手帳
凛翔たちは2週間後、凛翔の父さんの元へ帰ってきた。
けど、もう笑い合う事も夢を語ってくれる事もない。
葬儀は凛翔の父さんのみで行われ、俺は葬儀後初めて父さんたちと一緒に凛翔の家に行った。
勝貴「樂。帰ってきた。」
樂「…うん。」
勝貴「ちゃんとお帰りって、言ってあげような。」
樂「うん。」
父さんは俺の手を強く握り、
母さんは凛翔の父さんへの手土産を持ったまま、無言で家に向かう。
そして、凛翔の家に着き、みんなで一呼吸をする。
父さんが凛翔の家のインターホンを押し、しばらくすると凛翔の父さんが出てくる。
いつもの仕事着でピシッとアイロンがかかっているスーツだったが、凛翔の父さん自体は顔色は真っ白でクマが酷く今にも消えてしまいそうなくらい弱々しい声で俺たちを迎え入れる。
あの空っぽの笑顔は、見たことがある。
凛翔父「今日は凛翔たちのためにありがとうございます。」
勝貴「…いえいえ。良かったら一緒に梨食べませんか?榮の知り合いからたくさん頂いたんです。」
凛翔父「あ…、はい。ありがとうございます。」
榮「キッチン借りますね。」
梨は昨日母さんと一緒に青果店に行って、一番美味しいのをお店の人に聞いて買っていた。
きっと味の濃いものは喉が受け付けてくれないだろうから、優しい味のものをって母さんが真剣に選んでいた。
母さんが梨を切ってテーブルに置き、取り皿とフォークを人数分置く。
榮「どうぞ。」
母さんが2つ切った梨を取り分け、凛翔の父さんに一番に渡す。
凛翔父「ありがとうございます。」
凛翔の父さんは皿を受け取り、テーブルに置いた。
母さんは笑顔を作り、俺と父さんにも渡す。
「「いただきます。」」
俺たち3人でもぐもぐ食べるが、凛翔の父さんは口に入れようとしてくれない。
そうだよな。
俺も凛翔ともう遊べないって分かった日からしばらくは、ずっと喉が引き締まってご飯を食べるのが苦痛だった。
でも、凛翔の父さんは生きてるからこの梨を食べて欲しい。
樂「梨…、嫌い?」
俺は食べて欲しいがあまりに凛翔の父さんに質問する。
凛翔父「…ううん。大好物。」
凛翔の父さんの寂しそうな笑顔が俺の心を締め付ける。
凛翔の父さんは笑顔を作って、ほんの少しかじってはフォークを置き、何かを考えながら食べていた。
あの時、俺がもっと話しかけていれば…。
いや、俺があなた達親子と関わらなければ良かったんです。
俺の大切な人達はあっという間に死んでいく。
だから、俺が大切な人と思える存在を作らなければみんな幸せに生きれたんだ。
こんな俺が生きてしまってごめんなさい。
凛翔父「…樂、凛翔に挨拶してくれるか?」
樂「うん…!」
俺は凛翔の父さんに案内され、凛翔達の骨壷が置かれた仏壇に案内される。
凛翔父「こっちが凛翔、その隣がおじさんでこっちがおばさん。」
凛翔の父さんは手で骨壷を差して、俺に存在を教えてくれる。
その手が微かに震えているのを見てしまった。
樂「…おかえり。」
俺は拝みながら、笑顔を作ったがどうしても涙が止まらなかった。
ごめん、俺さっきまで止めれてたんだ。
けど、どうしても凛翔たちがまだこの世にいると叶わない希望をどこか心の隅に置いていたんだ。
凛翔の父さんがお前の存在を手で差した時、本当に居なくなってしまったんだなって思ったらどうしても…、どうしても、気持ちが抑えられなくなったんだ。
俺がぬくぬく寝ていた時、お前は死を感じていたのに気づけてあげられなくてごめんな。
俺があの場所にいたら…、って思うけれど助けられる訳でも無い。
でも、一緒にいたら不安も恐怖も半分こ出来たのにな。
ごめんな、凛翔。俺のせいで凛翔の父さんをたくさん泣かせてしまって。
俺が止まらない涙をどうにかこられようとしていると、凛翔の父さんが俺の肩を優しく叩いた。
俺は凛翔の父さんの顔を見上げる。
その手にはふやけた凛翔が夢を叶えるために使っていた手帳を持っていた。
凛翔父「凛翔はやっぱり頭がいい子でな、油性のボールペンで学んだことや思ってたことをメモしていたんだ。」
パリパリと硬くなった紙をめくっていく凛翔の父さんはあるページで手を止める。
凛翔父「凛翔が最後に書いたページ。」
凛翔の父さんが俺にそのページを見せる。
滲んだり、少し泥で汚れていたが俺にはその凛翔の汚い字は読み慣れていた。
『明日はガクが戻ってくる!
