情をふっと緩め、その口元はやや微笑んだようにも見えた。


「完敗だよ。生意気なこと言ってゴメン。もっとアタシ、強くなるから。また、戦ってくれない?」


 川田は、悔しそうな表情を押し殺しながら、爽やかに朝香へ語りかけた。

 時間にして数秒。川田へ対して朝香も、すっと右手を差しだそうとした、その時・・・・・・。


「馬鹿者ぉぉっ! 貴様、何をやっておるっ! 他校と馴れ合うなど論外だ! とっとと戻れ!」


 鬼が吠えるようなしゃがれた怒声が赤サイドの監督席から響き渡った。その声の主は等星女子高監督、瀧本(たきもと)熊夫(くまお)氏。


「(監督・・・・・・っ!)」


 朝香は、監督の方へ振り向く際に、見せたことのない儚げな表情をふっと見せた。

 そして、川田へ目を合わせはしたものの、握手をすることなく無言でコートを出ていった。鬼神の如く怒っている監督のもとへ向かう時、朝香は一度だけ振り向き、川田へ向かってなにかを囁いたかのように唇を動かし、去っていった。


   ~~~ あ・り・が・と・う・ね ~~~


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