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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第2章 激闘!春季大会!
10/80

10、主将。その貫録と意地

   ズウウゥ・・・・・・ン!!


「(さぁて。相手は日新の主将、二斗! 俺もこりゃ、ふざけてらんないかねぇー)」


 田村の見据える向こう側に、異様な威圧感と目つきで二斗龍矢が仁王立ちしている。名門校日新学院の主将としてのオーラは、他の選手とは一線を画して桁違いだ。

 その眼力だけでも、並の選手なら居竦んでしまうかのような鋭さ。坊主頭に、浅黒い肌。明らかに空手の稽古以外で鍛え上げたのがわかる、首、腕、足腰の太さ。見た目からして、金剛力士の様な強大なパワーがありそうなのは明らかだ。

 野生の動物とも真っ向から戦えそうなその雰囲気は、古代の剣闘士のような殺気を漂わせている。


「(ははっ! 二斗のやつ、そんな目つきで見なくたってよぉー)」


 だが、田村はまったく呑まれた様子はない。

 二斗と田村が公式戦で当たるのは、実は今日が初めてだ。

 団体戦の中堅戦で、主将同士の大激突。これには両校のメンバーもみな、興味津々の顔。

 井上は、自分の試合ではないのに、なぜか震えて竦んでいる。


「「「「「 二斗先輩っ! ラスト一勝! ファイ! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」

「「「「「 二斗先輩ぃ! 二斗先輩っ!! 」」」」」

「「「「「 二斗おぉぉぉ! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」

「「「「「 にっしいぃぃぃん! 必勝ーっ! ファイファイファイ!!! 」」」」」


 二斗の闘気に呼応するかのように、日新陣営がさらに燃え上がった。

 開始前なのに、その勢いたるや凄まじいものがある。


「アタシらも負けるか! 声出そうみんな!」

「私たちも、日新の勢いに押されたらダメ! みんなを応援しまくろうね!」

「「「「「 田村先輩! ファイトでーす! ファイトー! 」」」」」

「「 たむらーーーーーーーっ! 」」


 川田と森畑も、後輩達の士気を高め、声を張り上げる。

 地鳴りのような声援の中、田村と二斗、両者の目がぎらり光る。正方形のコート内で、両主将の火花が静かに散っているのだ。

 主審はその両者をちらりと確認し、すうっと息を吸う。


「勝負、始めぇ!」


   ズドウンッ!  ダァン!    ダダアンッ!  ドンッ!


「っしゃあっ!」

「うぅああぁしゃ!」


 主審の声と共に、両者は力強く一歩踏み出し、拳を固めて思い切って床を蹴り、同時に前へと踊り出た。


   ズシャアァァッ!  ヒュウンッ! ガガッ!

   ビシイッ!  パパパパパパパァン!


 開始数秒内で、駿速の攻防が繰り広げられる。

 相手の中段突きは田村の脇腹をかすめ、田村の上段蹴りは相手の太い右腕にブロック。その一瞬の攻防の後、間髪入れずに体勢を立て直し、両者とも電光石火の連突きの応酬。

 開始からまだ四秒。まったく目の離せない激戦が予想される展開となった。


「ああああーいっ!」

「るあああぁぁーいゃぁっ!」


   ズオッ ダアァァン!  ズザザザザッ・・・・・・


「(くぅ! いってぇ蹴りだなぁ。パワーはさすがに、俺より上だわねぇ)」


 相手の強烈な右前蹴りが田村のみぞおちを襲う。寸前でこれを受け止めた田村だが、その衝撃力で体二つ分ほど後ろへ弾き飛ばされた。さらに、休ませることなく、相手は猛攻を仕掛けてくる。


   シャシャッ! ズバァン! ズバァン! ドドォン!


