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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 激闘!春季大会!
12/80

12、個人組手、開始!

   ~~~午後の競技を開始いたします。AからDコート。男子個人組手の選手は・・・・・~~~


 午後の種目は、まず男子個人組手だ。 

 だが、団体戦に出た三年男子メンバーは、疲労で身体が思うように動かない。日新学院戦による疲労ダメージは、想像以上にものすごかったようだ。

 個人組手、前原はBコートだったが、一回戦で県立白磯南けんりつしろいそみなみ高校の小牧に惜しくも1対0で敗退。

 二年生の黒川は、二十秒ほどで日新学院の清水に敗退。

 中村は日新学院の田中と戦い、1対1の本戦から延長戦へもつれ込んだものの、先取り勝負で中段突きのカウンターを返され、敗退。

 二年生の長谷川は、市立大山いちりつおおやま高校の崎川に攻め込まれて場外へ四回出てしまい、場外反則負け。

 こんな様相で、Bコートはみな一回戦で撃沈。


「(だ、だめだ。全然ダメだった・・・・・・)」


 うなだれる前原の向こうでは、Aコートで別なメンバーが試合を繰り広げていた。

 井上は県立那須野けんりつなすの高校の手塚に、2対1で敗退。

 神長は、学友館がくゆうかん高校の阿久津には余裕で勝ったものの、二回戦で日新学院の白井に5対5からの延長戦となり、先取り勝負で上段突きをもらってしまい、惜しくも敗退。

 最後に残った田村は一回戦、あの県立栃木商工高校の篠崎主将と対戦。団体戦で見せた二斗との激闘とは別人なほどに、重く鈍い動きで調子が悪そうだったが6対0で難なく篠崎を撃破。

 篠崎は最後まで田村に悪態をついており、主審から何度も厳重注意を受けていたらしい。

 その後、二回戦で田村は桜清祥高校の髙橋を撃破。三回戦では市立麻岡いちりつまおか高校の久毛田と延長戦の末、上段への裏拳打ちを決めてこれをなんとか撃破。

 田村はこのままベスト8、そしてベスト4進出まで無難に行けそうかと思った矢先、四回戦で当たった右野日大うのにちだい高校の尾崎に3対1で敗れてしまい、ベスト16で終わってしまった。


「だー! すっごく、疲れたぁ。だめだぁ、もう無理。もう今日は店じまいだぁねぇー・・・・・・」


 そう言って田村は、足取りはヘロヘロで苦笑いをして戻ってきた。スタミナがもう、からっぽなんだそうだ。



     * * * * *



「男子は体力すっからかんで、みーんな撃沈しちゃった! こうなりゃ、アタシらが最後の砦だね!」

「だね! がんばろう真波! 恭子も、おびえずに全力でね!」

「はい、がんばります!」


 三年男子はみな、足どりはふらふらの状態でガス欠状態。

 スタミナの課題、これは三年男子にとっては、喫緊の課題となって浮かび上がった。


   ~~~Cコート。女子個人組手の選手は集合して下さい!~~~


 柏沼高校は、残りあと女子個人組手のみ。川田、森畑、阿部の三人が出陣。


「さ、行こうっ! 呼ばれたよっ!」

「よぉっしゃ! 待ってろぉ朝香朋子ぉ! アタシの力を見せてやる!!」

「ううー、緊張しまぁす・・・・・・。でも、頑張らなきゃ!」


 三人は気を漲らせた眼に切り替えて、選手待機所へ颯爽と駆けていった。


「田村君。川田さんはいきなり等星の朝香さんとだけど、今まで当たったのは見たことないよね?」

「そういえば、そうだねぇ。川田があれを相手に、どんな組手するかは気になるねぇー」

「女子達は、おれたちをめいっぱい応援してくれたから、次はおれらが、声張り上げよう!」

「そうだな陽ちゃん。川ちゃんも、森ちゃんも、恭ちゃんも、全力で頑張ってほしいしな!」

「真波、等星にあんな啖呵切ったけど、だいじなんかよぉ!? 尚久、俺たちもCコートの上の方にいこうぜ」

「早川先生はどうやら、あっちにビデオ持って移動したみたいだね。いこうか田村君」

「よーし、そうするかねぇー。女子メンバーを、全力で応援しよう!」


 女子個人組手がついに始まる。本日最後の種目だ。

 午前中の男子団体組手のエネルギーを受け継ぎ、女子メンバー達の戦いが始まる。


「選手、整列! 正面に、礼! お互いに、礼!」

「「「「「 お願いしまぁす! 」」」」」


 主審の合図で、整列した選手とコート審判団が一同に礼。その後、副審が三人、コートの椅子にそれぞれ着く。


   ~~~ただ今より、女子個人組手、一回戦を開始します~~~


 会場のアナウンスが入ると、各コートで選手たちがメンホーを装着し、動く。


「赤! 等星女子高校、朝香選手!」

「はいぃぃっ!」

「青! 県立柏沼高校、川田選手!」

「はぁいっ!」


 第一試合から、男子メンバーにはドキドキの対戦。

 朝から直接宣戦布告をし、「本気でやれ」と願う川田に対し、気にも留めない様子でさらりと流した朝香朋子。

 どういった試合展開になるか、前原は観客席から後輩とともにCコートを見守る。


   ~~~選手!~~~


