62.ランク審査
馬車に戻ると、少し悔しそうなプレダールがいた。
メリアも御者台で意外そうな顔をしている。
夜逃げされなかったのがそんなに意外なのか……
カタールを見せると、2人共息を呑んだ。
「ワタシも刀剣は詳しくありませんが、これなんかヤバイですよ?
金貨10枚でも、元取りすぎじゃないですか?」
「我も多少は武器を見てきたが、これ程の細工をするドワーフはおいそれと居ないと思うぞ?
1人くらい仲間に入れた方が良かったのではないか?」
言われてみれば確かに。
武器メンテナンスと前衛を任せられそうなドワーフが居ると助かる。
でも、そんな事言ってると料理人やら詩人まで入れないといけなくなる。
とりあえず我慢だ。
実は合計で金貨55枚払ったと伝えると、無計画に金貨を払いすぎだ!と怒られる。
若干自覚はしているので気をつけなければ。
ルティスは金貨1000枚でも買えない出来だ! と言って、自分用に貰った黒いロングソードと一緒に見比べながら眺めている。
そのうち狂って切り込んでこないか心配だ。
「この後、冒険者ギルドで登録するんですが……みなさん一緒にどうですか?」
「ワタシは文官なので遠慮しときます。めんどくさいし」
「我もこの際だから登録してみるか。
プレダールは他のメンバーに負けるのが怖いのじゃろう?」
「なにをー!
エルフに負けるような大鬼人じゃありません!勝負です!」
プレダールとメリアが言い争っているが、ルティスは参加しないと言う。
仮にも貴族の側使えだし当然か。
荷物の留守番を頼んだ。
午後を少し回っているからか、受付に並んでいる新規登録者は少なかった。
登録用紙に名前と技能を記入すると、カタカナと番号が付いた木札を渡される。
呼ばれたら技能審査があるので持ち物を用意しておくように、と。
スキルを消した夜、宿屋のバルコニーで水や回復魔法を使えるか試してみたが、全然うまくできなかった。
まるで補助輪走行に慣れた自転車練習のように、スキルが無いと上手く集中できない。
メリアに声を掛けるついでに肩に触って、回復と付与魔法をコピーする。
馬車に帰って岩塩と羅針盤を一応持っていく。
こんな事に呼び出したら深海の姫は怒るだろうか?
……心配だ。
「サの10番! 11番! 12番!入れ!」
手札が呼ばれたので中に入ると、まだ待合室だった。
病院みたいだな。
ボクの他はプレダールとメリアである。
身内3人なら色々披露しても大丈夫そうで安心した。
審査室に案内されると中は広い部屋で、頑丈そうな壁や人形が配置されている。
審査員は3名いて、1番偉そうな中央はエルフ女性だった。
他は人間の男女である。
立ち位置が20mほど離れていて遠いのでスキル名がよく見えない。
エルフ女性が少しイラだったように喋り始めた。
「サの10番、技能に水の精霊召喚、回復魔法と書かれていますが、どの程度まで可能なのですか?
まさか水飛沫の子供達を呼ぶのを、技能と呼ぶとは思いませんが」
水面の女王より下も結構いるようだ。
精霊について無学だと思い知らされる。
「深海の姫君と契約しています。
今呼ぶのは、あまり乗り気しないのですが……」
「随分と大きく出ましたね。
アナタのようなみすぼらしい装備の登録希望者に、そんな大それた方が呼べるとは思いません。
どうぞ実演してください!」
メリアが気まずそうな顔をしている。
ボクも叱られるのではないかと怖い。
面接会場の窓を開け、岩塩を少量砕き羅針盤に振りかける。
「我は恐れ多くも人間の身で姫と契約せし服部 晴樹
用意せし幽世の扉より参られよ 光も差さぬ深海の姫!」
……シーンとするが大丈夫だろうか。
羅針盤の針がぐるぐると忙しく回転し始め、海水が大量に噴き出した!
また側使えが2名付いてる……毎回来るとしたら嫌だな。
深海の姫は日傘のような物を持って帽子までかぶっている。
「こんな所に何用じゃ? 服部のボウズよ。
特に敵意がある者も、重傷者もおらんのだが?」
「「姫様に答えよ人間!」」
ステレオで叱咤されるのは違和感があって困る。
予想通りの結果になってしまった。
面を上げよと許可がないので膝折りで伏したまま答える。
「恐れながら姫様、今は冒険者ギルドという団体に所属する試験をしております。
最も素晴らしい美しい精霊を呼べと試験官より通達されましたので、ご足労頂きました。
つまらぬ用事で申し訳ありません」
「ほう……?
確かに妾は素晴らしく優雅で美しい精霊だが、試験官とやらは何をされて殺されたいのじゃ?
つまらぬ用事に呼ぶとは無礼であるぞ!」
試験官もまさか呼ぶと思ってなかった様で、呼んだ後の事は考えていなかったらしい。
3名のギルド職員は焦ってボソボソと会話している。
姫がどのくらい怒った顔をしているのか、少し見たい。
「その者がまさか深海の姫様ほどの高貴な方と契約しているとは知らず失礼致しました!
何卒、お怒りを沈めて下さいませ」
チラッと見ると、ふてぶてしかった試験官は3人揃って土下座をしている。
「そのような、つまらぬ頭を下げられても面白くない。
供物を用意せよ!」
口調的に脅して面白がっているようだが、どうしたものか。
アイテムパックから岩塩を取り出し、捧げるように差し出す。
「恐れながら姫様、上等な岩塩を手に入れましてございます。
これで何卒お怒りを沈め、私に情けの水を与えてくださいませ」
側使えが姫に何やら耳打ちをしている。
「面をあげよ。
ふむ、そこそこ良い物ではないか。
古代の深海の香りがする。
服部のボウズに免じて今回だけは許すが、妾の契約者にまさかB以下のランクは付けまいな試験官ども!
返答せい!」
急にそんな上のランクにされても困るんだが?!
でも結果を聞かれた際に低いランクだと怒りそうだし、諦めるしかないのか?
試験官は、さらに頭を床にこすりつけるようにして返答する。
「め、滅相もございません!
ですがA以上は特殊な試験をしております故、今付けられる最高ランクはBになります。
それでどうか、お許しくださいませ……」
つまらなそうに姫は溜息をついた。
ボクを見ると、水鎧が切れているのを察したのか右手から水を纏わせてくる。
「では妾は帰るぞ。
こんな所にいたら陽に焼けてしまうからな」
『少し面白かったぞ』イラズラっ子のような笑みで呟いた姫と側使えは霧散した。
毎度窓から出ていくわけではないらしい。
まだぶるぶると土下座をしている試験官を見て、吹き出しそうになるのを堪えた。
帰った事を伝えると、足をパッパッと払って席に付いて溜息をついた。
「……まさか本当に呼び出すとは思っていませんでした。
精霊との約束を破るわけにもいきませんので、サの10番はBランク登録とします。
下がってよろしい。
では、残りの2名を引き続き審査します」
残った2人の審査内容を見たかったのに残念だ。
Bランク掲示板に貼られた1枚の紙を眺めて2人を待った。