 右、左、右と、床を鳴らしては力強さを増す、二斗の踏み込み。それに合わせた、スピードとパワーの揃った突き。息を乱すことなく、どんどん攻め込んでくる。まさに、日新の主将の名に恥じぬ王者の猛連撃。


「るああああっ! うあぁーいしゃぁっ!」

「(くっそぉ、全然休ませてくれねー。派手な展開で始めやがったなこいつ)」


   バァン パパパァン!  ダダダダァン! ダァン! ダァン!


「ああっ! 田村君が、圧されてる。ファイト! ファイトだよ!」

「田村、だいじだ。いけ、いけっ! うむ! そこだっ!」

「尚ちゃん、いけるいける! ファイト! 見えてるぞ!!」

「あー。あー。あー! やべぇよ尚久ぁ! 二斗のやつ、こええぇよぉぉ・・・・・・」


 びびって震えている井上以外は、二斗の猛攻に対する田村へ檄を飛ばしている。


「(ちきしょう。今は防ぐので精一杯だ。しっかし、まさか二斗の猛攻がこれほどとはねぇー)」


 重爆撃のごとき猛攻を受ける田村の表情は、こんな時でもうっすら笑っていた。

 田村はいったい、この相手をどう攻略するのだろう。前原たちは控えながらそんなことを思いつつも、大きな声を送ることしか今は出来なかった。


「うーん。強いね強いね。あの、日新の人。なかなかやるねやるねー」


 前原たちのすぐ後ろから、コーチとして監督席にいる新井が呟く。


「新井さぁん。やるねやるねー、じゃなくて・・・・・・何か尚久には、攻略ないんすか?」

「なくはないよ。けど、たぶん、今のあの動き見る限り、本人は対応策がわかりかけてるかもね」

「「「「 え? 」」」」


 みな思った。「あの猛攻にどう対応するのだろうか」と。

 目が離せない試合展開に、男子四人のドキドキは、さらに加速してゆく。



     * * * * *



「「「「「 二斗先輩っ! まずひとつ! ファイ! ファイ! オー! 」」」」」


 日新陣営の声援がさらに増す。それに呼応して、どんどん二斗の攻撃のギアが上がってゆく。


   ズバァァァッ!  バシィン!


「止めっ! 赤、中段突き、有効っ!」


 試合開始から五十八秒経過。ついに、相手の拳が田村の脇腹を捉えた。先制点を決めたのは、二斗だった。


「「「「「 二斗先輩っ! ナイス中段だ! ナイス中段だ! ナイス中段だぁ! 」」」」」


   オオオオォォォ! ワアアァァァーッ!


「(先制点、二斗にやられちまったか・・・・・・。受けたと思ったけど、残念だねぇ。ちぇ!)」


 そんな状況でも田村はにこっと笑い、下唇を舌でぴしりと弾いた。


「田村、だいぶ防いでたんだけどなぁ。菜美さぁ、あの日新の二斗、さすがにすごい猛攻だわね!」

「そうね。でも真波さ、田村も防ぐだけで精一杯に見えるけど、相手にわざと技を出させてるようにも私は見えたよ?」

「わざと? あえて、攻撃させてたってことぉ?」

「うん。あくまでも私にはそう見えたの。その証拠に、あんなレベルの相手でも、構えを下げたり、わざと脇腹を空けたりしてたようなとこもあったような気がして」

「えぇ!? だとしたら田村はもしかして、二斗の攻撃に対して、罠を張って誘っている?」

「たぶん。ただ、その駆け引きに相手が乗れば、の話だけどね・・・・・・」

「た、田村ー。あんたって奴は、アタシの想像を超えてるねー・・・・・・」


 川田と森畑は、田村の組手を見て、別な意味で驚いている様子だ。


「続けて、始めっ!」


   ドドドドドド!  ダァァン!


 再び、瞬きする暇もないくらいに相手は攻め込んできた。凄まじい圧力。その巨体に似合わない柔軟さで、相手は一気に床スレスレに腰を落として、体当たりをするかのような右中段突きを高速で撃ってきた。それはまるで、キャノン砲から放たれた砲丸のよう。

 これを田村は、足捌きを使ってギリギリ何とか横に躱す。位置関係は両者接近しており、上から田村が見下ろし、下から二斗が見上げるように目が合う姿勢となった。


   ・・・・・パカァァァァァンッ!!


