第3話 交易都市ヴィーデ
国境付近の宿場町から出発した佑吾たちは、その街とリートベルタ公国の間にある山道を歩いていた。
そして今、歩いている途中に脇の茂みから突如現れた大型犬ぐらいの大きさの蜥蜴の魔物──大蜥蜴の群れに襲われ、戦っていた。
「ハァッ!!」
「プゲェア!?」
佑吾が気合を込めて、大蜥蜴に剣を振り下ろした。
その剣撃を受けた大蜥蜴は、鱗を斬られ、傷口から青い血が流れた。それに怒ったのか、大蜥蜴は唸り声を上げて、反撃とばかりに自らの太い尻尾をムチのようにしならせて、佑吾を打ち据えようとした。
「<剛体>!!」
それに対して佑吾は、宿場町での鍛錬で身につけた氣力を用いた技──氣術を発動して対抗した。氣術<剛体>は、全身に氣力を漲らせることで一時的に肉体を頑強にする技だ。
ゴズン!!
大蜥蜴の尻尾の攻撃を、佑吾は右手に身につけた小手でガードした。尻尾が小手にぶつかり、鈍い音を立てる。
氣力の鍛錬を行う前だったなら、大蜥蜴のこの攻撃で体勢が崩れたり、下手をすれば骨折などの怪我をしただろう。
しかし、鍛錬で身につけた新たな技、<剛体>によって身体能力を向上させた結果、佑吾は怪我をする事なく、大蜥蜴の攻撃を受けきる事ができた。
今度は、佑吾が反撃に転じた。
「はっ!!」
「プギャア!?」
佑吾が両手で剣を持ち、大蜥蜴の尻尾を切り飛ばした。
大蜥蜴は苦しげな声を上げ、尻尾からはドクドクと血が流れていた。
大蜥蜴が怯んだ隙に、佑吾は返し刀で大蜥蜴の首を斬り落とした。
首を無くした大蜥蜴は少しの間ピクピクと手足が動いていたが、しばらくして動かなくなった。
「……よし、倒せたか。みんなの方は……」
大蜥蜴を倒した事を確認した佑吾は、すぐに他の仲間の様子を確認した。
コハルとライルは、茂みの奥にいた魔物へと向かっていったため、佑吾を除いてこの場にいるのは、サチとエルミナの二人だった。
その二人の近くにも、大蜥蜴の死体が転がっていた。
どうやら、二人は協力してそれを倒したようだった。
二人に怪我が無いことにほっと一息つくと、佑吾の視界に素早い影が飛び込んだ。
「っ!? サチ危ない!?」
佑吾が見たのは異様に尻尾の長い猿のような魔物──名前は魔猿──で、その長い尻尾を使って木から木へ、枝から枝へ飛び移っていた。
そしてサチに狙いを付けたのか、魔猿はサチの近くの木に飛び移ると、長い鉤爪を振りかざして奇怪な声を上げながら、サチに飛びかかった。
「グキャキャ!!」
「<衝撃>!!」
サチが素早く呪文を唱えると、サチの足元で「ダン!」と音がして土煙が上がり、サチが後ろに大きく跳びすさった。
それによって、さっきまで接近されていたサチと魔猿の距離が開き、魔猿の鉤爪は空を切った。
「<麻痺付与>!」
「オキャ!?」
攻撃を外して隙だらけの魔猿にサチが麻痺の魔法を唱え、直撃する。魔法により体が麻痺したエテルは、受け身も取れずに地面にどさりと転がり、間髪入れずに、サチの側にいたエルミナが光魔法で追撃した。
「<光弾>!」
「ギャアッ!?」
麻痺のせいで防御することも出来ずに、エルミナが放った光線に撃ち抜かれた魔猿はそのまま息絶えた。
それに遅れて、佑吾が二人の元へと駆け寄った。
「サチ、大丈夫か!? さっきの魔法は……」
「<衝撃>っていう魔力の塊を放つ無属性の魔法よ。足元に撃ってその反動を利用してジャンプしたの」
サチが「すごいでしょ?」と言わんばかりに、フフンと笑って胸を張った。
「わざわざ足元に打たなくても、敵に打てばいいんじゃないか?」
「ああ……」
佑吾がそう言うと、打って変わってサチの表情が暗くなった。それは思い出しくない過去を思い出してしまった者の顔だった。
「ライルとの特訓で最初そうしたら、見事に防がれてそのままぶっ叩かれたわ……それに、ライルから『迎え撃つのも悪かないが、それより敵の攻撃後の隙を狙った方が良い』って言われたから……」
「そ、そうか……なるほどな……」
物悲しそうに呟くサチに、佑吾はそう言うのが精一杯だった。暗くなった雰囲気を誤魔化すために、佑吾はエルミナに話しかけることにした。
「エ、エルミナも頑張ったな! あの光の魔法、凄かったぞ!」
「うん! サチお姉ちゃんと一緒に魔法の勉強を頑張ったの!」
屈託のない笑顔を浮かべるエルミナが、まるで「良い成績を取って親に褒めて欲しい子ども」のように見えてとても可愛らしかった。
そっとエルミナの頭を撫でる。
「そうか、エルミナも頑張ったんだな」
