37.お金は怖い
出港した時に若干の揺れはあったが、その後は比較的穏やかだった。
今日の出来事で金銭感覚の無さに危機感を覚えたのでプレダールに教えを求めた。
今更ですか、と呆れた表情で説明してくれた。
買い物連れてってくれなきゃわかんないよ!
聞いた内容としては大体、以下の金銭感覚になるようだ。
大金貨1枚500万円
金貨 1枚 50万円
大銀貨1枚 5万円
銀貨 1枚 5千円
大銅貨1枚 5百円
銅貨 1枚 50円
銅玉 1つ 5円
大金貨は大商人のような大口取引でもない限りは使われないとの事。
銅玉というのは庶民でもあまり流通はしていないようで、小さな銅の玉に刻印がされているらしい。
硬貨は国によってデザインが変わる物もあるが、金属含有量の重さで価値が決まっているので全国的に普遍の共通価値として使って問題ないと言う。
……この船2週間で1人50万かよ! 高すぎない!?
現実の豪華客船はもっと高かったような気もするし、そういう意味では普通なのか?
という事は、副将軍ディグートさんの年間給与は金貨20枚なので1千万、なるほど高給取りだ。
ボクの報奨金が金貨300枚なので……1億5千万?!
そりゃ2名共驚くわ。
しかも、会ったばかりのコソドロの少年に選別で25万もあげるとか、とんだ富豪プレイをしていたようだ。
だが奴隷も多く存在しているようで、その分の稼ぎが他に配分されているのだと感じた。
ボクは余りに不用意に大金を持っていたのだと自覚すると、1人で持っているのが怖くなった。
2名にも持って貰って、いざ落としたとかそういう時に備えたい。
部屋中央のテーブルに来て貰い、話し始める。
「すいません、ボク1名で大金を抱えているのが怖いのです。
プレダールさんとメリアさんにも金貨の小袋を2つずつ持って頂けませんか?」
「こんなエルフ に大金を持たせるのは危険です!
こんなちびっ子に大金を持たせるのは危険だ! 」
ほぼハモるとか仲良すぎでしょ。
2人は睨み合っている。
むしろボクが持っているのが一番危険な気がするのだが、そこは置いておくのか?
持ち主だから良いのか?!
「ワタシが非力なメリアさんの分も持ちます。
その方が安心です!」
「プレダールは小さいからのぅ、いつ誘拐されるかもわからん。
我が全て持とう」
また睨み合っている。
お金は人の仲を裂くと言うが、あまりに変わりすぎだ……怖い。
「そんなに言うならわかりました、1袋ずつ代わりに持って頂く事にします。
それなら良いですか?」
「それなら、まぁ……
それなら、よかろう……」
2人共不服そうだ。
ボクにとって2人はとても大事な仲間だ。
優劣なんて付けられないので、どちらかを贔屓したいとは思えない。
2人の前のテーブルに1袋ずつ置いた。
「そして、この1袋はボクから2人へのお礼です。
1人で得られた物でもありませんから。
これからもよろしくお願いします」
頭を下げて追加でテーブルに1袋ずつ置くと、2人共に一瞬パアッと喜んだように見えた。
しかしすぐに、コイツの頭のネジは飛んでいるのか? という疑念の表情になった。
どう考えても1番危ない所持者はボクだ。
言い訳でも無理やりでも2袋ずつ預かって貰いリスク分散したい。
これで3名各自が金貨100枚ずつ持っている状態になった。
「プレダールがそこまで献身的に働いたとは思えぬがのぅ?
我は魔法が使えて知識も多いから役に立ったと思うが」
「ワタシは交渉役として十分働いていると思います!
あと色々と教えていますし近接戦闘もしています」
また言い争いが始まってしまった。
どちらかを優先しないと終わらないのだろうか?
「そんなに言うならお礼の分は両方返して貰いますよ!!
ボクにとって、2人共大事な仲間なんです!
そして、ボクより強く賢く、裏切るような人柄にも思えません。
1番弱いボクがお金を1番持っている状況は良くない、と判断して2人に分担を任せたいのです。
どうかお願いします……」
なぜお金を渡す側が土下座してしまったのか、これがわからない。
だが効果はあったようで、数秒すると喋り始めた。
「そういう意味なら了承した。
我が責任を持って預かろう」
「確かに1番弱い人が多く持っているのは危ないですもんね。
お預かりします」
ようやく了承して貰えたようだ。
個人的にはプレダールが持って、何かあればメリアが補助魔法で助ける構図が安心なんだけど。
今の様子だと根強い確執があって瞬時の判断に遅れが出て致命的になるかもしれない。
最近2人の仲が良いと思ってたんだけど、そうでもないのか。
……女性の関係は難しいな。
急に澄んだ鐘の音がコンコーン、コンコーン、コンコーン、コンコーン、と鳴り響いた。
プレダールが嬉しそうに部屋から出て行こうとする。
「八点鐘ですね。
夕食の時間なので行きましょうか」
「そうじゃな、腹が減って気が立っておったのかもしれん。
すまぬなプレダール」
2人は仲良さそうに部屋から出て行く。
ボクが原因だったのか? 悪かったのか?!
おかしい、そんなはずは……
置いて行かれないよう部屋を出る。
プレダールは小さな間取り地図を片手にキョロキョロしながら、1等客室専用の食堂フロアに誘導してくれた。
無駄に大きい、きらびやかなシャンデリアが高い天井の中央にある。
それぞれのテーブルの上にもロウソクが一杯付いたシャンデリアがあり、室内はとても明るく感じる。
フロアの片隅には楽師が3名いて静かに奏でている。
ハープのような弦楽器と笛の音が心地良い。
ボクはくたびれた革鎧を着ているので場違い感が凄い。
周りは豪華なドレスだったり鎧を着ている。
メリアがサッとマントを取ってボクに押し付けてきた。
「ほれ、このマントでも羽織っておけ。
そのままだと迷い込んだ4等客だと思われて追い出されかねんからな」
メリアから借りたマントは、ほんのり良い香りがした。
っていうか2人共慣れてんな!
こういう場にド素人なのはボクだけなのか。
プレダールが部屋の鍵を見せて人間のボーイに席まで案内される。
テーブルに座ると次々と豪華な食事が運ばれてきた。
いつもはガツガツ食べているプレダールも上品に食べている。
なんだこれは?!
別の異世界に飛んだのだろうか。
一応テーブルマナーの最低限くらいは理解しているので、周囲と比較して問題なく食べ終えたと思う。
デザートの果実と一緒に陶器のフィンガーボウルが出された。
中央は貴族が多いのかもしれないな。
食べ終わって指をフィンガーボウルに入れて洗っていると、2人はガッカリした表情だ。
「なーんだ、飲まないんですね。
そういう常識はあるから分かりにくいんですよ」
「我も、いつ飲むかと期待しておったのだがな……
期待ハズレじゃ」
乗船してから理不尽の連続のような気がする。
でも、異世界は楽しい。
注釈 八点鐘とは、4時間毎の当直交代を知らせる現実の船にもあった鐘です。
午前4時、午前8時、正午、午後4時、午後8時、深夜0時に鳴ります。
本来は30分毎に1つずつ増えて鳴らしていくのですが、文章に表記すると煩わしいので八点鐘のみにします。




