変な奴
俺の新しい父さんは、梵唄 勝貴。
母さんは、梵唄 榮。
二人とも24歳で俺を引き取ってくれた。
俺の父さんは、元から子供が作れない体だったらしい。
だけど、母さんも父さんも自分の子供が欲しいと思ってたから俺を引き取ってくれた。
俺を引き取ってから数日後、ある変な奴が家にやってきた。
家の玄関を入るなり、大声で泣いている。
「うわぁー!おめでとう!二人の子供が見れて、俺幸せ者だよ!」
勝貴「ま、施設から引き取っただけだけど。」
「それでも今は二人の子供でしょ!俺、嬉しい!」
そんなことを言いながら、わんわん泣いている。
なんだこいつは?
俺は母さんの腕の中から、扉で見えない玄関を凝視する。
榮「あの人は、私たちの幼馴染の世永って人だよー。樂よりたくさん泣く人だよー。」
俺は、頭を傾げて母さんの話を聞いてた。
その人は嫌なことがいっぱいだから、泣いてるんだと思ってた。
[ガチャ…]
と、俺と母さんがいた部屋の扉が開く。
「わぁ!可愛い!何だこの天使は!」
わしゃわしゃと急に俺の頭を撫でる男。
その男は、着物を着て首にストールを巻いていた。
口の周りには犬にでも噛まれたのか、噛み傷が残っていた。
榮「そんな急に撫でたらびっくりするでしょ!」
「ごめんごめーん。あまりにも可愛いからさ。俺、華宮 世永って言います。樂ちゃん、これからお兄さんとたくさん遊ぼうね。」
まだ涙で濡れてる顔で、そのまま俺に笑顔を向けてきた。
泣いてたのに、会いにきた?
俺の中で、なにかが引っかかった。
勝貴「よし!世永も来たことだし、あそこの公園でピクニックする?」
榮「いいね!」
世永「俺、あの公園の焼きそば好き!」
4人でいつもの散歩コースにある公園に行くことになった。
歩いて10分にある森のような大きい公園。
昼下がりの休日だからか、いつもより人がいっぱいいる。
世永「え!?シャボン玉売ってるじゃん!樂はシャボン玉経験ある?」
榮「まだないよ。」
世永「じゃあ、いっぱい吹いてあげよー。」
変な奴は、両手一杯にシャボン玉のパックを取る。
勝貴「そんなに入らないだろ!一つだ。」
世永「ええぇー…。樂いっぱい見たいよねー?」
何のことかさっぱりなので俺は無視をした。
榮「わ!樂の初人見知り発生!変な人で怖いねぇ。」
母さんは俺の頭を撫でる。
俺はそれに笑顔になる。
世永「うっ…!エンジェルスマイル頂きました!」
携帯で写真を撮り始める。
それを見て俺は普通の顔に戻し、母さんの胸に顔を埋めた。
勝貴「愛の押し売りは、嫌われるぞ。一個でいいよな。」
世永「せめて2個!かっちゃん一緒にやろう!」
勝貴「分かったよ。」
父さんと変な奴は一緒にレジでシャボン玉とご飯を買い、あまり人のいない日当たりのいいところに大きな布のレジャーシートを引く。
榮「樂、ポカポカだね。」
樂「ぽかぽかね。」
世永「喋った!」
勝貴「そりゃ喋るよ。もうすぐ4歳だし。」
そんな話をしながら、少し遅めの昼ごはんを食べる。
春になりかけだけど、風が吹くと少し寒い。
勝貴「…俺の親父、元気か?」
世永「うん。最近団員も増えてきて、少し前に弟子入りしたまるちゃんと頑張ってるよ。」
勝貴「そっか。」
世永「寂しそうにしてたから、孫連れて一回帰りなよ。」
勝貴「ま、そのうちな。」
世永「うん。じゃあ食後の一服にシャボン玉ふかすかー。」
父さんと変な奴が、さっき買ったシャボン玉を準備し始める。
俺は父さんの股の間に入る。
勝貴「お、楽しみでしょうがないんだな。」
父さんが棒をカップの中にトントンと入れ、スッと抜き、すぐさまフゥーッと棒を加えながら息を入れる。
すると、棒から虹色の小さなボールがいっぱい出てきた。
樂「なんでぇ!」
初めて見る魔法のような物体に驚く。
榮「びっくりしてる!可愛い♡」
母さんはその様子を動画で撮っている。
世永「目ぇ、キッラキラじゃないか!エンジェルくん。俺のも見て!」
と言って、変な奴はブゥーっと言いながら棒に息を入れたが虹色の玉は一個も出なかった。
世永「そんな冷めた目で見ないで!」
榮「そんな力一杯やるからだよ。貸して!」
母さんが変な奴に携帯と交換でシャボン玉を取る。
母さんがフゥ…とゆっくり吹くと、父さんとはまた違うとても大きな虹色の玉を作った。
樂「すのい!(すごい!)」
榮「ママすのいでしょ。」
えっへんと言わんばかりの満足げな母さん。
世永「ちょっと!俺が提案したんだから!これは俺の!」
変な奴が母さんからシャボン玉を奪い取る。
勝貴「大人気ないぞー。」
世永「いいんだ、いいんだー。」
変な奴が、また吹く。
するとたまたまなのか、ボールの中に小さいボールが入っていた。
世永「え!すのくない!?」
樂「…ちがぁう。」
この時の俺が見たかったのは、たくさん空に舞うシャボン玉か、びっくりするほど大きいシャボン玉だったらしい。
あいつのは、二つで大きさも微妙な中ぐらいだったため3歳の俺はお気に召さなかった。
世永「樂のツボに俺入れないなぁ。」
変な奴は目を潤ませていた。
勝貴「まあ、今日が初めましてだからな。」
榮「そんなもんなんじゃない?」
世永「えー…。もっと俺のこと好きになってぇ…。」
変な奴の目からぽろっと涙が落ちる。
それを初めにどんどん涙が溢れて行く。
榮「もう、その涙もろいの何とかならないの?」
勝貴「これはもうどうにもならない。趣味みたいなもんだ。」
二人はなぜか笑顔で変な奴を見ている。
俺もそれを真似てみた。
変な奴でも、父さんと母さんの大事な人はどこにも行って欲しくなかったから。
もしかしたら、『父さん』みたいに急にいなくなっちゃうかもしれないから。
それがなんだか嫌だなって思ったから二人の顔を真似た。
ちらっと大きな手で覆った隙間から、変な奴は俺を見る。
世永「わ!」
変な奴は、涙で真っ赤に腫れた目を指の間から大胆に見せてきた。
世永「わぁ!俺見て笑ってるよ!将来、帝王になるのかなぁ!」
泣きながら笑顔でずっと目を開けたまま、俺の頭を撫でる。
泣いてる人って、目を閉じるんじゃないのか?
変な奴が泣き止むまで俺は笑顔でいた。
それを見て、さらに笑顔のまま涙を流していた変な奴は涙を流す時一度も目をつぶらなかった。
それが俺にはとても印象的で変な存在として確立された。
そんな変な奴と出会ってから二年後。
俺は保育園に行くことになった。