願い
次の日、大雨が降っていた。
目的の教会はまあまあな山奥にあったが、とても装飾が綺麗でその場の歴史を目に焼きつける。
2人でスタッフが聖堂からいなくなったことを確認してこっそり忍び込む。
累「日本にも、こんな所あるんだな。」
樂「こういうのヨーロッパとかそっちでしか見れないと思ってた。」
累「あーーーーーー!」
累が突然発声しだす。
樂「どうした。」
累「こんな所、歌わずにはいられないよ。」
累はとても楽しそうに今日歌う曲をおさらいし始めた。
俺はミントを食べて口に冷えが充満したら、水で流し込むのを3回繰り返した。
緊張すると、乗り物酔いのような胃の気持ち悪さを感じるから凛翔の教えを生かしている。
累「トイレ行きたくならない?」
樂「まじないみたいな物だから、やっておかないともやもやするんだ。」
累「負担が大きいまじないだな。」
累は人を手に書いて口に吸うまじないを教えてくれたが、あんまり影響なさそうなのでやらずに本番を迎える。
俺たちは、舞台袖からお客さんの入りを見る。
たくさん椅子が並べられて人がいる中、父さんと母さんを見つける。
累「樂の親、二列目で悔しがってるな。」
樂「聞ければどこでもいいだろ。」
累「ここの教会は反響が大きいから、前中央付近が一番いいと思う。樂の親は特等席だな。」
累は笑顔で俺にそう言った。
自分の親に来て欲しかっただろうに、いつも笑顔を絶やさずみんなに優しく出来る累は本当素晴らしい人間だと、改めて思った。
「皆さん、お待たせしました。」
アナウンスが始まり、俺らの春のツアー最後の舞台が始まる。
こんな山奥の教会に500人以上の人が集まってくれている。
これから先、累とまだ見ない音楽仲間とさらに増えたお客さんの笑顔を俺は見れるだろうか…と、その事を想像しながら歌う。
すると、いつも以上にいい声が出る。
横にいる累が俺を見て笑顔になる。
大雨の音も、聖歌隊のみんなの声が心地よくて、
嬉しくて、楽しくて、俺は自分の想いが溢れるまま感情を顔で表しながら歌い続ける。
[ドドドドドドドド…]
と、歌っている途中に小さな揺れが始まる。
その揺れがだんだんと大きくなり、一旦歌を中止しみんな頭を隠せる場所に移動する瞬間、大きな横揺れが俺たちを襲う。
たくさんの人が恐怖で叫び、泣く。
会場のスタッフが、アナウンスで落ち着くよう促すがそんな事お構いなしだ。
勝貴「皆さん、椅子の下!早く!」
父さんは自分のカバンで頭を守りながら、まだ座ったままの人に椅子の下に入るよう促したり、近くの棚の下に隠れるように大声を張っている。
その中で父さんは誰かに電話しようとしている。
樂「父さん!何やってんだよ!」
俺は累と隠れていた祭壇を抜け出して足元がふらつく中、父さんに近づこうとする。
榮「樂、後ろ!」
俺は後ろを振り向き、祭壇の上にあったキャンドルが俺の頭をかち割ろうとしてくるのを寸前で避ける。
樂「父さんも隠れろよ!」
勝貴「隠れるから!樂も隠れろ!…世永、出ろよ!」
なんでこんな時にあいつに電話してんだ。
俺は父さんが隠れたのを確認して、また祭壇下に入る。
累「何やってんだよ。死ぬとこだったぞ。」
樂「ごめん。」
地震は1分以上続き、聖堂の固定されていないもの全てを床に投げ出す。
お客さんの近くにあったランプも倒れ、天井から降りている巨大なシャンデリアもいつ落ちるかわからないほど大きく揺れている。
その中でたくさんが苦しそうな声をあげる。
早く…、早く止まってくれ。
今の俺はそう願う事しか出来ない。
…何も出来ない。
2分近くあった地震がゆっくりと終わり、みんなが頭を出し、外に避難するため近くにいた人が扉を押し開ける。
聖歌隊のみんなは来ていた親に走ってついてく。
樂「累、行こう。」
俺は累の手を繋いで父さんと母さんが待つ、席に走るとまた地響きが聞こえ始める。
扉の近くの人が外に出ようとするが、なぜか詰まって外に出れないらしい。
「戻って!」
どこかから聞こえる声。
勝貴「なんで戻るんだ。早く外の安全な場所に…」
父さんの言葉がかき消されるほどの外の人の叫び声。
俺たちは外に出ようとしたが押し戻されてしまい、次の地震の備えて近くの棚付近に行く。
勝貴「俺らが見てくるから、ここで隠れて待ってろ。」
父さんと母さんが扉の様子を見に行く。
累「僕の親…、大丈夫かな。」
累が膝を抱えて、震えている。
樂「ここから住んでる東京は、まあまあ遠いから大丈夫だろ。まず俺らが生きて帰ろう。」
累「…うん。」
勝貴・榮「樂!累くん!」
2人が俺たちめがけて、涙目で走ってくる。
樂「何…」
[ドドドドドバキギギキィガガガガガ!]
今まで聞いたことが無い音を立てて、外から何かがやってくる。
と、扉の近くにいるみんなが後退りをしながら、絶望した顔をして外を見ていると分かった瞬間、教会のステンドグラスを真っ黒に染めあげた大きい何かが扉から、壁から、窓から入って来て人々を飲み込んでいく。
父さんと母さんは、俺たち2人を抱きしめてその黒いものから俺らを守る。
辞めてくれ。
父さん、母さん、累、聖歌隊の人たち、みんなを殺さないでくれ。
お願いだ、一生のお願いだよ。
俺から大切なみんなを奪わないでくれ。
雨が降り注いだ土の香りと、父さんと母さん、累の温もりを感じながら俺は苦しくて息が吸えなくなり、気を失ってしまった。




