44.戦いの後
左腕を切断した時、剣を振るった右手に引っかかるような感触を覚えた。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「メリアさんっ! 強いマナポをください、早くっ!
もう全然MPが残っていないんです!」
メリアはパニックになったようにオロオロとしているし、プレダールも憎むような目付きで泣いている。
「あの、もうボクですから!
さっきまでの変なのはボクじゃありません!
早くマナを補給しないと色々マズイんです!」
激痛が走る左手首を抑えながら必死に叫ぶと、開いた檻の入り口からメリアが駆け寄ってきて抱えながらマナポを飲ませてくれた。
動物園のウンコのような臭いがして苦くてマズイけど、マナが急速に回復していく。
お腹も暖かくなってきた。
マナが全て回復したくらいで左手首をくっつけた。
どうにか指輪は収まってくれたようだ……
静まりかえった城内に、大きな声が響いた。
「しょ、勝者……服部に決定しました。
33倍の大穴配当です!
皆様落ち着いて行動してください!
必ず換金はされます、後日でも結構です。
落ち着いてください!」
マイクのような大声の結果発表を聞き、安心した。
場内は1等客以外もいるようで、大勢の人が怒号や歓声を上げていた。
換金所と思われる場所に人が殺到し、殴り合いが始まっている所もある。
周囲を見るほど余裕無かったんだなと今更実感した。
何にしても勝ててよかった……良くないけど。
とりあえず、何か食べて寝たい。
肩を貸して貰いながら檻から出ると、テルカット伯爵婦人が怒髪天という顔でこちらを睨んでいた。
「どのようなイカサマを使われたか存じませぬが、このような平民がボレアスに勝ったのは奇妙が過ぎる!無効試合です!」
声高らかに約束を反故される。
いや、うん……
予想はしてたけど後日にして欲しい。
「そうだイカサマだー! 金返せー!」
周囲から返金を求める大勢の客が叫び始める。
金が賭かっていると、こういう理性が飛んだ発想になるから困る。
そもそも、反則なしの殺し合いで1R5分以内に終わったエンドレスマッチのドコに反則の余地があるのか。
甚だ疑問である。
「全員、静粛に!」
どこかで聞いたような大声で、観客は静まり返る。
「この勝負結果について異論がある者は、我がシェイナー伯爵の名を汚す者である!
反則なしの殺し合いに、どのような反則があろうと言うのか!
彼らが来る前、念入りに会場内を調べていたテルカット伯爵婦人の方に、反則の疑惑が出るならまだ分かる。
だが、結果は逆になったのだ。
異論がある者は今すぐ名乗り出よ。
後日の異論は認めぬぞ!」
良かった……33倍に全財産投入しといて……
そうでもないと、シェイナー伯爵と会話するような機会は無かっただろう。
おかげで観衆は静まり返り、冷静さを取り戻したようだ。
メリアとプレダールにシェイナー伯爵にお礼を言いに行きたい、と言うと少し笑顔になった。
「シェイナー伯爵様、先程の発言、真に感謝しております。
我が命を救って頂きありがとうございます」
「儂は何も間違った事は言っていない。
事実を言ったまでで感謝をされる言われは無い。
だが、なぜあの様に成ったのかは興味がある。
明日の午後は空いておるかな?
空いておれば茶会に呼びたいのだが」
「シェイナー伯爵様のご要望とあらば、喜んで参加させて頂きます」
「ふむ、そうか。
では後日使者を部屋まで送る」
良い人なんだろうけど、威厳から来る威圧が半端ない。
「申し訳ありません、1つだけ今お聞かせ願えませんでしょうか」
「……ん? まだ何かあるのか?」
「試合が始まる前の約束の件です。
テルカット伯爵婦人が自害したら騒動や混乱が起こると推察しております。
ですから、そのような沙汰を今すぐ実行しないようお願い申し上げたいのです」
「あぁ、その件か……
了承しよう、ではな」
威圧から開放されたが、後日に不安も残る結末になってしまった……
「なんなんですかアレは! 最低の作戦でしたよ!」
部屋に帰ると、また烈火の如くプレダールが怒り始めた。
メリアが察して止める。
「怒られるのも無理はないです。
ボクの作戦は、そもそも10カウントの間に水鎧、筋力強化、俊敏強化をかける予定でした。
そして、開幕は実際に行われたような一方的に攻撃を受けるつもりでいたのです。
その中で隙を付いて足と右腕を封じ、剣を喉元に突きつけ”チェックメイトだぜ? 聖騎士さんよ”
とかカッコ良くキメるつもりだったんですよ」
「じゃあ、なんであんな事になったんですか!
こっちは気が気じゃなかったんですよ!
メリアさんなんかワーワー泣いてたし!」
「そ、そんなことはしておらぬわ!
負けたら怨嗟の指輪が発動するからどうしようか我が身可愛さで泣いておったのじゃ。そうとも!」
両方嘘をついている気がするが、確認のしようがない。
「でも、どこかからデリンさんって声が聞こえて。
そのおかげで冷静に戻れたんです。
ありがとうございました」
深々とお辞儀をした。
実際、何か気付けを貰わなければ檻から出て虐殺していたかもしれない。
それを、視点を見るだけの自動戦闘で繰り広げられるのは勘弁願いたい。
メリアが呆れたように口を開く。
「全く、未だに気にしておるのか。
その大鬼人の事を……」
「未だにとか今更とかそういうんじゃなくて。
きっと一生忘れないです……
変えられるなら変えたい過去であり、自分の甘さの戒めなんです」
シーン……としてしまった。
「と、とにかくですよ!
夕飯食べてないじゃないですか!
お腹空いてしょうがないんです、行きましょう!」
プレダールとメリアは目を合わせると、はにかんだように笑い一緒に食堂に向かった。
食堂では、ボクに賭けていた人からお礼を言われ、多くのスッた人からは恨めしい視線が刺さった。
気が気じゃない食事をさっさと終えて部屋に戻ると、すぐ眠ってしまった。




