74.庭園の食事会
回し読みしてようやく怨嗟の指輪のページを見る事ができた。
溜め込む怨嗟の量は宿主のマナ総量に比例するようで、マナ総量を上回った場合は指輪に命を喰われるらしい。
なんとなく想像していた通りだったが、記述されていると説得力がある。
だが、指輪は怨嗟をできるだけ吸収したい欲に憑かれているので宿主を自然と戦いに導くと言う。
殺した者が指輪に宿る怨嗟にゆかりのある者の場合、内包されたエネルギーが消化されるらしい、というのは聖騎士ボレアスの時の事が少し裏付けられた結果になる。
なんだこの迷惑しかない性能は。
世界の破滅や復讐を願う人にとっては良い物……なのか?
ただ、メリアの言っていた『指輪の発動には奪われる必要があるらしい』という表記は未だ他の書物による裏付けがない。
絶望的魔獣を召喚する、などの表現があったので正解だとは思うのだが。
いや、指輪が発動した場所が砂漠化しているのなら奪われなければ砂漠化し、奪われたら召喚獣が蹂躙して回るのか?
試しに使う事ができないのは、本当に面倒だ。
そういう意味でも、未確定な体験談に基づく推論の記述が目立つページだった。
しかし、伝説級の装飾品の数々のページの中には所々大きく✕印がついていた。
古い書物だと言うのにかなりの数の印があったので、残り物は期待できないか、まだ見つかっていない物があるのか、ガセネタだったのか。
少し残念な結果になった。
読みたい書物に関しては捜索が終わってしまったので、伯爵から返信が来る残り一週間は暇になった。
その間は自由時間として、各自好きにするよう伝えた。
ボクはルティスと醤油の製作方法について漁村を訪ね歩いたり、剣の稽古をつけて貰ったりした。
醤油に関しては、魚3:塩1で赤塩を使って漬けたのだろうという結論が出た。
本来は白い塩をもう少し多く使わないと、あぁやってすぐに腐ってしまうが死んだアイツはケチって赤塩を使ったんだろう、と多くの人にアドバイスを貰った。
本来は塩漬けにして保存食にする為のようだ。
漁師が捨てる予定の雑魚を、試しに種類を統一して小さな樽に詰めて名前を記入し赤塩で漬けてみる。
どうなるか楽しみだ。
ルティスに教えて貰った剣術は、型がしっかりとした上品な剣法でありつつ、実践的な事を教えてくれるので面白かった。
バーレンに剣を教えて貰った時は、その時々でどうにかするんすよ、という対処療法的な事しか言われず場数を踏め言う事だった。
ケンカが強い人の言葉は全然参考にならない。
魔法を使えばそれなりに勝負になるが、どうしても真剣に対する恐怖に慣れていない分で一歩遅れを取る。
魔法に頼らず練習を地道にしろ、という日本に居た時と同じ事を言われてしまった。
身も蓋もない。
個人的には、魔法を使った独自の戦い方を追求した方が良いと思った。
刃引きされた練習用の剣は2kg前後なので多少重く感じるが、実戦で使うのは軽いミスリルだ。
練習と実戦が乖離しすぎているのでは? という疑問が終始頭から離れなかった。
一週間後の朝食時、男爵一家は緊張した面持ちだった。
フェローナの下にも病弱な弟がいたのだが、今日はおめかしして一緒に食事をしている。
時折、マナーについて男爵婦人に小言を言われているのが可愛らしかった。
どこかに出かけるのだろうか。
部屋に戻って伯爵からの返信が無いか確認してみると、
『本日、昼頃にクレット男爵領に到着するので案内を頼む』
という恐ろしい文字が載っていた。
いつこれが表示されていたのかわからないが、知りませんでした! とは言えまい。
なぜ商品到着予定日に本人がこちらに来るのか。
完全にノーチェックだった……
急いで全員を呼び出して自室でそれを見せると、バーレンのボクを見る目が明らかに貴族を見るような従属した様子だった。
ルティスも、何かドレスを着た方が良いだろうか? など慌てふためいている。
会った事のあるプレダールもメリアも、少し落ち着かない。
個人的にシェイナー伯は順序立てて話せばわかる人だと思っているので気楽だ。
だが、昼食に何かしら変わったレシピを出さねばならないだろう。
