51.断頭台
「医務室に行くぞ。
我のマナポットが尽きた」
もう何から突っ込んでいいのかわからない、と呆れた表情のメリアが早足で歩き出す。
言われてみれば魔法に夢中で何本飲んだか覚えていない。
高品質のマナポは戦闘中に大量に必要になると身を持って経験したばかりだ、できるだけ買って行きたい。
マジックバックとかあれば楽なんだけどな。
ノックをしてメリアが勢い良く開ける。
「どういうつもりじゃデミルーク!
我の仲間を都合よく実験台にしおって!」
「兄弟子に呼び捨てはひどいんじゃないか?
メリアと久しぶりに会えて、私はとても嬉しいと言うのに」
知り合いだったようで、口喧嘩を繰り広げている。
プレダールに目を合わせると、ほっときましょう、と言って周囲を見回している。
物珍しいようだ。
「そこまで兄弟子と言い張るのなら、ここでボられたマナポ代分くらい補充をタダで寄越せ!
それが道理じゃ!」
「ルーコナが何かやったのかい?
私は知らないんだけど……確かに先日機嫌が良かったし並のストックが相当減っているね。
しょうがない、兄弟子の努めとして好きなだけ持っていって良い。
でも加減はしてくれよ? ここは船上なんだから」
「加減なんぞ知らぬっ!」
イライラしたメリアは瓶のラベルをチラチラ確認しながらバッグに突っ込んでいく。
ボクは先程お礼を言われた理由を訪ねた。
「また顔を見せよ、なんて積極的な事を言うほど機嫌の良い精霊は珍しいんだ。
たぶん次の機会に上位精霊を紹介してくれると思うから、そのお礼を言ったのさ。
服部さんの所にも、そのうち第3王妃の契約状が届くはずだよ。
メリアより上位精霊になってしまったね、ハハハ」
空のマナポ瓶がデミルークの後頭部に炸裂した。
驚いた様子で後頭部に手を当てているが全然痛そうに見えない。
魔法で防御しておいたのだろうか?
「それにしても、発言権を付与されなくても精霊に干渉できる人間なんて珍しい。
貴族ではない精霊使いの血統にしては聞かない名だ。
どこの出身なんだい?」
メリアが喋ったら殺す! オーラ全開の眼光を放っている。
大人しく従う事にして、はぐらかした。
デミルークはボクの視線の先にいるメリアを察したように口を開く。
「水も回復も高度なマナ操作をしているから気になっただけなんだよ、そんなに睨まないでおくれよメリア。
背中が視線で穴だらけになりそうだ」
「貴様が信用無いからだ!
……おっ? このヒールポットは上等じゃな。頂いておく」
「それは高いんだよ! 赤字になるからやめてくれー!」
「加減は知らぬと言ったはずじゃ、カハハ!」
上機嫌なメリアと共に医務室から逃げ出した。
歩いていると執事のケルガーさんがボクらを探していたように近づいてくる。
「今までどこにおられたのですか!
戻りが遅いと伯爵様も心配しておられましたよ。
お部屋まで同行して下さい」
言われてみれば、見に行きたいしか伝えてなかった。
普通はボクが騒動の張本人で解決して戻ってくるなんて思うはずがない。
申し訳ない事をした。
部屋の扉が開くと、伯爵は感心したような面持ちだ。
「見ていた衛兵達から話は聞いておる。
海龍まで退けるとは、これは思わぬ良い縁を持てた。礼を言う」
礼を返すが、非常に複雑な心境だ。
喜んでいいのかコレは……?
回復投げたら満足して帰っただけなんだが。
なにか面倒に巻き込まれないか不安になる。
プレダールもメリアも同じ心境なのか、素直に喜べない微妙な表情をしていた。
「では、そんな船の英雄に失礼をした小娘を処刑しに行くとしよう。
テルカット伯には儂が上手く伝えておくゆえ、心配なされるな」
シェイナー伯爵の部屋を出て、しばらく歩いた横道に薄暗い部屋があった。
中に入るとテルカット伯爵夫人が泣き喚いて暴れていたのか、髪と服が大きく乱れ猿ぐつわをさせられている。
ボクを見つけると、人は恨みをここまで表情に出せるのかと感心する形相をしている。
シェイナー伯爵が手を上げると、抵抗するテルカット伯爵夫人を2名の屈強な半裸の男が強引に断頭台に括り付ける。
「では、3名それぞれ最後にテルカット伯爵夫人に言いたい言葉はあるかね?
……無ければ処刑を執行するのみだが」
プレダールもメリアも黙して顔を下げている。
ボクが何も言わないで済むような空気ではなさそうだ。
「テルカット伯爵婦人のおかげで、私はシェイナー伯爵候と知り合う事ができました。
ありがとうございました」
まさかお礼を言って頭を下げるとは誰も思わなかったようで、周囲は驚いていた。
テルカット伯爵婦人だけは一層険しい表情になった。
でも、結果として事実なのだ。
いなかったらボクの旅はもっと苦難の連続だっただろう。
得た物が余りに大きすぎる。
「ワーッハッハ!
恨んだ相手に礼を言われるとは、格が違ったようだなテルカット伯爵婦人、そなたの完敗だよ。
……他には無いようであるし、執行せよ!」
シェイナー伯爵が上げた手をビッと下げると、ロープが切られてギロチンが勢いよく落ちた。
テルカット伯爵婦人の首が落ちて数秒後の事だった。
勢いよく筆で描いたような大きな漆黒のモヤが、指輪に吸い込まれるように飛んできた!
ソレが見えていたのは自分だけのようで、周囲は反応していなかった。
それと同時にMPの赤黒い目盛りが少し増えた。
恐らく、先日の聖騎士ボレアスを殺した際にも増えているのだろう。
今まで1ミリも無かったような赤黒い部分は2~3ミリある。
MPのステータスバーは15センチくらいあるので、まだ安心できる量だが……
誰かに恨まれて死なれると自分自身にも返ってくるのか…厄介な指輪だ。




