12、個人組手、開始!
~~~午後の競技を開始いたします。AからDコート。男子個人組手の選手は・・・・・~~~
午後の種目は、まず男子個人組手だ。
だが、団体戦に出た三年男子メンバーは、疲労で身体が思うように動かない。日新学院戦による疲労ダメージは、想像以上にものすごかったようだ。
個人組手、前原はBコートだったが、一回戦で県立白磯南高校の小牧に惜しくも1対0で敗退。
二年生の黒川は、二十秒ほどで日新学院の清水に敗退。
中村は日新学院の田中と戦い、1対1の本戦から延長戦へもつれ込んだものの、先取り勝負で中段突きのカウンターを返され、敗退。
二年生の長谷川は、市立大山高校の崎川に攻め込まれて場外へ四回出てしまい、場外反則負け。
こんな様相で、Bコートはみな一回戦で撃沈。
「(だ、だめだ。全然ダメだった・・・・・・)」
うなだれる前原の向こうでは、Aコートで別なメンバーが試合を繰り広げていた。
井上は県立那須野高校の手塚に、2対1で敗退。
神長は、学友館高校の阿久津には余裕で勝ったものの、二回戦で日新学院の白井に5対5からの延長戦となり、先取り勝負で上段突きをもらってしまい、惜しくも敗退。
最後に残った田村は一回戦、あの県立栃木商工高校の篠崎主将と対戦。団体戦で見せた二斗との激闘とは別人なほどに、重く鈍い動きで調子が悪そうだったが6対0で難なく篠崎を撃破。
篠崎は最後まで田村に悪態をついており、主審から何度も厳重注意を受けていたらしい。
その後、二回戦で田村は桜清祥高校の髙橋を撃破。三回戦では市立麻岡高校の久毛田と延長戦の末、上段への裏拳打ちを決めてこれをなんとか撃破。
田村はこのままベスト8、そしてベスト4進出まで無難に行けそうかと思った矢先、四回戦で当たった右野日大高校の尾崎に3対1で敗れてしまい、ベスト16で終わってしまった。
「だー! すっごく、疲れたぁ。だめだぁ、もう無理。もう今日は店じまいだぁねぇー・・・・・・」
そう言って田村は、足取りはヘロヘロで苦笑いをして戻ってきた。スタミナがもう、からっぽなんだそうだ。
* * * * *
「男子は体力すっからかんで、みーんな撃沈しちゃった! こうなりゃ、アタシらが最後の砦だね!」
「だね! がんばろう真波! 恭子も、おびえずに全力でね!」
「はい、がんばります!」
三年男子はみな、足どりはふらふらの状態でガス欠状態。
スタミナの課題、これは三年男子にとっては、喫緊の課題となって浮かび上がった。
~~~Cコート。女子個人組手の選手は集合して下さい!~~~
柏沼高校は、残りあと女子個人組手のみ。川田、森畑、阿部の三人が出陣。
「さ、行こうっ! 呼ばれたよっ!」
「よぉっしゃ! 待ってろぉ朝香朋子ぉ! アタシの力を見せてやる!!」
「ううー、緊張しまぁす・・・・・・。でも、頑張らなきゃ!」
三人は気を漲らせた眼に切り替えて、選手待機所へ颯爽と駆けていった。
「田村君。川田さんはいきなり等星の朝香さんとだけど、今まで当たったのは見たことないよね?」
「そういえば、そうだねぇ。川田があれを相手に、どんな組手するかは気になるねぇー」
「女子達は、おれたちをめいっぱい応援してくれたから、次はおれらが、声張り上げよう!」
「そうだな陽ちゃん。川ちゃんも、森ちゃんも、恭ちゃんも、全力で頑張ってほしいしな!」
「真波、等星にあんな啖呵切ったけど、だいじなんかよぉ!? 尚久、俺たちもCコートの上の方にいこうぜ」
「早川先生はどうやら、あっちにビデオ持って移動したみたいだね。いこうか田村君」
「よーし、そうするかねぇー。女子メンバーを、全力で応援しよう!」
女子個人組手がついに始まる。本日最後の種目だ。
午前中の男子団体組手のエネルギーを受け継ぎ、女子メンバー達の戦いが始まる。
「選手、整列! 正面に、礼! お互いに、礼!」
「「「「「 お願いしまぁす! 」」」」」
主審の合図で、整列した選手とコート審判団が一同に礼。その後、副審が三人、コートの椅子にそれぞれ着く。
~~~ただ今より、女子個人組手、一回戦を開始します~~~
会場のアナウンスが入ると、各コートで選手たちがメンホーを装着し、動く。
「赤! 等星女子高校、朝香選手!」
「はいぃぃっ!」
