81.考古学者のヴァリエン
本や巻物を少しずつ寄せてできた空間に置かれたお茶とお菓子を頂きながら依頼の話を聞かされる。
正直あまり美味しくない。
バジェスティー寺院には、もう何度も依頼を出して行っていると言う。
少しずつ踏破フロアを拡大して壁画や書物を記録しているが、最奥近くにいるゴーレムは鉄製で弱い冒険者では傷つけられず魔法も効果が薄い。
そこで奮発して依頼料を増やしてみたが、やはり討伐できず雑費だけは毎度かかるので貧乏暮らしになったのだと言う。
メリアが話している所に割り込む。
「ヴァリエン殿、我らはアイアンゴーレムではなくゴーレム討伐で金貨4枚と聞いて来ている。
アイアン相手に金貨4枚では割に合わないと思うのじゃが?」
「えっ? 貼り直したやつを見たわけじゃないの?!
アイアンゴーレム討伐 金貨8枚ってお願いしたんだけどなー。
申し訳ないけど報酬の上乗せはできないよ、うち貧乏なんだ……」
申し訳無さそうに、垂れている耳が更にしょんぼりと垂れていく。
「いえ、そのまま話しを続けてください。
ボクはその条件でも受ける予定ですし、大丈夫だと思いますから」
プレダールの表情はアイアンゴーレムと言われても曇っていない。
ルティスとバーレンは少し困った様子だが。
メリアだけは不満そうにしているので後々叱られるかもしれない。
「そうか、さすがBランクの冒険者は頼りになるな!」
ヴァリエンの表情はパッと明るくなり、しおれてた耳も戻っている。
最初は普通のゴーレムだと思っていたものの戦いは難航し、戦いの最中にいくつも剥がれ落ちた表層の下に黒鉄が見え退却を余儀なくされたと言う。
鉄を切る事ができるのは一部の高等技術持ちかミスリル以上の強い武器を持つものに限られるので、受ける人が簡単に見つかるとは思えない、とギルド受付で釘を刺されたようだ。
バジェスティー寺院の場所は、ここから馬車で3日の距離にある山道を登った先。
途中に街は無く、最低でも往復7日分以上の食料は確保しなければならない。
道中はスライムやゴブリンやら出るが、驚異となる魔物は5度の遠征では見ていないので安心して欲しいと笑顔で言われた。
雑魚キャラの代名詞のような彼らだが、正直戦った事が無いのでわからん。
ヴァリエンは、馬車を借りる用意ができたら私はすぐにでも出発できるぞ! と目を輝かせて意気込んでいる。
仲間を見渡すとすぐには行きたくない、と顔に出ている。
準備をするので明日この時間にまた来ると伝えて家を出た。
街を歩きながらメリアがさっそく不満を口にした。
「お主は女性エルフを見ると何でも許す愚か者だったのか?!
アイアンゴーレムと一口に言っても大きさも数も聞いておらんではないか!」
「いや、そんな怒らなくても……
もしダメそうなら他の人達のように撤退すれば良いじゃないですか。
それにあのエルフはプレダールさんを見ても嫌な顔しないし、エルフに恩を売っておく方が重要だと思ったんですよ」
それはそうじゃが……と黙ってしまった。
バーレンは先日のプレダール戦で穴だらけになった鎧をマントで隠しながら着ているので、替えを買わなければいけない。
対物理なら鈍器も買う必要があるし色々と物入りになる。
その日は買い物や討伐の相談で過ごした。
翌日朝食後、馬車でヴァリエンを迎えに行くと驚いていた。
「自前の馬車だって?!
そんな冒険者は少ないのに、なんて豪華なんだ!
これはもらった! 勝ったな!」
早くも最高潮に達して何やら楽しそうに妄想している。
メリアが頬を叩いて正気に戻し道を聞いている。
エルフは変わった人しかいないのか、偶然そういう人にしか会っていないのか。
先行き不安だが、まぁどうにかなるだろう……
走り出した馬車の中でルティスとバーレンはまだ気負った表情をしているが、会ってもいない敵の事を考えても疲れるだけだ! と活を入れる。
いざとなったら御主人様が奇跡を起こしてくださいますよね! と目をキラキラさせている。
ボクがいつ奇跡を起こした?!
