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【第二回】地の文コンテスト ~私の日常~

【私の日常】 くろーばあ

著者:N高等学校『文芸とライトノベル作家の会』所属 くろーばあ

「お嬢様はこの国で一番偉い女王なのです。その自覚をもって生活していただかなくては、国民に (しめ)しがつきません」

 ドレッサーの椅子に座る私の真後ろで、耳の痛い言葉が飛んでくる。

 今月で...18、19だっけ?まあ20近い回数同じような言葉を聞いた。

 聞く方もそうだけど、言ってる方もさすがに飽きない?私はとっくに耳にたこができそうなほど聞き飽きているのだけど。

「ふん。私は女王になりたいと思ってなったわけじゃないわ。産まれた先がたまたまここだっただけ。私はもっと普通の生活をしたいの」

 これも同じような回答。何度言っても聞かない石頭のせいで、小さな苛立ちが櫛を持つ手に力を込めてしまう。


 私はこの国の女王。つまりはトップ。人々を導き、平和をもたらす存在。

 私の言葉一つで人を生かしも殺しもする。国を平穏にさせることもできるし、戦争を起こすこともできる絶対君主。

 幼いころの記憶は曖昧だけど、多分早いうちに即位したんじゃないかと思っている。

 でも決していいことだけではない。

 ドレスのコルセットは苦しいし、髪が結ばれたりしてるから引っ張られる感じがして痛いし、後ろの奴の小言は煩いし。

 いやまあ、大切にされてるのはわかるのよ?でも窮屈っていうか、玉座に座り続けるのも楽じゃないってこと。


「お嬢様は国民にとっての光であり憧れなのです。憧れの女王であり続けるのも、お嬢様のお役目なのですよ」

 鏡に映る、私に向かって叱りつける執事の顔。女王にこんな言い方をしていいと思ってるの?気の強い奴。

「私はそんなの望んでないわ。憧れの存在より、憧れの存在を追いたいの!」

「憧れている方がいらっしゃるのですか?」

 素朴な疑問が投げかけられる。...こいつにこの話をするのは、ちょっと失敗したかもしれない。ただ、誤魔化しが効かないのは重々理解しているからそのまま続けて話そう。

 髪を梳かすのを止め、椅子から立ち上がった。

「⋯⋯居るわよ。そりゃ、生きていれば憧れの存在ができてもおかしくないでしょう?」 「そうですね。確かにその通りです。ではその人を追うのですか?」

「そうよ、私はその人を追い続けるわ。逃げるのをやめようとしたら権力を使ってでも逃げてもらうんだから」

 背筋をピンと伸ばした執事と、それに相反するような穏やかな言葉。こうした雑談をしているとき、いつもこいつの表情が緩む。その顔が別人のようで私はちょっと苦手だ。

「お嬢様が憧れる方はなにかから逃げているのですか?」

 ...こいつ、なんでたまに馬鹿になるのかしら?

「べ、別に逃げてる人じゃないわよ。ただ追いつけない存在でいてほしいだけ」

 言いながら柔らかいベッドに背中から体を預ける。

 このドレス、綺麗なんだけどすごい動きにくいし苦しいのよね。早く脱ぎたいなぁ...。


「そうなのですか。ただ、権力を使うのは女王としてふさわしくないかと。今の時間だってもっとお淑やかに、女性らしく振舞って頂かないと」

 また女王って言った。あっちは涼しい顔してるけど、私はいい加減リミッターが限界になってきた。思い切って言ってやろうと上半身を起こす。

「もう、またそうやって私を女王にしようとするんだから!人前に出るときはちゃんと女王になってるんだし、今くらい休ませてくれてもいいじゃない!あんまり女王女王って強要するならクビにするわよ?」