「えへへ……」
「みんなー大丈夫ー?」
佑吾がエルミナの頭を撫でていると、茂みの奥で戦っていたコハルが戻ってきた──背中に二メートルを悠々と越すバカでかい熊のような魔物を背負いながら。
「コ、コハル!? 何よそのデカブツ!?」
「ライルと一緒に倒したのー。よいしょっと」
サチの狼狽の声を意に介さず、コハルが背負った魔物を地面に下ろした。
数百キログラムはあるだろう巨体が重たげに地面に投げ出され、ごろんと仰向けに転がされた。佑吾が見やると、熊の魔物の胸部が拳の形に凹んでいた。
その後を指差しながら、佑吾が尋ねた。
「これ、コハルがやったのか?」
「そうだよ! 右手にぎゅっと氣力を込めてドカーンとやったんだ!」
コハルが、ぎゅっと拳を握って突き出す動きをする。
なるほど。つまりは魔物に接近して、右手に氣力を込めて拳を繰り出したと。しかしそれでこの巨大な魔物を倒すとは、コハルの成長っぷりが恐ろしい。
「みんな無事のようだな」
コハルの後ろから、ライルが声をかけながら佑吾たちの元へ戻ってきた。
彼も無事に魔物を討伐したらしい。その左手には、頭を矢で貫かれた鳥の魔物の死骸があった。
「佑吾はまず、その蜥蜴の魔物を解体してくれ。コハルには、さっき見つけた川で水をたくさん汲んできて欲しい。サチは火の魔法で肉や内臓の熱処理を。エルミナは俺たちが解体している間、魔法で周囲の警戒してくれ」
「はい、分かりました」
「まっかせてー!」
「りょーかい」
「はい、頑張ります!」
四者四様の返事をして、佑吾たちは解体作業に取り掛かった。
解体作業は、佑吾はアフタル村で一通り経験しているし、他の三人も旅をする中で身につけていたため、スムーズに進んだ。
解体作業を終えて魔物の素材を剥ぎ取った後、佑吾たちは再び山道を進み始めた。しばらく魔物と遭遇する事なく歩いていると、佑吾たちの今回の目的地、リートベルタ公国の交易都市──ヴィーデの外観が見え始めた。
「すごい大きさの街ですね……」
佑吾が、驚嘆したように呟いた。
しかし、それも無理からぬ話だ。
佑吾が知っている中で一番大きな街は、ヴァルトラ帝国の中心地であり最も栄えている帝都ヴァルタールなのだが、ヴィーデはそれに匹敵、いやもしかしたら帝都よりも大きいかもしれなかったからだ。
「ヴィーデはリートベルタ公国で一番大きい街だ。通称『商業の街』。各国の商人や富裕層がこぞって集まる街で、近隣諸国の中で最も商業が盛んな街だ」
ヴィーデを目指す道すがら、ライルがそう説明してくた。
確かにヴィーデへと続く街道の方を見やると、数多くの大小様々な馬車がヴィーデを目指して進んでいた。
「美味しいものあるかな?」
「あると思うぞ。人が多いってことは、それだけ宿や飲食店も増えるからな」
「ホント? 楽しみー!」
「私、甘いお菓子が食べたい!」
ライルの言葉を聞いて、コハルとエルミナがヴィーデで何を食べるのかを楽しそうに話し始めた。
「魔導書もたくさん売ってるのかしら?」
「あー売っているとは思うが、魔導書は基本的に高いからな。サチが求めるレベルの魔術書となると、買うのは難しいかもしれんな」
「そう……なら仕方ないわね」
何でもないように答えたサチだったが、佑吾が見るに猫耳と尻尾が落ち込んでいる様子から、サチがガッカリしていることが分かった。
皆でわいわいと楽しげに話しながら歩いていくうちに、ヴィーデの街の入り口へと到着した。
門番の兵士に手続きを行い、佑吾たちはヴィーデの街の中へ入っていった。
ヴィーデの街を一言で表せば、凄まじい活気と喧騒に満ちていた。
今日は祭りでもあるのかと思うほど多く並んだ商店が、道行く人を大きな声で呼び込んだり、自分の店の自慢の商品を大声で売り込んだりしている。
広場ではズラリと様々な商品が並べられ、多くの商人が大声で競りに参加していた。またある店ではバーゲンでもやっているのか、多くの客が店内に雪崩れ込み、客同士で喧嘩が起こり、それを鎮めるために店員が奔走して騒乱と化していた。
「すごい活気ですね……」
「商人たちからすれば、このヴィーデこそが彼らに取っての戦場だからな。さ、客引きを避けながら、今日の宿を探すぞ」
そう言って、佑吾たちは宿屋を探し始めた。
その後、ライルを除く佑吾たち四人は、宿に着くまでに数え切れないほど客引きに掴まってしまい、宿に着く頃にはみんな疲労困憊となってしまった。
客引きを不思議と上手く避けていたライルは、それに苦笑していた。