「青! 県立柏沼高校、川田選手!」
「はぁいっ!」
第一試合から、男子メンバーにはドキドキの対戦。
朝から直接宣戦布告をし、「本気でやれ」と願う川田に対し、気にも留めない様子でさらりと流した朝香朋子。
どういった試合展開になるか、前原は観客席から後輩とともにCコートを見守る。
~~~選手!~~~
「「「「「 朝香センパーイ! 常勝ーっ! 必勝ーっ! ファイトォ! 」」」」」
「「「「「 朝香センパイ! ファイトでぇーす! 」」」」」
等星の声援と共に、開始線へすたりすたりと向かう朝香朋子。
威厳と風格に満ちあふれた歩みで、優雅ささえ思わせる雰囲気を纏ってコートに立った。
それは菩薩のように静かだが、全身から放つオーラは他者とは完全に別格だ。
「「「「「 川田ぁ! ファイトォォ! 」」」」」
静かに立った朝香さんと真逆に、川田は勢いよく開始線まで駆け込むようにコートへ入った。
気合いが入りすぎかと言うほど、気迫に満ちあふれた表情。いまにも、朝香へ食いつきそうなくらいに。
「おい、前原。コートに立っただけなのに、なんだ、あの身長差は?」
「な、なんか、明らかな体格差に見えるね中村君・・・・・・」
「腕も足も、川田とは明らかにリーチでは朝香に分があるってわけか」
「でも、きっと、川田さんのスピードならそれを・・・・・・」
「カバーできる試合になればいいが・・・・・・な」
「そ、そうだね・・・・・・」
中村が冷や汗を垂らすのも無理はない。
川田は身長一五四センチ。それに対し、朝香は身長一六九センチほど。十五センチもの身長差は、かなり条件的に大きな差だ。手足の長さ、懐の深さ、どれをとっても、見た目からして体格差が分かる。
朝香の真っ正面で対峙する川田本人は、なおさらそれを感じるに違いない。向かい合うと、心理面も作用して、物理的な大きさを超越した感覚で見えるだろう。
「(朝に声かけた時は感じなかったけど・・・・・・改めて向かい合うと、すごい威圧感!)」
朝香は、全てを見通すかのような冷たく光る目で、川田をただ静かに、見下ろしている。
「(アタシ今、どうなってんのってくらい肌でビリビリ感じるこの圧力。おもしろいじゃない!)」
「「 川田先輩、ガンバレ! 」」
大南と内山が叫んだのとほぼ同時に、主審も口を開いた。
「勝負、始めぃ!」
「しゃあっ! やあああぁーっ!」
ババッ タンッ!
女子個人組手一回戦の第一試合が、ついに始まった。
川田は勢いよく両拳を上げ、重心を落として低く構える。
スウゥ フワァ タァァンッ!
一方で朝香は、長い手足を拡げ、蝶が舞うかのごとく静かに動き、ゆっくり高く構えた。
「(優雅に構えていられるのも、今のうちだかんね!)」
シュタタッシュタタッ!
川田は、ゆっくり構えた朝香に対して右へすぐさま高速移動。かと思えばすぐに左へ高速移動。
稽古の時よりもさらにギアを上げ、スピーディーな動きで間合いを撹乱させる作戦に出たようだ。
シュタタタタタン タタタタタァン タタタタタタッ
間合いが細かく切り替わり、的を絞らせずに前後左右に高速で動き回る川田。
射程距離に入った瞬間一気に連打をたたみ掛ける、川田得意の攻撃を生み出すリズムだ。
「(・・・・・・。)」
しかし、朝香はそれでも眉ひとつ動かさず。目で川田の動きを追うことすらもしない。とにかく、ただ静かにその場にいるのみで、まったく動かない。
だからといって、この雰囲気の中で簡単に仕掛けていいわけがないことは、川田もわかっていた。
朝香の放っている並々ならぬ威圧感がCコート全体に漂っており、その空間を支配しているのだ。
「(・・・・・・とんでもなく隙がない構えだ。でも、アタシはこのリズムをさらに上げる!)」
ダダダダダァァァッ パパパパパパパパパパッ シュタタタタタタッ
「田村君。中村君。川田さんはスピードで翻弄する作戦を続けるのかな!?」
「そうみたいだな。しかし、あの朝香の構えと静けさからどう動くか、まったく読めないぞ」
「川田の作戦はいいと思う。あのスピードは、関東や全国でもいい線いく速さだしねぇー」
「まだ間合いの外だし、ここから隙を突いていくんだね。きっと川田さんはこれから・・・・・・」
・・・・・・シュバッ! キイーンッ ドシュゥッ!