 皺のついた顔をビシッと指差して権力を振りかざす。自分も汚いなぁと頭の片隅の私が言った。

(わたくし)はお嬢様の『お世話係兼教育係兼護衛』です。産まれたときからお嬢様のそばにいた(わたくし)を、そう簡単に解雇してよろしいのですか?」

 正論。ちょっと探偵みたいにキメちゃったから少しだけ...いやかなり恥ずかしい。

 悔しさが滲み、ぐっと下唇を噛んで腕を下ろした。

「⋯⋯ふん。今はクビにしないであげるけど、いつかクビにしてやるんだから。それまでに次の『お世話係兼教育係兼護衛』を育てておくことね」

 鼻を鳴らしてそっぽを向いた。全く。私のツボを完全に把握しちゃって...。

「かしこまりました。では(わたくし)の人工知能を搭載したロボットをつくらせます」

 腰を折って恭しい礼をする男。どんな教育したらこうも生真面目なやつができるのかしら。どこまでが冗談なのかもわからないわね。


 ...何十年もこいつと一緒にいるのに、こいつの思考が読み取れないのは何故なのかしら。


「あーもういいわ。私から離れる気がないことは充分わかったわよ。ロボットをつくらせるのはやめときなさい。どうせ完璧なロボットはつくれないわ」

(わたくし)の気持ちが通じて嬉しい限りです。そう簡単にこの立場を降りるわけにはいかないものなので」

 優しい微笑みを浮かべる執事に、大好きだった男の子の顔が重なる。

 鼻の頭がつんと痛む。見られたくないからあいつに背を向け、またベッドに倒れて枕に顔を埋める。

「私が本気で嫌がれば立場もクソもないのだけれど?」

「クソというのはおやめください。お嬢様にふさわしくありません。そして、お嬢様が私を本気で嫌がることはありませんよ」

「私のなにを知った気でいるのかしら。私は嫌なときは嫌って言う性格よ?」

 壊れそうだった感情の渦を直して、挑発的な笑みで振り返った。

 こいつが何考えてるかはわからなくても、自分を見透かされてはならない。

 女王たるもの、駆け引きをすることも大切...って、なんで自分を女王と立ててるのかしら...。


「――憧れの存在。それは私なのでしょう?」


 男が胸に手をあて、私の心の内を探るように目を合わせた。

 あれは相当自信のある顔ね。


 ...本当、あの子にそっくりだわ。


「⋯⋯違うわ、ロシャン。あなた相当恥ずかしい間違いをしたのだけれど、よくそんな平然とした顔でいられるわね」

「予想が外れてしまったようですね。大変失礼致しました」

 豊かとは言い難い表情のまま頭を垂れる。

 その一つ一つの動きが全て正確すぎて、恐ろしいくらいだ。

 いや、実際恐怖を感じているのかもしれない。さっきから感覚がふわふわしている。ベッドに寝っ転がってるせいで、眠たくなっているから?

「そんないつもと同じ表情で謝られても謝られた感じがしないのだけれど⋯⋯んん、喉が渇いたわ。紅茶を入れてくれる?」

「お菓子は如何(いかが)なさいますか?」

「そうね、ロシャンが好きなお菓子をもってきてくれる?紅茶もお菓子も二人分、ね」 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 機械のように一礼し黒いスーツ姿が部屋の外へ出て行った。

 大きな扉が音もなく閉まった瞬間、私は小さく痛む胸を押さえた。

 懐かしい顔が浮かんでしまった。今、あの子はどうしているのかしら。寂しがりで、ちょっと馬鹿で、誰より私のことを想ってくれて...。


 ......。


 首を振って思考を取り消した。あの子の顔もぼやけてわからないのに、懐かしむことなんてできない。

 ...そういえば、ロシャンってあの子に似ているような...いや、流石にないか。

 ロシャンといえば、さっきのやりとりが気に掛かる。寝返りをうって皺だらけの男の顔を思い浮かべる。

「なんであんなカマかけたのかしら。私の思考が読まれていたとか⋯⋯? いやいやいや。ずっと 隣で見てるからってそんなことまで分かるわけがないわ。第一私はロシャンの思考をよめないんだし。というかロシャンが表情を変えないからわからないのよ。もう少し可愛げのある表情を見せなさいよね!」

 足をバタバタ振り回しながら文句を垂れた。

 体を動かすのをやめたら、頭がぼーっとしてきた。視界もぼやけ始め、闇の世界に誘われる。

 まだ起きていたいのに。紅茶とお菓子食べてないのに...。


 このまま身を委ねれば...あの子に...会えるかな...。



    ◇◆◇



 ピッ...ピッ...ピッ...ピッ...


 聞き慣れた電子音。目を開けると真っ白な壁。人の命を視覚化するパネル。

 窓の外からは虫の鳴き声。白く輝く丸い衛星。

 壁掛けの時計を見る。もうこんな時間か。そっと目を擦り、反対の手に握られた白いそれの持ち主を見た。

 今、君はどんな気持ちでそこにいるんだろう。急に僕がいなくなって吃驚してるかな。

 僕は君の考えがわからない。どんな気持ちで寝息を立てているのか。君は表情を変えないから。表情を変えることができないから。

 でも、君の中の「君」はとても表情豊かで、子供みたいに無邪気で、わかりやすいくらいだった。

 君がどこにいても、それだけは変わらなかった。

 確かに君は、笑顔だった。


 ほんのり温かい左手を、自分の両手で包み込む。大丈夫、君はまだそこにいる。

 空想の世界の中で生きている。これからも、楽しそうな君の世界にお邪魔していいかな。


 

 波長の似た僕らなら、きっとまた夢で出会える。

 いつか君が、現実で笑ってくれることを願っている。


 だから、目を醒まして。僕だけでは寂しいよ。

 無意識に手に力がこもる。口の端から、小さく言葉が漏れる。

 それは彼女の名前でも「お嬢様」でもなく、ただの双子の片割れを呼ぶ、僅かな希望。


 叶うはずのない願いを、幸せそうな彼女に伝えてみる。



 いつか、また「おはよう」を言える日を、今でも待っている。



 ─────────────それが春先の雪のように儚いのは重々承知しているけど。



「お嬢様に振り回されるのも、振り回すのも。(わたくし)の役目ですから」


 冗談を演じて微笑んだ。きっと君には聞こえていないけれど。


 叶わないなら、せめて夢の中で幸せに生きて。


 次はどんな役なんだろう。

 少し楽しみにしながら、病衣の姉の手をベッドに寝かせた。



 また、次の夢でね。













彼女の日常 fin.


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