明日への扉
冴えない若者。とはいえない、おれはもはやおっさんのレベルである。
「おっさんずラブ。」
などと会社で冗談を言っているのも世話はない。
そんな冴えないおれは、ある日、唯一の趣味と言っていい、ドレッシングに出かけた。まて、ドレッシングじゃない。トレッキングだ。すなわち山歩き。ハイキングだ。カタカナで表記すればかっこいいかもしれないが、ただ、単に、車でちょっと行ける山の尾根を歩くだけのものだ。本格的なものではない。本格的にやっている人はたくさんいる。
山を歩いていると無心になれる。
「(昔の人もこうやって歩いていたのかな。)」
過去への憧憬が混じる。登り道には人は余りいない。ときおりすれ違うのは一人、二人だけ。
「(次は子どもか。)」
ぺこりとお辞儀をした。相手もぺこりとお辞儀を返す。その姿は白のスニーカーに、白い制服を来た女の子だった。
「(学校の帰り道かな。)」
おれは足を進める。
「(うん?)」
何かがおかしい。
白のスニーカーに白い制服を来た女の子。学校帰りだろうか?どこの?看板が出ている。
「(標高103m…。)」
前にも来たことはあるが、この先はさらに標高が上がって山頂の展望台へ続いている。おれはいつもそこで昼飯を食べて帰る。今日も、ただそれだけのはずだった。
「(気になる…。)」
さっきの女の子のことがどうしても気になって頭から離れないおれは、今日は展望台まで行かず、もと来た道を引き返すことにした。少し早足で。
「(少し行けばまた、会うだろう。)」
女の子の足だ。おれはそう思っていた。10分経った。
「(まだか…。)」
20分歩いた。
「(あれ…。)」
麓からここまでは一本道のはず。はぐれることはない。
「こんにちは。」
麓から山頂へ登る初老の男女と会った。
「こんにちは。」
おれは遅れて返事をした。次の瞬間、おれは普段のおれではしないことをした。やらなければよかったのだが。
「すみません。ここまでに、女の子を見ませんでしたか?上から下へ降りて行ったと思うのですが?」
足を止めて振り返り、先ほどの初老の男女に声を掛けたのだ。
「いや、会いませんでしたけど。」
男女はそう言って歩いて行った。
おれは麓に着いたが、女の子の姿はなかった。
「(あー…。やっちゃったかな…。)」
これからどうしようかと思った。もう一度、山頂まで登ろうかと思ったが、登ってもおそらく女の子はいないだろう。
どうしようもないので、まだ昼前だったが、帰ることにした。昼飯はリュックに残ったままだった。
自宅に着き扉の鍵を開ける。おれはため息をついた。このあとのことは予想ができた。
「(はあ…。)」
おれは威を決して扉を開いた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
そこには白い制服の女の子が立っていた。