「「「「「 朝香センパーイ! 常勝ーっ! 必勝ーっ! ファイトォ! 」」」」」

「「「「「 朝香センパイ! ファイトでぇーす! 」」」」」


 等星の声援と共に、開始線へすたりすたりと向かう朝香朋子。

 威厳と風格に満ちあふれた歩みで、優雅ささえ思わせる雰囲気を纏ってコートに立った。

 それは菩薩のように静かだが、全身から放つオーラは他者とは完全に別格だ。


「「「「「 川田ぁ! ファイトォォ! 」」」」」


 静かに立った朝香さんと真逆に、川田は勢いよく開始線まで駆け込むようにコートへ入った。

 気合いが入りすぎかと言うほど、気迫に満ちあふれた表情。いまにも、朝香へ食いつきそうなくらいに。


「おい、前原。コートに立っただけなのに、なんだ、あの身長差は?」

「な、なんか、明らかな体格差に見えるね中村君・・・・・・」

「腕も足も、川田とは明らかにリーチでは朝香に分があるってわけか」

「でも、きっと、川田さんのスピードならそれを・・・・・・」

「カバーできる試合になればいいが・・・・・・な」

「そ、そうだね・・・・・・」


 中村が冷や汗を垂らすのも無理はない。

 川田は身長一五四センチ。それに対し、朝香は身長一六九センチほど。十五センチもの身長差は、かなり条件的に大きな差だ。手足の長さ、懐の深さ、どれをとっても、見た目からして体格差が分かる。

 朝香の真っ正面で対峙する川田本人は、なおさらそれを感じるに違いない。向かい合うと、心理面も作用して、物理的な大きさを超越した感覚で見えるだろう。


「(朝に声かけた時は感じなかったけど・・・・・・改めて向かい合うと、すごい威圧感!)」


 朝香は、全てを見通すかのような冷たく光る目で、川田をただ静かに、見下ろしている。


「(アタシ今、どうなってんのってくらい肌でビリビリ感じるこの圧力。おもしろいじゃない!)」

「「 川田先輩、ガンバレ! 」」


 大南と内山が叫んだのとほぼ同時に、主審も口を開いた。


「勝負、始めぃ!」

「しゃあっ! やあああぁーっ!」


   ババッ タンッ!


 女子個人組手一回戦の第一試合が、ついに始まった。

 川田は勢いよく両拳を上げ、重心を落として低く構える。


   スウゥ  フワァ   タァァンッ!


 一方で朝香は、長い手足を拡げ、蝶が舞うかのごとく静かに動き、ゆっくり高く構えた。


「(優雅に構えていられるのも、今のうちだかんね!)」


   シュタタッシュタタッ! 


 川田は、ゆっくり構えた朝香に対して右へすぐさま高速移動。かと思えばすぐに左へ高速移動。

 稽古の時よりもさらにギアを上げ、スピーディーな動きで間合いを撹乱させる作戦に出たようだ。


   シュタタタタタン タタタタタァン タタタタタタッ


 間合いが細かく切り替わり、的を絞らせずに前後左右に高速で動き回る川田。

 射程距離に入った瞬間一気に連打をたたみ掛ける、川田得意の攻撃を生み出すリズムだ。


「(・・・・・・。)」


 しかし、朝香はそれでも眉ひとつ動かさず。目で川田の動きを追うことすらもしない。とにかく、ただ静かにその場にいるのみで、まったく動かない。

 だからといって、この雰囲気の中で簡単に仕掛けていいわけがないことは、川田もわかっていた。

 朝香の放っている並々ならぬ威圧感がCコート全体に漂っており、その空間を支配しているのだ。


「(・・・・・・とんでもなく隙がない構えだ。でも、アタシはこのリズムをさらに上げる!)」


   ダダダダダァァァッ  パパパパパパパパパパッ  シュタタタタタタッ


「田村君。中村君。川田さんはスピードで翻弄する作戦を続けるのかな!?」

「そうみたいだな。しかし、あの朝香の構えと静けさからどう動くか、まったく読めないぞ」

「川田の作戦はいいと思う。あのスピードは、関東や全国でもいい線いく速さだしねぇー」

「まだ間合いの外だし、ここから隙を突いていくんだね。きっと川田さんはこれから・・・・・・」


   ・・・・・・シュバッ!  キイーンッ  ドシュゥッ!