 その時、副審の青旗三本が、天に向かってあがったのだ。


「「「「 な、なんだーっ!? 」」」」


 これには、目の前で試合を見ていた前原や神長らもびっくり仰天。

 新井は小さな声で「やっぱりね」と呟く。


「(!?)」


 突然の出来事に、二斗の表情も一瞬だけ変化した。


「止めっ! 青、上段蹴り、一本っ!」


   オオオオオオオオオオ!  ワアアアアアアアア!!


 会場中が、驚きとどよめきの声と歓声で湧きに湧いた。


「なんだ!? 田村いま、なにやったんだ!」

「僕もよくわからなかったよ中村君! でも、なにか上段蹴りっぽい技を一瞬で決めたのは間違いない!」

「尚ちゃんは、蹴った。でも、いったい、どんな蹴りだったかは見えんかったぁ」

「なーんでもいいよ! 尚久ぁ、お前はやっぱ、すげー!」


 無意識に、前原、中村、神長、井上は、同時に田村の背中へ視線を集めていた。


「(どうだ二斗!? そう簡単に、何度も中段くらってたまるか! 俺の作戦にかかったねぇ)」


 よくわからない技だったが、とにかく、田村は二斗から一本を取った。これで点差は、田村が2ポイント勝ち越しの3対1。

 しかし、相手の二斗は、メンホー越しに右頬を指であてながら、その表情を変えぬまま田村をじっと見ている。


「菜美! 田村がやった今のあれさ、(そく)(とう)蹴りだったよね!」

「上から見ていたから、私達はよくわかった。あの姿勢からじゃ、弧を描く軌道の回し蹴りも裏回し蹴りもできない。田村、位置関係まで読んで、完全に狙ってたね!」

「森畑せんぱい、川田せんぱい。足刀蹴りってなんですか? あんな蹴り方、あるんですか?」


 興奮している二人に、内山がおそるおそる問う。


「足刀は、足の小指から踵までの、エッジのような端の部分を言うの。これを、平べったく刃先のようにして中段や下段の膝関節、上段は喉や顎を蹴る技なの」

「へぇー。だから、足の刀なんですね」

「そうね。基本稽古ではいま、中段横蹴りとしてやっているけどね。アタシの得意形にもあるよ。それにしても、ルール的に下段を蹴れない組手試合では、めったに見ない蹴りだよねー!」


 森畑と川田の解説に、二年生男子二人も、驚きを隠せないようだ。


「すご・・・・・・。田村先輩、そんな足技を使うなんて。すげーっすね! 俺も使ってみようかな」

「そ、そうだな。いつか、やってみようぜ」

「そーんな簡単に決まるもんじゃないよ足刀なんて! それにしても、機転がすごいなーっ! アタシには思いつきもしないことをやるんだもん!」


   ワアアアアアア  ザワザワザワザワ


「(・・・・・・。)」

「(さぁ、こっから俺の番だぞぉ。二斗! ドンドン行かせてもらおうかねぇー!)」


 相手の二斗は、この状況にもまったく動じていない。点数は勝ち越されているというのに、未だに余裕があるような佇まいだ。


「続けて、始めっ!」


   タタタァン  タタタァン  タタタァン   バシィッ!


 田村は左右ジグザグにステップを踏み、しなるような中段回し蹴りを放つ。相手はこれを掌のみで冷静に受け止め、お返しとばかりに、上段へ素早くワンツーの突き。田村はこれを首だけでひょいっと躱し、中段へ突きを返すために腰を下げて大きく踏み込む。

 しかし、そのタイミングを、相手は見逃さなかった。丸太のような太い腕が一気に動き、巻きつくように田村へ襲いかかる。


   シュルッ   バチイィ!  ダダダァン!