ルティスは妄想と現実が混ざっているのではなかろうか、不安だ。
初日の野宿の夕飯に、焦がし醤油味の肉を披露したらヴァリエンがいたく気に入っていた。
この美味いヤツの材料はなんだ、どうしてこんな物を持っているんだと延々質問攻めされる。
美形の顔に迫られて悪い気はしないのだが、がっついて食べているプレダールとメリアから、面倒を増やすなよ! と熱い視線が飛んでくる。
クレット男爵領で貰ったと言ってしまうと、ボクが原因だとバレかねない。
言えない秘密という事で全部通した。
食事の匂いに釣られてゴブリンやスライムが出てきたが、見通しの良い場所なので特に苦戦しなかった。
ボクは前に出ず、慣れた人達が対処しているのを見て挙動を覚える。
ヴァリエンも傍観しているだけで魔法は使ってくれなかった。
一部のスライムが体内に銅貨を持っていたりしたが、倒してもお金に変わるようなファンタジー世界ではなかった。
残念。
道中は次第に鬱蒼とした森に入り山道になっていく。
ゆったりとした坂道なので特に馬の負担になっているわけではないようだ。
時折雑魚モンスターが出てくるので、ルティスとバーレンは降りて護衛しながら進む。
前衛って損な役回りだなと思ったが、特に不満を漏らしている様子は無く当たり前という表情だ。
夕食時、ゴブリン数匹を相手にした時の擦り傷があったのでルティスに回復魔法をかけた。
横からメリアに話しかけられる。
「何度も教えていると思うがオーバーヒールしすぎてしまうと、魔法をかけられた側がマナ酔いをしていまう。
アレは慣れるという事がないので、回復しすぎないのが重要なのじゃ。
回復が少なすぎても困りものなので、前衛が怪我をしてくれる分には良い練習台になるであろうよ」
マナ酔いの症状は、立ちくらみのようなモノらしい。
視界が暗くなりフラフラして体が自由に動かなくなる。
酷くなると一時的に昏睡してしまう、と真剣な表情で言われた。
それ故、回復魔法を専攻する者は戦争に参加して怪我人を奪い合うようになるとメリアは笑っていた。
確かに何か矛盾を感じ、みんなつられて笑ってしまった。
他にもあるぞ! と笑いながらメリアは続ける。
一部のマゾな冒険者は、美しいエルフとお近づきになれる! と噂の回復魔法の被検者募集に参加する。
足や腕を強打したり切られ続けて回復魔法の実験体になる依頼らしい。
熟練のヒーラーが補助に付くので手足を失うような事はないが、何度も痛みに耐えたり強度のマナ酔いにかかったりするのでリピーターはあまりいないようだ。
「そりゃ稀に1人や2人は続けて来るようなヤツもおるさ。
だがな?
我らは回復魔法を習っているだけであって、痛みに耐えたり叫んでいる人間を見てもちぃーーーっとも魅力なぞ感じない。
恋愛対象になぞならぬ人形に向けるような冷たい目線を受け続け、諦めて来なくなってしまうよ。
……いや、我はあれじゃぞ?
時には褒めたり撫でたりして懐柔しておったさ。
ラブレターをいくつも貰って断るのが面倒じゃったがな、カハハ!」
聞いてもいない事を無駄に詳しく話すのは嘘つきの挙動だ。
私って実は凄い優しいんだよ! アピールが時折混ざるのはメリアの癖だと最近気付いた。
可愛い嘘だと思って、なるべく話しに乗って煽てておくようにしている。
そんな事を言わなくても優しいと感じてるし、感謝が絶えない。
ヴァリエンに言われていた通り、3日目の夕方にバジェスティー寺院に到着した。
土気色のレンガか岩で形作られた大きな建物だ。
今まで見た街並みと違った独特の建築様式で、苔や蔦や細い木がまとわり付いているので古い寺院なのだろう。
なんとも幻想的で、観光名所でも来たようにワクワクする。
寺院前の少し開けた場所で夜を明かし、翌日調査する事にした。
初めてのダンジョンに期待が膨らんで全然寝付けなかった。




