71.先代男爵の日記
少し話し込んでしまったので、書庫に向かおうと促す。
2人共、赤黒いマナの事を少し気にしてみると言ってくれたので気が楽になった。
フェローナが軽装に着替えて書庫まで同行してくれた。
歩きながら、メイド達の目付きについて聞いたら予想通りだった。
「夜の伴に選ばれた者には特別給付を出すと通達してあった。
仕方あるまい?
弱小貴族がのし上がる為には、なりふり構っていられないのじゃ。
貴殿はお気に入りの仲間2名と朝食後に秘め事をすると伝え聞いたので、諦める様に伝達してある」
違うと否定したいが、話がこじれそうなのでほっとく。
ルティスも残念そうにしているし、バーレンも羨ましそうな憎いような表情をしているし、このPT全然ダメだな!
書庫は裏の離れにあり、2階建ての教会の様な見た目の建物だった。
中に入ると少しホコリっぽいというか、カビ臭いと言うか、古い建物の臭いがした。
ステンドグラスのような物は無いが、小さな小窓が2つある。
蔵書はざっと3千冊くらいあり、綺麗に整頓されている。
フェローナが手をサッと上げると、室内に光球がいくつも点いた。
本人のマナが減っているので、そういうシステムになっているのかもしれない。
フェローナは何かあったら誰か呼べ、とベルを渡して去って行った。
さっそくプレダールとルティスはペアになって2階の書物を漁り始めた。
ボクとメリアは1階の両サイドから攻めていく事にする。
どれもこれも背表紙が新しく張替えられたのか、同じ色合いでタイトルが付いていない。
ざっと眺めていると1番下の段に1冊だけ、読み込まれ手垢がついたような紙質の本がある。
読んでみると聖書のような、神について書かれた本だった。
本運びに一息ついたルティスを呼んで聞くと、昔は人間の間でよく読まれ信仰されていたのだと言う。
100年前のラル・ファク神変によって、地域ごとにエルフを信仰したりラル・ファク自体を信じる様になったり細分化された。
今では信じる者の少ない古い神の本で、燃やされずに残っているのは希少かもしれない、と苦笑いされた。
実際に奇跡を起こした、割と最近の2人なのだから信仰されるのも当然か。
ボクは精霊を3つ見ているし、メリアから色んな精霊がいると聞いているので神そのものより精霊を信仰したい気分だ。
精霊は冒険者に厚く信仰されている派閥で、世界の根幹に近いので他と争われる事はあまりないがアタシは見た事ないので信じません!と強気に言われる。
今度海辺に行った時にでも見せてあげようかな。
ん? 気付いたらバーレンがいない。
皆集中しているのでこっそり外に出て探す。
庭掃除をしていたメイドに聞くと、お客様が1名落ち着かないからと外出されました。との事。
ボクら3人は船旅で少し慣れている所があったが、初めてなら落ち着かないだろう。
仕方ないか……
いや、仮にも1度ボクを殺しているのだから少し警戒した方が良いかもしれない。
プレダールが集中して読んでいたので、サンドイッチのような手軽な昼食にしてくれる様ついでに伝えておいた。
マリネが挟まれた物と肉が挟まれたサンドイッチが届けられ、裏庭に出て食べた。
プレダールはマリネの方と肉と交換してくれ! とルティスに頼んでいたのは笑えた。
やはり肉なのか。
両方美味しかったけど、色々食べ慣れている日本人だからかもしれない。
その日、夕食までに読んだ本の数はボクが2冊、メリア5冊、プレダール112冊だった。
いくつか読んだ本があったから飛ばしただけです、と謙遜していたがルティスは褒めちぎっていた。
書庫に通って5日目の午後、プレダールに呼ばれて全員集まる。
先代のクレット男爵の日記だった。
本を集める事になった経緯や、集めた本の傾向についての動機が細かい文字で書かれている。
先代男爵は、ラル・ファク神変がエルフ側によって元から仕組まれて起こされた奇跡だと推測していた。
だが、メデューサの持つ石化の矢を使い、大鬼人や人間によって引き起こされた可能性もあるなど多角的に考えて述べられている。
どちらにせよ、家系外の者に知られると厄介になるので関係の無い書籍も購入し、本狂いとして周囲に認知されなければならなかった反省も含まれていた。
ページをめくっていくと、メリアが声をあげた。
怨嗟の指輪についての記述があったのだ。
他にも願った奇跡を発動させる、欲望の指輪なるものも書いてある。
該当する書籍を探す様にルティスに頼みたいが、タイトルの無い本で埋め尽くされた書庫では困難を極める。
地道に探していくしか無さそうだ。
先代男爵の記述には、他の特殊効果付きアクセサリーについても書かれている。
ボクの着けている物と思われる、炎甦の首飾りについても書いてあった。
これだけ多くの奇跡のアイテムがあるのだから、一概にマナの無い大鬼人は首謀ではないと言う考えを捨てなければならない、とも。
結局、調べれば調べるほど推測の選択肢が増えすぎるし財が尽きた事により真理の究明には至らなかったらしい。
無事に育った1人の嫡男はあまり頭が良くないので知らせたく無かった事や、賢い孫娘に期待するという記述で日記は閉じられていた。
ボクらが日記を熟読する間、1人だけ超速読のプレダールは横で違う本を17冊読み終えていた。
こちらが日記を読み終えた事に気付いたようだ。
「この日記を読むと残りの本に期待できますよね!
ちょっと読んではいけなかった部類に入りますが、中途半端に知る方が危ないですからね! にしし」
幼女は無邪気に笑った。