「うるるおぁぁぁっ!」


   ドカアァアッ!


「止めっ! 赤、上段突き、一本っ!」

「「「「 あああーっ・・・・・・ 」」」」


 二斗は、踏み込んで姿勢が低くなった田村の首元から肩越しに腕を絡め、一気に前足を刈ると同時に力強く引き倒したのだ。田村が倒れた瞬間、その頭部へ二斗の強力な突きが入った。瓦を十枚は割れそうなほどの突き。巨体に似合わぬ、流麗な動きからの一本技だった。


「「「「「 二斗先輩っ! ナイス一本だぁ! ファイ! ファイ! ファイ! 」」」」」


 開始線に立つ田村の頬には、汗が一滴、つつっと流れ落ちていた。


「(いってぇ。こっちが取ればすぐさま返す、か!)」

「(・・・・・・。)」

「(こんのやろぉ。二斗、つえぇな! やっぱ、おもしろいねぇ!)」


 貫録の様相を見せる二斗に、その戦いを楽しんで笑う田村。

 ポイント差は3対4で二斗が逆転したが、両者、心理的にはまだ互角。


「続けて、始めっ!」

 

   ババババババッ!  ダンッ ダンッ ダダダダダダ


 その二斗の猛攻はまったく衰え知らず。スピードもパワーも落ちる様子なく、次々と田村に襲いかかってくる。

 並の選手であれば根負けして退きそうだが、逆に、田村はこの猛攻をかいくぐって前へと踏み込む。


「あああぁーいっ!」


   バシシッ!


「止めっ! 青、中段突き、有効っ!」

「「「「 いいぞいいぞー! ナイス中段! 」」」」


 二斗が取ればすぐに田村も一瞬の隙を突いて取り返すシーソーゲーム。

 稲妻のように、両者の技がぶつかる展開に、みな、目が離せない。


   ガチィン!  ババッ  タァン タァァン!  ドカァッ!  バッ!


 あまりの激しい攻防の応酬に、下がらず前へ出て応じる田村と二斗のメンホーがぶつかった。

 お互いに攻撃を防ぎながら衝突し、胸を合わせるほどぶつかるとすぐに腕で大きく押し合って相手を弾き、間合いを取り直す。間が少し空いたのも束の間、また両者は激しく打ち合いを繰り返す。

 田村のこんな動きは、稽古ではもちろん、これまでの大会でも柏沼メンバーの誰もが見たことなかった。


「田村先輩、すごい。あの日新のキャプテンと完全に互角ですよ!」

「まじで、すっげぇー・・・・・・。こりゃすごいっす!!」

「黒川も長谷川も、よく目に焼き付けときな。これが、うちの部の主将の本気だよ! まぁ、私もここまでの試合は初めて見るけど」

「だからアタシは言ったんだ。本気で稽古すりゃ、全国でもいいとこ行くってね。でも、やらないんだよなぁー田村。稽古嫌いなんかな?」


 柏沼陣営のみならず、この試合には会場内からも、様々な声が飛び交ってきていた。

 