独り暮らしだったので多少の料理はできるが、凝ったレシピなど知らない。
料理で醤油といえばバター醤油だ! という安直な発想により、厨房まで行ってバターがあるかどうか確認をした。
船旅でパンに付けたりしたので大丈夫だろうとは思ったが、一応あって安心する。
男爵邸前にて全員でお出迎えをする。
威厳たっぷりの装いで、貴族らしい豪華な馬車から降りてきた。
柔らかい表情の伯爵婦人も降りてくる。
男爵夫婦が歓迎の謝辞を述べ、黙って頷いていた。
まずは昼食を、と庭に配置させた会場にてステーキを焼いて貰う事にした。
醤油を鉄板に差した時のジュワ~ッという音と香りは、何よりたまらない食前のご馳走だと頼み込み実現した。
貴族の食事は基本的に待っていれば出てくる物なので、目の前で調理されるのを伯爵夫婦は珍しそうに楽しんでいた。
料理人も、作り慣れた料理ではないので緊張しきりだし相手が相手というのもあるのだろう。
少し震えた様子が見てとれた。
ボク以外、全員が初めて食べた焦がし醤油バターのステーキは皆沈黙して食べている。
お好みで酸味の強いレモン果汁を少量かけて、と出してあるが最後まで皆黙って食べていた。
レモンの名前と見た目が同じなのは意外だったが。
自分で食べて美味しいのだが、異世界人にはウケない味だったのだろうか?
時折、伯爵夫婦の顔色を伺っている男爵夫妻も不安の色が隠せていない。
シェイナー伯が沈黙を破って口を開いた。
「初めて食べる味だが、大変美味であった。
このような調味料があるのは男爵領の今後の強みとなるであろう。
それで、この調味料を作った者の意見を伺いたい。
これをどのように販売するつもりであるのか」
美味しかったという感想を貰い、ボクも含めて男爵家はホっと安心している。
だがチーズやバターなどの発酵食品と違い、生物を腐らせている様な見た目の材料を、どのように納得させて流通させるかは問題である。
椅子から立ち上がり返答する。
「本日、料理人を含めて初めて食べた人ばかりの料理を褒めて下さったことを、まずお礼申し上げます。
私は商人ではありません、ただの旅人です。
伝え広める事はできますが、それをどのように活かすかは領主の采配次第かと思っております。
シェイナー伯爵様、先日お送りした赤い塩の味はいかがでしたか?」
「見た目も美しく、味に深みが出ると当家の料理人も満足していた。
それがどうかしたのか?
私はこの、黒い液体の事を知りたいのだが」
確かに黒い果汁の果物なんて聞いた事もないし、気になるだろう。
だが、それではダメなのだ。
「シェイナー伯爵様が褒めて下さった赤い塩は、この領地で前から作られている物なのです。
今、男爵家から借り受けている騎士のルティスより、この塩が美味であると伝えられ、私もその価値を認めました。
ですが、男爵家では世間一般のように色が白くないのは悪い、と決めてかかり領内の財政を無駄に圧迫してきました。
もちろん、シェイナー伯爵様のように味にご理解のある方の後ろ盾が無かったかもしれません。
それでも、領民の意見を信じず周囲の価値に頼る考え方では黒い液体の事は明かせません」
男爵一家の顔色が青ざめていく。
病弱な子供だけは、何が起きているのかよくわかっていない様子だが。
「確かに、貴殿のやり方は従来の考え方から逸脱した所が大きい。
だが、食後の紅茶は今となってはジャムを入れるのが当家では人気になっているのも事実。
見た目に惑わされない器量が、今後は必要になるであろうな」
伯爵は少し考えるように手で髭を伸ばしている。
そう、見た目に惑わされない、という言葉が欲しかった。
「えぇ、その通りでございますシェイナー伯爵様。
もし、黒い液体の製造過程を見たらケルガーさんは伯爵様の口には入れないと私を取り押さえるかもしれません」
伯爵の後ろで立って控えている執事のケルガーがビクッと反応する。
味を知っている自分でさえ、正直見たくない光景なのだから知らない人は余計だろう。
正直、見せずに済ませたいのだが……どうにかならないだろうか。




