97.意外な用件
翌日の朝食後、宿屋の部屋でシャリアを撫でてくつろいでいると急いでいるようなノックをされた。
日本と違って連泊ルームの清掃は頼まないと来ないので、何事かと思ってドアを開ける。
「服部様、1階に業者が来ております。
話しがあるそうなので対応をお願いしてよろしいでしょうか?」
業者……?
ボクは特に呼んだ覚えがないのだが、部屋にいないメリアかバーレンが呼んだのかもしれない。
1階に降りて行くと、相当焦った様子の少し薄汚れた服装の人がいた。
「あなたが服部様ですか?
あぁよかった……まともそうな人で……」
初対面でそこまで不安になる相手からの請求なのか……?
何の用かと訪ねる。
「ヴァリエン様の所に機材を大量に運び込むので代金の請求に来ました。
〆(しめ)て金貨507枚になります」
本当に払えるのか? 大丈夫なのか?
という不安と焦りが見え隠れしている。
言われたボクも何の事かわからないので、全財産を持ってヴァリエンの家へ一緒に向かう。
金貨10枚くらいなら知り合いだから多少いいか、と思って払う気持ちにもなるが流石に額が大きい。
歩きながら機材の内容を聞くと高級ポーション作成用の様々な器具らしい。
石化治療薬の最高品質と言った手前、確かに何かしら必要になるかもしれないとは思ったが……
まさか払う側の確認なしで発注するとは、頭のネジが全部飛んでんじゃないのかヴァリエンは。
……飛び切ってそうだな。
ヴァリエンの家の扉は開け放たれていて大量の機材が所狭しと運び込まれている。
確かに業者の彼は事実を言っているようだ。
当の本人が意外そうな顔でこちらを見つけて近づいてきた。
「あれ? どうしたんだいこんな所に。
服部先生から受けた依頼は、うちの機材じゃ作成できないんだよ。
それで発注したんだけどお金足りなかったかい?」
そういう問題ではない。
多少ならツケも効くから大丈夫! などと笑顔だが、買うなら相談して欲しい。
他の施設にある物を使って作成するとか機材を買わないで済む方法は無いと言う。
どこも戦乱や冒険者相手の商売用に機材は稼働しっぱなしで、借りる方が難しいと笑い飛ばしていた。
……買うのは仕方ないとして、今後の事を考えよう。
ボクの無茶な案を聞いた時にいつもメリアが右手で頭を抑えていたが、その気持ちが今ならよくわかる。
業者に代金を払うと、ホッと安心して残りの搬入機材を持ってくると言って馬車を出した。
部屋の中の設置作業も一段落したようなので、ヴァリエンに話しかけた。
「ボクは金の成る木を持っているわけでもない、平民なんですよ!
貸し与えるという条件でお金を出すので、ちゃんと返してくださいよ……」
「返すって、私がお金を稼ぐ才能があると思っているのかい?!
あったら最初から金の工面に困って八方手を尽くしたりしないさ」
偉そうに言っているが、どうしたらいいんだこの人。
先日の依頼料の半分は両親に連絡して出して貰ったと言う。
ポーションは作成法の本があるので作れるが、商人のツテは無いとの事。
徹底して単独作業派なんだな……
学者はもっと知人が多いのかと思っていた。
暫くはポーション作りに精を出してもらい、遺跡の調査はしない約束を取り付ける。
前の遺跡の調査内容の整理作業があるらしく、露骨に嫌な顔をされた。
何でもするって言いましたよね? と怒りながら笑顔で迫ると渋々了承してくれた。
さすがに休み無しだと体に悪いので5日毎に1日は好きに過ごして良いと伝える。
そのくらい真面目に働いてくれないと、金貨500枚なんて早々稼げないと思う。
ポーションの材料業者のツテがないか機材納品業者に聞くと2件紹介してくれた。
専門家の言う事は信じたいのだが、紹介料でも取っているかもしれない。
金貨を1枚チラつかせて1番良い店を聞くと、先程の2件とは違う店を現場の職人全員一致で答えた。
10人に金貨1枚も払えないので大銀貨1枚ずつ渡すと嬉しそうにしていた。
世の中結局金なのか。
現場の事は任せて材料入手の交渉に向かう。
教えて貰ったレンツィア商会は、テスラヌの大交差点近くの1等地に店を構えていた。
5階建ての大きな店で外装も凝っている。
こんな大店に初見の素人が行っても追い返されかねない。
最近使っていない伯爵証書を持ってから1階の受付カウンターに並んだ。
順番が回ってくると、緑がかった金髪の美しいエルフの受付嬢に質問された。
胸に付いたネームプレートにはカルディンと書かれていて、ピシッとした服装や立ち振舞が貴族を思わせる。
「服部様は当店のご利用は初めてですね?
どなたかのご紹介はありますか?」
「紹介はありませんが、こういう者です」
伯爵証書を出すと、失礼致しました! とテーブルに頭をゴンッと叩きつけた。
そんなにシェイナー伯爵は凄い人なのか……
割と乱用している気がするけど大丈夫だろうか……不安だ。
担当を呼んで参りますのでこちらでお待ち下さい、と豪華な応接室で待たされる。
副番頭 ポルタフ と書かれたネームプレートの若旦那らしき人物が出てきた。
大きな丸いメガネをした深緑色の髪で30代前後の人間男性だ。
前髪を中央で分けて長い後ろ髪を縛っている。
「受付が失礼を致しました、副番頭をしているポルタフです。
シェイナー伯爵様とは特別懇意ではありませんが、この機会にどうぞご贔屓に」
丁寧なお辞儀をされ緊張する。
さっそく商談に入り、高級ポーションの材料を大量に発注したいと伝える。
だが、彼の表情は曇ってしまった……




