エルマは激怒した3
「エルマ様」
明くる日、学園の教室に行くと声をかけられた。
鈴の音のような可愛らしい声なのに、どこか芯があって通る声。よく知っている声だ。
「なんでしょうか」
声の方に体を向けて答える。
動きやすそうなドレスの上から学園指定のローブを羽織った、金の髪に縦ロールの、この国の王族特有の金の瞳を持った少女がいた。
「此度の試験、よく頑張りましたね」
ラグドール・マンチカンは、小動物のように可愛らしいこの国の姫だ。
まあ、その口からは俺の心を傷つける言葉が飛び出たわけだが。
「……ありがとうございます」
まあ、二位なら確かに頑張ったほうだろう。他のなんでもない人から言われたらもっと素直に受け取れたかもしれない。でも、「よく頑張りましたね」そう声をかけてきたのは、試験結果一位の姫だ。どう考えたって嫌味にしか聞こえない。
「ラグドール様も、今回も素晴らしい成績でしたね」
俺は、一度だって試験で目の前の姫に勝ったことはない。姫が一位で、俺が二位。それが試験結果の定位置だ。
別に俺が姫に忖度しているわけじゃに。純粋に勝てないのだ。
「ふふ……ありがとうございます。今後もお互い頑張りましょう」
姫様はそう言って去っていった。
その後ろ姿を見ながら、俺はまたやるせなさで一杯になって、朝から気分が下がってしまったような気がした。
「今回の試験、また殿下が一位だったね」
「さすがは殿下」
「エルマはまた二位か」
「学園に入って五年間、一度も殿下に勝てていないな」
「情けないとは思はないのか」
「あのお二方は一位以外の成績など取られたことがないというのに」
「それでもストライフ家の子供なのか、と言いたくなるね」
試験の翌日は、たいていこんな感じの言葉で溢れている。一二歳でこの学園に入ってから、試験のたびに繰り返されてる光景だ。
五年も同じような光景が続いていれば、流石に慣れる。まあ慣れたからと言って傷つかないわけではないのだが。
俺だって努力はしているのだ。人一倍努力している自負だってある。でなければ最難度と言われる学園の試験であれだけの点数が取れるわけがない。
俺が駄目なら、俺以下のお前らはどうなんだよ、と言いたくなる。でも言ったところで俺の評価が落ちるだけで、何もいいことがない。
だから俺は毎回何も聞こえていないふりをしてやり過ごすのだ。
「ただ今帰りました」
「おかえりなさいませ」
家に帰って挨拶をする。
お付きのメイドが挨拶をして荷物を受け取ろうとしてくるが、俺はそれを断って自分で持っていく。
そこに特に意味はない。なんとなく今日は誰にも触られたくない気分だっただけだ。
「おや、おかえりエルマ」
「……ただいま、兄様」
自分の部屋まで歩いている途中、珍しい人に出会った。
黒髪に眼鏡をかけて、どう見ても文官という格好ながら、所持しているスキルは父譲りの「勇者」である兄がだ。
普段は王国の中央で忙しく働いていて、家にいることはほとんどないのだが。
「今日は休暇ですか?」
「そうだね。まあ、武闘大会の準備もあるし、ちょっと休暇をもらったんだ」
「ということは姉様もですか?」
「うん。今は自分の部屋にいるんじゃないかな」
珍しいこともあったものだ、と思うと同時に、兄と姉が武闘大会のために準備をしている、という事実に気が重くなる。
それだけ気合を入れているということは、すなわち自分が勝つことが不可能になるということだからだ。まあ、もともと勝てるなんて思ってはいなかったが、万が一ということもなくなったというわけだ。
「あとで挨拶に伺ってみます」
「エルマに会えることを楽しみにしていたから、喜ぶと思うよ」
話もそこそこに兄と別れた俺は、とりあえず自分の部屋に戻った。
……姉への挨拶? 疲れるから後回しだ、後回し。