ドガアッ! ・・・・・・ごろんごろん どしゃ
「(うぁあーっ!)」
「止めっ・・・・・・」
突然の出来事。いったい何が起こったのだろうか。朝香は、川田の間合いの外だったはずが、一瞬で川田を吹き飛ばしていた。
「な、なんだ! 今の!」
「僕もよく見えなかったけど、川田さんがやられた!」
田村と前原は顔を見合わせ、目を丸くした。「まだ安全圏の様子見を川田はしていたはず」と、柏沼メンバーの誰もが思ってた矢先、川田は軽トラックにでも撥ねられたかのように、コート中央付近から場外まで転がされるように飛ばされていた。
まるで地面を縮めて空間を切り取ったかのように、一瞬で間合いを射程圏内に詰めた朝香。それはまさに、目にもとまらぬ迅さだった。
「(いっ・・・・・・たぁー。な、何をされたアタシ?)」
「赤、中段突き、有効っ!」
「(中段突き? ・・・・・・アタシ、中段食らったの、今?)」
川田は、頭をふるふると何度か振り、今何が起こっているのかやっとわかった様子だ。
「なんてこった。朝香朋子、二年の頃よりもさらに怪物になってやがる! 今の中段突き、真波はまったく反応できてなかった。キレもスピードも破壊力も、昨年のレベルを遙かに超えてんぞ!」
「じょ、女子のスピードとパワーじゃない。し、信じられん!」
「川ちゃん、あんなやつにケンカ吹っかけちまったんかよぉ! や、やばいぜ!」
井上、中村、神長の三人も驚愕。朝香のレベルは、並の男子選手でも歯が立たないほど。
川田が直接戦っていることで、柏沼メンバーは全員、その「絶対女王」たる所以をひしひしと感じていた。
「真波! 冷静に! 熱くならず集中力を研ぎ澄ませて! 見える見える!」
「(菜美・・・・・・ありがと。それにしても、あの間合いを一瞬で詰めるなんて・・・・・・)」
森畑の声に反応した川田は、メンホーを左手でくいっと直した。
「こりゃ、本当に絶対女王と呼ばれるのも頷けるねぇ。普通、あんだけぶっ飛ばしたら忠告もんだがあまりにもフォームや残心が美しく完璧すぎて、審判も魅入ってるんだきっと・・・・・・」
「そ、そんな。田村君、それじゃ川田さんは・・・・・・」
「どうする気なんだかねぇ。・・・・・・川田、意地を見せろ! 女子のエースだろ!!」
田村も、朝香のレベルを目の前にして、ただ唸るのみ。
「続けて、始めぇ!」
スウゥゥ キイイーンッ シュバアァッ! ズバシャァッ!
「止めっ! 赤、上段突き、有効っ!」
「(な、何なのー!? ・・・・・・つっ! 頭がキーンと。い、痛・・・・・・)」
主審の「始め」の合図から一秒もせずに、朝香の左拳が一閃。それは弾丸のようなスピードで放たれ、正確に急所のみを打ち抜いてくる。
ルール上は寸止めでも、その貫通力と破壊力たるや恐ろしいものがある。
朝香の突きは、相手に決めて引き戻す際にもそのまま威力を失わず、逆に相手へ螺旋のように突き抜けてゆく。
音速のような迅さのその突きは、無駄のない軌道で顎へねじり込まれ、朝香が残心で戻った時には、川田はがくんと膝を落としかけていた。
「「「「「 ナイス上段でぇす! 朝香センパーイ! 」」」」」
「「「「「 朝香センパイ、どんどん決めましょうー! 」」」」」
等星陣営はみな、余裕の表情で朝香へ声援を飛ばし続ける。
「(・・・・・・っ! な、なんてスピードと威力! まだ目が、チカチカする・・・・・・)」
「真波ぃ・・・・・・。なんとか、まずひとつ!」
「か、川田先輩ぃー・・・・・・」
成す術なしでやられ続ける川田の姿に、森畑や阿部の瞳が潤む。
「「「 川田ぁ! ここからここからー! まだまだぁ! 」」」
「「 川田先輩! 自分から自分から!! 」」
井上、中村、神長が声をそろえて同時に川田へエールを送る。二年生男子の黒川と長谷川も、必死に応援し続ける。
「た、田村君。あれはどう攻略すれば?」
「朝香朋子め、とんでもないやつだねぇー! 川田はまだ迷ってやがる。朝香の突きが見えてない。速すぎるんだ!」
「み、見えて・・・・・・ない!?」
「俺は、あの川田の実力は一目置いてたんだけど・・・・・・朝香朋子とはこんなにも差があるとはねぇ・・・・・・」
田村の表情が、やや曇った。前原は不安げな表情で、Cコートを見つめることしかできない。
「(真っ正面からは、無理か・・・・・・。さて、アタシはどっから攻めるべきか)」
まだ試合開始から八秒しか経っておらず、朝香は二発しか技を出していない。しかし、その二発で試合全体の主導権をガッチリと掴んで固めている。
悠然と構え、神速のようなスピードで襲いかかるその動きは、まるで神速の瞬間移動。
こんな相手に川田は、啖呵を切って喧嘩を売った。彼女が思っていた以上に、レベル差がありすぎたのだ。
フワァッ・・・・・・ ゆらりっ
開始線に立つ朝香は、そのすらりとした腕を下げ、ただ、川田の目をじっと見つめている。




