42.一夜漬けの決闘
しかし、水が飛んできて鎧になってくれるのは良いが、決闘場は水気が無い。
体内の水分や空気中の水分をマナでかき集めて鎧にできるものだろうか?
試しに風呂場の水を抜き、水鎧を解除して水を流した。
水が十分切れてから試すとして、防御はどうにかなりそうである。
攻撃を慣れない剣撃のみに頼るのは不安が残る。
付与魔法も使えるのだからメリアにお願いする。
「成り行きだが、お主が死ぬと船内全員死ぬであろうからな。
真面目に教えてやろう」
筋力強化の付与は、マッチョな人のイメージをし、その力をマナに溶かして纏わせるように放つと言う。
ディグートがいたからイメージしやすい!
「それと、足や腕に掛ける俊敏力上昇の魔法を使って見せてやろう。
攻撃を全て受けていては勝てるものも勝てないからのぅ。
風の精霊よ 力なき者に疾風の如き動きを可能にさせる 力を貸し与え給え
ウィンド・ステップ!」
腕や足にマナを纏った気がする。
……が、特に見た目に変化は無い。
試しに軽くジャンプすると、風に押されたような感触がした。
室内を軽く走ってみると、背中から追い風で全身が押されているように楽に素早く動ける。
楽しいなこれ!
風魔法のスキルはあるわけだし、イメージが掴めればもっと速くなるように使えそうな気がする!
……能力上昇できても、戦いの駆け引きに慣れた相手だ。
作戦も考えなければいけないな。
12時の八点鐘が鳴ったが、食堂が混むとまた厄介になるかもしれない。
1時間ほど遅らせてから食事に行こうと相談され、決まった。
時間を遅らせて行ったのに、テルカット伯爵婦人と聖騎士ボレアスは食堂入り口で腕組みして待っていた。
眉間に皺を寄せ、不服そうな顔のボレアスが声をかけてきた。
「まだ逃げ出していない所を見ると、俺とやる気なのか?
それとも俺に勝てると思っているくらい自己分析のできないバカなのか?」
「貴族の申し出を拒否したり逃げる権利があるなら、そうしたいですよ。
争いは好みませんからね。
ですが、仲間を愚弄されて逃げ出すようでは仲間に愛想を尽かされてしまいます!
ボクはこの2名を大事に思っています。
勝てるかどうかではなく、仲間の名誉と自分の為に戦います!」
テルカット伯爵婦人がホホホと笑って口を開いた。
「仲間の名誉と来たか。
そんな血統の悪そうな小娘がそんなに大事かえ?
ならば、伯爵婦人の妾の名誉に賭けて貴様を殺そう。
万が一負けるような事があれば自害も辞さぬ」
「あ、そうですか。
信用できない名誉はどうでもいいですよ伯爵婦人。
先日金貨を出せばワインで汚して良いと自分で言っておいて、結果憤慨する人の言葉の何を信用すれば良いのです?」
「ボレアス!
この無礼者を1ラウンド十分にいたぶって後悔させてから殺しなさい!
すぐ殺す事は許しません!」
伯爵夫人は怒ってボレアスと一緒に去っていった。
想定通り、いたぶってから殺せの命令をさせたので良しとする。
プラダールもメリアも顔が青い。
食事もあまり手を付けていなかった。
ボクはお腹が空いていたのでしっかり食べた。
部屋に帰るとプレダールが烈火のごとく怒り始める。
「どうして火に油を注ぐんですかっ!