やっぱり1人で歌うと寂しいから早く帰ってきて欲しけど、オレの夢の為に来たんだから甘えるな!
ガクは歌が最高にうまいから、きっとバンドマンになって、将来ビックスターになって、オレに自慢してくれるんだ。
大人になったオレたちで、世界を変えていこうなって明日伝えよう!』
その下には、下手くそな絵で作業着で畑仕事をしている凛翔と、その隣でライブを開いている俺の絵が描いてあった。
樂「…凛翔が望んでた景色、見せてやるから戻ってこいよ。」
俺は言葉を留めるほどの余裕は無くなっていた。
樂「凛翔の作った野菜食いてえよ。その時は、あのサラダうどん作ってくれるって言ったじゃねぇか。」
俺は手帳を抱きしめて、凛翔に言葉をぶつける。
そんな事したって凛翔は帰ってこない。
あぁ、分かってる。分かってるけど、止まらないんだよ。
まだ夢の途中で死んでんじゃねぇよ。
うずくまる俺を起こし、凛翔の父さんが手のひらサイズのキラキラしたアクセサリーケースを見せる。
樂「…?」
俺は意味が分からず、涙が少し止まる。
凛翔父「これは凛翔の宝物なんだ。」
凛翔の父さんがパカっとケースを開き、中を見せる。
すると大きくて綺麗な宝石がついた指輪が1つ中心に差し込まれていた。
凛翔父「これは凛翔の母親の指輪なんだ。いつもはめてくれていた。寂しくなった時、これを眺めてたんだ。」
凛翔の父さんが俺の腕をとり、そのアクセサリーケースを持たす。
凛翔父「手帳とこれ、あげるよ。」
樂「…ダメだよ。凛翔の物は凛翔の父さんが持ってなきゃ。」
凛翔父「オレ…、凛翔と夢の中で会ったんだ。これを樂に渡してほしいって頼まれた。」
樂「でも…、指輪…」
凛翔父「凛翔が渡してくれって頼んだんだ。お願いだ。」
凛翔の父さんの声が震え、掴んでいる手に力がはいる。
樂「…分かった。」
俺は優しくそのアクセサリーケースを持つ。
樂「俺…、凛翔の夢叶えるから、その時は凛翔の父さん。俺の野菜食べてほしい。」
凛翔父「…ありがとう。」
涙を零しながら、凛翔の父さんは初めて笑ってくれた。
俺たちが家に帰る時、凛翔の父さんは俺の父さんから借りていた漫画を全て返していた。
父さんはまだ持ってていいと言っていたが、断っていた。
凛翔の父さんはこれから凛翔と夏休み行く予定だった静岡に旅行すると言っていた。
父さんたちは少し焦りながら、俺ら3人も一緒に行くと言ったがそれは申し訳ないの一点張りで断っていた。
凛翔の父さんは俺たち家族を見えなくなるまで見送ってくれ、その二日後静岡の海で水死体となって発見された。
俺の父さんは分かっていたのに手を掴んであげられなかったと後悔していた。
母さんは仕方がない事と言って、父さんにも自分にも言い聞かせていた。
2人が泣いているところを見てしまった俺は涙を流せずにいた。
俺が泣いても何の解決もしない。
俺が笑顔を振りまいたところで誰も幸せにできない。
俺が大事にするものは全て無くなってしまう。
俺がいなければ、みんな幸せに笑顔で生きれたのに。
俺は1人部屋に入り、勉強を始めた。
凛翔のやりたかった事を叶えて、俺は死んでやる。
中途半端な事はしない。
生き抜いて全てをやりきって死ぬ事を決めた。
凛翔たち、俺が来るまで少し待っててくれ。
少し時間はかかってしまうけれど、ちゃんとやり遂げるからさ。
そこでちゃんと見ててくれな。