   ドガアッ!  ・・・・・・ごろんごろん どしゃ


「(うぁあーっ!)」

「止めっ・・・・・・」


 突然の出来事。いったい何が起こったのだろうか。朝香は、川田の間合いの外だったはずが、一瞬で川田を吹き飛ばしていた。


「な、なんだ! 今の!」

「僕もよく見えなかったけど、川田さんがやられた!」


 田村と前原は顔を見合わせ、目を丸くした。「まだ安全圏の様子見を川田はしていたはず」と、柏沼メンバーの誰もが思ってた矢先、川田は軽トラックにでも撥ねられたかのように、コート中央付近から場外まで転がされるように飛ばされていた。

 まるで地面を縮めて空間を切り取ったかのように、一瞬で間合いを射程圏内に詰めた朝香。それはまさに、目にもとまらぬ迅さだった。

 

「(いっ・・・・・・たぁー。な、何をされたアタシ?)」

「赤、中段突き、有効っ!」

「(中段突き? ・・・・・・アタシ、中段食らったの、今?)」


 川田は、頭をふるふると何度か振り、今何が起こっているのかやっとわかった様子だ。


「なんてこった。朝香朋子、二年の頃よりもさらに怪物になってやがる! 今の中段突き、真波はまったく反応できてなかった。キレもスピードも破壊力も、昨年のレベルを遙かに超えてんぞ!」

「じょ、女子のスピードとパワーじゃない。し、信じられん!」

「川ちゃん、あんなやつにケンカ吹っかけちまったんかよぉ! や、やばいぜ!」


 井上、中村、神長の三人も驚愕。朝香のレベルは、並の男子選手でも歯が立たないほど。

 川田が直接戦っていることで、柏沼メンバーは全員、その「絶対女王」たる所以をひしひしと感じていた。


「真波! 冷静に! 熱くならず集中力を研ぎ澄ませて! 見える見える!」

「(菜美・・・・・・ありがと。それにしても、あの間合いを一瞬で詰めるなんて・・・・・・)」


 森畑の声に反応した川田は、メンホーを左手でくいっと直した。


「こりゃ、本当に絶対女王と呼ばれるのも頷けるねぇ。普通、あんだけぶっ飛ばしたら忠告もんだがあまりにもフォームや残心が美しく完璧すぎて、審判も魅入ってるんだきっと・・・・・・」

「そ、そんな。田村君、それじゃ川田さんは・・・・・・」

「どうする気なんだかねぇ。・・・・・・川田、意地を見せろ! 女子のエースだろ!!」


 田村も、朝香のレベルを目の前にして、ただ唸るのみ。


「続けて、始めぇ!」


   スウゥゥ  キイイーンッ   シュバアァッ!   ズバシャァッ!


「止めっ! 赤、上段突き、有効っ!」

「(な、何なのー!? ・・・・・・つっ! 頭がキーンと。い、痛・・・・・・)」


 主審の「始め」の合図から一秒もせずに、朝香の左拳が一閃。それは弾丸のようなスピードで放たれ、正確に急所のみを打ち抜いてくる。

 ルール上は寸止めでも、その貫通力と破壊力たるや恐ろしいものがある。

 朝香の突きは、相手に決めて引き戻す際にもそのまま威力を失わず、逆に相手へ螺旋のように突き抜けてゆく。

 音速のような迅さのその突きは、無駄のない軌道で顎へねじり込まれ、朝香が残心で戻った時には、川田はがくんと膝を落としかけていた。


「「「「「 ナイス上段でぇす! 朝香センパーイ! 」」」」」

「「「「「 朝香センパイ、どんどん決めましょうー! 」」」」」


 等星陣営はみな、余裕の表情で朝香へ声援を飛ばし続ける。


「(・・・・・・っ! な、なんてスピードと威力! まだ目が、チカチカする・・・・・・)」

「真波ぃ・・・・・・。なんとか、まずひとつ!」

「か、川田先輩ぃー・・・・・・」


 成す術なしでやられ続ける川田の姿に、森畑や阿部の瞳が潤む。


「「「 川田ぁ! ここからここからー! まだまだぁ! 」」」

「「 川田先輩! 自分から自分から!! 」」


 井上、中村、神長が声をそろえて同時に川田へエールを送る。二年生男子の黒川と長谷川も、必死に応援し続ける。


「た、田村君。あれはどう攻略すれば?」

「朝香朋子め、とんでもないやつだねぇー! 川田はまだ迷ってやがる。朝香の突きが見えてない。速すぎるんだ!」

「み、見えて・・・・・・ない!?」

「俺は、あの川田の実力は一目置いてたんだけど・・・・・・朝香朋子とはこんなにも差があるとはねぇ・・・・・・」


 田村の表情が、やや曇った。前原は不安げな表情で、Cコートを見つめることしかできない。


「(真っ正面からは、無理か・・・・・・。さて、アタシはどっから攻めるべきか)」


 まだ試合開始から八秒しか経っておらず、朝香は二発しか技を出していない。しかし、その二発で試合全体の主導権をガッチリと掴んで固めている。

 悠然と構え、神速のようなスピードで襲いかかるその動きは、まるで神速の瞬間移動。

 こんな相手に川田は、啖呵を切って喧嘩を売った。彼女が思っていた以上に、レベル差がありすぎたのだ。


   フワァッ・・・・・・  ゆらりっ


 開始線に立つ朝香は、そのすらりとした腕を下げ、ただ、川田の目をじっと見つめている。

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