「(すごいな、あの柏沼の主将。あんなのいたのか!)」

「(こりゃ見応えあるぞ。日新の二斗といい勝負してるのがいるぞ!)」

「(試合時間、あとどれくらい? あの二斗と張り合えるやつの組手、もっと見たいね!)」


 王者の貫録を見せる二斗に、意地で食らいつく田村。

 両主将は、残り時間、さらにギアをあげて戦うに違いない。



     * * * * *



   ~~~三十秒前!~~~


「あと、しばらく!」


 コートの時間係から残り僅かの合図がされ、主審が声を発する。

 火花が飛び散る大激戦も、時間は残すところあと少し。いま、点差は4対4と互角の同点。


「「「「「 二斗先輩っ! ファイ! ファイ! オー! 」」」」」

「「「「「 田村先輩っ! ファァイトォーッ! 」」」」」


 両校の声援も益々ヒートアップする。雰囲気はもう、決勝戦でも見ているかのようだ。


「(はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。二斗のやろー、ぜんぜん技をもらってくれないなぁ)」


 この試合、最初から今までずっと全力以上の全力で動きっぱなしの田村。さすがにここへきて、明らかに疲れが出ているのが見える。無理もない。このレベルの相手を、体力消耗せずに余裕を持って最後まで試合ができるなら、きっと、全国制覇を成し遂げられるほどだろう。

 まったくもって、気の抜けない、神経を磨り減らすハイレベルな攻防戦は、まだ続く。


「(だけど、こんだけ友達や後輩達が応援してんだ。先生や先輩達も来てくれてんだ。主将の俺が、無様に、はいそうですかと簡単にやられるわけには、いかねえのだーっ! 闘志を燃やせ、俺!!)」


 メンホーの奥で、田村の目に炎が燃え上がった。


「田村、さすがに息が上がってきてるな。・・・・・・前原、やばいぞこれは」

「で、でも、きっと田村君ならやってくれるはず。信じよう、中村君!」

「尚久がんばれよぉ! がんばれ! 尚久!!」

「尚ちゃん。ファイトだ! もう少しだ! もう少しだから、無理だけはするな!」


   ふわっ  タタタン  タタタン  タタン  タン  タン・・・・・・

   タタタタタタタン  ダダダン ダダダダダン


 田村のステップは、次第に勢いとテンポを失ってゆく。

 対して、相手の二斗はほとんどスピード感が変わらない。スタミナの差が確実に、目に見え始めたのだ。


   ヒュウンッ  バシィバシィ!  ドドドン!


 相手は中段蹴りに連続の上段突き、そしてさらに踏み込んで中段突きを仕掛ける。その威力は、試合開始時と何ら変わりない。


「(くっそぉ! こいつ、人造人間かよ! スタミナに限界ないのかぁ? やばいねぇ!!)」


 田村は、後ろに退きながら辛うじて防御するのが精一杯なのだろう。動きがだんだんと重々しくなり、速さもなくなってゆく。泥沼に落ちてもがく水鳥のように、動きが、みるみるうちに鈍くなってゆく。 


「ああああーいっ!」

「うるるおおぉあっしゃあぁい!」


 両主将の気合いの声が、Aコートから会場全体へ響き渡る。


「田村君! ファイト! あとひとつ! 取り返そう!!」

「尚久、がんばれ。引き分けでもいい、がんばれ! がんばれーっ!」

「田村ぁ・・・・・・田村ーっ! アタシの声が聞こえるか? あと三秒っ!」

「「 田村先輩ーっ! 」」


 前原と井上は、声を枯らしながら叫ぶ。観客席で見守る川田や後輩達も、今にも雨が降り出しそうな表情で声を振り絞っている。


「(田村! すごいな、お前は・・・・・・)」

「(尚ちゃん! ファイト!!)」


 中村と神長は、拳を握って身を前へと乗り出している。

 会場内でも、このコートに集まる声援にあちこちの観客が注目し始めている。日新学院の関係者のみならず、一般客も田村と二斗の攻防に魅入っているようだ。

 この戦いを、四方の観客席から多くの目が見ている。サラリーマン風の客や、子連れの若いパパ、高齢の老人や赤い髪留めをつけた主婦など、様々な客層の目が集まっている。


「(このまま、引き分けに・・・・・・って、なめんなぁっ! これは柏沼高校空手道部主将の、意地だぁ!)」