そんなに脳筋でしたか!」
「まぁ待てプレダール、こやつの表情的に計算通りと言った所じゃ。
……そうなのだろう?」
「えぇ、瞬殺されてしまうのが1番怖かったのです。
ですが、伯爵婦人を怒らせれば時間を掛けて殺すように言うと推測していたのです。
手加減をして時間を掛けてくれれば勝機はあります。
あと、思っている事を言わずに死ぬと後悔しますからね。ははは」
2人共呆れたような、納得したような雰囲気だ。
ボクはまだ、デリンの分まで生きてない。
2人を巻き添えにするわけにはいかない。
悲しんで別れたソラルの、もう1度ニコニコ笑った顔が見たい。
そう思うと闘志が湧いてきた。
相手に戦う宣言をした事によって覚悟がついたのかもしれない。
マナポを飲みながら部屋の中央で付与魔法の練習をした。
筋力強化は殴って確認できるモノが無いし、他の魔法の練度に関してもメリアの目が頼りだ。
水気の無い場所だと水鎧は1cmほどしか纏えなかった。
対策を考えなければ……
5時間練習したが、不用意にマナを使いすぎだ! の台詞を延々聞いていただけな気がする。
効果については怒られる頻度が減ったので良くなっているのだろう。
プレダールは時折こちらをチラ見する以外は本を読んだり、何かを書いている。
何をしに行っているのか、何度か廊下に出たと思ったら2分程度で帰って来る。謎だ。
2人に買ってきて貰ったマナポの箱2つは空になっていた。
不思議な飲み物で、飲んでしばらくは水分飲めない! と思うようで、吸収率が高いのかすぐに気にならなくなる。
マズイ味には慣れないが。
メリアのマナが微減し続けているのも気になるので聞いた。
「昨晩から使っておる防音と覗き防止付与の魔法じゃ。
敵にこちらの情報が漏れてしまっては勝てる見込みが皆無になってしまうからな。
……のぅ? プレダール」
「そうですよ、さっきから廊下にウロチョロしてる兵を追っ払ったりめんどくさいんですからね!
拐って来そうな怪しい人間の集団も来たり」
知らない内に手を回してくれていたらしい。
ボクがこの世界で1人で生きていくには全然足りない。
経験も、考察も、直感も。
それでも生きていられるのは仲間のおかげなんだと再認識した。
聖騎士ボレアスと戦うまで残り1時間。
ボクらは決闘場に向かった。
入り口で仁王立ちしている聖騎士ボレアスが話かけてきた。
「逃げずに本当に来た事だけは褒めてやろう。
だが、オッズを見れば分かる通り貴様が勝つと思っている者は誰もいないと言っていいだろう。
酔狂なヤツが少額入れてはいるようだが」
オッズは33対1.01
ボクが勝つ確率は1%だと思われているようだ。
ガチガチに固い鉄板勝負だと思われているようで、全員ボレアスの札を買っている。
ボクはボクの札に金貨80枚つぎ込み、プレダールもメリアも金貨100枚ずつ買おうとした。
だが、受付嬢は金額の多さに驚いて支配人を呼びに行った。
支配人は黒髪で整髪料がベッタリとついた、怪しい人相をしている。
「えぇと、対戦される服部様……でよろしかったでしょうか?
大きな金額ですが本当によろしいのですか?」
「死ぬかもしれない人間が金貨抱えてるの変ですから全部賭けますよ。
むしろ勝った場合に金貨9240枚は、規定通りに明日支払われるのですか?
そこの方が心配ですよ大金ですし」
「勝つ……おつもりなのですね。
大金ですから下船時にお渡しした方がよろしいと思いますが。
いかがでしょうか?」
「勝つつもりも大金もへったくれもないですよ、規定をそちらが破るのか守るのか聞いているんです。
船員が大勢見ている中で確認取ってやった事が発端なんですよ?
ボクは船舶ギルドが全く信用できませんから」
「……君は大金を賭けて胴元を降ろさせたいのかね?」
横からザ・貴族! というようなカールしたカイゼル髭に、ピシッと整髪されたオールバックの白髪の老人が声を掛けて来た。
服装からしても貴族なのだろう。
シェイナー伯爵様! と周囲がヒザを折って伏しているので真似をした。
「それで、どうなのかね? 服部とやら」
「シェイナー伯爵様、私はそのような事をしたいのではありません。
言った事や決まり事を反故されてばかりで不安なのです。
村から世間に出て日が浅い為、社会に疎い部分があります。
私の村では決まり事を破る事は最低の行為として教えられ、育てられました。
ですが、それは世間の常識ではないようなので確認をさせて頂いていた、それだけなのです」
「なるほど……。
では、そなたはどのような約束を守って欲しいのだ?」
「はい、シェイナー伯爵様。
私はテルカット伯爵婦人から、伯爵の名誉に賭けて私を殺せなかった場合は自害をする、と言われております。
それと、勝った場合はオッズ通りに、規定通りに翌日支払って頂きたいのです。
以上です、シェイナー伯爵様」
ふむ……と言いながら髭をいじっている。
凄く貴族っぽい。
「承知した、そなたの言い分は理が通っておる。
我が名に賭けてその約束を守らせよう。
では、期待しておるぞ」
そう言ってボクの札を金貨5枚買っていった。
あの伯爵婦人の旦那なのか別の伯爵か分からないけど、理論が通用する人がいて少し安心した。
ぐぐって爵位について調べられたらいいのに。