 電光掲示板のデジタルタイマーは、無情にも試合時間は残り三秒。

 しかし、試合はそのまま静かには終わらない。ここで田村は全力を賭けて上段逆突きを繰り出し、突っ込んでいった。


   バァシイィィンッ!

   ピーッ!  ピピーッ!


 最後の田村の攻撃に、相手の二斗もカウンターで上段突きを合わせた。

 技がぶつかるのとほぼ同時に、試合終了のブザーは鳴った。


「止めっ! ・・・・・・」


 主審が割り入り、試合を止めた。これは、果たして、どちらの「やめ」なのか。


「・・・・・・赤、上段突き、有効っ! それまで! 赤の、勝ちっ!」

「「「「「「 あー! うわぁぁーっ・・・・・・ 」」」」」」


 一気にトーンの下がる声と、低く萎れる悲鳴のような声が、男子四人や観客席からあがった。

 最後の最後でぶつかったお互いの上段突き。それは試合終了のブザーとほぼ同時だったが、主審は二斗の返し技を有効とした。

 中堅戦、田村は今大会の名勝負とも言える大激戦を戦い抜いたが、惜しくも、敗れてしまった。


「赤が三勝となりました。3対0、赤 日新学院の、勝ち!」

「「「「「 ありがとう、ございましたぁ! 」」」」」


 これで、男子団体組手はベスト8で終わった。惜しくも柏沼男子メンバー達は、関東大会出場へは届かなかった。



     * * * * *



「あー、悔しい。尚ちゃんがあんだけ全力でぶつかったのに、日新、倒せなかったな・・・・・・」

「いやー、俺も最後まで突っ込んだんだけどねぇー。申し訳なかったよぉ」

「いやいや、田村君のあんな動き、みんな度肝を抜かれたし、すごすぎだよ! お疲れさま!!」

「度肝を抜かれた? そうかねぇー? もっと動けたら良かったんだがねぇー」

「まぁ、そう言うな。立派なベスト8だ。敢闘賞で賞状はもらえる。田村がおれたちを率いてくれたからこそ、だ」

「ありがたいこと言うねぇー、中村。サンキューな!」

「だははっ! とにかく、団体でみんなかなり疲れちったな。こりゃ、午後の個人戦、ちょいと、やべぇなー」

「お昼休みで、ちょいと回復できたらいいねぇー。神長も、おつかれ!」

「俺、一度も試合回ってこなかったから、個人戦はいけるかもしんねーぜ! 形のリベンジするぜ!」

「井上はもうちっと、組手自信もてよー。それにしても今回、日新とあれだけ張り合えたんだ。これは収穫だったねぇー。みんな、次はインターハイ予選で、日新へリベンジだねぇ!」

「「「「 しゃあっ! 」」」」


 最後に気合を入れ直したものの、五人は悔しくてたまらなかった。けど、それ以上に得たものの方が大きかった。次なる目標もでき、また、一から鍛え直しだ。


   ワアアアアアァ  ワアアアアアアァ!


 団体組手はこのあと決勝まで行われ、日新学院が準決勝で県立宇河商業を下して決勝へ進んだ。

 反対の山からは、県立鶉山けんりつうずらやまが準決勝で県立明日市を下し、日新対鶉山の決勝戦となった。

 結果は、日新学院が先鋒から中堅まで無失点という圧倒的な戦力差で優勝した。

 先鋒で出場した二斗は、鶉山の主将を相手に三連続一本技を決め、三十秒以内で勝利したのだ。


   がやがやがや  ワアアアァア!!


 女子団体組手は、等星女子、桜清祥さくらせいしょう、県立宇河商業、国学園栃木こくがくえんとちぎがベスト4入りし、等星女子と国学園の決勝戦となった。

 朝香朋子を擁する等星はまさに無敵の貫録。男子の日新学院同様に、誰も寄せ付けぬ磐石の強さで優勝。

 朝香は今大会の団体戦、一回戦から一滴の汗もかいておらず、息も乱さないまま決勝までほぼ体力を減らさずに無失点で全勝。しかも、どの試合も二十秒以内で終了していた。

 こうして、午前中の競技は、終了したのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これはすごいですね、前作のラストとこのシーンがリンクするとは思いませんでした。 観客にいる髪留めの主婦というのを見ると、思わず前作の様々なシーンを思い出してしまいます。 作品がリンクするな…
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